29.最後の扉
珍しく気弱な誠一郎の発言を聞いて、琴音は笑った。
「そうかしら。あたし、レイリーンと一緒に銀の剣を出せた時、これで絶対いけるって思ったもん。あたし達の勝ちだって。心配だったのは、誠ちゃんがルーゼットに飛ばされた時くらいよ」
「この世界の人がことみたいに前向きな性格だったら、あんな魔物は生まれなかったんだろうなぁ」
「現われたとしても、かなりのほほーんとした奴だぜ」
「あ、何よ、それ。誠ちゃん、あたしのそういう所が好きだって、言ってくれたじゃないの」
「へぇ、そうだったのか」
思わぬ反撃に、誠一郎が焦りまくる。
「っ! ……お前、そういうことをこんな所で言うなよっ」
赤くなる誠一郎を見て、遼太郎やデューロウはくすくす笑う。
そこへ、レイリーンが現われた。
「あ、レイリーン。ガレズさんの様子、どうだった?」
「まだ起き上がるのは無理みたい。それに、頭の中が少し混乱されているみたいで……。でも、あたしにすまなかった、と」
「記憶はあるのか。つらいだろうな。琴音まで巻き込んだ点については、簡単に許したくないけど。ルーゼットにさせられてた訳だから、複雑だな」
「ああ、同感だ。ただ、記憶がなくても、そのうち耳に入って来る。レイリーンがいなくなった経緯を聞いていた奴は、あの場に少なからずいたから。人から聞いてショックを受けるよりは、いいんじゃないかな」
記憶の有無がどうであれ、彼がしたことが消える訳ではない。
「バルム様もいらして……あたしは何ともないですってことだけ言って、戻って来たの」
「二人とも、これからが大変そうね。だけど、ガレズさんがどうしてああいう行動をしたのかはみんながわかってるんだし、他の人から責められることはないんじゃない?」
「少なくとも、神殿にいる人間はそういうことはしないだろ。現場を見てるんだからな。まぁ、守扉者になるくらいの人なんだ、乗り越えてくれるさ」
「ああ。……なぁ、デューロウ。お前、もう身体は平気?」
誠一郎に尋ねられ、デューロウはうなずいた。
「完璧とは言えないけど、あの後すぐに休んだから」
本来なら闇を封じる扉を出すための力を、剣を出すために使った。これまでとは違う力の使い方に多少の無理はあったが、これができなければ全ての人が死んでしまうと思い、必死だった。
いつもであれば倒れかねない状態だったが、気が張っていたせいか、かろうじて最後まで意識を保っていられたのだ。
それでも全てが終わり、自分の部屋へ戻った途端にベッドへ倒れ込み、泥のように眠った。そのおかげか、今はずいぶん楽になっている。
「扉、出せそうか?」
「あ……うん、何とか。みんなが通る間くらいなら、道を開いていられると思う」
今回はもちろん、デューロウは同行しない。琴音達だけが通れたら、それでいいのだ。
「それじゃ、頼む。オレ達も早いところ、戻りたいんだ」
「そうだな。もう危険はないと言っても、やっぱり自分の世界がいいから」
「あたし達、行方不明ってことになってなきゃいいけど」
異世界へ来ている、なんて当然誰も知らない。戻ってどこへ行っていたんだ、と問われて正直に話しても、信じてもらえないだろう。
こちらはこちらで、先のことが大変そうだ。
「あの、もうバルム様達には会って行かないの?」
レイリーンはもう琴音達が行ってしまうと知って、淋しそうな表情を浮かべる。
引き止めたい気持ちがあっても、相手の事情を知っているだけに、それはできない。
「んー、非礼にはなると思うけど。挨拶に行くとあの人、また色々と気を遣いそうだしね。レイリーンとデューロウから、お世話になりましたって、言っておいてくれないか」
「お世話って、あたし達の方が助けてもらったのに」
偶然とは言え、レイリーンを見付けてもらった。金と銀の剣を出せたまではよかったが、決着を任せる形になってしまった。
三人がいなければ、今頃この世界は消えている、もしくは一歩手前の状態にまでなっているはず。
「なるようになっただけだよ。俺達も帰るためにやったようなものだし」
「本当にごめんなさい。無茶なことをさせてしまって」
デューロウが、深々と頭を下げた。
「どっちかと言えば、無茶をしたのはお前なんだろ。こっちはみんな無事だったんだから、もういいって。帰りの道は頼むぜ」
「うん」
「あの裏山へ行くの?」
「ううん、ここで。あの時は、誰にも見付からないようにって思ってたから」
扉を出す場所に、制限はないらしい。
