28.一夜明けて
「ああ、ことがレイリーンと二人でやったんだ。俺達の世界に、ゲームがあってよかったよなぁ。イメージがしやすいから。ただ、まさかあんなのが出るとは、俺も思ってなかったけど」
ふくれる琴音の横で、遼太郎が笑いながら説明する。
「あんなのって、何よぉ。あの剣を買うために、どれだけの時間ダンジョンを回ったと思ってるの。モンスター倒しまくって、必死に稼いだのよ。大きい分、すんごく高かったんだから」
レアアイテムではないが、かなりの高額商品。そう簡単に手に入るものではないのだ。
早くストーリーを追いたいと思いつつ、後々の戦闘を楽にするために遠回り。それでようやくゲットしたアイテムなのに「あんなの」呼ばわりされてしまった。
琴音だけではなく、ゲーム制作者が聞いたら怒るか泣いてしまいそうだ。
「いいじゃん、現実にはただで出て来たんだから」
琴音の文句も、誠一郎にさらっと流されてしまった。
「手元に残らないっていう、難点はあるけどな。今後使う予定は……特に、ことが使うような状況はないんだから、大した問題じゃないだろ」
「そりゃ、あんな剣を持ってたら、警察に捕まるわよね」
自分の世界へ戻っても、あんな代物が出せるとは思っていないが。
「いや、それ以前に、琴音があれを持ってるだけでケガしそうだ」
「どうして、持ってるだけでケガするのよ」
「ことなら、そういうこともありそうだ」
この二人、どれだけあたしをドジだと思ってるのかしら。
「ガレズ……ガレズ」
バルムのガレズを呼ぶ声に、三人はそちらを振り返った。他の守扉者達も、仲間の名前を呼んでいる。
琴音達は、バルムやデューロウ達のいる方へ近付いた。
「う……バル……?」
自分の名を呼び続ける声に、ガレズがわずかに目を開いた。
「そうです。バルムです。私がわかりますか、ガレズ」
「……」
意識は戻ったものの、まだ意識がもうろうとしているようだ。
「守院へ運びましょう。バルムさん、あなたも早く手当しないと」
「私は大丈夫です。それより」
「駄目ですよ、あなたもちゃんと休まないと。ガレズさんが目を覚ました時、また叱られてしまいますよ」
遼太郎の言葉に、バルムは微苦笑を浮かべた。
「そうですね」
そんな会話の横で、琴音が小さくくしゃみをした。
「ほら、早く中へ入ろうぜ。身体が冷えちまう。琴音、お前はレイリーン達の方についててやれよな」
「うん、わかった」
遼太郎や誠一郎も手を貸し、みんなで動けない者を守院へと運んだ。
「んー。これじゃ、守院って言うより病院だよなー」
☆☆☆
琴音はレイリーンに「まだ怖いから、一緒にいてほしい」と言われ、彼女の部屋でその夜をすごした。正直なところ、琴音も一人になるのは不安だったので、むしろありがたい。
近くで妹の言葉を聞いたデューロウは、ひどく驚いていた。会ったばかりの琴音に、レイリーンが完全に心を許していたからだ。
「やっぱ、同じ顔だと安心するのかな」
「だろうな」
休む前、別室をあてがわれた遼太郎と誠一郎に琴音がそれを伝えに行くと、二人は納得したように笑っていた。
琴音がレイリーンと一緒のベッドに入ると、髪や瞳の色はともかく、いとこと寝ているような気分になる。もし妹がいれば、こんな感じだろうか。
色々ありすぎ、昼間レイリーンを捜して歩き回り、身体はくたくただ。もう何も考えず、琴音はぐっすりと眠った。
次の朝。
と言っても、かなり遅い時間に起き出して部屋を出る。すでに起きていた遼太郎が、窓の外を眺めながら待っていた。
「おはよう、お兄ちゃん。誠ちゃんは?」
「おはよう。さっき起き出してたから、そろそろ来るだろ」
二人でエントランスの方へ向かった。
昨日、琴音達が出入りしていたのは裏口ばかり。正面玄関になるところは、やはり広い。小さなホテルのロビーみたいだ。
「何だか、思ったより静かね」
あちこちで守扉者達がうろうろしているのだから、それなりに人のざわめきはある。だが「闇はもう消えたんだ」という、喜びの声みたいなものは聞こえなかった。
かと言って、ケガをした人の容態が悪くなったとか、闇の空間に引き込まれていた人の具合が急変した、という声もない。
もちろん、そういう話はないに越したことはないのだが。
「みんな、気が抜けたんじゃないか? もしくは、この現実がまだ実感としてわいてこなくて、いつもと同じように行動してる……とかな」
「もう守る扉はなくなったんだから、ここの人達は家に帰るのかしら」
「そうなるだろうな」
