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第17話 デモノイドウェーブ

 ウェルヘイムを取り巻く状況は一進一退だ。エビルプラントとの攻防は長らく続き、厭戦気分えんせんきぶんが漂っていた。そのせいか、街を治めるバンスネル男爵の屋敷には、連日のように群衆がつめかけた。


 彼らは口を揃えて言う。「税が高すぎる」「いつになったらバケモノを退治できる」と不満は高まっている。男爵は決まって「グラムスたちと協議中だ、しばし待たれよ」と答えて、急場を凌ぐのがやっとだ。


 討伐や防衛には金が必要で、それには多額の税を集めなくてはならない。ジレンマが様々な衝突や分断を生み出しており、ウェルヘイムは殺伐としていた。


 しかし、内輪で揉めるうちはまだ幸せだったろう。崩壊の足音が全てを塗り替えてゆく――。


「おい、アーセル。起きろ」


 農園の傍で眠りこけていたアーセルに、サラマンドが怒鳴る。空はかすかに明るみを帯び、夜明けを迎える頃合いだった。


「うるせぇな。まだ仕事まで時間が……」


 文句をたれる口が止まった。地面についた手に地鳴りのような振動が伝わる。そして、時々、突き上げるような揺れまで加わった。


「なんだよこれ、地震?」


「いや違う。魔族どもがバカみたいな数で押し寄せてきやがる。これは大量襲撃デモノイドウェーブだ!」


「襲撃だって……!?」


 続けて、ウェルヘイムから鐘の音が聞こえた。甲高く、繰り返し叩く音は、この農園まで十分なほど届いた。


 それを聞いたミリアムも、不安げな顔で現れた。


「おじさん。なにかあったの?」


「わからんが、とにかく街の方へ行くぞ」


 アーセルはミリアムを抱きかかえると、ウェルヘイムへと急行した。道すがら、たびたび起こる地震で転びそうになる。


「つうかサラマンド、なんだよデモノイドウェーブって」


「大量発生した魔族による破壊活動だ。だいたいは巣を半端に刺激して、連中を怒らせると起きるもんだが……」


「討伐で何かやらかしたのか? 偉そうにしてたくせにクソ迷惑な奴らだ!」


 ここでグラムスの無骨な顔を思い出す。南の森で出会った時には追い返されたものだ。もしもこの騒ぎを、あの男が巻き起こしたのだとしたら、怒鳴りつけてやりたい。どっちが素人だと。

 

 怒りも冷めやらぬうちに辿り着いたウェルヘイム。明け方だというのに大勢の群衆が表に出ていた。どこを見ても困惑しきりで、不安の色を隠さない。辺りがざわめきで埋め尽くされる中、鋭い声が響いた。「静粛に!」それはバンスネルの側近だった。


 辺りが静まり返ったところで、バンスネル本人が咳払い。整えられた口ひげにそっと指を添えて、こう言った。指先が小刻みに震えているようだ、見間違いでなければ――と思う。


「物見より報告が入った。南方の崩落地よりプラントウォークが大量発生して、このウェルヘイムに向かっておる」


 再びざわめき、悲鳴の数々が轟く。それをバンスネルは手のひらを掲げて制した。


「これより街を封鎖する。そして我が兵士と冒険者の力を結集して、この災厄を耐え抜くのだ!」


 号令が出されるなり各々が散った。一般人は領主館や公会堂といった施設に身を寄せる。ミリアムも例に漏れず、最寄りの公会堂に預ける事にした。アーセルはギルドから参戦を命じられているので、傍にいることができない。


「コーウェンに頼みたいところだが、この混乱じゃ探しようがないぞ」


 街は避難先を求める人々であふれ、喧嘩や諍いも少なからず起きていた。誰もが無秩序に手当たり次第、空き施設へとなだれ込むばかりだ。他人を気にかける余裕など誰にもない。


「ねぇおじさん。畑は大丈夫かな?」ミリアムは自身の境遇よりも農園を気にかけていた。


「大丈夫だろ。街から離れてるし、敵の狙いはウェルヘイムだって聞いてる」


「うん、でもね、気になるの」


「安全になったら帰れるはずだ。とにかくここで大人しくしてるんだぞ」


 その場を離れたアーセルは、急いでギルドに駆けつけた。いつもの受付が開口一番に怒鳴る。


「遅いぞルーキー! ボヤボヤすんな、街が滅ぶかの瀬戸際だぞ」


「遅れた分、きっちり働いてやるよ。どこで戦えば良い?」


 プラントウォークは炎で撃退できることは実証済みだ。活躍の機会は多いように思う。


 ここで大暴れすることでギルド受付は態度を改める。これまでの無礼を恥じてひれ伏す。多額の報酬も差し出されるはずだ。ついでに街のあちこちから乳美女が裸になり、こちらに群がってくるので、もはや娼婦に銀貨を積む必要もなくなる。


