07.帰れない
「で、来ちまったってことか」
「これって、異世界召喚ってやつかしらね」
「んー、それってだいたい、魔法で問答無用に連れて来られるだろ。俺達の場合は、自分の足で来てるからなぁ。微妙なところだけど。呼ばれて来たのなら、そう言えなくもないか」
「召喚でも何でもいいけどさ」
やれやれ、と誠一郎がため息をつく。
黒ねこを追い掛け出したのも、扉を開いて最初に足を踏み入れたのも、彼だ。黒ねこを「諸悪の根元」などと言ったが、こんな状況になって実は自分がそうだったのかも、などと思えてくる。
琴音が「ついて来いと言ってるみたい」と言い出したから、黒ねこを追うことになった。あの時「何を言ってるんだ」と一蹴していれば。
自分も同じように妙な好奇心さえ起こさなければ、異世界へ来る羽目になどならなかったのに。
「あのなぁ。悪いけど、自分の世界のことは自分達で何とかしてくれよ。オレ達にだって、予定ってもんがあるんだし。妙なことに巻き込まれて、琴音に何かあるのだけは絶対にごめんだからな」
「誠ちゃん、召喚する側って、相手の予定なんて普通は聞かないんじゃない? それに、あたしがケガするって決まった訳じゃないわよ」
「そんなの、わからないだろ。こいつの妹が誘拐だか失踪だかしたっていう、穏やかならぬ状況なんだぞ。しかも、これから災いが起きるかもって世界にいて、無事でいられる保証なんかないだろうが」
幼なじみであり、最近になって恋人と呼べる関係になった大切な女の子。そんな彼女が危険な場所や状況に巻き込まれるなんて、考えたくもない。
それは、兄バカの遼太郎も同じだ。
しかし、誠一郎とは少し違い、もし自分がデューロウの立場だったら、という気持ちもある。
琴音がいなくなり、周囲に協力者がなく、自分によその世界へ行ける力があれば。きっと同じような行動に出ただろう、と思えるのだ。
だから、誠一郎もデューロウも、どちらの気持ちもわかる。
「帰らせてくれ。道って言うか、さっきの扉。あれの向こうが、オレ達の世界なんだろ」
「でも、誠ちゃん……」
「後味悪くなるってわかってるけど、変に同情してこっちまで命を落としたくないからな」
遼太郎は、誠一郎の意見に反対しなかった。
デューロウの事情は気の毒だし、大変だとは思う。だが、自分の妹は琴音であり、現況から彼が守らなければならないのは琴音だ。
「……」
デューロウは悲しそうな顔をしたが、それ以上引き止めようとはしなかった。
「わかった。ごめんなさい、無理言って……。でも……ごめんなさい。今日はもう無理」
「お、おいっ。無理って」
その言葉に、思わず誠一郎は立ち上がった。
「さっきぼくがこちらへ戻って、お姉さん達がこちらへ来るまで道を開き続けるだけで精一杯だったんだ。すぐには同じ力を使えなくて……」
デューロウは、恐縮しながら説明する。
「おーい、うそだろぉ……」
崩れるように、誠一郎はまた座った。
「それは本当? 俺達を帰さないためじゃなくて?」
「ち、違うよっ」
遼太郎の言葉に、デューロウは慌てて首を横に振る。
「ぼくもレイリーンも、まだ力が未熟なんだ。力があっても、それを持続させることが難しくて……」
デューロウの言葉の真偽は、三人には見抜けない。
琴音達は普通の高校生、大学生だ。デューロウが持つ力、琴音達の世界で言うなら超能力や魔力をどれだけ使うことができ、使うことによってどれだけ大変になるのかを知る術がない。
周囲に念力を持つ友人などはいないし、アニメやゲームに登場する魔法使いもエスパーも架空のもの。判断基準となるものを、彼らは持ち得ない。
だが、少年の表情を見ている限り、策略を巡らせているようには見えなかった。本当に申し訳なさそうな顔をしているし、これが演技だと言うなら、彼はかなりの役者だ。
それに、ゲームなどでも力を使うと何かしらのリスクがあったり、しばらく使えないといった縛りがあるもの。今のデューロウの状態が、そうなのだろう。
とにかく、デューロウが道を開いてくれない限り、三人は帰れない。
それはつまり、選択の余地はない、ということ。
彼らが起こす行動は、一つしかない。時間の許す限り、レイリーンを捜す、ということだ。
☆☆☆
そのままの格好では目立ってしまうので、デューロウは守扉者が着る服を持って来る、と言って部屋を出て行った。
「あいつの話、信用してもいいのかな」
