14.デューロウの家
「連れて行かれたって、誰に?」
そう聞かれても、口にできない。
黒いもやを漂わせているのは、闇に囚われているとは言え、守扉者。自分達の仲間だ。しかも、一人ではない。
誰と尋ねられても、特定の名前を言うことなど、デューロウにはできなかった。
「でも、誘拐というのも、絶対にないとは言えないな」
デューロウが答えられないのを見て、仲間達はあれこれと推測を始める。
誰と言うことはできないにしても、外部の人間の仕業ではないか。神殿のことを調べれば、レイリーンが特殊な存在だということはすぐにわかるだろう。
事態がかなり緊迫していること、最悪だと自分も無事ではいられないことを承知で、レイリーンをさらった。
いくらふっかけても、神殿側も焦っているだろうから大金を払うとふんだのではないか。
そんなことを言い合う仲間達。黒いもやのことがなければ、デューロウも同じように考えたかも知れない。
違う。お金なんかが目当てじゃない。
そう言いたくても、黒いもやはデューロウにしか見えていない。そのことを言い出せば、みんながおかしくなってしまう。
自分以外の人間を、疑いの目で見るようになるだろう。
そうなれば、闇の思うつぼだ。自分を封じようとする者達の間に、亀裂を生じさせられるのだから。
案外、闇はそれを狙っているのかも知れない。
結局、身代金の要求などはなく、やはりレイリーンは自分で姿を消したのではないか、ということになった。
バルムやガレズに言われてみんなは口にしなくなったが、そう思っているんだろう、というのは何となくでもわかる。
とにかく、建前は誰かが連れ出したのではないか、ということで、デューロウは部屋で待機するように言われた。
でも、そのままではいられない。一緒に捜してくれる人がいないなら、どこか別の場所で協力してくれる人を捜さないと。
だから、できるかどうかもわからない、別の世界への扉を開けた。
「きっと、レイリーンはどこかで震えてる。ぼくや誰かが来てくれるのを、ずっと待ってるんだ」
「ああ。だから、こうして捜してるだろ」
くちびるをかむデューロウの肩を、遼太郎がぽんっと叩く。
「すぐに見付かるわよ。あたしも小さい頃よく迷子になったけど、すぐにお兄ちゃんや誠ちゃんが捜しに来てくれたもん」
「琴音、ちょっとレベルが違う……ま、いいか」
「ここにレイリーンはいない。さぁ、次へ行こう」
遼太郎に笑みを向けられ、デューロウも少し笑みを浮かべてうなずいた。
「はい」
☆☆☆
神殿は、ルゥガの街の北端に位置する。地図で見れば、街の中心部からそんなに離れてはいない。
封印されているとは言え、人々にとって有害となりうるものが街のすぐそばにあるのだ。街の人達はさぞ不安だろうと思いきや、あまり気にしてないらしい。
これまで封印が破られそうになったことは何度かあっても、本当に破られたことがない。
扉のそばには、常にそれを守る者達がいてくれる。
闇そのものが、人々の頭の中では明確な形を持つ恐怖の対象ではない。
そういった理由があるらしい。
街が滅びかけたのは何百年も昔の話であり、扉の存在は知っていても「伝説のようなもの」という感覚があるのだろう。
それに、封印が破られそうな時があった、というのも、何となくの噂でしか知られていないのだ。
神殿側も「わざわざ教えて、街を不安に陥れることはない」と、事実をほとんど公開しなかったせいもある。
「ねぇ、街のどこへ行くの?」
「神殿に行くまで、ぼく達が住んでた家だよ」
「家か。神殿の奴ら、そこまで捜しに行ってるのか? 銀の王女がいなくなったことがばれたら、色々とまずいんだろ」
「うん、そうなんだけど……」
「封印が限界にきてるってことさえ黙ってれば、いくらでもごまかせるさ。ホームシックになったとか、修行がつらくなって逃げ出したとか。街の人間は、神殿のことを知っているようでほとんど何も知らないようだから、当たり障りのない理由をつければ」
「ほーむ……? なったって、何?」
また聞き慣れない言葉が出て、デューロウが首をかしげる。
「え? ああ、ホームシック。長い旅に出たり、実家を離れて暮らしている人が、家がものすごく恋しくなるってことさ。だいたいの人は、自分の家が一番いいって言うからね」
ホームシックではないが、本当にちゃんと家へ帰れるのだろうか。
遼太郎がデューロウに説明しているのを聞いて、琴音はちょっと不安になるが、今は黙っておいた。
