23.長になりたい理由
「さぁ、私にもっと力をちょうだい。封印を破ったから、疲れちゃったわ」
ルーゼットの言い方は、まるで「おやつをちょうだい」とでも言ってるかのようだ。口調が軽い。
「ガレズ様、いけないっ」
レイリーンが叫んだ。しかし、ガレズの足は止まらない。
「叫んでも無駄よ。お前の声は届かない。力のないお前では、ね」
ガレズだけではない。他の守扉者達も、その穴へ向かって歩き出していた。仲間達が彼らの名を呼ぶが、誰一人として止まろうとしない。
ガレズの身体が、その穴の中へと消えた。本当にブラックホールへ吸い込まれてしまったみたいだ。
ガレズの姿が消えて誰もが呆然としていると、突然悲鳴が聞こえた。声は、その穴の中からだ。
そんな悲鳴が聞こえているのに、他の守扉者も次々と穴へ入って行く。
「お前、ガレズさんに何をしたんだっ」
「何もしていない、と言ったでしょう。あの男は、自分が望んでいたことと現実があまりにも違いすぎて、衝撃を受けているだけ」
「だけって……」
淡々と言い返されて、誠一郎はすぐに次の言葉が出て来ない。
「お兄ちゃん、影の身体が……」
震えながらもその光景を見ていた琴音は、ルーゼットの身体が大きくなったことに気付いた。
穴の奥から聞こえる悲鳴が、入る人間の数に比例してどんどん増える。大きくなる。その都度、ルーゼットは確かに巨大化していた。
「恐怖だか絶望だかが、あいつに力を与えるのか」
それを言い出せば、ここにいる誰もが恐怖心を抱いているはずだ。
「待てっ」
守扉者の一人が、駆け寄って仲間の身体を掴まえた。
「そんなに一緒に行きたいなら、遠慮することないわ」
ルーゼットの髪の一部がいきなり伸び、突き飛ばすようにして二人の守扉者を穴の中へ放り込んだ。彼らの姿が見えなくなって数秒後、悲鳴が響く。
「さぁ、もっと力をちょうだい。今まで待たせてしまった分、お前達を、街の人間達を、世界を、最高の破滅へ導いてあげる」
消え細る悲鳴をバックに、ルーゼットは笑った。心から楽しそうに。
「彼らを……返しなさい」
かすれた声に、ルーゼットが笑うのをやめた。
「彼らを返しなさい、今すぐに」
言ったのは、意識を取り戻したバルムだった。他の守扉者達の手を借りて身体を起こし、ルーゼットを見据えている。
「返してほしいの? どうして?」
文字通り、人形のようにかわいい顔で、ルーゼットは首をかしげる。
この一瞬を切り取れば、あどけない少女が不思議そうな顔をしているだけ、なのに。
正体を知っている琴音達からすれば、その表情は不気味にすら映る。
「自分を殺そうとした男なのに、戻って来て欲しい訳? 他の奴らだって、似たようなことを考えていたのに。あぁ、そうか。とどめを刺してもらいたいんだ」
言うこと、やっていることは醜悪なのに、ルーゼットは無邪気に笑う。
「ガレズがその気だったなら、私はとっくに死んでいます」
「ふぅん、ずいぶん元気が残ってるのね。いやだわぁ。あの男、最後の最後まで力抜いちゃって」
「違うわよっ」
露骨に嘲笑するルーゼットにがまんできず、琴音が叫ぶ。今は恐怖より、ルーゼットの言葉に対する怒りの方が勝っていた。
「ガレズさんは、最後の最後まで力一杯抵抗したのよ。わかったような顔して、ひどいこと言わないでちょうだい」
きっぱり言い切ると、バルムの方を向く。
「バルムさん、ガレズさんはあなたのことをすごく心配してました。言葉はちょっときつかったけど」
「ええ、わかっています。彼との付き合いは、短くありませんからね」
負傷し、顔や身体のあちこちが血や泥で汚れているバルム。だが、さっきまでと同じように穏やかな笑みを浮かべ、琴音の言葉にうなずいた。
「お前、言ったよな。ガレズさんが守長になりたいと思ってたって。そのために、バルムさんがいなくなればいいって。それ、絶対違うぞ」
「ふぅん、どこが?」
誠一郎の言葉を、ルーゼットは小馬鹿にしたような表情で聞いている。
「ガレズさんは、バルムさんの身体を本気で心配してたんだ。守長になりたいと思ってたんなら、バルムさんのためだ」
ガレズがバルムに休むように言ったのは、自分がリーダーになってどうこうしたいからではない。明らかに体力が落ちているバルムを、本気で心配していたからだ。
ガレズの口調がきついのは、本人の性格に少し不器用な部分があるせいだろう。
それに加え、バルムが言われたとおりにちゃんと休まないので、心配と苛立ちがガレズの中で混じり、強い言葉が出てしまうのだ。
