第13話 薬草探し
見渡す限り豊かな大草原――枯れ葉が多く見られるが、土壌自体は豊かであることに疑いはない。それにも関わらず、薬草の類は見当たらなかった。
「どういうことだよ草、こんだけ生えてんのに草が!」
アーセルは苛立ち紛れに枯れ葉を蹴散らした。するとサラマンドが遠くを指さす。「あれのせいじゃね?」
見れば、冒険者の一団が草原地帯を進んでいた。それと同時に草を摘んでは袋にしまう。その赤みを帯びた葉からして、お目当ての薬草だとわかった。
「あいつらオレの仕事を!」
「こりゃ競争が激しいね、大変だな人間って生き物も」
「何を呑気に。いいか、自慢じゃねぇがオレは一文無しだ。馬小屋にすら泊まれないんだぞ」
「だな、全然自慢にならねぇ」
「死活問題なんだよ。このまま食えなくて行き倒れになったら、お前も困るだろうがトカゲ」
「そうでもねぇけどな。誰かが上手いこと叡智の書を拾ってくれりゃ解決だし」
「お前には良心ってもんが無いのか、相棒だろ!?」
「ノエイラにでも頼んでみるか? 土魔術なら一撃だぞ」
「ノエイラちゃんは……」そっと叡智の書にささやくが、反応は見られない。「今忙しいかも」
「んで、冗談はさておき。多少は冒険しないとダメだろ。街の近くのは全滅みたいだからな」
「どこかあったか。緑が豊かで、薬草の生えてそうなところ――」
アーセルは閃くが、気乗りはしなかった。昨日の不気味な光景が蘇るせいだ。
「ツタの所に行ってみるか。記憶違いじゃなきゃ、そこそこ生えてたと思う」
「あそこか……。オススメはしねぇが」
「どの道、食えなきゃユルユルの死。バケモノが出たら特急の死。だったら食える方に賭けようぜ」
勇ましさを見せたアーセル。ロックヒル洞窟で見せた怯えっぷりからは想像もできない。サラマンドは称賛の拍手を送ろうとして、はたと手を止めた。
「ずいぶんと仕事熱心だな。それメシのためじゃなくて、娼婦を買うつもり?」
「さぁ行こう、やれ行こう! 時間は限られてるからな!」
ごまかし下手が草原を駆け抜けていく。向かうはウェルヘイムの南側で、ロックヒル村に続く山道だ。登山道に差し掛かった所で道をそれて、森の方へ向きを変えた。
しばらく進むと、辺りの気配が変わる。腹の奥を針で突付かれるような、不快なものだ。
「ツタが出てきたな。こいつは無害か?」
アーセルは改めて観察した。木々を絡め取るように伸びるツタは、異様なほどに太い。鍛え上げた男の腕よりも頑丈そうに見える。表面にびっしりと生えるトゲも、先が鋭利で、肌を切ってしまいそうだ。
そんなツタが無数に展開されているにも関わらず、通行が可能であるのは、道を塞いでいないためだ。あくまでも木々に絡みつくばかりだ。
「見れば見るほど気色悪いな」
アーセルが呟くとサラマンドも頷いた。
「これも魔族に間違いない。だが、ずいぶんおとなしいな。まるで眠ってるみてぇだ」
「ふぅん。でもここいらには薬草が残ってるぞ。これで今日のノルマは十分だ」
「慎重にな。ツタを刺激するなよ」
不気味ではあるものの穴場スポットだ。薬草は探すまでもなく生い茂り、手当たり次第に詰むだけでよい。この様子ならすぐに仕事が片付きそうだと安堵する――だが、アーセルは途中で手を止めざるを得なかった。
「なんだ、誰か来るぞ」
まず悲鳴を聞いた。アーセルが森の奥を睨むと、茂みの向こうから何人かが駆けてきた。全員が冒険者らしく武装しているが、なりふり構わず逃走していた。その背後を脅かすのは大きな食虫植物だ。茎から生えたツルを手のように振り回しつつ、先端に咲く毒々しい花も、獲物に食らいつこうと虚空を噛んだ。