 そう思えばやる気が満ち溢れてくる――が、与えられた仕事は裏方だった。


「お前は荷物運びだ。あちこちの詰め所に武器を運んで回れ」


「はぁ!? 戦うんじゃないのか?」


「誰がDランクを前線送りにするかよ。足手まといになるだけだ、いいから行け!」 


 追い出される形で街なかに放り出されてしまったアーセル。言われるがままに兵站――つまりはバックアップに回ることとなった。


 人使いはやはり荒い。誰もが殺気立っているせいだ。


「そこの矢束を南門に運べ!」


 甲冑姿の兵士に命じられる。街は広大で、長い距離を走らされた。ようやくたどり着いたかと思うと、息を付く間も与えられず、別の兵士が怒鳴った。「普通の矢じゃない! バリスタの方を持ってこい!」


 突発の戦闘であるがゆえに混乱を極めた。指示系統は乱れに乱れ、錯綜とし、しわ寄せは立場の弱い者に向けられる。つまりはアーセルのような者たちが割を食うのだ。実際、他のDランクたちも散々な言われようをしていた。


 そうして這いずり回っていると、不意に高い位置から声をかけられた。嘲笑う響きがある。


「クケケ、ざまぁないね。良い気味だよ本当に」


 見上げると、そこには城壁に立つ魔術師風の男――プルルだ。彼はCランクなので前線守備を命じられている。アーセルのように走り回る必要はない。


「あぁ、前に会ったな。一瞬誰だか分からんかった」


 アーセルは、プルルの髪に目を向けた。それはコンガリと焦げて丸く膨らんでいた。出会ったときの姿と今では印象が大きく違う。クセのないストンとしたマッシュルームヘアーだった。


「お前のせいなんだぞ。あんな強い炎で焼くだなんて、お陰でサラサラヘアーがこんなことに!」


「そっちが煽ったんだろ。つうか、そこの役目を変われ。オレの方が強いんだから」


「ふん、知らないね。ギルドに直談判したらどうだい下っ端君。まぁ通らないだろうけどね!」


 プルルが高笑いを響かせた、まさにその時だ。「来たぞ!」兵士が叫んだ。


 山道を降りてくる無数の陰。それを朝日が照らす。大地を埋め尽くすほどのプラントウォークが、ゆるりと、しかし確実にウェルヘイムを目指している。まるで山全体が身動ぎして、襲う機会を窺うかのように見えた。


「バリスタ、用意!」


 バンスネル男爵が叫んだ。声は上ずっているが、兵士たちは速やかに動いた。


 バリスタは弓型の兵器で、1基につき4人が操る。2人がかりで巨大な矢を装填し、1人がハンドルを回して向きを調整。そして射手が狙いを視る。


 まもなくバンスネルが「射て!」と叫ぶ。すると巨大な矢は一斉に、重たい風切り音とともに放たれていった。


 アーセルは役目も忘れて城壁に昇った。


「おお、すげぇ! バカでかいなアレ!」


 朝日を遮るほどの矢が、空を埋め尽くす。それら全てが敵の進路に降り注いだ。


 炸裂、そして地響き。重量を伴う矢の威力は凄まじく、魔族の身体を粉々に討ち果たしてしまう。茎や葉の破片が舞い上がり、辺りは土煙に包まれた。


「おお! 見たか、皆のもの! 我がウェルヘイムは魔族などに負けたりは――」


 バンスネルが豪語しようとする、だが物見の兵がわめき声を被せた。


「魔族の軍はひるまずに前進! そして二手に分かれて、左右から攻める構えになりました!」


「なっ!? 次の装填を急げ!」


「敵の速度上昇! バリスタは間に合いません!」


 プラントウォークたちは動きを変えた。茎から生えたツルを手足のように操り、跳ねるようにして進軍した。速度は数段もあがり、また面妖とも言えるその動きに、守備隊は浮き足立った。そこで南門が開いた。


