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扉の向こう~黒ねこについて行ったら異世界へ~  作者: 碧衣 奈美


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14/24

14.デューロウの家

「連れて行かれたって、誰に?」

 そう聞かれても、口にできない。

 黒いもやを漂わせているのは、闇に囚われているとは言え、守扉者。自分達の仲間だ。しかも、一人ではない。

 誰と尋ねられても、特定の名前を言うことなど、デューロウにはできなかった。

「でも、誘拐というのも、絶対にないとは言えないな」

 デューロウが答えられないのを見て、仲間達はあれこれと推測を始める。

 誰と言うことはできないにしても、外部の人間の仕業ではないか。神殿のことを調べれば、レイリーンが特殊な存在だということはすぐにわかるだろう。

 事態がかなり緊迫していること、最悪だと自分も無事ではいられないことを承知で、レイリーンをさらった。

 いくらふっかけても、神殿側も焦っているだろうから大金を払うとふんだのではないか。

 そんなことを言い合う仲間達。黒いもやのことがなければ、デューロウも同じように考えたかも知れない。

 違う。お金なんかが目当てじゃない。

 そう言いたくても、黒いもやはデューロウにしか見えていない。そのことを言い出せば、みんながおかしくなってしまう。

 自分以外の人間を、疑いの目で見るようになるだろう。

 そうなれば、闇の思うつぼだ。自分を封じようとする者達の間に、亀裂を生じさせられるのだから。

 案外、闇はそれを狙っているのかも知れない。

 結局、身代金の要求などはなく、やはりレイリーンは自分で姿を消したのではないか、ということになった。

 バルムやガレズに言われてみんなは口にしなくなったが、そう思っているんだろう、というのは何となくでもわかる。

 とにかく、建前は誰かが連れ出したのではないか、ということで、デューロウは部屋で待機するように言われた。

 でも、そのままではいられない。一緒に捜してくれる人がいないなら、どこか別の場所で協力してくれる人を捜さないと。

 だから、できるかどうかもわからない、別の世界への扉を開けた。

「きっと、レイリーンはどこかで震えてる。ぼくや誰かが来てくれるのを、ずっと待ってるんだ」

「ああ。だから、こうして捜してるだろ」

 くちびるをかむデューロウの肩を、遼太郎がぽんっと叩く。

「すぐに見付かるわよ。あたしも小さい頃よく迷子になったけど、すぐにお兄ちゃんや誠ちゃんが捜しに来てくれたもん」

「琴音、ちょっとレベルが違う……ま、いいか」

「ここにレイリーンはいない。さぁ、次へ行こう」

 遼太郎に笑みを向けられ、デューロウも少し笑みを浮かべてうなずいた。

「はい」

☆☆☆

 神殿は、ルゥガの街の北端に位置する。地図で見れば、街の中心部からそんなに離れてはいない。

 封印されているとは言え、人々にとって有害となりうるものが街のすぐそばにあるのだ。街の人達はさぞ不安だろうと思いきや、あまり気にしてないらしい。

 これまで封印が破られそうになったことは何度かあっても、本当に破られたことがない。

 扉のそばには、常にそれを守る者達がいてくれる。

 闇そのものが、人々の頭の中では明確な形を持つ恐怖の対象ではない。

 そういった理由があるらしい。

 街が滅びかけたのは何百年も昔の話であり、扉の存在は知っていても「伝説のようなもの」という感覚があるのだろう。

 それに、封印が破られそうな時があった、というのも、何となくの噂でしか知られていないのだ。

 神殿側も「わざわざ教えて、街を不安に陥れることはない」と、事実をほとんど公開しなかったせいもある。

「ねぇ、街のどこへ行くの?」

「神殿に行くまで、ぼく達が住んでた家だよ」

「家か。神殿の奴ら、そこまで捜しに行ってるのか? 銀の王女がいなくなったことがばれたら、色々とまずいんだろ」

「うん、そうなんだけど……」

「封印が限界にきてるってことさえ黙ってれば、いくらでもごまかせるさ。ホームシックになったとか、修行がつらくなって逃げ出したとか。街の人間は、神殿のことを知っているようでほとんど何も知らないようだから、当たり障りのない理由をつければ」