「あら、そうかしら。最高の地位に就きたければ、今そこにいる奴を蹴落とす。そうするのが当然じゃない。人間はいつも、そうしている。誰もがね」
誠一郎の言葉に、何をくだらないことを言ってるんだ、とばかりにルーゼットが笑う。
「何をわかったようなこと言ってやがんだ。ガレズさんは、自分が守長になればバルムさんに無茶な力の使い方をさせなくて済むって、そう思ったんだ」
「えー、それ、本気で言ってるの? 一番になりたい理由が、誰かを助けるため、だなんて」
ルーゼットが、けたけたと笑う。
普通の少女ならかわいいだろうが、ルーゼットがどういう声音で笑っても嘲笑にしか聞こえない。
「ああ、オレは本気でそう思ってるぜ。一番になりたい理由の全部が全部、私利私欲だなんて、誰が言ったんだよ。それしか理由がないって思ってるなら、お前は人間のことをわかってない。経験不足って奴だな。人間が行動を起こす理由は、一つじゃない」
「誰かを助けたい。そういう理由じゃないってことなら、放っておけば済む話だろ。遅かれ早かれそのままの状態でいれば、バルムさんは力を使い果たす。ガレズさんは、ずっとそう思ってたみたいだからな。余計なことをしなくても、次に守長になるのは自分なんだ」
しかし、ガレズは何度もバルムに注意をしている。このままでは死ぬぞ、という意味のことも口にした。
本気でいなくなるのを望んでいるなら、相手が勝手に自滅してくれるのを黙って待てばいい。遠からず、自分の番は来る。
「ガレズさんが守長になりたいって気持ちを、お前は利用したんだ。逆手にとって、まるで野望を抱いてるかのように吹き込んだんだろ。ったく、せこいよな。他の奴には何を言ったか知らないけど、どうせ似たり寄ったりな話で追い込んだんじゃないのか」
「私は、真実を言っただけ。それをどう取るのかは、本人次第だわ。追い込まれて、ああして自滅したのは、やっぱり心の奥底でそう考えているからじゃないの? 本人も知らなかったことを教えてやったんだから、むしろ感謝してほしいな」
悪びれるような顔はしないだろうと思っているが、平然と自分を正当化する言葉を吐かれると、腹が立つ。
「けっ、何が感謝だよ。本人が思いもしなかったことを、いかにも心の奥底で考えてたように催眠でもかけたとか、どうせそんなところだろうが」
「……ですが」
誠一郎達の会話を聞いていたバルムが、ぼそりとつぶやいた。
「ガレズがあんなことになったのは、私の責任ですね」
「バルムさん、何言ってるのよ。バルムさんの責任な訳、ないでしょ」
「しかし、私が彼の忠告をちゃんと聞いていれば……」
つらそうな表情で、バルムがうなだれる。
ガレズは「無理をするな」と言った。何度も言ってくれたのだ。直接、顔を見ながら。目を見ながら。
しかし、バルムはその言葉を聞き流すかのように、無理を続けた。その結果、誰からも「顔色が悪い」と言われ、気を抜くと倒れそうになる。
それを見ていたガレズは、自分が守長になればバルムに無理をさせなくて済む、と考えたのだ。
長の持つ権限を行使し、扉に関わる時間を短くするなりすれば、バルムが倒れることはなくなるはずだから。
その気持ちをルーゼットに利用されたとすれば、遠因はバルム……ということにもなる。
「ええ、そうよ。お前さえいなければ、あの男はこんな暗い闇の底へ吸い込まれることもなかった。今は闇の中で、自分の暗い心に押しつぶされているわよ。さぁ、いつまで保つかしら。人間って、そんなに強くないもの。糸が切れたら、もう元には戻らないわね」
「やめてよっ。バルム様にひどいことを言わないでっ」
うなだれるバルムの前に、デューロウが立ちはだかった。ルーゼットの言葉から、守長を守るように。
「ふふ、金の王子。また扉をつくって、私を閉じ込めてみる?」
「ぼくはそのために、神殿へ来たんだ」
「そう。お前なら、新しい扉を出すことができるんだろうね。きっと、ものすごぉく丈夫な扉を。……だけど、鍵はかけられない」
その目は、レイリーンへ向けられた。
「あ……」
少女はルーゼットに見据えられ、肩を震わせて近くにいた琴音に走り寄ってすがりつく。
「残念だったわねぇ。本当なら、お前達は『鍵をかけなおす』だけで済んでいたはずだったのに。ところが、あんな守扉者達のせいで、鍵をかけるための肝心な扉はなくなっちゃった。王子に新しい扉を出すことはできても、王女には鍵を出せるだけの力が残っていない。他の守扉者は、扉の周囲に結界を張ることができても、鍵はかけられない。さぁ、どうしよっかぁ」





