12.金と銀の力
「あたし、力を発揮したって感覚はないけど」
「けど、オレ達は人間は人間、ねこはねことしか思わないぜ」
琴音は、ねこしかいないはずの場所で人影を見た。あれは、本人曰く「デューロウの本当の影」を見ていたから、かも知れない。
「琴音、その力でレイリーンの居場所はわからないか?」
「ちょっ……誠ちゃん、無茶言わないでよぉ。さっきは怖かったけど、今は何にも感じないんだから」
「ダメかぁ。そう都合よくはいかないんだな」
黒ねこだったデューロウにしろ、今の守扉者達にしろ、琴音に見えたのは言うなら「彼らの真の状態」だ。人の居場所を探る力ではない。
「誠、それは横着ってもんだ」
「あ、やっぱり?」
横着でも何でも、早くレイリーンが見付かればいい、と思ったのだが。
黒いもやが見えただけで琴音に人捜しができるなら、デューロウはとっくにできているだろう。
「もやの話は後にするぞ。まず、デューロウが行くつもりの場所へ向かおう。それと……こと、移動する時はそのフードをかぶってた方がいい」
「え? これ?」
背中に降ろされているフードを、琴音は言われるままにかぶった。
「俺達がデューロウと一緒にいるのは、守長から許可をもらってるからって言い切れる。だけど、どうしてレイリーンに似た子が一緒にいるんだ、とか何とかしつこく突っ込んで来る奴が、そのうち出て来る可能性もあるから」
「むしろ、いないと考える方が無理だよな」
呼び止められて、いちいち説明するのも面倒だ。みんな同じ服を着ているのだし、フードをかぶっていても変じゃない。これだけでも、かなり変わる。
「こと、誠や俺から離れるんじゃないぞ」
「うん」
相変わらず子ども扱いだが、琴音は素直に返事しておく。
こんなよくわからない場所で迷子になったりしたら、とんでもない。離れておけ、と言われたって今は絶対離れたくなかった。
「よし、デューロウ。行ける所は片っ端から行こう」
遼太郎がデューロウを促した。
☆☆☆
余計なことを……。おとなしくしていればいいものを。下手にあれこれと力を持つ者は、こういう時にいらないことをしでかしてくれるから厄介だ。
「何を考えているんだ……」
頭を抱えながら、口に出す問い。
それは、いまいましいことをした者へではなく、自分に向けたもの。
誰だって、危機に直面すれば、そこから助かりたいと思う。自分の大切な者がいれば、助けたいと考える。
そのために、色々と行動を起こすのは当然だ。特別なことではない。あくまでも、普通のこと。
それをののしっても、仕方がない。同じ立場になれば、きっと自分も同じことをする。
「そうかしら?」
声がして、ぎくりとする。
周りには……誰もいない。なのに、声だけがする。あの夢の中の声が。
「自分さえよければいいのでしょう? 自分さえ満足すれば。みんな、そうやって生きているじゃない」
「そんなことは……」
なぜだろう。なぜ、そんなことはない、と強く否定できない?
「あなたも、自分のために動いている。誰かのため、なんて言いながら、それは結局自分のためでしょう?」
「……」
歌うような声。その声が紡ぐ言葉に、どうしても抗えない。
「心を解放すればいいのに」
まただ。この声は、また同じことを言う。この言葉を、何度聞かされただろう。
夢の中では中性的だと感じていた声は、今や完全に少女のような声になっていた。
解放すれば、何がどうなる? 何がどう変わる?
「全てが、あなたの望みのまま」
望みのまま? では、望みとは……一体何なのだろう。何を望んでいる?
自分のことなのに、わからない。いや、わからないフリをしているだけ、だろうか。
汗ばむ気温でもないのに、額に汗が浮かぶ。少女の声に追い詰められ、崖っぷちに立たされているような気分だ。
「いなくなればいい。そう思っているんでしょう?」
ふいに背中を押され、わずかによろけると足下の地面が崩れかける。いくつかの小石が谷底へ、暗く深い奈落の底へと消えた。
次は、自分の身体があの暗闇に吸い込まれるのか。
「いなくなればいい。いなくなるようにすればいい。それだけよ」
落ちかけている? 足が空へ踏み出そうとしているのか? 暗い闇の底へ、向かおうとしているのか? それとも……もうすでに落ちている?
「あなたは……」
その声に引き戻され、はっと顔を上げる。
ここは崖っぷちではない。足下にはしっかりした床があり、どこにも奈落はない。どこにも落ちていない。自分はここにいる。立っている。
今のは……夢なのか?
