24.扉はいらない
ルーゼットは、意地悪な言い方でレイリーンを追い詰めようとしているようだ。
レイリーンはあの寒い地下倉庫に閉じ込められていたことで、体調を崩しかけている。
ただでさえ、力を使う時は体調や集中力に左右されるのだ。今のレイリーンには、闇を封じるだけの力を出すことは無理だろう。
ルーゼットは、それをわかっている。ガレズを使ってバルムやレイリーンの力を殺ぐように仕向けたのは、ルーゼットなのだから。
本人に殺意がない以上、まだ完全に復活していないルーゼットが人を操って目障りな者を葬ることは無理だった。
しかし、この状態にまでなれば十分だ。
ルーゼットの仕業ではないが、デューロウの力だって今はどれだけ残っているか怪しいものだ。
デューロウは、琴音達の世界へつながる道を開くために力を使っている。本来、闇を封じる扉を具現化するために使われる力をそうやってすでに使っているし、それでなくても未熟な力でどこまでできるか定かではない。
「う……」
どうする? と言われても、デューロウにはその相手をどうしようもできない。封じる力を持っているのは、自分しかいないのに。その力を満足に使えない。
「デューロウ! ネガティブに考えるなっ」
くちびるをかむデューロウに、誠一郎が怒鳴った。
「え?」
怒鳴られたことに対してよりも、デューロウには誠一郎の言葉の意味がわからなかったらしい。かなり戸惑ったような顔をしている。
「デューロウ。それから、他の人も。後ろ向きに考えちゃ駄目だ。あいつ、さっきからまた少しずつ大きくなってる」
遼太郎が、誠一郎のセリフをフォローする。
確かに、ルーゼットはその姿が大きくなっていた。最初から普通の人間よりは大きかったが、今はさらにふくれあがっている。三メートル近くまであるだろうか。
「不安も、闇の栄養源ってことなのね」
「私が……闇が、どういうものか。お前達は知ってるはずじゃない。それに、今更それがわかったところで、不安をなくすなんてことができる? 人間がそんな上手に、感情を制御できるのかしら。王女なんて、あんなに怖がってるのに」
この状況で、幼い少女に「怖がるな」と言う方が無茶だ。
闇が自分達の前で復活した。まさに、恐れていた事態、あってはならない事態だ。大人の守扉者達も、恐怖や不安なんてない、と言える方がおかしい。
「そうだよな。ここに怖がってない奴なんて、いるはずないよな」
「え……誠ちゃん?」
誠一郎があっさりとルーゼットの言葉を認め、琴音が目を丸くする。
さっきデューロウに怒鳴った強気の誠一郎は、どこへ行ったのだろう。
「デューロウ、扉なんか出さなくていいぜ」
その言葉に誰もが驚き、ルーゼットはにたりと嗤った。
☆☆☆
本当なら。
封印が破られてしまう前に、金の王子と銀の王女が扉の鍵をかけるはずだった。
それはつまり、封印の上に新しい封印をするということ。鍵というのは、まだ力になじんでいない二人の新しい守扉者に、わかりやすく表現したものだ。
しかし、万が一にも封印が破られた時。
金の王子は、新たな扉を出さなければならない。封印を破った闇を、再び封じるための扉を。
金の王子となったデューロウは、その扉を出す修行もしていた。その力が使われることがないように、と周囲が祈る中で。
琴音達の世界へ通じる道が開けたのも、その修行の成果だ。
銀の王女は、鍵に専念する。
本来ならそれぞれ一つずつ出すはずの鍵は、金の王子が扉を出すことになればそちらに集中して力を使ってしまうため、その分を銀の王女が補わなくてはならないのだ。
しかし、今のレイリーンには。元々出すはずだった鍵となる力さえ、出すことができない。
そんな状況の中、誠一郎はデューロウに扉を出さなくていい、などと言い出したのだ。誰もが「何てことを言うんだ」と思うのも当然だった。
たとえ鍵をかけられなくても、扉だけでもデューロウが出してくれれば。
ここにいる守扉者が全員で結界を張り、すぐには開かないようにすることはできる。扉の前に障害物を置いて、中から押し開くことができないようにするのと同じだ。
中からルーゼットが体当たりすれば、いつかはその扉も開いてしまうだろう。だが、その前に鍵が出れば。
出るまで持ち堪えれば、闇はこれ以上広がらない。
たとえ、扉を壊される可能性があるとしても、そうなる確率が高いとしても、何もしないよりはずっといいはずだ。
それなのに、異世界から来た人間が、何を勝手なことを言っているのか。
「誠ちゃん……?」
