05.王子様?
「ここ、どこなの?」
トンネルを数十メートル進んだだけで、こんなに変わるはずがない。場所の見た目はともかく、この気温差は明らかに別の場所だ。
「ここは、神殿の裏山。山と言っても、ちょっと小高い丘みたいなものだけど」
琴音の問いに、少年はそう答える。
まだ陽は高く、周囲は明るかった。
光の下で見る少年は、やはり日本人離れした顔立ちだ。肌も褐色だし、その瞳の色は洞窟で見た時と同じ、金色。
「神殿? 神社の裏山って表現なら、何となく馴染みがあるけど」
誠一郎の言葉に、二人もうなずく。
「まぁ、神殿でも神社でも、とにかく何でもいいや。お前は誰で、ここは一体全体どこなんだ?」
「誠ちゃん、そうケンカ腰にならなくてもいいじゃない」
「そうは言うけど、明らかに妙な状況だぞ。でもって、自分はねこだって言ってるこいつが、何か鍵を握ってるみたいだし」
「うん。ぼくは鍵を持つんだ」
「ほら、本人もそう言ってる……って、お前なぁ。オレが言ったのは、比喩的な意味での鍵だぞ」
そう言われて、少年は困ったように首をかしげる。
「誠、落ち着け。とにかく、一つずつ状況を整理しよう」
誠一郎をなだめてから、遼太郎は少年の方を向いた。
「まず、きみの名前を教えてくれるかい?」
「ぼくはデューロウ。金の王子」
「あなた、王子様なの?」
名前より、琴音はそちらに反応する。
王子様なんて、自分の目で見るのは初めてだ。よその国には王子と呼ばれる人がいるが、あまり馴染みがない。どちらかと言えば、ゲームの中にいる王子キャラの方がずっと近くに感じられる。
しかし、彼が着ている服は、青く薄い長袖のワンピースみたいなもの。下は白っぽいズボンをはいているようだが、どちらも質素な素材に見える。
この格好で王子なら、お忍びだろうかと思ってしまいそうだが……少年自身からは「高貴な方」という雰囲気が、失礼ながら感じられない。
「みんなは、王子としてぼくを扱う。でも、ぼくは本当の王子様なんかじゃないよ。地位じゃなく、そういう位置にいるってだけなんだ」
「イチとチイ? 何が違うんだよ」
「えっと、つまりぼくは、王家の人間じゃないってことだよ」
「だけど、金の王子なんだろ?」
「うん。ぼくには、金の王子の力があるから」
少年……デューロウの答えは、どうも要領を得ない。尋ねると、逆に疑問が増えてしまう。
「オレ、自分ではそんなに頭が悪いつもりはなかったけど、こいつの話はわかんねぇな」
「誠ちゃんにわかんなきゃ、あたしには絶対わかんない」
琴音と誠一郎は同じ高校に通っているが、誠一郎は実力テストの成績はいつも上位に入っている。五十位までの発表で、琴音がそこに名を連ねることはない。
この先もたぶんないだろうな、と本人はあきらめている。
それはさておき。
「えーと、今は王子だって件は保留にしておこう。じゃ、次の質問、いいかな。ここはどこ? 具体的な名前を知りたいんだけど」
気を取り直し、遼太郎が質問を再開する。
「フッカの山」
「さっき、神殿の裏山って言ったっけ? それがフッカってことか。ここを降りると、どこへ出るのかな」
「ルゥガ」
遼太郎は一瞬言葉に詰まったが、さらに質問を続けた。
「それは、国の名前? それとも街?」
「ルゥガは街だよ。ぼくは他の街を知らないけど、地図では大きな街」
「そうか、わかったよ」
と言ったものの、遼太郎は小さくため息をついた。
ルゥガが国でも街でも、そんなことはどうだっていい。
問題なのは「ここが少なくとも日本ではない」ということだ。
いくら近年は妙な名前の市町村や鉄道の駅が増えたと言っても、ルゥガなんて街の名前は聞いたことがない。
たとえ遼太郎達が知らないだけだとしても、あの小さな温泉の周辺にそんな名前の場所はなかったはずだ。
ネットで目的地までのマップを検索をしていた時、街の名前が「ルゥガ」となっていれば、気付きそうなもの。
洞窟の中で扉が消えた時点で、何かが妙だとは思っていたが……どうやらおかしな場所へ足を踏み入れてしまったらしい。
そして、それは横で聞いていた二人も同じことを思っていた。
何だかかなりややこしい事態になりつつある、と。
琴音がくしゃみをした。立っているだけなので、身体がだんだん冷えてきたようだ。
「デューロウ、場所を変えないか? 立ち話するには、ちょっと内容が複雑みたいだし」
遼太郎の提案に、デューロウも小さくうなずいた。
☆☆☆