「あの暗い闇の中へ、落ちて行きたい?」
血の気がひく。声は今の光景を見ていたのだろうか。いや、声が見せたものなのか。
「心を解放しないということは、そういうことよ」
今の暗闇が、現実になる。
声は、そう告げているのだ。
それを悟り、全身の血が凍るような気がした。
「いやだ……いやだ、あんな暗闇に……落ちたくない」
それは、間違いなくおのれの本心だ。
何が待っているかもわからない、永遠に続きそうな闇の中へ落ちてしまうなんて、絶対にいやだ。
「それなら、するべきことは一つだけ」
姿は見えない。だが、そこにいれば、声の主は間違いなく、笑っているだろう。
無邪気に、にっこりと。
「解放すればいいのよ」
力が抜けた。膝が折れ、うなだれる。
その姿は、まるで声に服従したかのようだった。
☆☆☆
レイリーンは、昔から引っ込み思案な女の子だ。自分の気持ちを、あまり多く語ろうとはしない。
黙ってはかなげな笑みを浮かべながら、相手の言葉をじっと聞いていることが多い。
生家は、そんなに裕福ではなかった。むしろ、貧しい方だろう。
だが、繊細で物静かな彼女を知っている人達は「深窓の令嬢みたいだ」と口をそろえて言う。
そんな彼女だから、両親が亡くなった時はその悲しみからか、普段以上に口を開かなくなった。返事はするが、その後の会話が続かない。
そんな時、神殿から使者が現われる。
あなた達には特別な力があるから、その力をぜひとも貸してほしい、と。
他に、頼れるような親戚はなかった。働いたところで、子どもの労働力に払われる賃金などは知れている。
しばらくは両親が残してくれたもので食いつなぐとしても、すぐに底をつくだろう。その先に待っている生活は、想像もつかない。
神殿のことは、少しだけ知っている。詳しいことはともかく、人々を守るために「扉」を守っている、ということは、幼い時から両親に教えられていた。
街の人間なら、その程度のことは一般的な話として誰でも知っている。
神殿へ行けば、兄妹で貧困生活に苦しむことはない。力と言われても意味を掴みかねていたが、その力があれば面倒は見てもらえるのだろう。
もし力がないと判断されたり、失ったとしても、そのまま神殿で働く人達の中に入れてもらえるかも知れない。
そう考えて、デューロウとレイリーンは神殿へ向かうことにする。
レイリーンはもちろん、デューロウにとっても、二人で一緒に行けることはありがたかった。
どちらかが神殿へ行き、どちらかが街へ残ることになったりすれば。一人になってしまい、淋しさでレイリーンの心がつぶされかねないから。
想像と違ったのは、待遇だ。と言っても、いじめがあった訳ではない。
その逆だ。
「金の王子 銀の王女」と呼ばれ、大切に扱われる。本当に王族の人間であるかのように。
特別な力、と言われたが、街の人達にはない「ちょっとだけ特別な力」だと思っていた。他の守扉者達と同じように、結界を張る力なのだ、と。
だが、現実はそれ以上。守扉者達の中でも、さらに「特別な力」だったのだ。
周囲の対応は、二人にとってひどく違和感を覚えるものだった。その状態があまりにも落ち着かないので、デューロウは「普通に接してもらいたい」と、頼み込んだくらいだ。
二人が子どもだったこともあって、時間が経つうちに自然な接し方をしてもらえるようになったが、やはり特別な存在には違いない。
神殿に来てからは、闇や封じた扉についてあれこれと教えられたが、ひたすら戸惑うことばかりだ。
ただでさえ沈みがちだったレイリーンは、環境の劇的すぎる変化でますます萎縮してしまい、口数が減ってしまった。
兄がそばにいなければ、彼女は完全に引きこもりになっていただろう。
それでも、周囲の人達が温かく接したおかげか、神殿に来て半年も過ぎる頃にはわずかながら笑みを浮かべる日も増えてきた。
守扉者達に教えられ、今まで知らなかった自分の力を自分の意思で、少しずつではあるが、日を追うごとに使えるようになってくる。
不思議で面白いと同時に、少し怖くもあった。
どうして自分にこんなことができるのだろう、と。これまではずっと、普通の子どもと同じようにすごしてきたのに。
そして、知らされる。
「金と銀」の力を持つ者が現われる時というのは、いつも闇が封印を破ろうとする時なのだ、と。
人の心に入り込み、全てを破滅へと導く力。
その闇が現われないように、封じたままにしておくために、この特殊な力は存在するのだ。





