第7話「新たな風と嵐」
部室には、さきほどまで続いていたリリ先輩との猫デッキ戦の余韻が、まだ薄く残っていた。
カードを片づけるときの手つきが、ほんの少し重く感じる。
初めての敗北という現実が、じんわりと胸に残っていた。
「はぁ……完全にやられたな……」
思わず漏れたため息に、カエデが苦笑しながら肩を叩く。
「でも、ハルト。悪くなかったよ。あの猫デッキ相手に、初見であそこまで粘れたのはむしろすごいと思う」
横でレンジが頷きながら言う。
「リリ先輩の猫は罠が多いからなー。マンチカンの効果、慣れてないと絶対引っかかるって」
ハルトはうなずきつつ、自分のデッキを眺める。
(次は……勝ちたい)
そんな気持ちを噛みしめながらふと視線を上げると、部室の隅のラックに置かれている部員名簿が目に入った。
初めて来たとき、レンジと一緒に確認したあの名簿だ。
(そういえば……“東雲 樹里”って名前、あのとき見たけど……)
気になって、ついリリ先輩に声をかける。
「あの、リリ先輩。東雲さんって……どんな先輩なんですか?」
リリ先輩はカードを整えながら、穏やかな表情で答える。
「樹里さんなら、体調を崩していて最近まで来られなかったの。戦い方と属性は・・・。ふふっ、楽しみにしておいて」
リア先輩が、少し離れた席で腕を組んでいた。
「……あと気をつけろよ。マックスのやつも、そのうち戻ってくる」
「マックス……先輩、ですか?たしか東雲先輩の下には最上 大って書いてありましたが」
ハルトが尋ねると、リアは小さく息を吐いた。
「最上 大・・・略して最大でマックス・・自分をアメリカ人と自称してるが・・・勝てなかったら“修行だー!”とか言って消える。問題児だ」
リリ先輩が小声で「やっぱり自由人ですね」と漏らすと、リア先輩はジト目になって返す。
「全くな・・・リリよりよっぽどネコだわ・・・」
そんなやり取りにリリ先輩がくすりと笑い、部室の空気が柔らかくなる。
ハルトはデッキを握りしめながら、ゆっくりと息を吸い込んだ。
(樹里さん、マックスさん……どんな先輩なんだろう)
思っていたそのときだった。
――ガラッ!
勢いよく部室の扉が開いた。
「Hello!Every one! マックス、I'm back now!!」
元気すぎる声が響き渡り、部室の空気が一気にかき回される。
明るい金髪、無駄に白い歯、そして自信に満ちた満面の笑み。
テンションが部室に入りきらないタイプの人間が立っていた。
「マックスさん……!」
リリ先輩が驚いたように言う。
リアは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
「……お前、本当に帰ってきたのか」
「YES!I came to make waves!」
「波はいらねぇ。せめて静かに入ってこい」
二人のやり取りを見て、ハルトは(この人が問題児か……)と納得するしかなかった。
だが。
マックスの声がまだ響いている最中、
今度は――とても静かに、そっと扉が開いた。
「……失礼します。久しぶりに、部活に来られました」
柔らかい声だった。
空気を震わせないくらい、小さな声。
だが、不思議とすっと耳に届く。
ハルトが顔を上げると、そこには――
黒髪のロングを揺らしながら、静かに立つ少女。
目元にほんのり疲れが残っているのに、落ち着いた雰囲気をまとっている。
「樹里さん……!」
リリ先輩が嬉しそうに声を上げる。
リアも立ち上がり、短く挨拶した。
「久しぶりだな。もう大丈夫か?」
「はい。まだ無理のない範囲ですが……顔を出したくて」
マックスも大声で手を振る。
「樹里ー! 久しぶり! 元気してたか!」
樹里はその圧に少し驚いたようだが、優しく微笑んだ。
「あなたは……相変わらず、元気ですね」
部室の空気が、さっきまでと全く違うものに変わる。
にぎやかさと、静けさと、緊張と、期待。
いろんな風が一気に流れ込んだような感覚だった。
ハルトは自然と背筋を伸ばしていた。
「……今日は、すごく賑やかだな……」
カエデが小さく笑って言う。
「でも、こういう場のほうが楽しいと思うよ。ハルトもすぐ慣れるって」
リリ先輩はデッキを指先で整えながら、ふんわりとした笑みを浮かべる。
「さあ、みんな揃いましたし……部活、続けましょうか」
リアが横で頷く。
「新入り。気を抜くなよ。ここからが本番だ」
マックスは胸を張って叫ぶ。
「マックスの修行成果、見せてやろうじゃないかー!」
樹里は静かに、けれど何かを秘めた瞳でこちらを見ていた。
「……よろしくお願いします。一年生の皆さん」
その言葉に、ハルトの胸が高鳴る。
新しい風が吹いた。
嵐の予感は――もう始まっている。




