第33話「風は、まだ名を呼ばない」
全国大会当日。
駅の改札を抜けた瞬間、空気が変わった。
人の多さではない。
音の密度でもない。
――視線の重さだ。
カードケースを抱えた人間たちが、無言で行き交っている。
誰もが誰かを値踏みし、誰もが余計なことを喋らない。
「……これが全国か」
ハルトは小さく息を吐いた。
地区大会の会場も大きかった。
だが、あれは“大会”だった。
ここは違う。
**選別の場**だ。
巨大な会場が近づくにつれ、足音が揃っていく。
早歩きでもなく、遅くもない。
まるで全員が、同じ速度で進んでいるかのようだった。
「レンジ」
「ん?」
「俺たち……浮いてないか?」
レンジは一瞬だけ周囲を見回し、肩をすくめる。
「浮いてない。
むしろ――埋もれてる」
その言葉に、ハルトは納得した。
ここでは、目立たないことが普通だ。
全員が“勝つつもり”で来ている。
カエデは会場を見上げ、静かに言った。
「風が、渦を巻いています」
「渦?」
「はい。
強い人たちが、もう中心を作っている感じです」
樹里先輩はパンフレットを一度だけ確認し、すぐに閉じた。
「全国では、肩書きは意味を持ちません。
勝った者だけが、名前になる」
淡々とした声だった。
「地区大会の実績も、ここでは参考資料です。
通用するかどうかは――」
視線を前に向ける。
「これから、証明するだけ」
会場前の広場には、各地から集まったチームが揃っていた。
制服の色。
校章。
カードケースの装飾。
どれもが個性的で、どれもが自信を主張している。
すれ違いざま、誰かと視線が交わる。
ほんの一瞬。
それだけで、胸の奥がざわついた。
(……強い)
話したこともない。
カードも見ていない。
それでも分かる。
ここにいる全員が、
**自分は勝てると思っている**。
リリ先輩が、静かに言った。
「いいですね、この感じ」
「緊張してないんですか?」とハルト。
「してるよ。でも――」
リリ先輩は笑う。
「緊張して逃げる奴は、全国まで来れないから」
やがて、会場への入場が始まる。
巨大な扉が開き、冷えた空気が流れ出した。
同時に、張り詰めた熱が吸い込まれていく。
観客席はすでに埋まり、照明が落とされる。
ステージ中央の大型スクリーンに、大会ロゴが映し出された。
**《エクリプスレイン 全国大会》**
ざわめきが、静まり返る。
司会の声が響いた。
「――本日は、エクリプスレイン全国大会にお越しいただき、ありがとうございます」
拍手。
だが、どこか抑えられている。
「これより、全国大会の開会を宣言します」
照明が一段明るくなり、各ブロックの表示が映し出される。
ハルトは、無意識にカードケースを握っていた。
中にあるのは、
何度も組み直したデッキ。
敗北の記憶。
そして、新しく加わったエース。
――まだ、カードは引いていない。
――まだ、召喚もしていない。
だが確かに、ここまで来た。
「……始まったな」
誰に言うでもなく、ハルトは呟いた。
司会の声が続く。
「なお、初戦の組み合わせは――」
一拍、間が置かれる。
「――この後、発表されます」
その瞬間、会場の空気が変わった。
ざわめき。
息を呑む音。
誰かが小さく笑う。
樹里先輩が、静かに言う。
「ここからが、本番ですね」
カエデは頷き、レンジは深く息を吸った。
ハルトは、前を見据える。
風は、まだ名を呼ばない。
だが――
全国という舞台は、確かに彼らを包み込んでいた。




