16.封印の扉
「ああいう奴が長の役に就くと、下にいるこちらが困る。あいつには、その辺りがわかっていない」
ガレズは目を閉じながら、首を振る。
「ど、どうしてですか。バルム様はいつも一生懸命に……」
「一生懸命やればいい、というものではない。長があれだと、下の者はもっと力を酷使しかねない」
上の者が休んでくれなければ、下の者も休めない。上の者に強制するつもりはなくても、下の者は無言のプレッシャーを感じてしまうもの。
上の者が限界に近いところまで力を使うのを見ていれば、下の者は気を抜けなくなってしまう。
気を抜いていい作業ではないが、常にぎりぎりの状態では長く保たないだろう。
「それに、いざという時に下をまとめる役の者が倒れていては、何のための長だということになる。守長は一番強い力を持つ者が就くことになっているが、それは命を削っても自分の任務を全うせよ、ということではない。そういう意味では、バルムは守長失格だ」
言い方がきつい部分もあるが、彼なりにバルムを心配しているのだ。
「過ぎたるは……って奴か。能力があるのも、考えもんだよなぁ」
口調が少し熱くなってきたガレズは、誠一郎ののほほんとした言い方で我に返った。
「すまない。きみ達に言っても、仕方のないことだ」
「いえ……。きっとバルムさんは、あなたみたいな人がそばにいてくれるから、安心されてるんだと思いますよ」
遼太郎の言葉に、ガレズは口元にかすかな笑みを浮かべた……ように見えた。
「すぐに暗くなる。その前に神殿へ戻ろう」
そのつもりだったので誰も反対はせず、ガレズについて全員が山を降りた。
☆☆☆
結局、一つも成果は上げられず、最初に案内された部屋で琴音達はつきたくないため息をついた。
そう簡単には見付からないだろう、という予想はしていたものの、歩くだけ歩いて情報は一切なし、というのは、思った以上にがっかりする。
いや、情報があるとすれば、レイリーンを捜す役の者達がちゃんと捜していなかった、という点くらいだ。
「なぁ、遼兄。素人に人捜しなんて、やっぱり無理だったのかな」
「期待はしてなかったけど……まるで情報が掴めないってのも悔しいよな」
明日になれば、デューロウは帰る道を開いてくれるだろう。
だが、歩いている間に色々な話をして、事情が事情だから同情もして協力もして……すぐに帰れるだろうか。
ここへ来てデューロウから話を聞いても「同情して自分達が危険に陥ったら目も当てられないから、帰らせてくれ」と言った。
困っている人を見捨てるみたいで、後味が悪い。そう思いながらも、下手に巻き込まれてしまえばこちらの命が危ういから帰る、と。
今も、状況は何一つ変わっていない。
しかし、時間が経った。単なる通りすがりのような関係ではなく、半日ではあっても一緒に過ごし、会話をし、首を突っ込んでしまった。
このまま帰って「どうなっただろう」と考えながら、悶々と毎日をすごすのもちょっと……という気分になっていた。
「ねぇ、レイリーンが見付かるまで……」
「それは駄目だ」
琴音が最後まで言うのを待たず、遼太郎はきっぱり言った。
「だって、かわいそうじゃない」
「それはわかる。俺だって、大切な妹を思うデューロウの気持ちはわかってる。だけど、ここは俺達の世界じゃないんだ。道を開くことができるのがデューロウだけなら……いやな言い方になるけど、あの子が生きて力を使える間に帰るべきだと思う。どこまでこの世界の事態が緊迫してるのか、俺達には知りようもない。だけど、最悪だと冗談抜きで、命に関わるんだ。彼がもしいなくなったら、俺達は崩壊する世界に取り残されて、運命を共にすることになる」
ここは、自力で帰れる場所ではない。帰れるうちに帰っておかないと、全く知らない世界に骨を埋めることにもなりかねないのだ。
「そう……だよな。絶対オレ達が見付けてやる、なんて変にいきがってたら、取り返しのつかないことになる。オレは会ったことのない女の子より、琴音の方が大事だ」
「……」
コンコンと扉をノックする音がして、デューロウが入って来る。湯気の出るカップをトレイに載せていた。
こちらの世界のお茶らしい、茶色の透明な液体。香ばしい匂いに少しほっとし、飲むと身体が温かくなる。
だが、お互いにこれという言葉が出てこない。
「ねぇ、デューロウ。封印の扉、見られないかしら」
一息ついたところで、琴音がそんなことを言い出した。
「え? 封印の?」
「琴音、そんなもん見て、どうするんだよ」
