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扉の向こう~黒ねこについて行ったら異世界へ~  作者: 碧衣 奈美


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22/25

22.闇の復活

「さっきの爆発音は、ここの建物が吹き飛ばされた音か」

「つまり、すっげーやばい状況ってことだよな」

 琴音が行方不明になる前、デューロウに案内されて見た「闇が封印された扉」が消えている。

 それは言うまでもなく、封印が破られたということ。

「守長!」

 遼太郎達がつぶやいている横を、守扉者達がすり抜けて行く。

 倒れているバルムを見付け、そちらへ駆け寄っているのだ。他にも、数名が倒れている。

 その瞬間は見ていないが、封印が破られた時に護所が吹き飛ばされ、その爆風で飛ばされてしまったのだろう。

 琴音達も、そちらへ駆け寄った。バルムは意識を失っていて、その身体は傷だらけだ。

「あ、副守長」

 誰かが叫んだ。

 どこにいるのかと見回せば、ガレズは護所から少し離れた場所に立っていた。

 が、こちらを見ていない。封印の扉があった方を向いている。

「ご無事ですか、ガレズ様」

 その問いかけにも、ガレズは一切反応しない。

 よく見れば、他にもぼんやりと同じ方を向いて立っている者が何名もいる。呼び掛けられても、まるで聞こえていないようだ。

 誰もケガはしていないようなので、護所の中にいなかった者達だろう。

 ここに至って、ガレズ達の様子がおかしいことにみんなが気付き出した。

「おい、あいつ、誰だ?」

 誠一郎がそちらを指す。

 封印の扉があった場所。ガレズ達の視線が向けられている先。

 そこに、影が立っていた。人間の形をしている影だ。

 それを見た琴音は、ぞくっとした。背中に氷水でもかけられた気がする。思わず隣にいた遼太郎にしがみつき、目をつぶった。

 恐い。影だけなのに、すごく恐くていやな感じがする。

 夜という暗い空間にも関わらず、その影は誰の目にもはっきりと見えていた。

 特別な力を持つデューロウやレイリーン、琴音だけでなく、ここにいる全ての人間が、その影を認識している。

 髪の長い、女のような姿だ。風もないのにその髪が揺れ広がり、それはまるでメデューサが持つヘビの髪のように動く。

 琴音でなくても、その姿は不気味に感じた。

「もしかして……もしかしなくても、あれが闇の人形って奴かよ。ルーゼットって言ったっけ」

「けど、人形そのものはなくなってる、みたいな話だったろ。たぶん、人形の姿を自分で具現化したんだ」

「それにしたって……人形って言うより、オブジェだろ、あれは」

 影……ルーゼットは、二メートル以上はありそうだ。髪が広がっているので、さらにその形を大きく見せている。

「ふふ……」

 琴音が、声を聞いてびくっとする。影が笑ったのだ。

「ようやく出られた」

 その声は、少女のようだ。琴音達は知らないが、それはガレズが夢の中で聞いていたものと同じ声だった。

 黒一色だった影に、別の色が徐々に現われる。

 髪は金色に、瞳は銀色に。まるで金の王子と銀の王女の力を併せ持つ、とでも言わんばかりだ。

 肌は白く、認めたくないが整った顔をしていた。遼太郎が言うように、人形の姿を具現化したのなら、元になった人形はかなり高級品だったのだろう。

 フリルやレースが付いた長袖ワンピースを着ているが、その色は黒。まるで喪服だ。身体に色が現れても、その服の色が変わる様子はなかった。

 もう、そこにいるのは影ではない。サイズこそ大きいが、見た目は十代半ばの人間の少女だ。

 デューロウ達のように、特殊な能力は必要ない。辺りが暗いにも関わらず、彼女が自らの周囲に闇を漂わせているのが誰の目にもわかった。

 その闇は煙のように立ち上り、星の光を遮っている。

「お前達に」

 ルーゼットが白く長い指を向けた方には、琴音達より少し後ろで震えているデューロウとレイリーンがいた。

「この私を封印する力など、もうありはしない」

 他の守扉者達の視線が、二人に集中した。

「使いこなせない力。そんなもので、私を封印などできない」

 デューロウもレイリーンも、自覚している。バルムも話していた。

 二人の力はまだ未熟だ、と。

 ルーゼットにも、そのことがわかっているのだ。

「お前、ガレズさんや他の守扉者達に何をしたんだ」

「別に」

 誠一郎の問いに、ルーゼットはしれっと答える。

「その男には……そう、心を解放すればいい。そう言っただけ。あの男がいなくなればいい、と思ってる。それを認めなさい、と。それだけのこと」

 次にルーゼットが言いながら指したのは、バルム。

「本当は、自分が一番になりたかった。長になりたかった。でも、それを表に出してはいけない。……かわいそうに。そんなふうに思い込んでいたから、心を解放すれば楽になれる。そう教えただけ」