「たっ、助けてくれ!」
アーセルを見るなり剣士や弓士が喚いた。そして遠くへと駆け去っていく。必然とアーセルが敵の追撃を止める格好になった。対峙する魔族は2体ばかり。
「草なら良く燃えそうだよな!」
両手を突き出し、火球を生み出す。彼なりに工夫した結果、片手で1発ずつ計2発を打ち出した。目論見通り、魔族たちは全身が業火に飲まれた。
「楽勝! つうかこれ、特別報酬がもらえたりするか?」
討伐目標を倒せば別で金が支払われるはず――打算的に考えたのも束の間だ。倒れた植物のうち、1体が巨大なツタにもたれかかった。そうして炎にあぶられたツタは、まるで痛みに悶えるかのように大きく震えだした。
それと同時に、辺りには地震が巻き起こる。縦に横に激しく揺さぶられ、まともに立つことも難しくなった。
「このバカ野郎! ツタを刺激すんなって言ったろうが!」サラマンドが地鳴りよりも大きな声で怒鳴った。
「不可抗力だろ! オレのせいじゃ――」
いさかいを重ねるうち、近くのツタが動き始めた。焦げた外皮が裂けて、中から赤黒いものが見えた。かと思うと、霧状の何かが辺りに撒き散らされた。
「な、なんだこれ……。鼻がいてぇ!」
「息をとめろアーセル! これは石化の霧だ!」
「石化!? マジかよ!」
とっさに口元をおさえて逃げようとする、しかし、同時に目眩に襲われたことで、その場で転倒してしまう。霧があたりに立ち込める。アーセルは、身体の奥深くが冷えていくような感覚にも苦しめられた。徐々に手足から力が抜けていくようだった。
「やべぇ、どうしたら……!」
その時だ。倒れ伏すアーセルの頭上を何かが素早く駆け抜けた。それは「じっとしてろ素人!」と罵倒を浴びせた。
颯爽と現れたのは虎髭の剣士だった。着地と同時に背中の長剣を抜き放つ。鮮やかな一閃で、白刃が美しい軌跡を描く――同時に暴れるツタを両断した。
「手間をかけさせやがって。あわや大惨事だぞ」
剣士は懐から薬瓶を取り出し、地面に液体を撒いた。ちょうど両断したツタの根本がある辺りで、まもなく地震もおさまった。石化をもたらす霧も、風に誘われてか薄まっていた。
「勝手なことしやがって、間一髪だったぞ!」
睨みつけてきた虎髭の剣士は、アーセルにも見覚えがあった。昨夜の路地裏で、薄着の女たちに囲まれていた男だ。
「あんたはグラムス……」
「あぁそうだよ。領主直々にエビルプラントの討伐隊を任された、グラムス・ヤード様だ」
そこで辺りの茂みが激しくゆれた。敵の魔族かと一瞬は警戒するが、冒険者だった。ただしアーセルの味方とは言いがたい。現れた2人はグラムスの子分であるからだ。咎める視線が増えただけだった。
「兄貴、怪我はないっすか!?」
「別になんとも。四十路ルーキーに説教かます余裕がある」
「こいつは昨日の、プルルを相手してたやつ」
「それなりの遣い手だと思うが、まだルールってもんを理解してない」
現れた子分たちは曖昧な気配をしていた。剣の柄に手を触れかけるが、抜きはしない。態度次第では斬りかかる――という意思表示だった。
アーセルは彼なりに自己弁護した。
「待てよ。オレはただ、薬草を探してただけだ。ツタを焦がしたのも、他の冒険者たちを助けようと――」
口がきけたのはそこまでだった。グラムスが剣を素早くアーセルの首元に突きつけた。その挙動を、アーセルは目で追いかけることが出来なかった。