デューロウは手を前に差し出し、目を閉じる。その手元が白く輝き、その光は見ている間に大きくなった。
球体だった光は上下に細長く伸び、扉の形へと変化する。
あの洞窟で見たのと同じ、白い紋様の描かれた扉が現われた。ただし、あの時よりも扉はかなり小さい。
「裏木戸みたいだな」
誠一郎が苦笑する。
「ごめんなさい、まだ完全じゃなくて」
「いいわよ。通れたらいいんだもん」
「そうそう。あ、デューロウ。時間の方は……どうなんだろう。やっぱり向こうでも、同じくらいの時間が流れてるのかな」
「はっきりしたことは言えないけど、そんなには流れてないはずだよ」
「なら、十分だ。同時進行してたって、一日だしな。浦島太郎にならなきゃ、それでいいって」
誠一郎の言葉に、デューロウとレイリーンが二人して首をかしげる。
首を曲げるタイミングと角度が同じなのは、やはり双子だからだろうか。
「とんでもない未来になってなきゃ、それでいいってことよ」
琴音が簡単に説明した。
「じゃ、帰ろうぜ」
誠一郎が扉を押した。音もなく、簡単に扉は開かれる。
「じゃあな」
来る時と同じく、最初に誠一郎が入る。
「本当にありがとう」
「うん。二人とも、元気でね」
レイリーンの言葉に琴音はうなずき、続いて入った。
「デューロウ、妹を大事にしろよ」
「はい」
軽く手を上げ、遼太郎が最後に扉の奥へ向かった。彼が通り過ぎると、静かに扉が閉まる。
そして、扉はゆっくりとその姿を消していった。
☆☆☆
三人が出たのは、黒ねこだったデューロウを追って入った洞窟だった。デューロウは、まったく同じ場所に扉を出したらしい。
それならそれで、帰り道に迷わなくて済む。
「この洞窟、実はマジックマッシュルームみたいなのがあって、集団幻覚でも見せられたんじゃないよなー」
建物の中にいたはずが、扉一枚隔てただけで洞窟の中。夢でも見ていたような気分になる。
「別にそれでもいいけど。ちゃんと帰れたのなら、それで十分だ」
洞窟を出て、三人はあの露天風呂があった場所へ戻った。
来た時と同じ状態だ。琴音が誠一郎に投げたタライも、ちゃんとある。
どうやら、浦島太郎状態はしっかり避けられたようだ。
空は、茜色に染まりつつある。ここを出たのは昼間だったが、夕暮れの時間帯らしい。
今の時期は陽が長いから、実はそろそろ多くの家庭が夕食を囲むような時間帯に入っているかも知れない。
スマホで日付と時間を確認すると、日付は家を出た日と同じで、時間は空の色で推測した通り。
デューロウが言ったように、数時間が経った時点での世界へ戻れたらしい。
「このスマホの画面、信じてもいいのかな。オレ達と一緒に、あっちの世界へ行ってたし。狂ってるってこと、ないか?」
「さぁ、どうだろうな」
「おい、遼兄。そこは大丈夫だって、言ってくれよなっ」
「狂うなら、はっきりわかるくらいに狂うんじゃないか? こんな微妙な狂い方、しないだろう。これでいいか?」
「そういうの、こっちに確認されたくないんだけど。まぁ、ネットで何かしら見ればわかるよな。圏外ではないみたいだし」
「あれ?」
同じようにスマホの画面を見ていた琴音が、首をかしげた。
「こと、どうした?」
「あたし、二人にメールを送ったでしょ。昨日……えっと、向こうの世界での昨日ね。レイリーンと一緒に、地下倉庫に閉じ込められた時」
「ああ、あれな。よく送れたよな、あんな場所で。地下って以前に、衛星だの中継基地だのがない世界だぜ」
「テレパシーって、見えないけど本当にすごいのね。って、それはいいけど。そのメールが残ってないの」
あの時の履歴が、どこにも見当たらない。遼太郎と誠一郎も自分のスマホを見たが、琴音からのメールは別の日に送られたものしか残っていなかった。
「んー、これは本当に夢だったかも知れないって可能性が出て来たぞ。何も証拠がないんだもんな。やっぱりマジックマッシュルームのせいで、三人してあの洞窟にしばらく倒れてたとか」
「誠、それはもういいって。それより、ちょっとやばいぞ」
「え、何がやばいの?」
「時間! 次の電車に乗れないと、たぶん宿へ着けなくなる」
「遼兄、そんな大袈裟な」
いくらなんでも、終電には早すぎる。
「行き先は田舎なんだぞ。宿は駅から少し離れてるし、そこへ行くまでにどれだけ外灯があるか、わかったもんじゃない。走るぞ」
「え、やだ、お兄ちゃん。置いてかないで」
走り出した兄を、琴音が慌てて追い掛ける。
「琴音、転ぶなよー」
その後ろを、笑いながら誠一郎が追った。