 ルーゼットの言葉が聞こえていないのか、当のガレズはずっとうつろな目をしたままだ。

「自分では気付かない。気付かないフリ。そんなつらいことは、さっさとやめればいい。最初は、とても抵抗していたけれどね。だんだんと、自分を解放するようになった」

 何がおかしいのか、話しながらルーゼットはくすくすと笑っている。

「あの娘がいなくなれば、あの男は困る。長としての責任を問われる。ここを追われる。だから、あの娘を殺せばいい。そう教えてやった。それなのに……情けない。手をかける勇気の、ひとかけらさえも持ち合わせていないんだから」

「人を殺すのが、勇気だと……」

 相手の言葉に、誠一郎があっけにとられたようにつぶやく。

「自分を解放するための手段なら、そうすることが必要な時もあるんじゃない?」

 ルーゼットは「ガレズが抵抗していた」と言った。ルーゼットに心を囚われかけても、彼なりに正気を保とうと必死だったのだろう。

 それでも、完全には抗えず、最終的にはそれが「レイリーンを閉じ込める」という形になったのだ。

 ガレズの心が本当に弱ければ、今頃レイリーンはここにいない。

 琴音は閉じ込められた時「どうして?」と思ったと同時に「何てひどいことをするんだろう」と思った。

 琴音とレイリーンは閉じ込められたが、ケガはしていない。意図的だったのかはともかく、入れられたのは食料倉庫だから長期間そこにいても餓死はしない。

 あれが、ガレズにできる精一杯だったのだ。

「もっとも、ああすることで逆に面白くなった。銀の王女が逃げた、という疑惑があちこちで生まれ、金の王子は周囲に不審の目を向ける。互いを疑い、銀の王女は孤独に泣き濡れて。まとまるべき心が、ばらばらになる。これら全てが、闇にさらなる力を与えてくれた」

「ぼく達が、封印を破る手助けを……?」

 負の感情の集合体である闇。そのそばにいる人間達が生み出す負の感情は、力を増しつつあった闇にとって最高のエサ。

「あと一歩で、扉は開く。最後は、直接あの男を消してしまえばいい。結界を張るのに必死だから、簡単よってね」

 結界を張ることに力を注いでいたバルムに近付き、ガレズは彼の首を打って気を失わせた。

 同じように、心を囚われていた守扉者達も扉の前に集まる。護所の中にいる、何も知らない正気の仲間を気絶させた。それから、何食わぬ顔で外へ出て。

「本当に心を解放したければ、扉を開けなさい。この扉は、あなたの心。この扉が開いた時、あなたは本当に解放される」

 最後の甘い言葉を、ゆっくりとささやきかけた。

 守扉者は結界を張ることができるが、同時に結界を解くことができる。神殿で一番強い力で張られた結界は、その力に対抗できる者でなければ難しい。

 その点で、バルムが張った結界を解けるのは、ガレズしかいなかった。

「自分だけじゃどうにもならないからって、扉を守る役目の人間に結界を解かせたのか」

「私は守ってくれだなんて、一度も言ってないわよ」

 遼太郎の怒りに満ちた声に、ルーゼットは何でもないことのように応える。いや、ルーゼットにとっては、事実でしかない。

 扉を「守る」のは、闇が現れないようにするため。人間側の都合だ。ルーゼットから見れば、自由を阻害するもの。守ってほしい、と言うはずがないのだ。

「なぜ、私がここにいると思う?」

「え?」

 ルーゼットの唐突な質問に、他の守扉者達もいぶかしげな顔をした。

 自分が人間が操って解放させたんじゃないか、と誰もが心の中で思う。

「私はね、人間の感情の中で生まれた。羨望し、嫉妬し、やがて憎む。憎しみは、さらに強まって殺意へと変わる。全てを破壊し、破滅へと導く。封じられる前の私がしたのは、人間と同じこと。人間が、私を生み出した。そして、私は人間とその世界を破滅させる。それはつまり、人間が破滅を望んでいるということ」

 ルーゼットは少女の声で、少女らしからぬ高笑いをする。

「人間が望んでいることを、私は手伝っているだけ。それなのに、私という存在をなかったことにしようとしている。それは、自分の心に鍵をかけるのと同じこと。だから私は、封印が弱くなった扉の隙間からささやき続けたのよ。心を解放しなさい、と」

 ルーゼットが手招きした。その仕種に誘われるように、ガレズが一歩踏み出す。

「何だよ、あれ。ブラックホールか?」

 今までルーゼットばかりに気を取られていて、気付かなかった。

 ルーゼットが立つ後ろの空間に、黒い穴があいているのだ。人間一人が楽に通れる大きさ。

 ガレズは、その穴へ向かって歩いていた。

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