第18話「闇と地の鳴動」
部室の照明は柔らかく、夕陽の差す時間。空気は午後の緩やかな温度と、どこか張りつめた予感に満ちていた。部員たちの視線は、テーブルを挟んで向かい合う二人──レンジとマックスに向けられている。
「準備はいいか?」マックスが静かに問いかける。
レンジは頷き、普段は使用しない地属性デッキを見つめる。ユニットたちの並び、手札の枚数、残りライフ、すべてを心の中で確認するように。
「おう!」
「「リンク!」」
レンジはまず、地の守護ユニットを展開。重厚な防御力と耐久性を持つそのユニットは“盾”となり、深く腰を低く構えるように盤面を固める。
「まずは形を作る……焦らず、安全第一で」
一方のマックスは、闇属性の軽量ユニットを控えめに出しつつ、表情を変えず手札を握る。相手の動きを見定め、タイミングを伺っているようだ。
数ターンの間、防御と探り合い――レンジは地の“守り”を維持し、マックスは直接手を出さずに闇の気配を消しつつ揺さぶりを探る。
レンジの心臓の鼓動が、バトルではなく“駆け引き”の緊張で早まる。
「ここで──防御を固めつつ、反撃準備」
レンジは手札から複数の地属性ユニットを使い、まるで要塞のように盤面を支配する。
だがマックスは動じない。闇カウンターを着実に貯めていき、レンジの防御の裏を狙う構え。配置と効果、タイミング。地の守りだけでは見えない“闇の薄い影”がそこに滑り込もうとしていた。
防御ユニットが揺れた瞬間──マックスのユニットによる奇襲。前衛の一部が行動不能にされ、防御の要のひとつが崩れる。
「……そんな、裏があったなんて」レンジの胸に、冷たい衝撃が走る。
それでもレンジは動じず──守りを崩れさせぬよう、別のカードを切って防御と安定を取り戻す。ただし、その動きで手札とエネルギー(コスト)の余裕は削られた。
盤面は拮抗。だがマックスは冷静だった。手札に残した“切り札級ユニット”をゆっくりとフィールドに出す。場は暗雲のように重く、周囲の部員たちの息遣いも止まる。
「これで……終わりだ」
闇の大型ユニットがその姿を現し、一気に攻め込む。地の防御ユニットたちは抵抗するも、防御力を上回る一撃。前衛を一掃され、後衛の防御ユニットも揺らぎ──レンジのライフが危険域に迫る。
抵抗は試みられた。地属性の全体防御スキル、ユニットの再展開、併せてレンジの決断。だが、隙をついた闇の連続攻撃と切り札の効果により、防御ラインは破壊され、最後はライフの削り切り。
マックスの勝利。フィールドに静寂が訪れ、次いで重苦しい緊張が解けるように部室にため息混じりの空気が戻る。
レンジはカードを片手に静かに俯き、しばらく沈黙。だがゆっくりと顔を上げ、差し出した手をマックスは(少し戸惑いながらも)握る。
「さすがだよ……先輩。完璧だった」
マックスは軽く微笑み、カードを片付けながら答える。
「勝ちたいって気持ちに、迷いはなかった。地の守りも堅かった。だがこの勝負は“闇”の一手が上だった」
その場にいた部員たちが、小さな拍手と賞賛を送る。緊張と敗北の静けさに包まれていた後室が、少しずつ暖かさを取り戻す。リア先輩や樹里先輩の頷き、小声の慰め、そして励ましの声。
レンジは悔しさを呑み込みながらも、静かに決意を固める――いつかこの手で逆転する日を。
バトルが終わり、部室に落ち着きが戻る。
ハルトは自分のデッキを整理しながら、目の前で繰り広げられた戦いを反芻していた。
「……マックス先輩、やっぱり強いな」
レンジの全力と地属性の堅牢さを前にしても、マックスは冷静に一手一手を計算していた。防御と奇襲、タイミングを完全に掌握した勝利。
ハルトの胸に熱がこみ上げる。
「でも……レンジも負けてない。守りながら反撃のチャンスを待つその姿勢……学ぶところが多すぎる、それに普段使用してないカエデのデッキで」
隣でレンジがカードを片付けつつ笑う。
「見た?先輩の粘り」
「うん……次は俺たちも負けられないな」ハルトの目は真剣だ。
心の中でハルトは決意を固める。
「大会までに、もっと自分のデッキを鍛えよう……今日のバトルを無駄にしないために」
窓から差し込む午後の光が、部室のテーブルとカードを柔らかく照らす。
その光景の中、部員たちの士気は高まり、次の練習と大会への期待が静かに膨らんでいった。




