第14話 父を待つミリアム
広大な薬草畑の所有者は何者か――。興味本位から丘の上の一軒家に迫るアーセル。その後ろでサラマンドが青ざめていた。
「あぁ世も末だ。あんな子供に欲情するだなんて……こんなクズに力を与えたのが間違いだった!」
「まだ言ってんのかトカゲ。捻りコロすぞ」
「じゃあ違うってんだな? 別の理由があるんだな?」
「当たり前だ。いい加減にしないとコンガリ焼くぞ」
身を潜めたアーセルは、窓から中の様子を覗き見た。先日に街中で出会った少女は1人きり、テーブルに腰を降ろしていた。見たところ5歳ぐらい。年相応に駆け回ったりはしない。背の高い椅子で足を揺さぶりつつ、ひたむきに仕掛け箱を解こうとしていた。
垂れ下がる緑の髪が顔を隠しており、その表情までは掴めなかった。
「この子、いつも1人だな。親は?」アーセルが問う。もちろん答えなど持ち合わせていない。
「留守なのか、孤児なのか。見た感じじゃわかんねぇよ」
「生活感も、あるようで無いような気も……」
テーブルにベッド、カマドに水がめ、壁にはランプと一通りの家具は揃っている。それだけでなく、壁には棚が打ち付けられており、大小のビンが所狭しと並ぶ。「あれは薬みたいだな」
子どもに扱えるものではないとは思う、これは大人の影だ。しかしそのくせ、近場に保護者がいるような気配も感じられず、アーセルも事情を飲み込めずにいた。
「なるほどね。もし仮に、この子が孤児で一人暮らししてるようなら――ここで一緒に住まわせてもらおうか」
突然の宣言にサラマンドはむせた。
「おま、バカ野郎! 何だその発想!?」
「子供1人で農園を管理なんて無理だろ。オレも手伝ってやるのさ、住み込みで。そしたら薬草を報酬にねだれるし、宿代も浮くから助かる」
「理屈がクソキモいんだよ」
「何がだよ。あんなガキ1人じゃ危ないぞ。世の中には危険が多いんだから」
「こえーーよ。その危険のうちにお前も入りかねないんだぞ」
「どうとでも言え。判断するのは当の本人だろ」
アーセルが腰をあげようとした矢先の事だ。突然、駆け足が聞こえたかと思うと、背中に衝撃が走った。そのまま勢い任せに倒されて、腕関節を締め上げられてしまう。
「テメェ、何をコソコソ嗅ぎ回ってやがる! ミリアムに何の用だ!」
「痛い、マジでこれ決まってる……!」
「誘拐か、それとも下劣なやつか! この人でなしめ!」
「そんなんじゃねぇよ! それとも何か、オレが悪党や変質者に見えるっての!?」
「ばっちり見える!」
「そこはゴメン!」
しばらく押し問答が続いた。だが誤解だと分かるなり、乱入した男の態度も柔らかくなった。もちろん組技も解かれた。
男はコーウェンと名乗った。ウェルヘイムの鍛冶師だと言い、確かに体型は固太りだった。つるりと剃った頭を自らたたき、そして謝罪した。
「いや、すまねぇ。ちっとばかし早とちりを。勘弁してくれ」
「謝られてもな。怪我はしてないけど、心はズタボロに傷ついてんだが? 変質者とかロリおじさんとか、他にも色々言われたが?」
「いやいやすまん! お詫びといっちゃなんだが、晩飯をご馳走させてくれ。うちのカミさんは料理が上手いんだ」
「ここから嫁自慢かよ。オレの心は砕けるかもしれん」
「損はさせないから。ちょっと待っててくれ」
コーウェンは、丘の家に訪いを告げた。中からは例の少女ミリアムが現れる。そもそもコーウェンは彼女に晩御飯を食べさせる目的で来たらしく、コソコソ隠れるアーセルを目撃したという経緯だった。
「コーウェンの立ち位置は? 父親……にしては似てないが」
「もちろん。オレはミリアムの親父と古い付き合いでな。世話を頼まれてる」
コーウェンが向かうのは彼の自宅で、ウェルヘイムの住宅街だ。年代物だが、狭い花壇は清潔で、家の中も掃除が行き届いていた。
通されたリビングで紹介されたコーウェン夫人――。対面したアーセルは驚き、夫人も高笑いをあげた。今朝に利用した食堂の女主人だったからだ。
「世間ってのは狭いもんだねぇ。たくさんあるから、おあがりよ」
卓上には温かな晩餐が並ぶ。バジルスープの香り、もうもうと湯気をあげるチーズドリア。料理人だけあって盛り付けも美しく、味も格別だった。
「うまっ! 美味いねこれ! さすがはプロだわ」
口を膨らませてまで食らいつくアーセルの隣では、ミリアムが静かに座っていた。手にした仕掛け箱を片時も離さず、時々思い出したように料理を口にした。
