13.これまでの経緯
守長や他の守扉者達は、二人がわかりやすいように「扉が開かないように結界を張るのではなく、新しい鍵をかけるのだ」と表現した。
守扉者達の力では、扉を押さえることしかできないが、金と銀の鍵をかけてしまえば、扉は開かない。闇が出てくることは、できなくなる。
それができるのが、二人の力。特別な能力。
その後のことは誰も口にしなかったが、想像はできた。
鍵を出せなければ、全てが滅びる
だから、失敗は許されない。鍵を出せなければ、闇が復活する。
これまでに出会った人達も、これから出会うであろう人達も、今まで暮らしてきた街も、全ては闇の中に消えてしまう。
もちろん、自分達も例外ではなく……。
そんな真実を知らされてすぐ、扉に亀裂が生じたことが報告された。闇が少しずつ力を増して、封印を打ち破ろうとしているのだ。
今すぐではない。まだ大丈夫だ。
そう言われても、失敗してはならないというプレッシャーと、闇の足音が聞こえるかのような恐怖がのしかかる。
まだ未熟だから、理想通りに鍵が出せないのは仕方がない、と言われた。
しかし「仕方がない」というだけで済む問題ではないはずだ。
焦らなくていい、などと慰められても、現実の声は耳に入ってくる。
このままでは、封印が破られてしまう。
本当にあの二人にできるのか?
他に力を持つ者は存在しないのか。あんな子どもでは……。
目の前で言われなくても、あちこちでそういったことがささやかれているのは知っていた。
聞こうと思って聞いたのではなく、そんな会話がなされている所へなぜか通りかかってしまうのだ。
もしかして「わざと聞こえるようにしているのだろうか」とまで考えてしまう。直接言えないが、どうしても言いたいから、と。
せっかく笑ってくれるようになったレイリーンが、また沈み込んでしまう。
そんな言葉を、妹に聞かせたくない。
そうは思っても、ほとんど兄にくっついて行動していたレイリーンに、その会話が聞こえないはずがない。
できるなら、そんな言葉からレイリーンを守るための壁を、デューロウは出したかった。
しかし、まだ自分の周りに薄い結界を張れるようになった程度の力しかない。自分が望むような壁なんて、出せるはずもなかった。
そっと覗き見れば、レイリーンの顔は少し青ざめている。不信感を露わにした言葉に、レイリーンは明らかに傷付いていた。
自分達が呼んでおいて、今更何を言い出すんだろう。
レイリーンの悲しげな顔を見て、兄の心に怒りが生まれる。
だったら、自分達で何とかすれば? いきなり呼び出して「さぁ、力を出せ」って言われて、それがすぐにできなかったら、役立たずみたいな言い方して。
確かに、生活に困っているところを助けてもらった、という形にはなる。それでも、先に声をかけてきたのは神殿側なのに。
そんなに頼りないって思うなら、こんな子どもに頼らずに、自分達だけでやればいいじゃないかっ。
勝手なことを言い出している相手に、兄は立ち向かおうとした。レイリーンを守るために。
こんなひどいことを口にする輩に、大切なレイリーンを傷付けさせることは許さない。
「何をくだらないことばかり言っているっ」
だが、デューロウの怒りは表に出されることなく、消えてしまう。
彼が飛び出すより早く、守長と副守長が不信感を口にする者達を諭したのだ。
「我々があの二人を信じなくて、どうする。その不信感が闇に力を与えてしまうということは、わかっているだろう」
口の軽い者達は、一喝されて黙り込んだ。
「もう少し待ってあげられませんか。彼らはわずかな期間で、環境が大きく変わりました。それでも、懸命にやろうとしているのです。あなた達も、二人のそんな姿を見ているはずでしょう?」
いつも穏やかな守長のバルム。
語調がきつい時もあるが、普段は物静かな副守長のガレズ。
他の守扉者達が同じようなことを言い出した時、二人はいつもそんなふうに彼らを諭し、おさめてくれた。
信じて見守ってくれる人がいるなら。がんばってみよう、と思える。
そう考えられるようになると、まだ不安定ではあっても、以前と比べれば格段に力の使い方がさまになってきた。
神殿へ来て、もうすぐ一年になろうとしている。訓練を重ね、自分に少し自信が生まれ始めた時。
いよいよ、闇が封印を破ろうとする力が増してきた。予測していたより、何倍も早い。
守扉者達が強い結界を張っても、徐々に押されつつある。力を酷使した守長が、意識を失うことが何度もあった。
