18.レイリーン
身体がめりこんだのかと思ったが、違った。壁の一部が奥へとずれ動き、もたれていた琴音もそれにつられて一緒に動いたので、めりこんだように感じたのだ。
「何よ、これ。どんでん返しってやつかな」
忍者屋敷などにあるような、一部が回転する壁。テレビで観るような素早い回転をした訳ではないが、もたれていた壁は確かに普通の扉とは違う開き方をしている。
もう少し強く押してみると壁はゆっくりと回り、横の壁と垂直状態になった。その奥には、下へ続く階段がある。
「わ……これって、隠し部屋? 何があるのかしら」
ここは封印の扉を守る人達が生活する場所であり、こんな所に財宝が隠されているなんて思えない。
でも、実はこっそり、なんてことがありえたりする……かもね。
興味をそそられた琴音は、周囲を見回した。
相変わらず、人の気配はまるでなし。遼太郎や誠一郎が捜しに来てくれるまではきっともう少し時間があるだろうし、その間の暇つぶし的なつもりで琴音は中へ足を踏み入れた。
廊下からの明かりがわずかに入るので真っ暗ではないものの、琴音は足を踏み外したりしないようにゆっくりと降りてゆく。
「……扉?」
一階分くらいの階段を降りた先にあったのは、扉だった。明かりがないのではっきり見えないが、壁ではなさそうだ。
前まで来てためしに軽く押してみると、鍵はかかっていないらしく、わずかだが簡単に開いた。
開いた部分から、弱いながらも明かりがもれる。今は夜だから、日の光ではない。ということは、この向こうに明かりのついた空間があるのだ。
実は秘密の会議室だったりして……。叱られるかな。
そう思いながらも、さらに扉を押してそっと中を覗いてみた。
「誰?」
気付かれたらしく、中から声がしてどきっとした反面、あれ? とも思った。
秘密会議なら大人達が数人いるのでは、と勝手に想像していたのだが、聞こえたのは子どものようなかわいい声だったのだ。
「あの……ごめんなさい」
許可もなしに入って来たので謝りつつも、琴音は「見付かったのだから」と開き直って扉を完全に開けた。
そこは会議室などではなく、小さな倉庫だった。琴音の部屋くらいのスペースだろうか。
入って左右の壁際に棚があり、薄暗くてよく見えないが小さな缶のような物や箱が積まれている。ここは、非常用の食糧倉庫なのかも知れない。
その奥に、誰かが座っている。そばには、ぼんやりした光のランタンが一つ。その明かりに照らされた顔は、どこかで見たような顔だった。
「あれ? あ、あなた、もしかして……レイリーンなの?」
細くて、小さな女の子。プラチナブロンドで肩より少し長い髪と、大きな目。少々怯えた表情をしているが……五年程前の琴音によく似た顔。
「お姉さん、誰? 新しい守扉者?」
「ううん、守扉者じゃないわ。あたしは、琴音っていうの。あなた、レイリーンね?」
言いながら、琴音は中へ入った。まだ警戒はしているようだが、彼女も自分によく似た顔の琴音をまじまじと見ている。
「ええ。お姉さん、入って来ていいの? あたし、もう出てもいいの?」
「偶然ここの階段を見付けたから、勝手に入って来たの。それより、出てもいいって、どういうこと? やっぱりあなた、誰かにさらわれてたの?」
「さらわれ……? ううん、違うわ」
レイリーンは、驚いた顔で否定する。
「しばらくここに隠れていなさいって、言われたの」
「隠れ……? じゃあ、さらわれたのでも、あなたの意思で逃げ出したんでもないの?」
「あたし、逃げてなんか……」
レイリーンは戸惑ったような表情を浮かべながらも、首を横に振る。その仕種は、どことなくデューロウに似ていた。
「えっと、あたしが知ってることを言うね。あなたが急にいなくなって、みんなは慌ててあなたを捜し回ってるの。闇の扉が怖くて逃げたのか、それとも誰かにさらわれたんじゃないかって言ってて。デューロウも、すごく心配してるのよ」
それを聞いて、レイリーンはうろたえた。
「……だって、あたし……デューロウは知ってるからって言われて」
「ええっ? デューロウはあっちこっち捜し回ってるのよ。知ってるって、誰がそんなことを言ったの?」
「それは……」
レイリーンは言おうとして、その視線が出入口へ向けられた。それに気付いた琴音も、そちらを向く。
「余計なことを……」
「あの……えっと……どういうこと?」
琴音は完全に混乱してしまう。
そこに立っていたのは、琴音達と同じようにさっきまでレイリーンを捜していたはずの、ガレズだった。
