19.本当の事情
琴音がどんなに扉を叩いても、返事はなかった。
開けた時は何も意識していなかったが、それなりに厚い扉だったらしい。見たところ木製の扉だが、蹴っても大した音は出なかった。
あの廊下から階段を降りてここへ来るまで、距離にして二十メートル足らずだろうか。さらに、廊下と階段の間に立ちふさがる、どんでん返しの壁。
ここで叫んだところで、その距離と壁に阻まれ、声は届かないだろう。
「うー、やられたわね。まさか、あの人が関わってたなんて」
妙な好奇心を起こさなければ、こんな所へ閉じ込められることもなかった。今更言っても仕方がない、とわかっているが。
「あの……」
後ろから声をかけられ、琴音は自分一人ではなかったことを思い出した。
「あ、レイリーン。あなたは大丈夫なの? ケガとかはしてない?」
「あたしは何とも……」
言いながら、その大きな目に涙がたまってゆく。
「あ、だ、大丈夫よ。すぐに出られるわ」
「ガレズ様が……」
閉じ込められたことより、信頼していた相手に裏切られた、と知ったショックの方が大きいのだ。
デューロウがレイリーンのことを「繊細な子だ」と言っていたのを、琴音は思い出す。
顔が似てても、あたしとはずいぶん性格が違うわね。
よく「男は女の涙に弱い」などと言われるが、女だって目の前で泣かれたら、どうしていいかわからない。
「落ち着いて。えっと……まずは座りましょうか」
少女の肩を抱き、さっき彼女が座っていた辺りへ移動する。
カンテラの近くに小さな箱が置かれており、レイリーンはここに座っていたようだ。
レイリーンを座らせてから琴音も近くから似たような箱を取り、箱がつぶれないことを確認して、自分も隣に座った。
「えーっと、どうしようかな。まずは、お互いの情報交換をした方がいいと思うの。あたしがデューロウと一緒にあなたを捜してたってことは、さっき少しだけ話したわよね。で、そうなった前後のことを話すわね」
琴音は、デューロウが自分達に協力を求め、再び道を開く力が戻るまで、ということでレイリーンを捜すことになった、という話をした。
それから、守扉者の中に心を闇に囚われている人がいて、その人の周囲には黒いもやが漂っていること。
デューロウだけでなく、琴音にもそれが見えるということ。
その人達がレイリーンを捜した、と報告した場所へ行っても、彼らがちゃんと捜していなかったことがわかり、そこまではデューロウの睨んだ通りだった、ということも話した。
「ただ、ガレズさんだけは、ここへ来るまでわからなかったのよね。きっと、闇に囚われてる時と、そうじゃない時があるのよ。でなきゃ、あたしはともかく、デューロウが今まで気付かないはずはないと思うのよね」
さっきの事実を知って怖いのは、今までは大丈夫だと思っていた人も実は……と疑わなければならないことだ。
バルムや他の守扉者達も、ガレズと同じ状態かも知れない。そのことを、兄や誠一郎に伝えられないのが悔しかった。
「……」
暗い表情でうつむく少女に、琴音はことさら明るい声で話しかけた。残念ながら内容は明るいものではないが、少しでも空気を変えたい。
「ねぇ、レイリーン。あなたがここへ来るまでのこと、話してくれない? あ、神殿にってことじゃなく、この……倉庫?」
レイリーンは、小さくうなずいた。
「夜中、ガレズ様があたしの部屋へ来られて、隠れるように言われたの。闇の力が強くなって、おかしな影響を受けるかも知れない。封印する力を持つあたし達に何かあってはいけないから、一旦隠れるんだって」
封印されている闇は、新たに封印をしようとしているのがデューロウとレイリーンだとわかっている。恐らく、本能のようなもので敵を知っているのだ。
新たな封印をさせないために、あの手この手を使って何かしかけてくる可能性がある。それを避けるため、一旦姿を隠した方がいい。
二人一緒だと居場所がばれやすくなるから、別々で。
デューロウにもこの話はされていて、彼には守長から伝えられている。
ガレズはそんな話を、レイリーンにしたのだという。
考えれば、闇の力が強くなって封印が破られそうなら、二人がさっさと新しい封印をすればいい話だ。
二人の力がまだ未熟ではあっても、結界を張ってその場をしのぐより、封印の方がまだ時間をかせげる。
しかし、少女の頭にそんなことは浮かばなかったのだろう。相手は親と変わらないくらいの年齢で、先輩の守扉者。それも副守長だ。疑う余地もない。