もう、今の封印は限界だ。まだデューロウとレイリーンの力は、完全とは言えない。だが、もうそんなことは言っていられない状態にまでなっている。
たとえ未熟な力であっても、新しい封印が必要だ。不安定な封印でも、今のままでいるよりはいい。その封印の周囲に結界を張れば、闇を抑えられるはず。
守扉者達の間で、そんな話がなされた直後。
レイリーンが消えた。
☆☆☆
一番手近な所から……ということで、琴音達は守院のそばにある倉庫へ向かう。
琴音達が出入りした裏口からは死角になる場所にあるので、来た時は気付かなかった。
中へ入ると、事務用品や日用品の予備などが置かれている程度。例えるなら、体育倉庫をもう少し広くしたくらい、だろうか。
ここなら、女の子が一人放り込まれていれば、すぐに見付けられるだろう。
それでもデューロウがここへ来たのは、捜している者達の目が闇に濁らされていたかも知れないから。
それに、正気の人間であっても「こんな所にいないだろう」という先入観でちゃんと見ていないのでは、という気持ちがあったからだ。
場所としては、守院の隣。隠す、もしくは隠れるには近すぎるから、まともに捜さないことだってありうる。
「捜しに来た奴らが立ち去ったのを見計らってから、放り込むって手もあるよな」
ここは捜したがいなかった、と言われた場所なら、また誰かが捜しに来る可能性は低い。
「だけど、レイリーンを捜すためじゃなくても、こういう倉庫なら時々人が来るでしょ」
そう頻繁に来ることはなくても、人の出入りはあるだろう。複数の人間がいる場所だから、何かしらの日用品が必要になってもおかしくない。
捜すことが目的でここへ来たのではなくても、何か様子が変だ、となる場合もあるだろう。隠す、もしくは隠れるには、あまり適した場所ではない。
「倉庫が不必要なくらいに明るいってこと、あまりないだろ? 窓はあるようだけど、小さいからとても明るいって訳じゃない。隅の方でじっとしていたら、意識してないと気付かないんじゃないかな」
言いながら、遼太郎は奥に誰もいないことを確認する。さらに「人間が入れそうなサイズの箱」などがないことも調べた。
デューロウの前では言えないが、レイリーンが口をふさがれて縛られた状態であれば、無理にそういったものに押し込められていることもある。
もしも「最悪の状態」であれば、彼女はここにいないだろう。夏のような暑さではないが、冬のような凍る気温でもない。こんな所へ放っておけば、臭いでわかるはずだから。
「こんな所に放っておかれて、じっとしてないわよね」
「自分の意思で来たんじゃない限り、な」
「レイリーンは、ぼくに黙って出て行ったりしないよっ」
「お、おい。オレは仮定の話をしてるだけだぜ」
「あ……ごめんなさい」
デューロウはしゅんとして、小さな謝った。
「逃げ出したんじゃないかって言う人も、中にはいるから……」
事態の重大さに恐れをなし、逃げ出したのではないか。
一部では、そんなことを言う者がいた。
いくら特殊な力があるといっても、所詮は子ども。大人でさえも、言い様のない不安にかられているのだ。繊細な性格の少女には、あまりにも耐え難い恐怖だったのだろう。
まだ自分の力をしっかりと使える自信がないのに、現実は待ってくれない。
そんなのしかかる重圧と恐怖から逃れたい一心で、後先考えずに飛び出したのではないか。
レイリーンがいなくなったのを知って、守扉者達の間でそんな会話が飛び交っていたのを、デューロウは知っている。
そんなはずない。レイリーンがぼくに黙って姿を消すなんて、絶対に絶対にありえない。どんなに恐怖に怯えていたとしても「一人で」いなくなる訳がない。
両親が亡くなってから、レイリーンは一人になることを一番恐れていたのだから。
誰かに連れて行かれたんだ。
デューロウはそう考え、周りの人達にもそう主張する。
レイリーンがいなくなる数日前から、デューロウは黒いもやを漂わせている者がいることに気付いていた。
もっとも、最初はそれが何なのかわからなかったが、あれは「闇の力」らしい、と次第に感じられるようになってくる。
レイリーンはデューロウ程には見えていないようだったが、それでも「いやな感じがする」と言っていたから、何となくでも感じてはいたのだろう。
だが、他の守扉者達にはそれが見えないし、感じない。特殊な力を持つ二人だから、それがわかったのだ。