「確かめておきたいって言うか……。ほら、その扉が原因で、色々起きてるんでしょ。どんなものか見るくらい、いいじゃないの。ね、ダメ?」
「それは……入口から覗くくらいなら、たぶん平気だと思うけど」
神殿には、守扉者と彼らを世話してくれる人しかいない。部外者の立ち入りはあまり歓迎されておらず、来たとしても個々の家族が差し入れなどを持って来る時くらいだ。
なので、扉に近づく者と言えば、内部の人間だけ。それ以外の人が近付くことはまずありえないが……琴音達はデューロウが連れて来た、いわば関係者みたいなもの。
邪魔さえしなければ、叱られたりはしない……はず。
「やった。じゃ、行きましょ」
琴音がデューロウを促して、部屋を出る。遼太郎と誠一郎はお互いの顔を見ていたが、どちらともなく肩をすくめ、二人の後を追った。
辺りはすっかり暗くなり、見上げればきれいな星空が広がっている。空気が澄んでいるのだろう、星の光がはっきりしていた。
守扉者達が暮らす守院からわずかに離れた場所にある、護所と呼ばれる建物。その中に、封印の扉はある。
建物自体は守院と同じく白っぽいのだが、暗い中に浮かぶそれは……どこか不気味だ。
近付けば、暗くても壁全体がかなり灰色になっているのがわかる。それは長年の風雨で汚れたものではなく、内側から染み出してくるカビを思わせた。
デューロウが、入口の扉をそっと押す。中には、数人の守扉者がいた。
「あれがそう」
三人がそっと中を覗いた。
そこには何もない。ただ、暗い茶色の大きな扉があるだけだ。
入口からでは何の素材かわからないが、木製だろうか。でも、封印の扉が木では、頼りなく感じる。
横幅は、一メートルくらい。高さは、二メートル以上あるだろう。そんな扉が二枚。観音開きタイプの扉だ。
その後ろには、壁だけ。しかし、もしあの扉が開いても、その壁が見えることはなく、別世界へとつながっているのだろう。
黒ねこ姿のデューロウを追って見付けた、洞窟の中の扉。あれに描かれていた紋様によく似たものが、この扉にもそれぞれ描かれている。
やはり白で描かれているのだが、建物の壁と同じように灰色だ。いや、こちらの方が、ずっと黒に近い。
「あれが……闇を封じた扉?」
遼太郎がつぶやいた。別に答えがほしかった訳ではない。だが、デューロウが律儀に「そうだよ」と答えた。
「誰です?」
いきなり問われ、悪いことをしていたつもりはないが、どきっとする。
「あ、バルム様」
中を覗いていることに気付いてこちらを向いたのは、バルムだった。
交替の時間でもないのに人の気配がしたので、不審に思ったのだろう。
「お休みにならなくていいんですか。昼間も、あんなにお顔の色がすぐれなかったのに」
すぐれないどころか、倒れかけていた。ガレズも「休むように言った」と話していたが……彼の性格はそれを許さなかったらしい。
素直に休む奴ではない、と言われていたが、その通りだったようだ。
「私は大丈夫です」
言いながら、バルムはこちらへ来た。
「あなた方もいらしたのですね。その顔では……レイリーンは見付からなかったのですか」
「ええ。俺達も、そう簡単にいくとは思ってませんでしたけど」
「そうですか。彼女が見付かれば、たとえ一時しのぎであっても、すぐに新たな封印ができるのですが……」
そんなに危ない状態なのだろうか。
バルム自身の具合がよくない、というのもあるだろうが、その表情は昼間より暗いように見える。
「あの……あれが結界なんですか?」
琴音は誠一郎の腕にすがりつきながら、その目は扉へ向けられていた。
「あれ、とは?」
バルムは、琴音の質問がよくわからない、という表情になった。
あれが封印の扉ですか、と問われれば、答えられる。だが、あれが結界ですか、と問われると、答えに困る。
彼らの張る結界は、扉のように見えるものではない。だから、バルムは琴音が別のものを指しているのかと思ったのだ。
「扉に貼ってある、お札みたいなものです」
「お札?」
言われて、バルムは振り返った。
「琴音、お札なんてどこにあるんだよ」
「え? だって、扉にいっぱい……」
色々なサイズのコピー用紙でできたようなお札が、封印の扉にたくさん貼られている……ように、琴音には見えているのだ。
お札と言っても、何も書かれていない。ただの真っ白な紙だ。それらが扉にびっしりと、何枚も重ねて貼られていた。
だが、それらはぼろぼろになってはがれかけたり、墨を落としたように黒いシミがにじんだりしている。それが、本物のお札の魔除けの文字に見えた。





