表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

第15話 仲良し大作戦

 ミリアムとの『契約』が成立したことでアーセルは安堵した。深い森の傍らにある農園は目立たないので、通行人を見かけることはほぼない。魔族の襲来も考えられるが、草相手なら楽勝だと高をくくっていた。


 だが蓋を開けてみれば重労働だった。アーセルは農園の保護を申し出たのだが、その『保護』の範囲が両者で食い違いがあった。


「水やり。早くやってね。次は草取りだから」


 農園の朝は早い――朝日が昇りきらないうちに叩き起こされたアーセルは、気だるい身体でダラダラと働いた。


「おいミリアム、せめて何か食わせろよ。こちとら何も口にしてねぇぞ」


「そんなの知らない、アタシは食べたもん。ねぼすけが悪い」


「なんつう底意地の悪いガキだ……」

  

 ミリアムの指示は子どもとは思えないほど的確で、人使いも荒い。アーセルの脳裏に奴隷商という言葉がよぎった。


「そもそもオレはさ、外敵から守るイメージで提案したんだが。なんで雑用までやらされてんの」


「敵なんて来ないもん。だったら暇でしょ」


「グゥの音もでんわ」


「手が止まってるよおじさん。早くして」


 広大な農地を管理するのは生易しくなかった。仕事は単純だが膨大すぎる。日の出から始めて、太陽が中天に差し掛かるまで、雑用を延々と押し付けられてしまった。


 だからミリアムの「今日はおしまい」という言葉を聞いた時は、飛び跳ねるほどに嬉しかった。


「しんどかったーー! そんじゃ今日の報酬を頼むわ」


 そう言いながらアーセルは、頭の中で目まぐるしく計算した。農地の薬草は膨大で、全て収穫したなら倉庫から溢れるほどの量だ。概算でも50袋ほど。一袋あたり銅貨3枚でギルドに売れる。もし全てを譲り受けたら銀貨どころか金貨に匹敵する額面だ。


「あの娼婦は銀貨2枚で買えるんだよな。やべぇよ、釣りの方が大きいじゃねぇか」


 期待に胸を膨らませるついでに、いかがわしい妄想も広がる。だが手渡された薬草は少量。おおよそ一袋分だけだった。


「おい、それはケチすぎるだろ。あんなにコキ使っておいて!」


「枯れそうなのはこれだけ。他はだめ。まだ元気だもん」


 アーセルにとっての誤算はミリアムの頑固さだった。思いのほか彼女はしっかりしており、融通もきかない。予定より多めにもらおうという魂胆もあったが、完全な空振りに終わった。


 交渉の余地はなく、その場でミリアムは背を向けた。去り際に告げられた言葉も別の話題だ。

 

「じゃあアタシは買い物してくるから」


「おい、金はあんのか?」


「パパが置いていったのがあるもん。ご飯を買えって」


 ミリアムはそう言い残すと、ウェルヘイムに向かって歩き出した。アーセルも街のギルドに用事はあり、目的地は同じだ。しかし2人が肩を並べることはなく、アーセルが後ろから追う形になった。


「まいったな。一筋縄じゃいかない」


 アーセルとしては、1日も早く旅立ちたいところだ。セフィラは遠い王都にいるはずで、今すぐにでも駆けつけたい。ウェルヘイムに長居するつもりなどなかった。


「手っ取り早く稼ぐには、ミリアムを懐柔するべきだよな。もっと仲良くなれば薬草を多く譲ってくれるかも」


 すると隣のサラマンドが呆れ声をもらした。


「子供に頼るとか、最高に情けないプランだな」


「なんとでも言えよ。オレは金がいるんだ」


「まさかとは思うが、脅したりしないよな? それくらいのモラルはあるよな?」


「見損なうな。そんな外道じゃない」


「ガキにねだる時点で、もう最底辺に滑落してんだよお前は」


「まぁいいから見ておけよ。オレは長い孤児院暮らしで、ガキの扱いには慣れてんだ。仲良しになるのに半日もかからねぇって」


 ミリアムは大通りからすぐに路地へ曲がった。アーセルもつかず離れずの距離で追跡した。その最中に観察することも忘れない。


「背丈は平均的よりやや低い、痩せ型。右利きで猫背ぎみ。発育は……」


「やめろよアーセル。あどけない少女まで解析すんな」


「仲良くなろうにも、相手を知らなきゃ始まらねぇだろうが」


「不要なモンまで拾うなよ。何が発育だコラ」


 そんな口論があるとは知らず、ミリアムは歩き続けた。その最中に仕掛け箱の挑戦も続けられた。かと思えば、道すがらに食品店に立ち寄っては保存食を買い、また路地裏をさすらう。


