第10話 ウェルヘイムの暗雲
旅を始めて二日目の朝――。腹は減るし喉も渇くし何なら体の節々も痛いと、コンディションは最悪だった。
「うぅ、くっそキツイんだが。旅とか最悪じゃねぇか」
両手をダラリとさげては食料を探し求めるアーセルは、さながら屍鬼のよう。その隣に浮かぶサラマンドも、似たような姿だった。
「やめろ辛気臭い。お前がそんなだと、オイラまで滅入ってくるだろが」
「このまま迷子になって、行き倒れエンドとか」
「ご自慢の鼻はどうなんだ。女の匂いから街とか村を探してみろや」
「匂いは……わかんね。なんか頭が回らねぇし」
「ともかく歩け、縁起でもない事言ってねぇで」
サラマンドは言い終えるなり何かに気づいた。高く飛び上がり、木々を越したかと思うと、素早く舞い戻った。
「おい、向こうに街がみえるぞ!」
「マジか、やるじゃねぇかサラマンド!」
「ふん、オイラも役立つだろうが。メインを代えるとか抜かしてたよな?」
「あんなもん言葉の綾だ」
サラマンドが指し示すのは北方面で、山のふもとだった。街の影は遠く、徒歩で丸一日はかかりそうだ。だがゴールが見えたら足取りも軽くなり、軽快に山道を降りていった。時には登山道から外れてまで、直線距離を取りに行くが――。
そんな矢先の事だ。アーセルは予期せぬものと出くわした。
「なんだこれ。木のツタだよな?」
付近の様相はこれまでとは別物だ。今や見慣れた広葉樹には、野太いツタが巻き付いている。それらの木々のものではなく、いずこからか伸ばされた長大なツタが絡みつくのだ。それも表面に鋭いトゲがびっしりと生えており、近寄る気にもなれなかった。
「なんだこれ。バカでかいツタだな……トゲもでかくて、ナイフが生えてるような」
近寄って観察すると、それらは蠢いているのが分かる。時折、トゲが向きを変える。作り物ではなく命あるものだった。
「これはさすがに迂回しないと――」
きびすを返そうとしたアーセルは、別のものを見つけた。木々の間や下生えの付近に石の塊があることに。それらは石像だった。近くまで寄り付きたくなるものの、大きなツタが行く手を阻んで進めない。
「近くに彫刻家でも住んでるのか?」
軽口を叩いたつもりのアーセルだが、石像の顔を見て薄ら寒くなる。ここから見えるだけでも、全てが苦悶の表情を浮かべていた。死と絶望――そんなものを表すかのようで、笑い飛ばせるような代物ではない。
応じるサラマンドの声も低かった。
「嫌な気配がしやがる。ここは避けた方が無難だぜ」
「わかった。遠回りするぞ」
足音を殺しつつツタのエリアから離れた。登山道まで引き返しては道なりに降っていく。アーセルの口数が少ないのは、考え事に集中するためだ。
(あれは彫刻なのか? それにしちゃ、リアルだったような……)
胸に不穏な空気を抱えたまま、彼らはようやく麓の街に辿り着いた。ウェルヘイムと呼ばれる街で、東西をつなぐ通商路にあたる。街の規模も大きく、人の往来も多かった。アーセルにとって初めて目にする都市で、心底驚かせた。
「すげぇ……ロックヒルよりずっと人が多いぞ」
「ちゃんと前を見て歩けよ。人にぶつかったら――」
「おい見ろよ、美味そうなもんが売ってる!」
「聞けよバカ親父!」
アーセルは辛うじて群衆を避けて、右に左にと流されつつも、露店にたどりつく。そしてカウンターに銅貨を置いてから告げた。「おっちゃん、この串団子ってやつ1本!」
店主は返事の代わりに溜め息を吐いては、調理を始めた。その仕草は重たげで、眺めるだけで気が滅入りそうだ。
「どうしたおっちゃん。嫌なことでもあった?」
そこでようやく露店商が口を開いた。頭髪の薄い、頬が少しこけた男だった。目の色も心なしか暗く見えた。
「別に。こちとらいつも通りだよ」
「それにしちゃ陰気じゃねぇか。もっとこう、明るくやんないと。そんなんじゃ売上さがるぞ、おっちゃん」
「余計なお世話だ! それとな、オレはお前よりもたぶん若いぞ!」
串を受け取るとともに店から追い払われた。往来はやはり激しい。すぐに群衆の流れに飲み込まれてしまい、せっかくの串を守るのがやっとだった。
アーセルが名物を食らうことができたのは、路地裏に逃げ込んだ後のことだ。
「なんか薄気味悪いな。都会って……」
「洗礼ってやつだな。とくと味わえよ田舎者」
路地から眺める間も、大勢が西へ東へと忙しなく歩いていく。その顔はいずれも暗く、疲れがにじみ出ていた。
「あまり好きになれないかもな、ウェルヘイムって街は……」
住民の顔だけでなく空までも暗い。暮れゆく太陽は赤黒い雲に覆われている。それを凶兆のように感じつつ、アーセルは蜂蜜がけの団子をかじった。その味は、見かけほど良くはなかった。




