04.扉と少年
琴音が、先に洞窟へ入った誠一郎を追う。さらにその後ろから、遼太郎が壁や天井を見回しながらついて来た。
「この壁を見る限り、司令部ではなさそうだな。人間が掘った穴にも思えない」
天井は暗くてわからないが、少なくとも壁は人工的なものを感じなかった。自然にできたものに見せかけようとしているのなら……素人に判断は無理だ。
「けど、遼兄。やっぱり、奥に扉みたいなのがあるぜ」
誠一郎が指差す方には、確かに扉があった。
木だろうか。ライトなどはなく、外からの光だけしかない。薄暗いのでわかりにくいが、素材はそれっぽかった。
その表面に、白の塗料で何やら複雑な紋様が描かれている。ゲームやアニメなどで見る魔方陣のような、円の中に様々な多角形や文字のような線があった。
誠一郎が最初に白っぽいと言ったのは、この紋様のせいだ。
「この向こう、悪い人のアジトとか?」
「琴音、あの扉を見て、本当にそう思うか? どんな奴にしろ、人目を忍ぶつもりなら、扉にこんな模様なんて描かないだろ」
「あら、魔除けかもよ」
「魔除けって……そういう奴らにすれば、警察除けかな。いや、だから……どっちにしろ、今のオレ達みたいに何だろうって逆に呼び込みかねないだろ」
「遺跡の一部とかなら、こういうのもありえそうだぞ」
「ああ。それの方が、ぽいよな」
扉は一枚。ノブのようなものはなく、少し開いている。あちら側へ押し開くタイプだろうか。
この扉を開けなければ、ここで行き止まり。黒ねこの姿が見えないのは、わずかに開いているその扉の奥へと入ってしまったからだろう。
「これ、何の模様なのかしら」
「琴音、自分で魔除けだって言っただろ」
誠一郎が、扉を軽く叩いた。
「……あれ?」
「どうした、誠?」
「今、ちゃんと叩いたつもりだったんだけど、全然手応えがなかった。それに……音もしなかったよな?」
「何も聞こえなかったわよ」
「だよな。まさか、幻ってんじゃないだろ」
言いながら、誠一郎は扉を押した。
今度はちゃんと手応えを感じ、誠一郎はそのまま扉を押し開く。その手の動きに合わせ、扉はあちら側へと動いた。
「洞窟の続きがあるだけだな。ちぇっ、何だよ。こんな扉があるから人工的な何かがあるのかって、ちょっと期待したのに」
誠一郎が奥へ踏み込む。
「ここ、玄関じゃない? 進んだら、何かあるかもよ」
同じように、琴音も続く。
「これが? だとしたら、ずいぶんワイルドな玄関だな」
「おいおい。あんまり深入りするなって」
と言いながら、遼太郎もやっぱりその後ろに続いた。
「っと……」
さらに奥へ向かおうとした誠一郎が、足を止めた。前方に誰か立っている、と気付いたのだ。
「誰? ……村の子ども、じゃないわよね」
そこにいたのは、短い黒髪の少年だった。細身でちょっと頼りなげな雰囲気だ。小学校の高学年、もしくは中学生くらいだろうか。
しかし、その顔立ちは村の、いや、日本人のものとは違った。
薄暗い中なのではっきりしないが、肌の色も違うようだし……何より瞳が金色をしている。
「金色のカラコンって、あるのかしら」
「青のコンタクトをしてる奴が、大学にいたけど。金色ってのは……んー、実際に付けてる奴を見たことはないな。普段使いするような色ではないけど、物としてはあるだろ。映像の世界だと、どんな色でも見かけるし。作ろうと思えば、今の時代は何色でも作れるからな」
「二人とも、そーゆー問題じゃないって」
今は、そんな点を議論している場合ではない。
「なぁ、お前、この辺りの子なのか? もしかして、ここって村のご神体とか、そういうのを祀ってる場所だったりする?」
都会の人間にはわからない、その土地で崇めるご神体だの何だのが保存される神聖な場所。
ここがもしそういう所であれば、さっきの扉の紋様も何となく納得できる。
だとすれば、よそ者が入ったりすれば、地元民に怒られるかも知れない。
「ご神体は……ないよ」
まだ声変わりしていない少年が、ぼそりと答える。それを聞いて、三人はちょっと安心した。
物語などでは「事情をよく知らない人間がこういう場所へ勝手に入ってしまい、その土地の人間に何かされる」というのは、よくあるパターン。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、そういうことが現実に起きる可能性がゼロではない気がして、心の中では心配していたのだ。
「お願い。ぼくと一緒に、銀の王女を……レイリーンを捜して」
「……」
少年の言葉に三人は返す言葉もなく、しばらくお互いの顔を見るしかできなかった。