ここにはそのままでも食べられる物が置かれているから、自由に食べていい。万が一、闇の手先にされた人間が来ないとも限らないので、出入口は開かないようにしておく。
デューロウや他の者に念を送ると、そこから居場所がばれてしまうかも知れないので、何もしないように。
そういう説明をした後、ガレズは「二、三日の辛抱だから」と言いながら、レイリーンをここに閉じ込めた。
残されたレイリーンはガレズの言葉を信じ、暗く寒い倉庫の中で、早くデューロウや他の誰かが迎えに来てくれるのを、一人でひたすら待っていたのだ。
まさか自分が「さらわれた」だの「逃げ出した」だのと言われてるなんて、一切知らずに。
「ちゃっかり口止めして、ここに閉じ込めたのね。用意周到だわ。出入口は開かないようにって、鍵をかけたのかしら」
鍵をかけられたような音など、さっきは聞こえなかったが。
「ガレズ様の力で、扉が動かないようにされてるの」
「そっか。みんな、普通の人とはちょっと違うもんね。あれ? だけど、さっきは簡単に開いたのに」
軽く押したら、あっさり開いた。だから、鍵がかかっていない、と琴音は思ったのだ。
「コトネさんの力で、開いたんじゃないの?」
「あたしが? あたしにそんな力は……んー、自分でもよくわかんなくなってきちゃった」
これまで、霊感なんてものは全く自覚したことがない。幽霊を見たこともないし、山勘がよく当たる、ということもなく。
そんなものがあるとわかっていれば、選択問題だけでもしっかり当てて、テストの点数をかせげているはずだ。
ゲームなら、超能力だの異能だのと呼ばれる力に馴染みがあるが、自分自身に発現したことはない。あれば、誠一郎や遼太郎に言いまくって、自慢しているだろう。黙っている、なんて絶対にできない。
少なくとも、自分の世界での琴音は、どこにでもいる普通の女の子だ。
なのに、デューロウと同じように、闇に囚われた人がわかった。ねこの姿だったデューロウのことを見抜いた。
扉を開く力を持っているんだ、と言われても、頭から否定できない。
「だけど、今は開かなかったわよ。全然動かなくて」
「それなら、あたしと同じなんだと思う」
「レイリーンと同じ?」
「未熟だから、その時によって使えたり使えなかったりするの」
「あ、そういうことね」
デューロウ自身も、そしてレイリーンも未熟だと話していた。自分の力を使いこなせないのだ。
琴音は力を使うどころか、あることすらも知らなかった。できたり失敗したりがあっても、それは当然だろう。
「んー、お互いの事情はわかったけど……。さて、これからどうするか、よね。誠ちゃんやお兄ちゃんが捜しに来てくれるとは思うけど」
灯台もと暗しで、まさか神殿内部にレイリーンがいるなんて思わなかった。
同じように琴音がいなくなって、彼らは「神殿の外へ連れて行かれたのでは」と考えてしまわないだろうか。
捜してくれる、ということはわかっていても、見付けてもらえるか、というのは別問題だ。
ここには防犯カメラなんてものはないし、トイレを出てからは誰にも会っていない。手がかりになるような物を落としたりもしていないし、これでは八方ふさがりだ。
「あ、そうだ」
琴音はここへ来てからずっと着ている神殿の制服のすそをまくり、デニムのポケットからスマホを取り出した。
「よかったぁ。カバンから出しておいて」
いつもであれば、カバンの中へ放り込んでいるスマホ。
レイリーンを捜しに外へ出るとなった時、写真やライトなど、どういう用途で必要になるかわからないので持っておこう、と三人で話したのだ。
横で見ているレイリーンは、不思議そうに琴音の手元を眺めている。手のひらより大きい板を出して、どうするつもりなの……というところだろう。
「これね、声や文字を送ることができるのよ。あ、相手も同じ物を持ってないと、受け取れないんだけど……って、ああっ」
レイリーンに説明していた琴音は、絶望の声を上げた。
「どうしたの?」
「圏外……」
がっかりする琴音の横で、やはり不思議そうな顔のレイリーン。
「そりゃそっかぁ。ここって、あたし達の世界じゃないもんねぇ。基地局なんてないし、しかも地下だし」
二人のどちらかに電話すれば……と思ったが、使用不可。充電は昨夜のうちにしておいたから問題ない、と思ったのに。
せっかくいいアイディアだと思ったが、それは自分の世界専用だった。
「あ、そう言えば……レイリーンは、声を送る力があるんじゃなかった?」