「御託はいい。オレの言うことを聞け。エビルプラントは厄介な魔族で、無闇に討伐するより眠らせた方が安全なんだ。せっかく膠着にまで持ち込んだのに、お前みたいなバカに暴れられたら迷惑なんだよ」
「わかった、ツタには関わらんようにするから。それでいいだろ?」
「金輪際この森に立ち入るな。次に見かけたら、問答無用で叩っ斬るから、覚悟しておけ」
「待てよ、ここに薬草が――」
「二度は警告しない」
グラムスの刃が首筋に触れた。薄皮が切られた感覚もあった。それはあまりにも冷たく、身体の自由を奪われた想いになる。アーセルは声を絞り出すのがやっとだ。「わかった」と、声にならない声で。
グラムスはしばらく睨みを効かせた後、剣を背中に戻した。そしてハエを追い払う仕草を見せた。さっさと行けと言いたげだ。
すかさずアーセルは転げるように逃げ出した。森の端まで来たところで、ようやく立ち止まった。そこで振り返っては声を荒げた。
「何だテメェら偉そうに! 何がグラムスだ、ケツでも噛まれて死んじまえ!」
唐突な罵詈雑言に、サラマンドが目を丸くした。
「何してんのお前?」
「聞こえない距離で罵倒する。プライドを保つための儀式だよ」
「さすがにお前……ちょっとは逞しくなったと思ったら……えぇ?」
それからもしばらく口汚く罵った。だが、アーセルの鼻先にボウガンの矢が通り抜けた所で、儀式も終わる。「やっぱり殺そうぜ兄貴」そんな台詞が聞こえたところで、再び逃走した。
前傾姿勢の全力逃走。それから、どうにかウェルヘイム北部の草原地帯まで落ち延びた。
「はぁ、はぁ、ここまで来れば大丈夫だろ」
追手が来ないことを確認したアーセルは、草の上でふて寝した。そして不機嫌さを隠さずにかかとで地面を叩く。空を穏やかに流れゆく雲も、今は何の慰めにもならなかった。
「やってらんねぇよヒゲ面野郎、何様だよマジで」
薬草は目標の半分以下しか採れず、群生地の立ち入りは禁じられた。時間と体力を浪費したにも関わらず、成果は皆無だと言えた。このままでは食事も宿泊もままならない、完璧なまでの浮浪者だ。
「やべぇよ、どうしたら良いんだ……うん?」
アーセルは草の隙間から赤みを帯びる葉を見つけた。すかさず立ち上がり、駆け出した。
そうして辿り着いて目にしたのは、膨大なまでの薬草だった。群生地など比較にもならない、大量に生えていた。
「すげぇ〜〜なんだここ。パラダイスじゃねぇか?」
「良く見ろよ。ここは畑だし柵もある。誰かの私有地だろ」とサラマンド。
「マジかよ。こんだけあるなら分けて欲しいんだが。人助けだと思って……」
アーセルは視線を巡らせた。畑のそばに小高い丘があり、そこに一軒の家がある事に気付く。そこへちょうど1人の子供が入っていった。それは見覚えのある少女で、その風貌はまだ記憶に新しかった。
「今のは、食堂の前でぶつかったヤツ……?」
かぼそい縁だが、何かが繋がる感覚があった。まるで見えざるものに導かれるように思う。
「これってもしかして、運命かもな」
そう呟くと、隣でサラマンドが色をなした。
「運命って、まさかあのガキのこと? おいおい、いくら女にモテないからって、あんな子供に手を出すつもりか!? やめとけよシャレになってねぇ!」
「とにかく様子を見に行くぞ」
アーセルは頭を低くしながら、少女の消えた家屋へと向かった。丘の斜面に身を隠しつつ、家の中を探ろうとする。サラマンドが後ろから叫んだ。「そこまでだぞロリコン!」という罵倒は無視した。




