第11話 四十路ルーキー
ウェルヘイムの冒険者ギルドは酒の匂いが強かった。併設する酒場がやたら賑わっており、それがホールにまで漂うせいだ。賭けポーカーに山盛りの肉、そして享楽的に巡り合う男女たち――飛びつきたい衝動に駆られるアーセルだが、先立つものがない上に、目的は別にあった。
今、カウンター越しにギルドスタッフと向き合っている。小太りで鷲鼻の男が、アーセルをじろりと睨みつけた。
「四十路で未経験。そんな産廃野郎がロックヒルからの紹介状をねぇ、しかも魔術師ときたもんだ。怪しいもんだな」
受付の男は繰り返し羊皮紙を燭台にかざしては凝視した。押印を見ており、あからさまに偽造を疑っていた。失礼極まる態度にアーセルは腹立たしく思う反面、無理もないなと思う。逆の立場なら文書偽造を真っ先に疑う自信がある。
「それでもまぁ、レックスの顔も立ててやらんとな。あいつをキレさすと面倒だし」
「面倒? 怖いの間違いじゃないか?」アーセルが余計なことを口走る。受付は不機嫌に横を向いた。それから「誰があんな野郎」と悪態をつくものの声は小さい。古馴染みの名前がここで効いたのは、嬉しい誤算だった。
おもむろにブロンズのプレートが差し出された。そこにはアーセルの名前が刻まれている。
「ほらよ。冒険者証だ。失くしたら有料で再発行になるから気をつけろよ」
「おお! これでようやくオレも一端の冒険者に!」
「一端だ? んなわけあるか。見習いの駆け出しの半人前だよ」
受付はプレートの表面を指で小突いた。そこには、これみよがしにDと書かれている。
「お前のランクだよ、依頼もそれに見合ったものになるからな。実入りの良い仕事は危険がつきもので、初心者には任せられねぇ」
「見合ったものって、例えば?」
「今なら薬草集めぐらいか。まぁ雑用だ」
受付がアゴで指し示した。そこには薄汚れた羊皮紙があり、その案件が書かれていた。報酬は銅貨3枚。団子3本で消えてしまう額面だった。
「こんなんじゃ食っていけねぇよ……うん?」隣に目を向けると、比較的新しい案件が張り出されていた。そこには『エビルプラント討伐 日当銅貨10枚。魔族の撃破ボーナス銅貨5枚』とあった。
アーセルは食い入るように見つめては叫んだ。
「こっちの方が高いじゃん! なんだよこの格差は!?」
「危険だからに決まってんだろ。もちろんDなんかには任せねぇ。名うての冒険者とか、最低でもC以上だ」
「名うての冒険者? セフィラみたいな?」
「それはもしかして、風裂のセフィラのことか? まさか。あんな特Aランクの有名人が、こんな片田舎の案件に関わるかよ。今頃は王都で大型案件に付きっきりだろうさ」
セフィラはこの街にも居ないようで、今は王都だと知った。悔しがると同時に誇らしくもある。惚れた相手が極めて優秀で、有名であることが、なぜかアーセルも鼻が高い気分になる。
「風裂のセフィラか……なんかかっこいいな」
「そう思うか、四十路ルーキー」
「なんだよそれは」
「お前にあだ名をつけてやったよアーセル。お似合いだろ?」
すると酒場の方から哄笑がわきおこった。聞き耳を立てていた男たちがこちらを見て、ネバつく笑みを浮かべている。蔑みに満ちたそれらは特に珍しく感じない。ロックヒルでは毎日のように浴びせられたものだ。
まもなく1人の男が歩み寄ってきた。ローブ姿は術師の装い。客の誰かが言った。「プルルがいたぞ。これは可哀想に」と。
プルルという魔術師は値踏みする様な視線をアーセルに向けた。
「やあルーキー君。酒をおごってもらおうか。これから先輩の諸兄方に迷惑かけるんだからね。とりあえず有り金全部を出してよ」
「なんでそんな事を。ふざけるなよ」
アーセルが毅然と断ったのだが、プルルは聞いていないようだ。アーセルのつま先から頭頂まで眺めては、怪訝そうな顔を浮かべた。
「君は魔術師と言うが、知性も品性も感じられないね。どこの学校を出たんだい?」
「がっこう?」予期せぬ問いかけに、アーセルは声を裏返らせた。
「術師になるには学位が必要だよ――って、こんなこと卒業生なら常識だけど。君はもしかして野良の術師?」
「まぁ、そんなとこかな」アーセルは懐の魔術書に触れてみた。取り繕う言葉が欲しい。しかしサラマンドは声を殺して笑うばかりで、建設的な言葉はなかった。串焼きにするぞと、腹の奥で毒づいた。
「これは酷いね。こんな汚いオッサンが学校を卒業しただなんて、噂にも聞いたことがない。やはり野良魔術師、知識は偏ってるし力量も怪しい。そんな男だろうね」