とにかく「神殿の人間が行った所へは全部行こう」という話にまとまっていたので、そちらへ向かう。
デューロウの家は、少し大きい通りから脇道へ入った奥にあった。間口の狭い平屋だ。周囲に、同じような家が何軒も並んでいる。この周辺は居住区らしい。
「父さんは、料理人だったんだ。さっき歩いてた通りをもう少し行った先にある、食堂で働いてた。母さんも、同じ所で働いてて……」
給仕をやっていたという。
その日も無事に仕事が終わり、二人が家へ向かう途中のこと。
地震が起きた。時間は短かったが、激しい揺れだった。
道を歩いていた二人は倒れてしまい、その上に老朽化してもろくなっていた建物の壁が落ちる。
揺れがおさまって、数時間後。ガレキの下から、夫が妻をかばうようにして倒れているのが見付かったが、二人の息はすでになく……。
「地震か。それで、家が傾いてるんだな」
他の家もかなり危ないが、デューロウの家もずいぶん傾いていた。平屋とは言え、中にいる時に屋根が落ちたりしたら危険だ。
しかし、他に行くあてのないデューロウとレイリーンは、神殿から迎えが来るまで、一ヶ月近くここで暮らしていたと言う。
デューロウは、入口の扉を開けた。鍵はかかっていない。盗られるようなものもないし、戻って来るかどうかもわからなかったので、そのままにして神殿へ行ったのだ。
「レイリーン? レイリーン、ぼくだよ。いるなら返事して」
デューロウは部屋の中を見回しながら、妹の名を呼んだ。しかし、こそりとも音がしない。
「……デューロウ、ここにレイリーンは来てないよ」
「どうしてわかるの? 奥の部屋にいるかも知れないよ。ぼくの声が聞こえなかっただけで……」
遼太郎に反発するように、デューロウが少し声を強める。
「その部屋へ入るのは、この戸口からなんだろう?」
「? うん……」
「床を見てごらん。ここから奥へ続く足跡が、一つもない」
デューロウ達が神殿へ行ってから、ここへ出入りする者はいなかったのだろう。床には、ほこりがたまっている。持ち出されることのなかった古い家具の上にも。
四人が入って来た入口周辺には、彼らの足跡がついている。だが、彼らが足を踏み出していない床は、白っぽいまま。
「レイリーンが来てるなら、彼女の足跡があるはずだろ」
だが、そんな足跡は一つもない。空き巣の足跡さえなかった。
「窓から入ったってこと、ないかしら」
「自分の家なのに? 玄関に鍵がかかってないのを知ってて、ことは窓から中へ入るか?」
「……入らない」
自分の家なのに、泥棒みたいな入り方をする理由はないはず。
「ついでに言うと、誰も捜しに来てないな。神殿の奴が来てるなら、もっと足跡があっていいはずだろ。オレ達みたいに、足跡がないから誰も来てないって判断して、すぐに帰ったんなら別だけど」
それでも、ここまで捜しに来たからには、一応の確認くらいはするだろう。
人の家なのだから、間取りなんてわからないはず。玄関先からでは見えない場所に扉があり、その向こうに捜し人がいるかも知れないのだ。
それをせずに帰るとは思えない。捜しているのは、特殊な力を持つ特別な人間なのだから。
念のため、四人は家にある扉全てを開けて、自分達の目で確認する。
ここは無理だろう、と思われる小さな食器棚さえも開き、レイリーンはここにいない、という結果が出た。
「デューロウ、床下に食料倉庫みたいな空間はあるのか?」
誠一郎の質問に、デューロウは首を横に振る。
そんなものがあるような家には見えなかったが、やはりないようだ。
「平屋建てだから、屋根裏部屋なんてものもないしな。じゃ、この家はハズレってことだ。神殿の奴らがここへは捜しに来てないってことも、これでわかったし。次へ行こうぜ」
そう簡単に見付かるとは思っていなかったが、やはり現実に直面するとへこむ。
そんなデューロウを促し、家の外へ出た。
「見掛けない人達だね。誰だい、あんた達」
五十代前半くらいであろうおばさんが、家から出て来た琴音達を胡散臭げに見ている。
「あ、メイサおばさん」
「え? おや、デューロウじゃないか」
少年の姿を見て、おばさんの表情からこわばりがなくなる。ご近所さんのようだ。
「久しぶりだねぇ。元気だったかい?」
「うん、ぼくは元気だよ。ダインおじさんは元気?」
「うちの亭主はちょっとのことじゃ、くたばりゃしないよ。相変わらず、ちょっと働いては飲んだくれてるさ」
身体に少しばかり厚みのあるおばさんは、豪快に笑った。





