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扉の向こう~黒ねこについて行ったら異世界へ~  作者: 碧衣 奈美


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25.金の剣

 遼太郎や誠一郎の言葉を聞いた周りの者達は「え?」という顔になった。

 こんな怪しい存在が餓死する、なんてことになるのだろうか、と。

「お前は普通の生き物じゃないから、厳密な意味での餓死はないだろうけどな。でも、存在する意味はなくなるぜ。全てを破滅に導くのがお前の目的って言うんなら、達成したらすることがなくなる訳だろ? 誰も怖がってくれないし、抵抗しようとする奴をもてあそぶこともできなくなる。ははっ、ざまーみろってんだ」

 ルーゼットが、誠一郎を睨み付けた。

 まさか、自分が笑われる、なんて想像もしなかったのだろう。

「……お前達、私に対する恐怖はないの」

「あ、怖がってほしいのか? そりゃ、悪かった。けど、あいにくこれという実感がなくてさ。せいぜい、でかい女だなってくらい。オレ達の世界じゃ、お前みたいに感情が実体化する、なんてことがないんだよな。こちとら霊感もないし。遼兄もオレも、売られたケンカはすぐに買う方なもんで。オレにすれば、お前ってそういう対象でしかないんだ」

「異常な状況だってことは、一応理解してるつもりだけど。たとえ二人だけでも、対抗してやろうなんて考える奴がいたら、動きが鈍るんじゃないか? たぶん、こういう感情は、お前にとっての毒みたいなもんだろ」