琴音も、誠一郎の意図がすぐにはわからない。
まさかルーゼットと話をしている間に、彼の心も闇に囚われてしまったのか。
そんなことを考えてしまう。
「あいつは、言ってみれば……昔の人間の怨念が、具現化したようなもんだろ」
「怨念とまではいかなくても、人間にとってのよくない感情のかたまりだろうな。俺達の世界なら、悪霊って呼ばれる奴に近そうだけど」
「何でもいいや。どうして昔の奴らの感情に、現代の奴らが翻弄されなきゃならないんだよ。こんな奴に振り回されて、悔しいって思わないのか?」
守扉者達は無言で、ただ互いの顔を見ているだけ。
なぜ、自分達がこんな苦労をしなくてはならないのだ。目に見えないもののために、神経と体力をすり減らして。
……そんなことは、これまで考えたことがない。
その力を貸してほしい、と言われて神殿へ来た。そして、ずっと結界を張り続けて。何とかしなければ、守らなければ、ということばかりを考えていた。
言われてみれば、確かに振り回されている。闇が生まれた経緯がどうであれ、存在するようになったのは、ずっと昔なのに。
ルーゼットがこの世界へ現れた時、生きていた人間がどうにかしてくれていれば、自分達が苦労することはなかった。
しかし、振り回されているとしても、自分達にどうしろと言うのか。
そんなセリフが、守扉者達の顔に書いてある。
「デューロウ。お前、あいつにバカにされてんだぜ。扉出して、閉じ込めて。それだけでいいのかよ。あいつのせいで、大事な妹が地下室で死んでたかも知れないんだぜ」
「それは……悔しいけど……」
レイリーンを地下に閉じ込めたのはガレズだが、そのガレズを動かしていたのはルーゼットだ。
あんな暗く冷たい場所にいて、レイリーンはどれだけ寒く、怯えた時間をすごしていたのだろう。
琴音が見付けてくれたからよかったものの、そうでなければ……。
身体がそんなに強い訳ではないレイリーン。あの場所を捜すこともなく、誰にも知られることなく、あの場所で息を引き取っていたかも知れない。
そう考えると、ぞっとすると同時に、ルーゼットに対して怒りがわく。
とは言うものの、他の守扉者達と同じように、デューロウも「だったら、一体どうすれば?」という顔だ。
「臭いものにフタをするだけじゃ、結局解決しないだろ。根っこを断ち切らなきゃ、この場を何とかできたって、いつかお前らの子孫が同じ目に遭うんだ」
誠一郎の言葉に、ルーゼットが高笑いした。
「何を言ってるの。子孫? ここにいる人間に、街の人間に、そんなものができると、本気で思っているのかしら。みんな、これから破滅へ向かうのに」
手始めは、ここにいる守扉者達の恐怖心。そこから力を吸収し、移動が楽になったら、街へ向かう。
こことは比べ物にならない数の人間がいて、まるで聖職者のような顔で扉を守る人間より、暗くドロドロした感情を抱いている。
その人間を使って破滅の輪を広げていけば。一つの街がなくなるのに、そう長くはかからない。そこから別の街へ行き……。
「だったら、さっさと行けよ。ここでくっちゃべってるより、街の方が破壊のしがいもあるぜ」
そう言って、誠一郎はにやっと笑った。
「行きたくても、本当は行けねぇんだろ。実のところ、そこまで十分に力が戻ってなかったりしてな。扉を壊すのに必死でさ。だから、ここでぐずぐずしてるんだろ。私はお前達の恐怖心のおかげで復活したー、なんて勝利宣言みたいな言い方してるけどさ」
「……」
「みんな破滅、か。だけど、本当にそうなれば、結局はお前も破滅へ向かうことになるぞ」
「は?」
遼太郎が言うと、ルーゼットは不審そうな顔になる。現れてから今まで、ずっとにこやかにしていたのに。その表情が、初めて曇った。
「どうして、そうなるの? 人間が破滅しても、私は残る」
「まぁ、しばらくは残るだろうな。でも、みんなが破滅したら。あ、さっきから破滅って言ってるけど、それって死ぬとか、生きていても人格崩壊してるってことでいいんだよな? で、人間全部がそうなった後のお前は、どうなるんだ? お前という存在は、人間にとって嬉しくない感情が集まってできてるんだろ」
人間の負の感情を集める人形。それが、目の前にいるルーゼットの始まりだ。年月を経ても、していることは同じ。
集めた負の感情を今度は人間に植え付け、破滅へと導く。
「つまり、お前は人間の感情がエサな訳だ」
遼太郎が続ける。
「人間がいなくなれば、感情もなくなって……エサがなくなったら、普通は餓死するだろ」
「ああ、そうなるよな」