どうして? 何でこの人、レイリーンが見付かったのに、あんな不機嫌そうな顔してるの。だってさっき、フッカの山へ入ってレイリーンがいないかって、捜してたじゃない。
「ガレズ様、デューロウはあたしがここにいることを知らないの? 知ってるから大丈夫だよって、そうおっしゃったのに……」
「すまないね、レイリーン。きみをここから出せない。コトネとか言ったね。きみもだ」
「ちょっとぉ! どうしてあたしまで閉じ込められなきゃなんないのっ」
この状況では琴音が「見てはいけないものを見た」からなのだが、そんなことを理解してようがいまいが関係ない。
「どうしてよ。あなた、副守長でしょっ。それなのに、封印の鍵を握るレイリーンをこんな所に隠すなんて、何考えてるの」
「心を解放するためだ」
「え? どういう意味? 何を言って……」
言いかけて、琴音ははっとした。
ガレズの周囲を、黒いもやが漂っている。彼もまた、闇に心を囚われていたのだ。
どうして? どうして今まで気付かなかったの? 他の人の時は、ちゃんと見えたのに。レイリーンをこんな所へ閉じ込めたんだから、あたし達が来る前から闇に囚われてたってことでしょ。なのに、今まで全然気付かなかった。
今更ながら、琴音の頭に一つの可能性がよぎった。
あの黒いもやは、ずっとその人の周辺にあるのではなく、時々離れていたのではないか、と。
他の守扉者達は知らないが、彼は結界を張る力がここでは二番目に強い。だから、囚われても弾き飛ばすことができたのではないか。
琴音達が会った時は、たまたまその離れた時ばかりが重なっていた。正気だったガレズは、自分がレイリーンをここへ閉じ込めたことも覚えておらず、山へ捜しに行っていたのでは……。
ガレズさんだって人間だもん、スキを突かれたってこともあるわ。そうだとしても……これってもしかして、すんごく大変な状況じゃないのぉ?
「ガレズさん、目を覚まして! このままじゃ、闇が復活するんでしょ。レイリーンが戻らないと、大変なことになるのよ」
「……デューロウも、別の場所へ連れて行くつもりだったのだが」
琴音の言葉には反応せず、ガレズはそんなことをつぶやく。その目はうつろだ。心ここにあらず、という表情をしている。
「ガレズ様?」
「レイリーンがいなくなってからは、誰も近付けようとしない。そうこうするうち、よその世界から見知らぬ人間を連れて来て、さらに近付けなくなってしまった」
「あたし達が来たから、デューロウをどうこうするのはあきらめたの?」
やはり答えはない。
「じき、心は解放される」
「解放されるって……何のことなの? 心って、誰の?」
「扉は、じきに開かれる」
言いながら、ガレズは扉を閉めた。
「あっ、ちょっと待ってよ」
おじさん、言ってることとやってることが違うじゃないのよっ。
琴音は慌てて扉にすがったが、押しても引いてもびくともしない。鍵をかけられたのだろう。
「ガレズさん! 目を覚ましてよ。ここから出して!」
琴音は力一杯に扉を叩いて、ガレズの名を叫ぶ。
だが、その扉が再び開くことはなかった。
☆☆☆
心を解放すればいいのに
何度も繰り返された言葉。
催眠にかけられたように、ガレズはゆっくりと堕ちた。
自分は強い、と思っている人間程、ほんのわずかな弱みにつけ込まれるとあっけなく崩れるもの。
針の穴くらいしかなかった小さな小さなほころびは、簡単に腕さえも通るまでに広がる。ガラスに蜘蛛の巣状の亀裂が入って一気に砕けるように、音をたてて全てが壊れていく。
ガレズも、そうだった。
守院で、二番目に結界を張る力が強い者。自分は強い力を持っているのだ、という誇り。
そんな彼に、ささやきかける。
バルムがいなければ「一番」になれる
あいつがいなければいいのに
そう思うだろう?
すぐにガレズは否定した。そんなことは考えていない、と。
それでも、声はささやき続ける。
同い年で、力も互角
少しばかり早く神殿に来た、というだけで、彼が「一番」になった
無駄に力を使うあんな奴が
長の器ではないくせに
何度も……何度も……何度も……繰り返され、否定していたガレズにも、迷いが生まれる。
ほんの小さな迷いだ。
本当はバルムがいなければよかった、と……そう思っているのか?
一度そう思えば、後は坂道を転がる玉も同じ。
否定しようとしても、一度「思った」と自覚してしまえば、後は崩壊の一途。
こうして、要の一つがなくなる。
残りが崩れてゆくのに、そう時間はかからない……。