「少なくとも……俺達が通った扉が消えたのは間違いないだろ。何かしらの仕掛けやトリックがあって見抜けなかったにしても……何かしてもらいたいがために、あんな内容の作り話をするとも思えないしな」
デューロウの話は、あまりにも突拍子だ。本気で妹を捜してもらいたいなら、作り話をするとしても、もっと信憑性のある話をするだろう。
しかし、彼の表情は真剣だったし、何度思い返してみても、やはり嘘をついているようには思えなかった。
ということは、あの話は本当だ、ということか。
「わざとありえそうにない話をして、わざわざ嘘っぽい話をするなんて案外本当のことかも、なーんてこっちが思うように企んでるかも知れないぜ。あいつ、裏の裏をかいてるんじゃないか?」
「誠、それを言い出したらキリがないぞ」
情報はデューロウの話だけ。判断のしようがない。
「警察には言えないのかしらね。こういうのって、警察の仕事でしょ」
警察でなくても、街が存在するのならそれに近い職種が存在するはずだ。
「実は後ろ暗いことがあって通報できない、とかじゃないか。組織ぐるみで。街の人間がパニックになるだろうから、なんてデューロウは言ってたけど、それは闇の話についてだけだろ。女の子がいなくなったので捜してくださいって言うくらい、できると思うぜ」
「その女の子がレイリーンだと知られると、まずいんじゃないか? 銀の王女がどんな役割をするのかはみんなが知っていて、その子がいなくなったというのは何か問題が起きたんじゃないかって、すぐばれるとか」
デューロウの話した「長年」というのがどれだけの期間かは知らないが、人々はここがどういう場所で「金の王子と銀の王女」がどういう役割をするかくらいは把握しているのだろう。
だとすれば「銀の王女」がいなくなったと知られれば、何が重大なことが起きているのでは? と憶測されるだろうとは、想像に難くない。実際、重大なことらしいから。
「デューロウが別の世界に道を開けるなら、レイリーンもそんな力があるんじゃない? で、その道が閉じちゃって、帰れなくなったとか」
「だとしたら、オレ達に捜しようがないだろ。デューロウだって、最初にその可能性を考えるだろうしな。けど、こうしてオレ達に依頼してくるってことは、この世界に妹がいるってことを確信してるはずだぜ」
「あ、そっか」
「それはともかく……遼兄、今まで人捜しなんて、したことある? オレ、友達に頼まれて、家出した犬を捜したことくらいはあるけどさ」
「普通の生活をしていたら、そういう機会ってのはあまりないだろ。俺はせいぜい、ことが迷子になった時に捜したくらいだな」
「あたしもない」
「琴音が人捜しなんてしたことないのは、みんなわかってるから」
「……一応、言わせてよね。って言うか、みんなって何よ」
琴音は、そういう経験はゼロ。いちいち尋ねなくても、方向オンチの琴音に人捜しを頼む知り合いはいないだろう。かえって、捜すべき人数が増えてしまう。
「どうやって捜せばいいんだ? オレ達、警察でも探偵でもないんだから。人捜しのノウハウなんて、持ってないぜ」
そんな話をしていると、扉をノックする音が聞こえ、デューロウが戻って来た。
手には、薄い青の服。デューロウが着ている物と同じ服のようだ。
「適当に借りてきた。そのまま、上からでも着られると思うよ」
デザインとしては、長袖のワンピース、フード付。前開きで濃い青のボタンが並ぶ。丸首で襟、袖、裾には、ボタンと同じ色の縁取りがされている。
膝下十五センチ程で、ちょうど三人ともデニムをはいていたので、それなりの格好になった。
「修道服みたいだな」
「ここが神殿と呼ばれるなら、修道服もありだろ」
「これがもっと簡単なデザインだと、病院で着る服に見えるんじゃない? オレは着たことないけど、あれって着るだけで病人ぽく見える気がするんだよなぁ」
「あったかーい」
寒がっていた琴音は、長袖というだけで喜んでいる。
バスタオルにくるまっていたが、温泉を出た時に身体を拭いているので少し湿っていたのだ。服の素材が何であれ、乾いた服はありがたい。
そんな琴音を、デューロウがじっと見ていた。
「……え、何? あたし、何か変な格好してる?」
「え? あ……ううん、変じゃないよ」
デューロウははっとした様子で、首を横に振った。
「お前さ、なーんか琴音の方をよく見てるよな。話をしてる間も、やたら琴音を見てたし。ねこの時も、ずっと琴音ばっかり見てたろ」
「そ、そんなこと……」
誠一郎に突っ込まれ、デューロウはうつむいた。