プルルは樫の杖を手元で回すと、力強く握りしめた。そして眉を潜めながら続けた。
「嫌いなんだよね、ロクな技量もないのに術師を名乗る輩が。僕のような正統派が迷惑をこうむる」
「オレは別にそんなんじゃ――」
「黙りなよ」
いきなりアーセルの肩が燃えだした。慌てて手のひらで払うと、プルルがせせら笑った。
「滑稽だね。ただの挨拶じゃないか。もしかして無効化すら知らないのかな?」
「余計なお世話だ。つうか燃やしやがったな」
「これは失礼。お詫びに好きなだけ撃っていいよ」
「撃てって、魔術をか?」
「そうだよ、分かるだろそれくらい。ほらほら、偉大な先輩にして正統派の魔術師が胸を貸してあげるよ。遠慮せずな撃ちなって」
「じゃあ、そこまで言うなら……」
アーセルは片手をかざして、魔力を宿した。手のひらに慣れた感覚がある。例えるなら血液が集まり、熱が飛び出していくようなもの。
しかし、その手応えはあるのに、なぜか魔術は発動しなかった。発動する寸前に冷えていくような、初めての感覚があった。
「なんだこれ。今のが無効化ってやつか?」
アーセルが無邪気な笑顔をさらすが、対するプルルは真顔になった。そして呟く。「なんだこの男、異様なほどに術式展開が早い」と。
困惑し始めるプルルにアーセルは叫んだ。
「今の面白いな! もうちょっとやらせてくれ!」
「い、いや、ここらへんで……」
たじろぎ始めたプルルだが、観客が撤退を許さない。「やっちまえ!」「ルーキーに力の差を教えてやれ!」とヤジがうるさい。 ギルドの受付ですら高みの見物だ。止める声は1つとして聞かれなかった。
「構わないさ。力の差ってものを見せてやるさ」プルルの声はわずかにうわずった。
「良いんだな。そんじゃ行くぞ――」
「ま、待て! もう少しアニマを貯める時間をよこせ!」
「なんだそれ。力の差をみせると言う割に、なんか情けなくないか?」
「うるさい! 先輩の言うことを聞け新人!」
プルルは指先で虚空をなぞった。すると幾何学的な図形や文字が浮かび上がり、円形に描いた所で、その全てが弾けて消えた。するとプルルが言う。「万全だ、いつでも来い」と。
「そんじゃ先輩、やるからな」
アーセルは腰を落として神経を集中させた。そして手のひらにアニマを宿し、放つ。
「炎の精霊サラマンド! その真価を示せ!」
火球はやはり出ない。かわりに耳障りな高音が辺りに鳴り響いた。それは叡智の書に初めて触れた時に聞いたものと酷似していた。
「おぉ、すげえ〜〜。魔術はこんな事もできるだな」
涼しい顔で感心するアーセルだが、プルルは脂汗を滲ませていた。一見してどちらが優勢かは分かる。しかし一応は魔術の無効化には成功している。
プルルは膠着したと確信して、口元を歪ませた。
「ふふ。余裕があるように見せるのが上手いね。演技力だけならAクラスかもね。でも僕の魔術を破ることはできないよ。これでもCランクとして活躍中の魔術師――」
「これ、もうちょい強くしたらどうなるかな」
「なんだと? そんな痩せ我慢、恥ずかしいやつめ!」
「おっこいしょっと」
アーセルがさらに力をこめると、辺りにガラスの弾ける音が鳴り響いた。そして指先ほどの小さな火の玉が、綿毛のように飛んでいく。
それは呆然とただずむプルルの方へ。
「まさか、ありえない。この僕が野良相手に……?」炎がプルルの頭頂に落ちた。するとたちまち彼の頭皮を激しく焼いた。
「うわぁぁ! あっつーー!?」
半狂乱になったプルルは辺りを転げ回った。そして水がめに頭を突っ込んで、それきり動かなくなる。酒場の空気も急転直下、水を打ったように静まり返った。
「ん? オレ勝った? 勝ちだよな!」
相手はCランクの冒険者。それに勝ったということは……。アーセルは握りこぶしを高く掲げた。
「よっしゃーー! これでオレもランクアップだろ! Cランクに出世だ!」
だがそこへ受付が水を差す。
「そんなルールはねえよ。お前はDランクのまま」
「えっ、でも勝ったし。実力も上だって証明になったろ」
「ギルドでは実力だけで判断してねぇの。それよか信頼と実績の方が重たいんだよ。分かったら草でも探してろ」
アーセルは納得がいかないものの、受付の言葉は覆らなかった。結局は、薬草探しの契約を結んでから、屋外へ出た。
去りゆく背中を嘲笑うものはいない。それどころか、息を潜めてうつむく者が大半を占めていた。アーセルは、その劇的な変化を拝めただけで、多少なりとも気分が晴れた。