もう誰も、この守院にとどまる必要はない。身の振り方はそれぞれだろうが、だいたいの人達は自分の家へ帰ることになるのだろう。
そんな話をしてると、誠一郎が来た。
「琴音、ちゃんと眠れたか?」
「うん。誠ちゃんも、しっかり寝られたみたいね」
「オレは、どこでも寝られるのが特技だからな。レイリーンは?」
「ガレズさんの部屋へ行ったわ。心配だからって」
一度は意識を取り戻したガレズだが、守院に運ばれてからはまた気を失ったらしい。
「あの人も、大変だったよな。ルーゼットにもてあそばれたようなもんだし。人間の感情ってのは、本当に怖いよなー」
「ああ。何百年か知らないけど、どれだけ抑え込まれても復活して、ああして動こうとするんだから」
「ルーゼットが言ってたよね。人間がルーゼットを生み出して、そのルーゼットは人間を破滅させようとして。だから、人間の望みは破滅なんだって。本当にそうなのかな……」
「んな訳ないだろ」
誠一郎がきっぱり言い切る。
「あ、他の奴らは知らないけどさ。少なくとも、オレは破滅なんて望んでないぜ。せっかく生まれてきたのに、どうして自滅しなきゃならないんだよ。しろって言われたって、オレは断るぜ。やりたいこと、見たいものがいくらだってあるんだからな」
「よくも悪くも、人間の感情はそれだけ強いものだってことだよ。もし俺達の世界で、感情があんなふうに形と意思を持って動き出したら……ルーゼットのような奴、一体や二体じゃきかないだろうなぁ」
「琴音だって、破滅なんて望んでないだろ?」
「当たり前よぉ。望むとしたら、定期試験とか通知表とか」
それを聞いた遼太郎が、横を向いて吹き出す。
「琴音、それって破滅と言うより、消滅じゃないか?」
「どっちだっていいわよ。誠ちゃんはいいわよね、そんなもの気にしなくていいんだから。あたしにとっては天敵よ、天敵!」
頭のいい誠ちゃんやお兄ちゃんには絶対わかんないわよ、と琴音は頬をふくらませる。
「拗ねない、拗ねない。こと、朝からそんな顔するなよ」
「急に、会話の中身がだるーくなってきたな」
誠一郎が笑っていると、三人を見付けたデューロウがこちらへ駆けてきた。
「おはようございます」
「あ、デューロウ。おはよ」
「お前、外へ出てたのか?」
「うん。護所へ行ってたんだ。どうなってるかなって」
護所へ、と言うが、あの建物はルーゼットが出て来た時に壊れているはず。
「まさかと思うけど、ルーゼットの肉片って言うか、かけらみたいなもの、残ってなかったよな?」
「ぼくも、そういうのが心配だったんだけど。でも、何も見えなかったし、感じなかった。もう何もないよ。護所が破壊されて、建物の残骸がそこら中に飛んでたけど、それは封印とは違うし」
ルーゼットが封印の扉を破った時、護所そのものが吹き飛ばされた。
封印の扉は過去の「金と銀の力」を持った者が出したものなので霧散したが、建物は現実の物なので、がれきなどが残っているのだ。
それだって、かなり粉々になっている。あの爆発の威力が知れるというものだ。
「後片づけするのに、しばらくかかりそうだって。だけど、街に被害が及ばなくてよかった」
「ああ。街の人達は、自分の近くであんな大変なことが起きてる、なんてまるで知らないんだろうなぁ。せいぜい、ルーゼットが護所を壊した音を何となく聞いて、何だろうって思った程度じゃないか?」
この神殿から街までは、十五分も歩けば行ける距離。琴音達の世界のように、都会の喧噪に邪魔されることはあまりないだろうから、あの時の音を聞いた人もそれなりにいるはずだ。
「妙な野次馬が増えなかっただけ、いいじゃん。余計な奴が来て、ルーゼットを見て不安だの何だのって感じたら、ルーゼットの力が大きくなったかも知れないんだし。そうなったら、オレ達にはどうしようもなかったと思うぜ」
誠一郎が指摘していたように、ルーゼットは封印の扉を破ることでかなりの力を使ったのだろう。
もしさっさとここから離れ、街へ移動されていたら、こうして朝を迎えることはできなかったかも知れない。
「あら、そうなっていたって、あたしは絶対大丈夫だと思うわ。誠ちゃん、負ける気なかったんでしょ?」
「そりゃ、負けたら帰れないだろーが」
「ね? だから、大丈夫よ」
「終わったから、そういう気楽な発言ができるんだぞ」
斬っても消えないルーゼットに、あの時の誠一郎は正直なところ、かなり焦っていた。
時間稼ぎも理由の一つとしてあったが、焦りを表に出すのが悔しいので、がむしゃらに向かっていた部分もあったのだ。