子どもの事とはいえ、失礼な態度だ。しかし真向かいに座る夫人は、慈愛に満ちた視線を注いでいた。
「もっと食べなミリアムちゃん。風邪に負けない強い大人になるためにね」
「ん……」
ミリアムは好き嫌いせず、黙々と食べ進めていた。口に合わない訳ではないらしい。それでも返答はあいまいで、表情も暗く、ただ仕掛け箱だけを見ていた。
アーセルも夫人に同調した。「野菜をたくさん食べて、大きくなれよ」自分の皿からニンジンスライスをすくい取り、それをミリアムの方へ移しておいた。
全員が食べ終わったところで、ミリアムは席を立った。そして短く告げた。「かえる」と。陽は既に落ちている。家まで送ると言ってコーウェンが立ち上がり、それにアーセルも続いた。
かがり火を頼りにウェルヘイムの街を歩く。ミリアムを送り届ける間、彼らの事情が語られた。
「一緒に住めたら安心なんだがな。なかなか受け入れてくれない」コーウェンは、先を歩くミリアムの背中を見つめていた。
「断られるのか? こんなふうに、いちいち移動するなんて面倒だろう」
「父親の遺した農園を守ると言ってきかないんだ。ミリアムがあの家を離れる事はないかもしれない」
アーセルは、薬草が膨大に植わる農地を思い出した。ミリアムの父は薬師で、農地にはその原料が栽培されているという。その父が不在の間、10歳にも満たない幼子が健気にも守ろうとする――その熱意が、アーセルの胸を突いた。
「ずいぶんと父親想いなんだな」
「生まれた時に母を亡くしてる。兄弟もいない。唯一の肉親ってやつだ。その父親、ランドという名前なんだが、家を空けると言って出ていった。それが半年前の事だ」
コーウェンが手のひらで四角を作りながら、言葉を続けた。
「ひっきりなしに仕掛け箱を触ってるだろ。あれは、ランドが別れ際に置いていったものなんだが――」
「それ気になってた。やたら夢中だよな」
「ランドはミリアムに言ったんだ。『この箱が解ける頃には帰ってくるから』ってね」
「それは、なんつうか……」
「もちろん帰宅と箱の解除に何の因果関係もない。方便みたいなもんさ」
「だから、あそこまで必死になってるのか」
ミリアムは健気にも、離れた父親の影を置い続けている。だから農園を守ろうとし、箱の解除にも勤しむ。寂しさがそうさせるのだろうと、アーセルは思う。
やがて丘の家にさしかかる。木の階段を昇るのだが、途中でミリアムが転びそうになった。
「こんなふうに四六時中やってるもんだから、1人にするのが怖くてな。オレたちが見てやるべきだが、仕事の都合があって毎日というわけにもいかない」
その台詞待ってました――と言わんばかりにアーセルは声をあげた。「オレがみてやるよ」
驚くコーウェンにむかって、更にまくしたてた。
「オレは冒険者で、薬草探しの仕事してるんだけどさ。ここにたくさん生えてるだろ。報酬代わりに分けてくれるなら、面倒見てやるぞ」
「まぁ、お前さんは信用できそうだが……」
コーウェンは説得されたようだが、ミリアムが首を横に振る。なぜだと尋ねれば、明確な答えがあった。
「パパの畑だもん。1個もあげないよ」
オーナー代理は完璧に拒絶したが、アーセルは食い下がる。しつこさ――もとい粘り強さは彼の持ち味だ。
「じゃあ古くて枯れそうなやつなら良いだろ。畑の掃除がてらに。ついでにここに住んで、悪いやつから守ってやるよ。どうだ?」
この提案にはコーウェンも助け舟を出した。「大人が1人でもそばに居ると、何かと安心できるぞ」
すると、ミリアムはゆっくりと首を縦に振った。契約が成立した瞬間だった。アーセルにとって朗報だ。これで薬草の納品に困ることもなければ、宿を取る必要もない。王都までの足代もすぐに貯まることだろう。豪華な食事で腹も膨れたし、最高に幸運な一日だと感じた。
「よっしゃーー! メシの種と寝床を同時にゲットだーー!」
喜びから吠えるが、横からコーウェンが水を差した。
「いや、家の中に寝泊まりは勘弁してくれ。一人娘と知らん男を同居させた――だなんて、ランドにどやされちまう」
結局、アーセルはミリアム家の近場で野宿する事で落ち着いた。さすがに一挙両得は虫が良すぎるというものだ。焚き火に当たりながら『流石にそうだな』と、アーセルは納得した。
ともかく薬草の目処はついた。あとは仕事をこなせばよく、程よい所で次の街へ向かおう。ミリアムは不憫に思うが、自分には関係のないことだ――。満天の星空の下で寝転がりながら、そんな言葉を思い浮かべた。