「あいつ、結構金持ってんな。オレより良いもの食ってる。ランドの親父がたんまり遺したみたいで羨ましいわ」


「それよか、仲良しプランは思いついたのかよ。いつまで幼女ストーカー続ける気だっつの」


「う〜〜ん、そうだな」


 アーセルは辺りを見渡して、目ぼしいものを見つけた。そして殊更に大きな声をあげた。


「おやぁ? こんなところに美味しそうな屋台が! 串団子だってよ〜〜」


 店先で声を張り上げたのだが、ミリアムには響かない。彼女は足を止める事もなく、先へ行ってしまった。


「ダメか。美味いものをシェアして仲良しプランは失敗だ」


「なぁアーセル。もしあの時、ミリアムの気を引けたらどうしてたんだ? お前無一文だろ?」


「ヤツの財布をあてにする」


「くたばれ。どうなってんだよ頭の中」


 それからも仲良し作戦は続いた。散歩してる犬に「可愛いワンコ!」と絡みに行って吠えられた。花壇の花を見かけては「このステキな花は何かしら」と大げさに褒めたものの、住民の夫人から怪訝な視線を浴びて終わる。


 そうまでしても、ミリアムは一度として振り向かない。一心不乱に箱をいじくり、黙々と歩いていく。


「クソッ、何か良いきっかけは……。あれはどうだ?」


 苦し紛れに見いだしたのは、路上で遊ぶ子供たちだ。木の棒を並べて石蹴りを楽しんでいた。子供には子供を引き合わせるのが良い。そしてアーセルは盛り上げ役を買って出て、場に馴染みきる。


 これだ、完璧なプランだ――。と思われた矢先の事だ。アーセルが動くより先に子供たちが声をあげた。「うわぁ箱女が来たぞ、あっちいけ!」


 彼らは口汚く罵り、唾を飛ばしては威嚇しはじめた。ミリアムはハッと顔をあげては、立ち止まる。そして箱を決して手放さないように、それを抱きしめながら、通りを走り抜けていった。


 追い打ちに罵声が飛ぶ。「ざまあみやがれ、捨て子のガキ!」そして汚い声で笑い出した。


「どこの世界でも、孤児ってのは肩身が狭いんだな……」


 アーセルは苦い記憶とともに、子供たちの嘲笑を耳にした。するとだんだん腹が立ってきたので、遊びに使う木の枝をこっそりと燃やした。


 炎は地面だけを焦がして消えた。大事にはならないが、突然の発火に子供たちは慌てふためいた。なんとなく仇討ちをした気分になり、胸がスッとする。


「そういやミリアムは……見失ったか」


 その小さな背はすでに見えず、大通りの中に消えてしまった。雑踏の中で子供を見つけるのは難しく、騒ぎでも起きなければ至難の業だった。


 ここで仲良し作戦は諦めて、雑用を片付けることにした。ギルドに薬草の納品、報酬に銅貨3枚を受け取る。空腹に負けて食堂へ向かいたくなるが、どうにか堪えて、銅貨1枚で低品質の干し肉を買った。端切れ肉で、サイズも味もばらつきのある保存食だ。


「どうしたもんかな、なんかパッとしねぇし。さっさと次の街に向かおうかな」


 アーセルの足はどこへ向かうでもなく、往来の中を無意味に歩いていた。仕事を終えてしまえば暇があるだけだった。


「ミリアムはどうすんだよ。放り出していくのか?」


「別に、たいした義理もないだろ。行きずりなんだしさ」


「あの子の境遇に共感しねぇのかって。孤児みたいなもんだろうが」


 アーセルはそっと空を見上げた。まだ明るく、夕暮れにはまだ早い頃合いだ。


 かつての自分、まだロックヒル村に流れ着いたばかりの頃は、なかなか悲惨だった。養父のクラッセンとは馴染みきっておらず、村ではボヤ騒ぎを頻発させ、白い目で見られた。


 あの時のことは思い出したくない。世界の全てが敵に回ったような感覚は、今でも心をジワリと重たくする。


「コーウェン夫妻がいれば十分だろ。あのガキのために貧困に苦しむつもりはない。もっとも、ミリアムが立派な大人で、『ステキご褒美』をくれるってんなら話は別だがな」


「最低だなお前、知ってたけど」


「そもそもミリアム本人が、オレを必要としてないだろ。安い労働力くらいにしか考えてねぇぞ」


「まぁ、そうかもな」


「つうか帰るぞ。朝早くからコキ使われて、死ぬほど疲れてんだよ」


 アーセルの居場所は農園の片隅だ。布を1枚敷いただけの寝床で、質素にもほどがある。ここを手放したとしても、全くもって惜しくはなかった。

 