まさかこんな状況になるなんてことは、当然予定していなかった。夏真っ盛りの時期だし、荷物を増やしたくなかったから長袖なんて持って来ていない。
都会の施設だと冷えすぎの所もあるが、田舎の宿がエアコンを効かせるとは思っていなかったので、羽織るものもなく。
これからは出掛ける先がどこであれ、薄手一枚は必須だな、と琴音は激しく後悔した。男二人は平気そうだが、寒がりの琴音にこの辺りの気温はつらい。
仕方がないので、バスタオルを肩にかけてくるまった。これだけでも、腕をむき出しにしているよりはずっといい。
デューロウに案内され、ゆるやかな坂道を下って行くと、二階建てらしい白い建物が現われた。これが彼の言う「神殿」だろうか。
どんなに厳かなものかと思っていたが、ひどくシンプルだ。小さな校舎みたい、とは琴音がもらした感想である。
校舎と言われたせいか、建物の前に広がる土地がグラウンドのように思えた。
「あそこは、守扉者が住んでるんだ」
「シュビシャ?」
「ガードマンってことかしら」
「琴音、神殿にガードマンの寮はないんじゃないか?」
聞き慣れない単語もだが、神殿は人が住む場所だったろうか、と首をひねりたくなる。
「がぁどまん?」
一方で、デューロウも聞き慣れない単語を耳にして聞き返す。
「警備員ってこと。この二人の会話は、気にしなくていいから。いつもボケとツッコミしてるから……って言っても、たぶんわからないよね」
「自分だって、兄妹漫才してるじゃん」
誠一郎が横を向いて、こそっとつぶやく。
「よくわからないけど、警備っていうのは合ってるよ。みんな、扉を守るためにいるから」
「ほら、当たってたじゃない」
琴音が、ない胸を張る。
「お姉さん、すごいんだね」
「え、あの、適当に言っただけなんだけど」
琴音としてはボケたつもりもないのだが、他人が聞くとずれたことをいつも言っているらしい。で、誠一郎や他の友達に、よく突っ込まれるのだ。
しかし、こうして「すごい」と言われてしまうと、それはそれで反応に困る。苦笑いでごまかすしかない。
白い建物の所まで来ると、デューロウは裏口と思われる戸を開け、中の様子を確かめてから三人に入るように言う。ただ、やけに慌てた素振りだ。
中にいる人間に見られては、何かまずいのだろうか。関係者以外立入禁止、というのは、神殿という場所柄だとありえそうだが。
デューロウに連れられて、ある小さな部屋へと三人は入った。
小さな机と、その周囲にイスが数脚あるだけの場所で、広さからして「進路相談室」のような印象を受ける学生三人である。
「外にいるより、ずっといいわ」
屋内だと、空気の冷たさを感じなくて済む。それでもまだ少し寒いので、琴音はバスタオルにくるまったまま、勧められたイスに座った。
「そう言えば、俺達のことを言ってなかったね」
デューロウに名乗らせて、自分達は自己紹介していないことを思い出し、三人はそれぞれ自分の名前を告げる。
「俺は冴月遼太郎。こっちは妹の」
「琴音よ」
「オレは聖誠一郎」
琴音はともかく、男二人の名前がデューロウには長くて言いにくいらしい。遼太郎に「セイとリョウでいいから」と言われて話はまとまった。
「この建物の隣に別棟があったけど、あれが礼拝堂みたいなもの?」
遼太郎が尋ねる。
琴音と誠一郎は、今いるこの建物しか見ていなかったが、遼太郎は隣にも建物があることに気付いていた。隣と言っても、軽く五十メートルは離れているだろう。
ここと同じように白い壁の、だがここより小さな建物があった。
上の方に窓らしきものがなかったので平屋建てなのだろうが、普通のそれより屋根が高かったように思われる。
その分、間口や奥行きはあまりないようだった。長方形の積み木を縦長に置いたような形だ。
あれが礼拝堂だの本堂だのといったものであれば、ここへ拝みに来る客……信者と呼ぶべきか、そういった人達が来ても、あまり多くは入れないだろう。
「レイハイドーって何?」
遼太郎の問いに、デューロウが質問で返す。
「え? 改めて何って言われると……。えーと、神様にお祈りするための建物、かな」
「ここに、神様はいないよ」
デューロウの言葉に、三人は首をかしげた。
「でも、ここは神殿って呼ばれてるんでしょ?」
デューロウはうなずく。
「そう呼ばれてはいるけど……本当は、神殿なんかじゃないんだ。長い年月の間に、そう呼ばれるようになったんだって」
「呼ばれてる、だけ?」
「ねこボーヤの話は、どうもわかんねぇな」
誠一郎が小さく息を吐いた。