「金の王子が連れて来た人間……不愉快」

 ルーゼットが、今度はデューロウを睨んだ。こんな面倒なものを持ち込んで、といったところか。

 デューロウがよその世界から連れて来た人間、というのは知っているらしい。

「へぇ、マイナス感情のかたまりみたいな奴を、怒らせたみたいぜ。オレ達って、かなりすげぇよな」

 誠一郎が、これみよがしにルーゼットをまた嘲笑する。さっきまで何度も笑われたので、ささやかな仕返しだ。

「二人とも……口ゲンカで闇と対抗する気なの?」

 感情の集合体であるルーゼットに対して、遼太郎と誠一郎の言葉は多少なりとも精神的ダメージを与えているようだ。

 それはすごいと思うが、そのやり方に琴音は何となくあきれてしまった。

「まさか。デューロウ、鍵とか扉ってのは抽象的な話って言ってたよな」

「う……うん」

「だったら、扉を出すための力を、別の物に変えることだってできるだろ」

「別の物? 何に?」

 誠一郎の言葉は、デューロウにとって想像すらしなかったことなのだろう。きょとんとしている。

「さっき、言っただろ。根っこを断ち切るって。あいつをぶった斬るんだよ。斬るためには、何を出せばいいんだ」

「……けん?」

 守扉者達の間で、ざわめきが広がった。そんなことができるのか、とでも言いたげな。

「私を斬る? 面白いわね」

「デューロウが出す剣だ。のんきに面白がってもいられないんじゃないか?」

 遼太郎が、ちくりと言う。

「じゃあ、出せなくすればいい」

 お互いがすぐには相手に届かない距離で、ルーゼットは一歩も動いていない。なのに、いきなり何かがデューロウへ向かって伸びてきた。

 最初は腕が伸びたのかと思ったが、髪だ。さっきも、守扉者を穴へ突き落とすようにして動いていたのは、髪だった。

 ルーゼットにとって、この髪も攻撃力の一部なのだ。

「うわっ、やっぱり触手もどきの髪なのかよ」

 外の世界へ現れた時、うねうねと髪が広がっていたのを見て、何かあれば攻撃してくるのでは、という気はしていたのだ。

 それが現実になってしまったが、こちらはその髪に対抗する術がない。

 だが、一瞬焦ったのも束の間。

 ルーゼットの髪がデューロウへ届くより前に、静電気のような音がしたと同時にデューロウの前で火花が散った。

 その音と光にひるんだように、ルーゼットの髪が伸びるのをやめる。

「本当に……しつこい奴」

 ルーゼットが睨んだのは、デューロウにかばわれる格好だったバルムだ。

「私達のことを忘れてもらっては、困りますね」

 汗を浮かべ、息を切らしながら、それでも笑ってみせるバルム。

「私達には封じる力こそありませんが、あなたの邪魔をするくらいはできます」

 封印の扉の周囲に張られた結界は、ルーゼットにとっては確かに邪魔以外の何者でもなかっただろう。

 目には見えなくても、その結界の力がルーゼットの髪が伸びるのを阻んでいた。

「デューロウ、今のうちだ」

 遼太郎に言われ、デューロウはうなずくと目を閉じる。

 霊感のようなものはないはずの遼太郎や誠一郎にさえ、少年の身体を金色のオーラが包むのが見えた。

「未熟な力しか使えないくせに……」

 ルーゼットの声が、少女のものから低く変わる。デューロウが力を使うことで、ルーゼットに何かしらの変化が起きたようだ。

 金色だったはずの髪が、いつの間にか黒く染まりつつある。触手のように伸びる、髪の束。ルーゼットがやけになったように、いくつもの髪の束で結界を殴りつけている。

 そのたびに、青白い火花と大きな音が出た。しかし、それ以上髪の触手を伸ばすことができない。

 バルムだけでなく、他の守扉者達も同じように、ルーゼットの周囲に結界を張っていたからだ。

 これまでは、封印が破られそうだ、という緊張感はあっても、守扉者達の間に現実的な危機感はあまりなかった。

 目の前に普通ではない扉があり、それを守るという、漠然とした感覚でしかなかったのだ。

 しかし、封印は破られた。扉があった建物ごと、破壊された。闇に心を囚われれば、自分が自分でなくなってしまう。

 そんな恐怖を感じ取り、そこにいる誰もが自分の持てる力を最大限に出そうと、必死になっている。

 そのため、封印の力ではなくても、ルーゼットは簡単に結界を突き抜けることができなくなってしまったのだ。

 同時に、守扉者達の「抵抗しようとする気持ち」が、ルーゼットから力を奪っていた。広がりかけていた身体が、さっきより少し縮んで。

 デューロウがいつの間にか、両手を前に差し出していた。その手の上に、金色の細長い何かが現われる。

 見ているうちに、それは金色の剣へと変化した。

「デューロウ!」

 剣を出した途端、デューロウの膝が折れる。少年の手から剣が地面にすべり落ち、小気味いい音をたてた。

 かろうじて誠一郎がデューロウの腕を掴んだので倒れなかったが、荒い息を繰り返している。

 レイリーンがその様子を見て、急いでそちらへ駆け寄った。琴音と遼太郎も、その後に続く。

「セイさん……お願い」

「え?」

「ぼく、剣を出すだけで精一杯なんだ。もう動けないから……」

 持てる力を全て使い、剣は出せた。だが、今はまともに立つこともつらくなっている。後は、他の誰かにやってもらうしかない。

「デューロウは、オレが言った通りのことをしてくれたんだもんな」

 誠一郎は、落ちた剣を拾い上げた。

 現実の物質ではないはずなのに、ちゃんと手応えがある。掴める。

 柄も金色なら、刃も金色。刃渡り五十センチはありそうな細身の剣は、斬れ味がよさそうだ。

 しかし、ゴールドの輝きとは違い、どちらかと言えば淡く優しい光を放っている。

「まかせろ。帰るためには、オレも傍観してばっかもいられないからな」

 結界に抵抗していたルーゼットは、剣を握った誠一郎を睨み付けた。

 現われた時は美しかった少女の顔が、次第に醜く崩れ始めている。

 その顔に出ているのは、怒りか憎しみか。

「誠ちゃん、気を付けて」

「おう」

 誠一郎は剣を構え、ルーゼットへ向かって走り出した。

「人間などに斬れるものか」

 ルーゼットの声がさらに低く、滑舌も少し悪くなっている。

「何言ってやがる。その人間から生まれたんだろうが、お前はっ」

 誠一郎は振りかぶり、ルーゼットに斬りかかった。金の刃は、見事なまでにルーゼットの身体を切り裂いていく。

「やったっ」

 頭から真っ二つにされたルーゼットを見て、誰もが口々に叫ぶ。

 しかし、その声は歓喜の叫びにはならなかった。

「無駄なことを……」

 二つに割れたはずの身体は、ゆっくりと元に戻ってゆく。まるで映像を巻き戻しているかのように、ルーゼットの身体が復元した。

「こンのぉ……」

 誠一郎が、横一文字に剣を払う。ルーゼットの胴体は確かに二つに斬られたが、やはり元に戻ってしまった。

「斬れない、と教えてやったのに……愚かな人間」

「ちっくしょう。煙みたいな奴だな」

 剣を持った時、これなら斬れる、と感じた。話を聞いた分には抽象的だったものが、実際に剣をこの手に掴むことができ、いけると思えたのだ。

 しかし、誠一郎が何度斬っても、ルーゼットは元に戻ってしまう。斬っている手応えは、間違いなくあるのに。

「異世界の人間じゃ、ダメだってのかよ」

 何度もやってみるが、同じことの繰り返しだ。

「お兄ちゃん……」

 見てるだけしかできない琴音は、同じように見てるだけしかできない遼太郎の方を向いた。

「駄目だ、あれじゃ。レイリーン、やっぱりきみの力もいる」

「あたし……? でも」

 遼太郎に視線を向けられたレイリーンは、戸惑った表情を浮かべる。

「このままだと、きみの大切なデューロウも街にいる友達も、ここにいるみんなが消えるんだ。何とかがんばってくれないか」

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