「ほーむ……? なったって、何?」

 また聞き慣れない言葉が出て、デューロウが首をかしげる。

「え? ああ、ホームシック。長い旅に出たり、実家を離れて暮らしている人が、家がものすごく恋しくなるってことさ。だいたいの人は、自分の家が一番いいって言うからね」

 ホームシックではないが、本当にちゃんと家へ帰れるのだろうか。

 遼太郎がデューロウに説明しているのを聞いて、琴音はちょっと不安になるが、今は黙っておいた。

 とにかく「神殿の人間が行った所へは全部行こう」という話にまとまっていたので、そちらへ向かう。

 デューロウの家は、少し大きい通りから脇道へ入った奥にあった。間口の狭い平屋だ。周囲に、同じような家が何軒も並んでいる。この周辺は居住区らしい。

「父さんは、料理人だったんだ。さっき歩いてた通りをもう少し行った先にある、食堂で働いてた。母さんも、同じ所で働いてて……」

 給仕をやっていたという。

 その日も無事に仕事が終わり、二人が家へ向かう途中のこと。

 地震が起きた。時間は短かったが、激しい揺れだった。

 道を歩いていた二人は倒れてしまい、その上に老朽化してもろくなっていた建物の壁が落ちる。

 揺れがおさまって、数時間後。ガレキの下から、夫が妻をかばうようにして倒れているのが見付かったが、二人の息はすでになく……。

「地震か。それで、家が傾いてるんだな」

 他の家もかなり危ないが、デューロウの家もずいぶん傾いていた。平屋とは言え、中にいる時に屋根が落ちたりしたら危険だ。

 しかし、他に行くあてのないデューロウとレイリーンは、神殿から迎えが来るまで、一ヶ月近くここで暮らしていたと言う。

 デューロウは、入口の扉を開けた。鍵はかかっていない。盗られるようなものもないし、戻って来るかどうかもわからなかったので、そのままにして神殿へ行ったのだ。

「レイリーン? レイリーン、ぼくだよ。いるなら返事して」

 デューロウは部屋の中を見回しながら、妹の名を呼んだ。しかし、こそりとも音がしない。

「……デューロウ、ここにレイリーンは来てないよ」

「どうしてわかるの? 奥の部屋にいるかも知れないよ。ぼくの声が聞こえなかっただけで……」

 遼太郎に反発するように、デューロウが少し声を強める。

「その部屋へ入るのは、この戸口からなんだろう?」

「? うん……」

「床を見てごらん。ここから奥へ続く足跡が、一つもない」

 デューロウ達が神殿へ行ってから、ここへ出入りする者はいなかったのだろう。床には、ほこりがたまっている。持ち出されることのなかった古い家具の上にも。

 四人が入って来た入口周辺には、彼らの足跡がついている。だが、彼らが足を踏み出していない床は、白っぽいまま。

「レイリーンが来てるなら、彼女の足跡があるはずだろ」

 だが、そんな足跡は一つもない。空き巣の足跡さえなかった。

「窓から入ったってこと、ないかしら」

「自分の家なのに? 玄関に鍵がかかってないのを知ってて、ことは窓から中へ入るか?」

「……入らない」

 自分の家なのに、泥棒みたいな入り方をする理由はないはず。

「ついでに言うと、誰も捜しに来てないな。神殿の奴が来てるなら、もっと足跡があっていいはずだろ。オレ達みたいに、足跡がないから誰も来てないって判断して、すぐに帰ったんなら別だけど」

 それでも、ここまで捜しに来たからには、一応の確認くらいはするだろう。

 人の家なのだから、間取りなんてわからないはず。玄関先からでは見えない場所に扉があり、その向こうに捜し人がいるかも知れないのだ。

 それをせずに帰るとは思えない。捜しているのは、特殊な力を持つ特別な人間なのだから。

 念のため、四人は家にある扉全てを開けて、自分達の目で確認する。

 ここは無理だろう、と思われる小さな食器棚さえも開き、レイリーンはここにいない、という結果が出た。

「デューロウ、床下に食料倉庫みたいな空間はあるのか?」

 誠一郎の質問に、デューロウは首を横に振る。

 そんなものがあるような家には見えなかったが、やはりないようだ。

「平屋建てだから、屋根裏部屋なんてものもないしな。じゃ、この家はハズレってことだ。神殿の奴らがここへは捜しに来てないってことも、これでわかったし。次へ行こうぜ」

 そう簡単に見付かるとは思っていなかったが、やはり現実に直面するとへこむ。

 そんなデューロウを促し、家の外へ出た。

「見掛けない人達だね。誰だい、あんた達」

 五十代前半くらいであろうおばさんが、家から出て来た琴音達を胡散臭げに見ている。

「あ、メイサおばさん」

「え? おや、デューロウじゃないか」

 少年の姿を見て、おばさんの表情からこわばりがなくなる。ご近所さんのようだ。

「久しぶりだねぇ。元気だったかい?」

「うん、ぼくは元気だよ。ダインおじさんは元気?」

「うちの亭主はちょっとのことじゃ、くたばりゃしないよ。相変わらず、ちょっと働いては飲んだくれてるさ」

 身体に少しばかり厚みのあるおばさんは、豪快に笑った。

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