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扉の向こう~黒ねこについて行ったら異世界へ~  作者: 碧衣 奈美


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11.黒いもや

「今の状態が続いたら、力を使い果たしてしまいそうな気がするのよね。あの人自身が、ものすごく危険な状態になっちゃいそうな……」

「琴音が言いたいのは、バルムさんが過労死するんじゃないかってことか?」

「うん……。何て言うか……あの人がどういう力の使い方をしてるかなんて知らないけど、自分が生きるための力まで使ってるような」

 初対面で名前と外見くらいしかわからないのに、なぜかそんなことを思ってしまう。変に想像力が働きすぎているのだろうか。

「コトネさんも、そう思う?」

「え? デューロウも、そんなふうに思ってたの?」

 琴音に聞かれ、少年は小さくうなずいた。

「力の差はあるけど、守扉者は他にもいるんだよ。三十人くらい……かな。みんなで交替して、無理しないように結界を張って。それなのに、バルム様だけはいつもご自分が持つ力を、全部出し切ろうとされてるみたいに見えるんだ。よくガレズ様が怒って、おっしゃってた。力を使い切って、そんなに早くここから出て行きたいのかって」

「出て行く? ああ、守扉者としての仕事ができなくなるから、だね」

 扉の周囲に結界を張る力がなくなれば、神殿にいる意味はない。世話をする者は別として、その力を失った守扉者は神殿を去ることになる。

 力を見出され、神殿へ来た守扉者全てが、喜んで来た訳ではない。

 扉を守ることは自分や自分の家族、この世界の人達を守る崇高な任務だ……と言われても「どうして自分が?」となる人もいる。

 なぜ、こんな力が備わってしまったのだろう、と。

 老化すると知れば、なおさらだ。口には出さないが、早く自分の中の力が消えてお役御免になりたい、と考える人がいるのも当然だろう。

 力が現れる年齢は個人差がある。二十代が多いが、デューロウのように子どももいれば、今のガレズくらいの年齢になってから守扉者として力をふるうことになる場合もあるのだ。

 子どもや若い人ならともかく、働き盛りの人が神殿へ来ることになってしまったら。

 デューロウがさっき言ったように、力の使い様によっては身体だけが早く年を取ってしまう。早く大人になりたいと思う子どもはいても、早く老人になりたいと思う人間はあまりいない。

「ガレズ様はバルム様に向かって、一度すごい言い方をしたんだよ。そんなやり方をしていたら、ここを出るより先に棺桶に入ることになるぞって」

「それはまた……ずいぶんストレートに言ったもんだな」

「そう言う誠ちゃんだって、きっと似たような表現で言うと思うわよ」

「オレはもう少しオブラートに包むぞ」

「あら、そんな面倒なこと、誠ちゃんがするかしら」

「! 琴音だって、今のセリフは十分なもんだぞ」

 琴音と誠一郎が、そんな痴話ゲンカをしていると。

「レイリーン!」

 どこかから、そんな声が飛んだ。

 琴音達が見回していると、斜め前方から自分達と似た様な格好をした人が三人、こちらへ向かって走って来る。レイリーン捜索隊の守扉者達だろう。

「……」

 二十代前半くらいの男性達。彼らが間違いなく自分を目指して走って来るのを見て、琴音は怖くなって誠一郎の後ろへ隠れた。

「あ……レイリーンじゃないのか」

 明らかに髪の色が違うだろうに、こうして駆け寄って来る。目が悪いのか、そんなものは気にならないくらい、琴音の雰囲気がレイリーンに似ているのか。

「……?」

 後ろに隠れた琴音が腕を掴んでくるのでどうしたのかと思ったが、誠一郎はその場では黙っておく。

「デューロウ? どうしてこんな所にいるんだ」

「お前は部屋にいるよう、言い渡されてるはずだろう」

「早く戻れ。何かあってからじゃ、遅いんだぞ」

 三人は、口々にデューロウを責める。

「あの……」

 相手の勢いに、デューロウはすぐに言葉が出ないでいる。

「待ってください。外へ出ることは、守長に言ってあります」

 詰め寄ろうとする三人からかばうように、遼太郎がデューロウの前に立つ。

「何だ、お前は。見掛けない顔だな」

「デューロウの同行を頼まれました」

「本当か?」

「デューロウをそそのかして、レイリーンのようにどこかへ連れて行くつもりじゃないだろうな」

「違いますっ」

 壁のように立つ遼太郎の後ろから出ると、デューロウは彼らの言葉を否定した。

「ぼくが、この人達に頼んだんです。一緒に来てくださいって。このことは、バルム様にも話してあります」

 遼太郎の言葉はもちろん、デューロウがそう言っても、三人はまだ疑いの目を向けている。

 遼太郎や誠一郎が脅して言わせているのでは、などと思っているのだろうか。よくない状況が続いているので、彼らが疑い深くなるのもわからないではない。

 不審の目は、同時に琴音にも向けられていた。

 バルムやガレズが間違えたように、彼らも琴音をレイリーンと間違えた。すぐに別人とわかったものの、それならどうしてこんな時にこんなにも似た人間が一緒にいるのだろう、とでも言いたげな顔だ。