 そしてこの日の晩、コーウェンは訪ねに来なかった。あの食事は、毎日振る舞われるものではないらしい。その事実は決定打となり、街を離れる決心を固めた。


「夜中のうちに逃げるか。誰かに見つかったら面倒だし」


 そうして迎えた夜半過ぎ。足音を殺して、窓から家の中を覗き見た。確かにベッドにはミリアムの姿があった。


「しめしめ、グッスリ寝てやがるな。起きるんじゃねぇぞ」


「押し入り強盗みたいなこと言うなよ」


 ミリアムには何も告げずに立ち去ろうとした――その時だ。唸り声らしきものを聞いた。微かに、しかし確実にアーセルの耳元に届いた。


「なんだこれ、魔族か?」アーセルが身構えるとサラマンドが否定した。「違うな。何の波動も感じられねぇ」


 だとしたら何だ。声の出どころを探ってみると、それは家からだった。再び窓から覗き込むと、ミリアムは確かにベッドにいるのだが、顔は苦悶の表情を浮かべていた。


「おい、どうかしたのか?」


 思わず踏み込んでしまったのだが、ミリアムは応じない。今も眠りに落ちており、強くうなされているのだ。


「何だよ驚かせやがって。悪い夢でも見てんのか」


 速やかに立ち去ろうとする。だがミリアムが「まって」と言った。驚いたアーセルが振り向くが、やはり眠っているようにしか見えない。


 しばらく見守っていると、ミリアムはうわ言を口にした。


「まって、いかないでパパ……」


 単なる寝言、しかしなぜか胸を強く打つ。ミリアムの頬を涙が伝う。うわ言は止まらない。ベッドのシーツは幼い手に握りしめられて、小さなシワを作る。しかし両手は固く握られており、強い想いが感じられた。


「おねがい。1人にしないで。いい子にするから。お仕事がんばるから」


「ミリアム、お前……」


 アーセルはそっと瞳を閉じた。寂しさは耐え難いものだ、特に幼年期のものは。彼もクラッセンや同期の子供たちのお陰で気が紛れたものの、不意に感じる寂しさは、心を激しく苛んだ。特に冷えこみの強くなる時期は、優しさが恋しくなる。


「大丈夫か。しっかりしろ」


 アーセルは、ミリアムの額に手のひらを置いた。互いの体温が混じり合う感覚がある。これに何の意味があるかは彼にもわからない。だが彼が幼い頃、クラッセンは同じように優しく撫でてくれた。


 ただそれを真似しただけ――。深い意味などない、ただ単に手が伸びた。だがミリアムは、次第に寝息が深くなり、やがて穏やかな顔になった。


「ひとりにしないで……か」


 家をそっと後にして、彼の足は自分の寝床に向いた。布を敷いて寝転がり、空を見上げる。今宵も空気は透き通り、星空が美しい。そんな絶景も、置き去りにされた少女には響かないのだろう。


「ひとりはな、辛いんだよな……」


 アーセルは物思いにふけるうちに、眠りについた。


 迎えた早朝。陽が昇った頃にミリアムがやって来た。なかば強引に起こされたアーセルの前に、スライスパンが突き出された。そして消え入るような声を聞いた。


「いっしょに食べよ」


 押し付けられるように手渡されたのは、スライスパンの数切れ。まだ新しいもので、香ばしい匂いも残されている。


 彼女なりの歩み寄りだろうか。アーセルは、昨日との違いに戸惑う。だが、その好意は素直に嬉しく思った。


「いいのか、もらっても?」


「うん。銅貨1枚ね」


「金とるのかよ。しっかりしてんな」


「パパのお金だもん」


「まぁ、別に良いけどさ。それよりメシの時くらい箱をいじるのはやめとけよ」


「そんなのアタシの勝手だよ」


「いいから言うとおりにしろ。何もずっと手放せとは言ってないんだから」


 アーセルは、岩場に腰掛けてはパンをほおばった。隣にミリアムも、少し離れて座る。打ち解け始めたことに、かすかな喜びが感じられた。


(もう数日くらいは留まってもいいかな)


 最後の一切れを口にいれたアーセルは、そんな事を考えていた。その傍らでは、頬を膨らませたミリアムが、箱の解除を再開させていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