06.この世界の事情
「ごめんなさい。ぼく、話がヘタだから」
デューロウがしゅんとなる。
「あ、いいのよ。気にしないで」
「気にしろよ」
「誠ちゃん!」
琴音のフォローが台無しだ。
「オレ達がついてった黒ねこが本当にデューロウだったって言うなら、オレ達がここにいるのはこいつのせいだろ。どうしてこうなってんのか。ここはどういう場所なのか。下手でも何でもいいからちゃんと説明してもらわないと、オレ達だって対応に困るんだ」
「それは……そうだけど」
誠一郎の言うことももっともなので、琴音は言い返せない。
三人が通った、紋様が描かれた扉。あれは、デューロウが出したらしい。本人がさっき、確かにそう言った。
真実はまだ不明だが、本当にそうだとすれば、扉が消えたのも彼の仕業、ということになるのだろう。
彼らを誘っているかのような動きをしていた黒ねこもデューロウだと言うし、それはつまり、全てがデューロウの意思で現状に至るということ。
三人がここへ来るように仕向けたのであれば、彼にはその目的をちゃんと説明する義務がある。
「デューロウ。きみができる範囲でいいから、俺達にもわかるように説明してほしいんだ。今までの会話からして、俺達がここにいるのは、デューロウがそう望んだからってことなんだろう?」
「うん」
遼太郎の質問に、デューロウははっきりうなずいた。
「ぼく……銀の王女を……レイリーンを一緒に捜してくれる人がほしかったんだ」
「金の王子に銀の王女、か。オレ達、ゲームの世界にでも紛れ込んだ?」
「誠ちゃん、そうやって茶化さないで」
隣に座る誠一郎のひざを、琴音がパシッと叩く。
「それは、さっきも言ってたよね。レイリーンっていうのは誰?」
「えっと……」
何から説明していいか迷っている様子だったが、デューロウは話し始めた。
「ぼくとレイリーンは双子で、扉の鍵を生み出す力があるんだ」
最初はともかく、後半に意味不明な説明をされて、早くも脱落しそうになる。
「何の扉なのかな」
「悪しき力。闇を封じた扉なんだ」
三人にとって、この時空間は現実のはず。だが、頭の中を整理するためには、デューロウの話はゲームの世界だと思った方が、普通に聞くより理解しやすいかも知れない。
「何百年も昔に、闇が扉の向こうに封じられた。守扉者達はその封印が解かれないように、ずっと見守ってきたんだ」
三人が質問をしつつ、デューロウが説明した内容はこうだ。
今は「神殿」と呼ばれているこの辺り一帯は、昔は「扉の守り」と呼ばれていた。闇を封じた扉を守る人々が集う場所だったからだ。
扉を守るというのは、扉の周囲に結界を張るということ。
その役目を特殊な能力を持った人間が担い、扉を守る者ということで「守扉者」と呼ばれるようになった。
その扉は、遼太郎がさっき見た隣の小さな建物の中にある。
扉の向こうにあるのは、封じられた悪しき力。つまり「神」と呼ばれる概念とは相対するものだ。
守扉者は、その力で扉が開かないように守っている。扉の向こうにいるのが悪であれば、扉のこちら側にいるのは神にも等しい存在ではないのか。
そう考える人間が現れ、増え……守扉者達の行為は長い年月が流れるうち、次第に神格化されてゆく。
「扉の守り」と呼ばれていた場所そのものが、神のような人達がいる場所と考えられ、やがて「神殿」と呼ばれるようになった。
彼らが現在いる建物は、守扉者と彼らの世話をする人々が住む場所だ。琴音達の世界の言葉でわかりやすく言うなら「ガードマンとその付き人がいる所」といったところだろうか。
護所と呼ばれる「扉」のある建物と区別するため、守扉者がいる所ということでここは守院と呼ばれる。
神殿における最高責任者は「守長」と呼ばれ、結界を張る力などが一番強い者が担う。
ちなみに、世話係の責任者は「院長」と呼ぶ。
守長は、数年ごとに交代する。扉の周囲に結界を張ることは、精神・体力を非常に酷使するため、長年勤めることが困難だからだ。
そうして守られてきた封印の扉だが、近年亀裂が生じつつあった。
扉は何百年もその形を変わらず保っていたのだが、とうとう限界が近付いてきたらしい。
力のある者が見れば、そのわずかな亀裂から徐々に黒いシミが広がりつつあるのがわかる。扉に浮き出た白い封じの紋様も、今では闇に冒されて灰色になってしまった。
守扉者達の力が弱いのではなく、闇が次第に力を取り戻しているせいだ、と言われている。
その闇が封印を完全に解いてしまい、外の世界、つまりデューロウ達のいる世界へ現われれば……どうなるかわからない。