 グラムスを先頭にした冒険者の一団が飛び出していく。


「野郎ども、オレたちは右翼を撃つ! 術師たちには左翼に当たれ!」


 飛び出していく地上部隊は、果敢にプラントウォークの群れに激突した。さすがに歴戦の戦士たちは勇猛だ。対峙するプラントウォークを倒しては奥へと食い込み、敵の進軍を阻んだ。


 そして左翼側を任された魔術師たち――プルルを含めた数名が、虚空に術式を描いては炎を放った。


「狂い貪り主神に仇なす暴徒を焼き尽くせ、ファイヤーボール!」


 それが詠唱かと、アーセルは呑気に聞いた。そして眺める。他の魔術がどの程度か、興味が湧いたのだ。


「どれどれ、お手並み拝見……うん?」


 術師たちが打ち出すのは、拳ほどの火球だ。それが虚空を走り、敵に激突――1体2体と燃やしていく。だが歩みを止める火力には届かない。


「おい口先野郎。もっとやる気出せよ。ちまちま焼いても間に合わねぇぞ」


「うるさい! やれるだけの事はやってる!」


「どうせなら、これくらい出してみろよ」


 アーセルは叫んだ――精霊サラマンドよ、その真価を示せ。


 すると、辺りが白むほどの火球が上空に現れた。まるで太陽が2つに別れたかのよう。戦場は不思議な静寂に包まれた。


「ほんじゃ、食らいやがれっと」


 それが敵の左翼に放たれた。グラムスが叫ぶ。「退避しろ、急げ!」地上部隊は慌てて南門から街なかに戻った。戦場にはプラントウォークだけが残された時、火球は落ちた。


 駆け抜ける閃光は視力を奪い、吹き荒れる熱風が街の屋根を吹き飛ばした。


「やっぱこれくらいじゃないとな。見たかプルル?」


「この大馬鹿! 街ごと壊す気か!」


「いやいや、ギリ堪えてる。まだいけるっしょ」


 荒れ狂う風がやみ、世界に色も戻ってゆく。すると、一同は信じられないものを見た。大地を埋め尽くすほどのプラントウォークは、1つとしてみられない。圧勝も圧勝だった。


 だが街の南側は焼け野原に変貌した。山の裾野の木々も多くが焼失した。その代償の大きさが、人々を呆然とさせてしまう。


 流石にやりすぎたかも――とアーセルは静かに後ずさった。


「あ、ええと、オレの役目は終わりかな〜〜」


 すかさず城壁から逃げた。そして街なかに降りたところで、歓声が響いた。


「我々の勝利だ! 敵を殲滅したぞ!」


 バンスネルが宣言したことで、兵士たちも勝どきをあげた。勝利の価値が損失を上回ったという事でもある。少しだけ安堵したアーセルは、公会堂へと向かった。ミリアムと合流するためだ。しかし避難民の中に彼女の姿はなかった。


「おい、ここに女の子がいたろ。5歳くらいで仕掛け箱を持った」見知らぬ男に問いかけると、彼はミリアムと顔見知りだった。


「あの子ならさっき出ていったぞ。畑が心配だからって」


「何してんだよアイツ……!」


 街の門はすでに解放されていた。敵から遠い北門は、特に開かれるのが早かったのは皮肉だった。ミリアムはそこから門外へ抜け出ていた。


「どこだミリアム! まだ外は安全じゃ――」


 駆け回る最中、アーセルは何かにつまずいて転んだ。そちらに目を向けると、戦慄を覚えた。気づかないうちに瞳が大きく開かれてゆく。


「ツタが、エビルプラントのツタがここにも!」


「走れアーセル! 霧が出るぞ!」


 ツタの端で外皮が破けた。その瞬間にはアーセルは走りだし、再び農園を目指した。ミリアムの姿はまだ見ていない。


(無茶すんなよ。死んだら何にもならねぇんだぞ!)


 そうアーセルが祈る間も、草原は激しく揺さぶられる。そしてひとつ、またひとつと、大きなツルが地上に現れた。


 ウェルヘイムで再び悲鳴が轟いた。無数のツタが伸びて、先端が絡み合う。呆然と眺めるうちに出来たのは、檻だった。あるいは獲物を逃がすまいと折り重なって生まれた網だ。


 晴れ渡る空に輝く朝日がウェルヘイムを照らす。ツタの塊は日差しを浴びながら蠢いた。

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