第46話「嵐の前の静けさ」
決勝リーグ進出チームの発表が終わった会場は、
さっきまでの歓声が嘘みたいに落ち着きを取り戻していた。
それでも空気は軽くない。
静かなのに、張り詰めている。
嵐の目の中にいるような、そんな感覚だった。
◆自販機前
控室の外、廊下の端にある自販機の前。
ガコン、と缶が落ちる音がやけに響く。
レンジが炭酸を取り出しながら言った。
「決勝リーグとかさ……実感ねぇな」
ハルトは返事をせず、小銭を入れる。
ボタンを押す指が、わずかに汗ばんでいた。
「怖ぇのか?」
横目で見てくるレンジ。
ハルトは少し考えてから答えた。
「……いや」
落ちてきた缶を取り出す。
「今は、逃げたくないだけだ」
プシュ、と音が鳴る。
その時、背後から声が飛んだ。
「ちゃんとここまで来たね」
振り向くと、樹里とリリが立っていた。
自然にそこにいる感じ。
でもその存在感は、やっぱり“先輩”だった。
レンジが笑う。
「やっとここまで来たんで、あとはリベンジですね」
樹里は小さく鼻で笑う。
「強くなったね」
ハルトは缶を握ったまま、まっすぐ樹里を見る。
「次当たったら……」
一瞬、言葉を探す。
「今度は最後まで、目逸らしません」
樹里の口元がわずかに上がる。
「いい顔になった」
リリが柔らかく言った。
「もう“後輩”って感じ、あんまりしないね」
レンジが肩をすくめる。
「いや先輩、奢ってもらう側なんでそこは後輩でいきます」
場が少し緩む。
だがその空気を、もう一人の足音が引き締めた。
「騒がしいな」
低い声。
振り向くと、そこにいたのは部長のリアだった。
三人は反射的に姿勢を正す。
リアはため息まじりに言う。
「決勝リーグ前に肩の力入れすぎるな。まだ始まってもいない」
レンジが笑う。
「部長は余裕っすね」
「見守る側は気楽に見えるだろうがな……こっちもちゃんと緊張してる」
そう言って出ていくリア
◆廊下
リアは一人、廊下を歩いていた。
足音が静かに響く。
(みんな、大きくなったなあ)
自販機前の光景が浮かぶ。
最初に会った頃は違った。
カードの持ち方も、
負けた後の顔も、
勝った時の笑い方も、
(この戦いが終わって、次の大会では俺も出る……さて、負けてられないな)
強い言葉をかけることでも、
作戦を教えることでもなく、
「安心して戦える場所を残しておくこと」
扉の向こうからカードの擦れる音がする。
頼もしい音だった。
控室の奥から、カードの擦れる音が続いている。
あの音はカエデだろう。
そこに低い声が混じるなら、マックスもいる。
◆控室・奥のテーブル
カードを切る音だけが、静かに続いている。
カエデは一人、デッキを広げていた。
スリーブを整える手が、ふと止まる。
「まだ迷ってるな」
低い声。
顔を上げると、マックスが立っていた。
「分かりますか」
「長いこと見てるからな」
向かいに座る。
「読まれたら崩れる構築、って顔だ」
図星だった。
カエデは視線を落とす。
「決勝リーグって、トーナメントより怖いですね」
「ほう?」
「勢いじゃなくて、実力が全部出る感じがして。一手ズレたら、何試合も響く気がする」
マックスは頷く。
「正しい感覚だ」
だが続く言葉は静かだった。
「読まれて崩れるのは構築のせいじゃない。“自分の選択を疑った時”に崩れる」
カエデの指が止まる。
「勝つ奴はな、外しても堂々としてる。“これが最善だった”って言い切れる」
カエデは一度、目を閉じて深呼吸した。
それから、ふっと笑った。
「じゃあ今回は……負けたら構築のせいにします」
マックスの眉が上がる。
「迷いのせいにはしません」
数秒の沈黙。
それから、マックスは口の端を上げた。
「それでいい」
立ち上がる。
「決勝リーグは、“正解を引いた奴”じゃなくて、“選んだ手を正解にした奴”が勝つ」
カエデの手はもう止まっていなかった。
控室にハルトとレンジが戻り、そしてカエデの視線が交わる。
言葉はない。
でも空気は揃っている。
嵐の前の静けさ。
次に鳴るのは、開始の合図。
誰も守ってはくれない。
勝つか、置いていかれるか。
それだけの舞台。