遼兄、何とか言ってくれよ。
誠一郎が、目で遼太郎に訴える。
遼太郎がこういう話の流れに強い、と聞いたことはないが「とりあえず、ここは年上にふってしまえ」という訳だ。
少年の表情が真剣そのもので、茶化すことすらできない。こういうシリアスな状況は苦手だ。
これがどっきり系のイベントだとすれば、少年の演技は主演男優賞もの。
「えーと、あのさ」
「ねぇ、あなた」
仕方なく遼太郎が何か言いかけた時、琴音も同時に口を開いていた。
「さっきのねこ?」
「はぁっ?」
遼太郎と誠一郎が、一緒に聞き返していた。
「琴音、人間がねこになったり、ねこが人間になったりなんかするはずないだろ。ファンタジー世界か」
「こと、どうしてそうなるんだ?」
「だって……この子、髪が黒いし、さっきのねこも黒だったし」
「琴音、それって全然理由になってないぞ」
そんなことを言い出したら、三人だって黒髪だ。でも、ねこにはならない。
「あの、それにねっ。この子の瞳、さっきのねこと同じなんだもん」
琴音は急いで付け加えるが「それも理由になってない」と誠一郎に切り捨てられる。
「この子を動物に例えるなら、ねこが一番近いかも知れないけど……だからさっきの黒ねこだって言うのは、どうかなぁ」
少年の大きな目は少し上がり気味なので、その目を見ているとねこをイメージしたくなる。
だからと言って「少年がねこだ」と言われても、シスコンの遼太郎だってこればかりはフォローしにくい。
「……そうだよ」
「おいおい」
少年の言葉に、男二人が突っ込む。
「お前なぁ。何を言われたのか、ちゃんとわかって答えてるか? 人間のお前に対して、ねこなのかって言ってるんだぞ」
「うん、わかってる」
誠一郎の確認に、少年はしっかりと答えた。こちらの言葉が伝わっていない、という訳ではなさそうだ。
「あたしね、やっぱり温泉に入ってた時、人影を見た気がするの。本当は人間のあなたがねこになってて、でも影は本当の姿を映したっていうなら、納得できるわ」
「素直に納得するなよ、そういうことを」
「だけど、鏡とか影は、真実の姿を映すって言うじゃない」
「……頭が痛くなりそう。こいつがねこでも何でもいいや。もう帰ろうぜ」
そう言って誠一郎が回れ右をするが、そのまま固まる。
「なっ……なんで扉がなくなってるんだよっ」
「ええっ?」
琴音と遼太郎も振り返り、誠一郎の叫びが事実だと知らされる。
さっき自分達が通ったはずの扉が、ほんの数分のうちに本当になくなっているのだ。
そこにあるのは、土の壁だけ。つまり、行き止まりだ。
知らないうちに微妙な角度で曲がっていたのでは、と調べてみるが、横穴のようなものは見付からない。
突き当たりの壁に触れてみたが、間違いなく本物の岩と土だ。
「オレ達、どうやってここへ来たんだ? オレ、あの扉を開けたよな?」
「ああ。ちゃんと手で押し開いて、そこを通って……」
「あの扉は、ぼくが出したんだ」
「どういうことなの?」
琴音が尋ねたが、少年はそれには答えない。
「来て」
三人に背を向けると、少年は歩き出した。
「あ、待って」
琴音は、慌てて少年を追い掛ける。
「おい、琴音! 遼兄、どうする?」
「ここにいたって、どうしようもなさそうだな。あの子のことも気になるし、とりあえずここから出よう」
薄暗いし、事情はさっぱりだし、自分達が来た方に道はない。もう少し明るく開けた場所を求めるなら、少年が向かった方へ行くしかないだろう。
残された二人も、すぐに琴音と少年に続いた。
「洞窟の周りって、もっと草ぼーぼーだったわよね?」
先に外へ出た琴音が、誰にともなく尋ねる。
「ああ。明らかに、この辺りは人が来ないなって感じだったぜ」
「別の出口から出たってことか。当然だな。あの扉の存在はともかく、洞窟へ入ってそのままずっと真っ直ぐ歩いて来たんだから、同じ出入口なはずはないし」
三人、いや、少年を含めて四人が出て来た所は、地面がむき出しだった。草は所々に生えている雑草くらいか。
少し歩けば木も立っているが、さっきまでいた山の中程には密集していない。
さらに「違う場所へ出た」と感じるのは、気温だ。
いくら「村には車やエアコンの室外機から出る熱がほとんどなくて、涼しい」とは言っても、今は真夏。山の中にいても、それなりの気温だった。温泉に到着するまでには、汗もかいて。
それなのに。
ここは「涼しい」と言うよりは、じっとしていると寒くなってくる。これだと、完全に夏は過ぎて秋も深くなってきた、くらいの気温に思われた。





