第37話「全国初戦を終えて」
全国大会初日。
開会式と一回戦を終えた後、ハルトたちは係員に案内され、割り当てられた自分たちの控室へと戻ってきていた。
部屋の中にいるのは、自分たちのチームと先輩たちのチームだけだ。
長机と椅子が並ぶ簡素な空間に、デッキケースやバッグが置かれていく。
「……意外と、普通だな」
思わず漏らしたのはレンジだった。
「全国大会って、もっとピリピリしてるのかと思ってました」
「控室はこんなものよ」
りりがカードケースを机に置きながら言う。
マックスは無言のまま、デッキを広げて確認を始めていた。
ハルトは椅子に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐く。
「……全国、か」
頭では分かっていたはずなのに、実感はまだ薄い。
もっと張り詰めた空気を想像していたが、ここは驚くほど静かだった。
「静かすぎて、逆に落ち着かないな」
「まあ、試合が終わった直後だからな」
リア部長が腕を組んで言う。
「外に出れば、少し印象は変わるぞ」
その言葉を聞いて、樹里先輩が立ち上がった。
「じゃあ、飲み物取ってくるわ。ついでにロビーも見てくる、りりも飲むでしょ?」
「それでは紅茶をお願いしてもいい?」
先輩が控室を出たあと、ハルトも少し迷ってから立ち上がる。
「俺も……ちょっと外、見てきます」
「迷うなよー」
レンジの声を背に、ハルトは控室を後にした。
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会場ロビーは、人で溢れていた。
天井近くに設置された巨大モニターには、現在進行中の試合が映し出されている。
複数の卓が切り替わり、各地の代表同士が同時に戦っている様子が流れていた。
「……あれも、全国代表」
画面に映るプレイは、どれも速く、迷いがない。
周囲にはそれを見上げる選手たちがいて、自然と輪ができていた。
ハルトもその一角に立ち、無言でモニターを見つめる。
デッキ構成。
カードの切り方。
一手ごとの判断。
――強い。
理由を言葉にする前に、そう感じていた。
ふと、隣に立っていた他校の選手と視線が合う。
相手も同じモニターを見ていたらしく、一瞬だけハルトの方を見ると、すぐに画面へ視線を戻した。
言葉は交わさない。
それでも、「敵になるかもしれない相手」だという認識だけは、確かに共有されていた。
「全国って感じ、してきた?」
振り向くと、飲み物を持った樹里先輩が立っていた。
「……はい。少し」
先輩はモニターを見上げて、苦笑する。
「同時進行だと、全部は見られないでしょ。でもね」
一瞬、言葉を区切って続けた。
「ここに映ってる試合、全部“本気”よ」
その言葉が、胸に残る。
ハルトはもう一度モニターに視線を戻した。
画面の向こうでは、知らない誰かが、勝つために全力を尽くしている。
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控室へ戻ると、部長が全員を見渡して口を開いた。
「今日はこれで終わりだ」
誰も口を挟まない。
「初日は、まず“場に立てるか”を見る日だ。結果は悪くない」
その言葉に、ハルトは小さく頷く。
「明日は二試合ある。今日はこのあと、軽く外に出る」
「観光っすか?」
レンジがすぐに反応する。
「軽くだ。カードショップもあるだろ」
「それ大事!」
樹里先輩が即座に乗る。
少しだけ、空気が和らいだ。
ハルトはデッキケースを手に取り、静かに立ち上がる。
まだ何も分からない。
まだ何も掴めていない。
それでも――
全国大会という場所に、自分が確かに立っている。
その感覚だけが、はっきりと胸に残っていた。
全国大会は、まだ始まったばかりだ。




