表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/27

第9話 土の精霊ノエイラ

 自由気ままな旅――それは新鮮な喜びを与えてくれた。四十路まで村から出たことがないアーセルには、見かける全てが真新しい。発見の連続が心地よくて堪らなかった。


「みろよサラマンド! 変な形の根っこだ!」


「あ〜〜そうだな」


「うおっ! なんだこの岩? くぼみが椅子に使えそうだぞ!」


「あのさぁ、先急ごうぜ? 全然進めてねぇんだが」


「おお〜〜! こんなところに滝が! 喉乾いたーー!」


「聞けよ中年オヤジ!」


 アーセルは瞳を輝かせては、興味の赴くままに駆け回った。頭頂に結った黒髪の毛束も、野生動物の尻尾のように振り乱される。 


「生きてる! 生きてるなぁオレ、あはは!」


 旅とは思えないほどの享楽ぶりを見せたアーセルは、森の中で夜を迎えた。鬱蒼と茂る森、しきりに鳴く野鳥や羽虫たちに囲まれながら、焚き火の前で腰を下ろす。その頃には別人のように大人しくなっていた。


「メシ、こんだけかよ……」


 時を忘れて遊び呆けたがために、宵越しの準備が出来ていない。夜の闇とともにひもじさが襲いかかってきた。焚き火はサラマンドの手助けもあって容易だが、それ以外は散々だった。


 皮袋には真水が半分ばかり。他には、辛うじてかき集めた木の実が数個だけ。これが初日の晩餐になった。


「こんなことなら、出発する時に干し肉でも買っておくんだった……」


「反省しろアーセル。おっぱいの味とか言ってるからだ」


「つうかさ、こんな時こそ魔術で解決できねぇの? 例えばホラ、メシをドバーーッと出してみたり」


「そこまでのは無いが、食料対策みたいなのはあるぞ」


「んだよ、あるなら先に言えっての」

 

 アーセルが懐から叡智の書を取り出すと、隣でサラマンドがめくれと指示をする。そして開かれたページには、挿絵に美しい女が描かれていた。


「土精霊ノエイラ……?」


「そう。オイラは炎を司り、こいつは土だ。フォーンドートって魔術があれば、付近にある食い物とか、目ぼしいものを探せるぞ」


「いいねいいね! 使えそうじゃん美人だし! どうやったら喚び出せる?」


「声をかけりゃ出てくるんじゃね。たぶんな」


「マジかよ早く言えこのやろ。こんな美女が手元にいたなんて知らんかったぞ」


「呼びつけるのは良いが、言葉には気をつけろよ。ノエイラは堅物だからな」

 

 アーセルはすかさず名を呼んだ。すると石扉でも開くような重たい音とともに、開かれた書物の上に姿を現した。


 土の精霊ノエイラ――新緑を思わせる緑色の長い髪に花飾りのサークレット。大きな瞳は黒目がち、草編みのドレスは腰を植物のツルで細く絞っている。


 身体のサイズはサラマンドと同様に、小人とも言えるものだ。しかし小さくとも妙齢の美女である。アーセルはとたんに鼻息を荒くした。


「おおーー! トカゲよりよっぽどいいね、こっちメインにしようぜ!」


 手を打ち鳴らすほどに絶賛するのだが、ノエイラの反応は悪い。彼女は顔を曇らせて、袖で口元を隠していた。


 明らかな嫌悪を見せつけられたのだが、この男に自重という概念は薄い。


「いやあ、はじめまして。あの、なんだ、良いおっぱいしてますね」


 アーセルは叡智の書に顔を近づけて、ただ一点を凝視した。ノエイラの胸元――深い谷間の刻まれたデコルテだけを。


 するとノエイラはようやく口を開いた。ただし告げられたのは、絶縁状に等しい言葉だった。


「なんて無礼で、汚らしいニンゲン」そう呟くとともに姿を消してしまった。


「えっ、おい、どういうこと!?」


「あ〜〜ぁ、予想通り。お前、他の精霊にはあんまり好かれてないっぽいな。水や風なんて、挨拶にすら出てこないし」サラマンドが呆れ半分に言った。


「何だよそれ、叡智の書の所有者なんだが?」


「そもそも精霊とは親和性が大事で、気質が合わなきゃご覧の通りだよ。契約に逆らうだなんてよっぽど嫌われてんな」


「精霊との親和性ってなんだよ」


「まぁキャラが近いとか、気が合うとか。たとえばノエイラは『共存や調和』を重視してるが、お前は――」


 サラマンドが視線を鋭くすると、アーセルは静かに顔を背けた。


「望み薄だよな。女をジロジロ見るし、嫌われてたし。ノエイラの反応も仕方ねぇわ」


「うるせぇな、オレなりに生きてきた結果なんだよ」


「つうか言葉を選べって言ったよな? なんだお前、おっぱいって!」


「ちゃんと褒めただろ、事実をありのままに」


「マジで終わってんなお前の倫理観! こんなんじゃ先が思いやられるわ!」


「うるせぇバカが! もう寝る!」


 その場でアーセルはふて寝を決め込んだ。視界の先には、切り取られたように小さな星空が見える。そうして思い出されるのは孤児院の日々だった。


「みんな元気かな……」


 早くもマリーの手料理が懐かしい。スープの具材にニンジンが出てくる事が多かったが、それは摘んでジャクソンの器の中へ――。すかさず最低おじさんと罵られるのだが、今ばかりはそれすらも愛おしい。


 恵まれていたのだ、自分は。満足に食べられる事は幸せだった。それを空腹が教えてくれた。まともな食事が欲しい、食材が足りない、土魔法が必要だ。つまりはノエイラ――求めるはノエイラだ。


 延々と考えを巡らせたアーセルは、寝転びながら尋ねた。

 

「なぁサラマンド」


「なんだよ。もう機嫌が治ったのか」


「ふと気になったんだけど聞いて良い?」


「もったいぶるな。サッサと聞けや」


「オレは童貞を捨てたら魔術が使えなくなる。清らかさを手放すから――そう言ってたよな」


「その解釈であってる。それが?」


「ノエイラちゃんが相手なら許されたりしない? なんか不思議な力が働いて、清らかさはキープできるとか」


「うわぁお前、何でもありかよ……まさか精霊に欲情するとか。見境なしか?」


「どうなんだよ。身体のサイズが違うとか、色々と壁はあるけどよ。そこはどうにかしてクリアしたらさ」


「知らねえし、聞いたこともねぇし。それより良いのか? この会話も聞かれてると思うが?」


「ごっ、ごめんノエイラちゃん! 今のは嘘、いや嘘ってほど嘘じゃないんだ! 君ってば美人だし、舐め回したいくらい良い身体してるし!」


「やめろやめろ! 喋るほど墓穴が深くなってる!」


 金欠のアーセルにはノエイラの助けは必須だ。しかし相性の悪さ、そして絶望的な倫理観により、その恩恵は遠ざかってしまう。


 2人の不毛な言い争いは、アーセルが睡魔に負けるまで続けられた。問題はカケラも解決しないままに――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