ただ、平和や平穏といった単語とは無縁の世界になるだろう、ということが想像されるだけ。
そうならないために「金の王子と銀の王女」の存在が必要になるのだ。
この二人は、他の守扉者とは違う力で扉を守る役目がある。
守扉者が扉の周囲に「封印が解けないように、結界を張る力」を持つだけなのに対し、二人は「封印そのもの」を行う力を持つのだ。
デューロウが話した「鍵を持つ」というのは抽象的な表現だが、封印するということは闇が出られないよう、扉に鍵をかけるようなもの。
神殿の外にいる普通の人達にすればデューロウ達も守扉者だが、神殿の中にいる人にすれば別格の存在なのだ。
ただし、その力は二人が一緒にいることで発揮される。一人で扉を封じることはできないのだ。
そんな大切な存在の一人である銀の王女が、昨日突然消えた。
夜中のうちにいなくなったらしく、どこを捜してもその姿が見付からないのだ。
パニックが予想されるので、街の人間には闇が力を取り戻しつつあることは知らされていない。
だが、銀の王女がいないままで、闇がこちらへ現れたら。
隠し通せるものではない。街が、世界が大混乱だ。
昨日から今日にかけて、神殿の関係者は血眼になって彼女を捜している。だが、手がかり一つ見付からない。
扉の亀裂は大きくなり、タイムリミットが近付きつつあった。
☆☆☆
「……わかったような、やっぱり理解しきれないような」
ある程度の説明を聞いたところで、遼太郎が頭をかいた。
「ぼくは……とにかく一緒に、レイリーンを捜してほしいんだ」
「どうしてそれを、よその世界のオレ達に頼むんだよ。自分で捜せよ……って言っても、子どもだけじゃ人捜しはちょっと大変、か」
もちろん、デューロウも捜そうとした。
銀の王女という以前に、レイリーンは彼にとって大切な妹だ。他の誰よりも、彼女の行方を知りたい。
だが、周りの大人達は「金の王子にまで何かあっては大変だから」と危惧し、無闇に外へ出たりしないように、と言いつけた。
銀の王女が見付かっても、今度は金の王子がいなくなった、となっては困るからだ。
自分達が特殊な存在だ、ということはわかっている。だからと言って、一人でイスに座っているだけで、ただ事態が変わるのを待つのはいやだ。
「神殿の人達とは捜せない。闇のことを黙っているから、街の人達に協力してもらうことができない。だから、全然知らない人と捜そうと思ったの?」
「うん……」
デューロウには、短い時間ではあるが、よその世界へつながる道を開くことができる。こういう力は、他の守扉者にもあるようだ。
もっとも、どんな世界とつながるかは、行くまでわからない。デューロウにとっては、大きな賭だ。行けたとして、協力者が見付かるかもわからない。
それでも。何もしないままではいたくない。
神殿の人間に見付かれば部屋へ連れ戻されるので、こっそりと抜け出して裏山まで行った。そして、デューロウはその力を使い、琴音達のいる世界へ来たのだ。
しかし、彼の力はまだ未熟で、そんなに強いものではない。
出た場所は、人里から離れた山の中。さらに、なぜかよその世界では人型が保てない。一番楽で移動もできる姿が、ねこだった。
その身体で協力をしてくれそうな人を求めて走るが、あまり遠くまでは行けない。世界をつなぐ道が、予期せず閉じられてしまう危険性があるからだ。
道がなくなったら、こちらの世界から自分の世界への道は開けなくなる。そうなっては元も子もないので、どうしても行動範囲が限られていた。
しかし、デューロウが出て来たのは、ただでさえ人口が少ない村の、さらに外れの場所。
頼む人は見付からず、もし見付かったとしてもねこの姿では説明すらできないことに、遅ればせながら気付いた。
ダメだ、この世界じゃ……。
あきらめて戻ろうとした時。
デューロウの耳に、琴音達の声が聞こえたのだ。
お願い、気付いて。
念じながら近付く。音と影に驚いた琴音が悲鳴をあげたが、デューロウはここであきらめられなかった。
どうしても一緒にレイリーンを捜してくれる人がほしくて、でも今できるのは目で訴えるくらいで。
その気持ちが伝わったのか、三人がついて来てくれた。
扉を出していられる力は、もうなくなりつつある。かろうじて、自分の世界へ戻ることはできた。これで、よその世界へ閉め出されることはない。
後は、彼らがその扉を開いて、こちらへ来てくれるのを待つだけ。
待つ、だけしかできない。