「ガレズ様にも会って、外へ出ますって言いました。うそじゃありません。お二人に聞いてください」

 守長や副守長の名前を出されて、あからさまに否定はしにくいのだろう。

 納得しきれない様子ではあったが、三人の守扉者達はデューロウが堂々と言うので、それ以上突っ込んではこなかった。

「守長達に伝えてるならいいが……こんな状況だ、あまり遠くへは行くなよ。お前達、デューロウをおかしな場所へは連れて行くな」

「わかりました」

 偉そうな言い方しやがって、とは思ったが、遼太郎は何でもないような顔で返事した。ここで言い返し、余計な時間を取るのももったいない。

 彼らにすれば、琴音達は素性のわからない人間だ。どこの誰なんだと深く突っ込まれると、説明が面倒になる。

「行きましょう」

 デューロウが率先して、その場を離れる。後ろで彼らがじっと見ているのが、振り向かなくてもわかった。視線が痛い。

「琴音、どうした?」

 守扉者達の視線から外れた場所へ来ても、琴音は誠一郎の腕を掴んだままだ。

「……怖かった」

「こと、どうしたんだ?」

 妹の様子に、遼太郎もその顔を覗き込む。少し青白い。

「デューロウの言ってたこと、わかったわ」

「ぼくの言ったこと?」

「さっきの人達の後ろに……黒いもやみたいなのが見えたの」

「もや? あ、闇に囚われた奴か」

「琴音に、それが見えたのか?」

 問われて、琴音はうなずいた。

「本当にそういう人間が、神殿内を歩き回っているのか。デューロウは? 今の人達に、もやが漂ってるのは見えた?」

「……うん。見えたよ」

 やはり、見間違いではなかった。

 本人の影は、地面にちゃんとある。なのに、輪郭がはっきりしない、もう一つの影のようなもや。

 それが彼らの後ろに漂っていたのを、琴音は見ていたのだ。

 あの三人は不審者を見るような目つきをしていたが、それだけが理由ではない。

 彼らから漂う、どこか異質とも言えるような雰囲気に、琴音は恐怖に近い感情を抱いた。

 厳しい先生に呼ばれた時。あまりほめられない性格の人がそばへ来る時。

 恐いな、とか、ちょっといやだな、と思ったことはこれまで何度もある。だが、人を見てこんなに「恐い」と感じたことはなかった。

 遼太郎や誠一郎がいなければ、あの場から走って逃げたかも知れない。もしくは、足が震えて立っていられなくなっていたか。

 誠一郎の腕を掴むことで、琴音はかろうじてそこにいられたのだ。

「こういう事情だから仕方ないってわかってるけど、ピリピリしてやがんな、とは思ってた。でも、黒いもやはなぁ。遼兄、そんなの見えた?」

「いや。胡散臭いって目で見られてる、と思ったくらいだ。それにしても……ことに霊感なんてあったのか? 人のオーラが見える、とか」

「んー、今までそんなのが見えたことはないけど……」

 話しているうちに、気持ちも少し落ち着いてきた。つくづく、この二人がそばにいてくれてよかった、と思う。

「姿が似てると、似たような能力を持つようになる……なんてこと、ないかな」

「誠ちゃん、どういうこと?」

「琴音はレイリーンに似てるんだろ? 守扉者が何人も間違えそうになるんだぜ。身長や髪の色が絶対に違うはずなのに。デューロウだって、似てるって言うしさ。そこまで似てるんなら、こっちの世界へ来て能力が現われるってのも、ありえそうじゃないか? オレ達の世界とは違うんだし、そういうのもありって気がするんだけど」

「言われたら、そんな気がしないでもないけど。デューロウ、レイリーンには闇を見る力はあるの?」

「わからない。いやな感じがする、みたいな言い方はしていたけど、はっきりは言わなかったから。ぼくが気付いたのは、レイリーンを捜すようになる少し前くらいからかな」

 しかし、銀の王女としての力があるのなら、レイリーンにも同じように見えていた可能性は高い。見えていなくても「いやな感じがする」と言っていたのなら、何となくでも感じていたはずだ。

「そう言えば、デューロウが黒ねこだって言ったのも、ことだったな。実はあの時からすでに、力を発揮し始めてたのか……」

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