第32話「風が運ぶ給仕と、もえもえきゅん」
放課後の部室。
全国大会を控えているとは思えないほど、空気は緩んでいた。
「というわけで、緊急バイトだ」
リア先輩が、やけに軽い口調で言った。
「知り合いの店からな。
どうしても今日だけ人手が足りないらしい。
女性三人にお願いしたい!」
「……内容は?」
樹里先輩が一瞬だけ視線を細める。
「普通の接客業だよ」
リア先輩がにこやかに言う。
「リア先輩のこういう時、怪しいのよねぇ」
リリ先輩は腕を組んで睨んだ。
「……まあ、とりあえず行ってみます?」
カエデが、いつも通り落ち着いた声で言った。
数十分後。
「……カードメイド喫茶?」
カエデが、冷静に確認する。
「聞いてないんだけど」
「まあまあ、普通の接客業だから!」
リア先輩は目を逸らした。
なぜかリリ先輩は、すでに猫耳を装着している。
「にゃ?」
店内に出た瞬間、空気が変わった。
客の視線が一斉に集まる。
クールなメイド姿の樹里先輩。
自然に「にゃ」をつけて接客するリリ先輩。
そして――
「ご注文のドリンクです」
カエデの給仕は、異様なほど完成されていた。
トレイの持ち方、歩幅、皿の角度。
すべてが滑らかで、無駄がない。
「……プロだ」
後から入店したハルトが呟く。
そのカエデは、次の卓で足を止めた。
「カードゲーム、初めてですか?」
客が頷く。
「大丈夫ですよ。
まずは“速度”を見るところからです」
カードを一枚ずつ並べ、丁寧に説明する。
「このカードは速い代わりに耐久が低いです。
なので――ここで守ると、安全ですね」
「おお……!」
説明は簡潔で、的確。
客はすぐに理解し、楽しそうに頷いた。
「すげぇ……教え方まで上手い」
「戦術整理が得意なんだろうな」
樹里先輩も小さく感心する。
その頃、イベントタイムが始まる。
「カードパックチャレンジです♡」
前に立ったのは、リリ先輩。
猫耳を揺らしながら、にっこり笑う。
「カードパックを引いて、
レアカード出して♡もえもえきゅん、しますニャ」
「……それ、強制?」
「はいニャ」
「では約束どおり」
リリ先輩は両手でハートを作る。
「レアカード出して♡
もえもえきゅん、ですニャ♡」
ハルトはパックを開ける。
――キラリ。
「おや?」
リリ先輩が覗き込む。
「風属性……しかも、メイドですニャ」
カード名。
**《疾風の給仕姫 フィーネ》**
「……出来すぎだろ」
店内が拍手と笑いに包まれる。
一方その頃。
「このタイミングで攻撃すると、相手は対応できません」
樹里先輩は別卓で、静かにバトルを教えていた。
「判断基準は感情ではなく、情報です」
客は真剣な顔で頷いている。
営業終了後。
三人が戻ってくると、リア先輩が満足そうに言った。
「大成功だったな」
次の瞬間。
「リア先輩」
三人分の声。
数分後、店の外。
リア先輩は正座していた。
「……次からは、ちゃんと説明します」
帰り道。
「でも、楽しかったですね」
カエデが微笑む。
「……悪くはなかった」
樹里先輩も否定しない。
リリ先輩は最後まで猫耳のまま。
「全国でも、接客もバトルも完璧ですニャ」
「リリ先輩、また語尾ネコ抜けてない・・・」
笑いながら指摘するカエデ、それに気づいて顔を赤らめるリリ先輩
ハルトは思う。
――全国大会前に。
――こんな時間を過ごせるのも、悪くない。
店を出て、夜風に当たる。
ネオンの光が背中に遠ざかっていく。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かで、
ハルトは自然と肩の力を抜いていた。
風は、確実に次の舞台へ向かっている。
……。
「あ、そういえばさ」
嫌な予感がした。
「この先に系列の執事カフェもあるんだけど、男性陣――」
「リア先輩!!」
リリ先輩の声が夜道に響く。
次の瞬間、リア先輩は全力で走り出した。
私服のまま、街灯の下を駆け抜けていく。
「待つにゃーー!!」
猫耳はもうないのに、
なぜか語尾だけが残っている。
その背中を見送りながら、ハルトは思う。
――全国大会前に。
――こんな時間を過ごせるのも、悪くない!!
《疾風の給仕姫 フィーネ》(1/2/3)/風属性/戦士/SR
[召喚]風属性のお宮仕魔法カードをデッキから手札に加える
[常時]他のメイドユニットが居る場合(0/0/1)となる




