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扉の向こう~黒ねこについて行ったら異世界へ~  作者: 碧衣 奈美


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10/25

10.信用

「え? おりませんって……」

 バルムの言葉に、誠一郎は首をかしげる。

 それから、デューロウの方を向いた。

「おい、デューロウ。お前、他の守扉者にもこの力を持った奴がいる、みたいなこと、さっき話してたよな?」

「うん、以前にそう聞いたから……」

 不安そうな目で、デューロウはバルムを見た。そう教わったはずなのに、とでも言いたげな顔だ。

「言葉足らずでしたね。現在はデューロウだけ、ということです。私も以前はその力を持っていましたし、他にもその力を持つ者はいました。ですが、今の私から、その力は消えているのです」

 元々、よその世界へ行ける力を持つ者は少ない。いつの時代にも存在する訳ではないのだ。

 強い力を持つ者は、できることも多い。バルムは力のあるタイプに分類される人間で、以前はよその世界へ行ける力もあった。

 実際にその力を使ったことはなかったが、デューロウよりも安定した状態で行けただろうと思われる。

 だが、結界を張り続ける、ということにずっと力を注いできたため、今は他のことがほとんどできなくなったのだと言う。

「やっぱり、足止めか。明日まではここにいろってことかな」

 遼太郎があきらめのため息をつく。

 じたばたしたところで、帰り道は現われてくれないのだ。

「本当に、申し訳ありません。私達が、もっと早い時期に……詳しい話をして……おけば……」

「バルム様!」

 口調がやけにゆっくりになってきたな、と不審に思っていると、バルムの身体がぐらりと揺れ、遼太郎と誠一郎が慌てて支えた。

 琴音がイスを引っ張って来て、二人はバルムをゆっくりと座らせる。その顔は、ひどく青ざめていた。

「大丈夫ですか? 誰か呼びましょうか?」

 バルムは目を閉じたまま、デューロウの言葉に小さく首を横に振った。

「少し休めば……治りますから」

「バルム様、最近ずっと力を酷使されていたから……」

 闇を封じた扉。亀裂が入り、そこからじわじわと外へ出ようとする闇。

 それを、守扉者達が封印周辺の結界を強化し、保持することで防いでいた。

 その中でも、守長であるバルムは一番強い力を持つ。そのため、ほとんど扉に張り付くような形で、結界に力を送り込んでいるのだ。

 もちろん、四六時中やっていたのでは身体が保たないので、他の者と交代しながら続けているのだが……。

 ここ数日、闇の力がどんどん増している。押され気味になっているため、こちらも封印を破られまいと力を注いだ。

 その無理が、こうして現われたらしい。

「デューロウとレイリーンが新たに封印をしないと、こうして倒れる守扉者が増えるってことか。本当に、事態は切羽詰まってるんだな」

「足止めは一日だけってんなら、腹くくるしかないってか。ったく……オレ達、温泉入りに来ただけなのになぁ」

 帰れる望みは、あっさりと絶たれた。事態が深刻化しないうちに、明日が早く来てくれるのを、デューロウが力を取り戻してくれるのを待つしかない。

「バルムさん、レイリーンを捜すなら、少しでも人手があった方がいいよな?」

「それはそうですが」

 今は結界を張る力の強い者が扉に付き、予備軍として控えている者や守扉者を世話する者達がレイリーンを捜している。

 しかし、元々ここにいるのがそんなに大人数ではないため、捜す方に回せる人間は限られていた。

 誠一郎が言うように、できるなら人手はほしい。だが、おおっぴらに事情を話せないので、応援要請をすることもできずにいる。

「帰れるようになるまでは、オレ達も協力する。けど、オレ達はこの辺りのことを知らないから、デューロウに案内してもらう。いいだろ? 部屋に閉じこもってたって、何か起こる時は起こるんだ。だけど、常に誰かとそばにいれば、たとえ外へ出たって少しは回避できるぜ」

「……」

 バルムは誠一郎や遼太郎、それからデューロウを見た。

「お願いします、バルム様。ぼくもレイリーンを捜したいんです」

「……わかりました」

 あきらめたように、バルムは小さくため息をついた。

「確かに、デューロウが一人でいる方が、今は危険かも知れませんね。デューロウのこと、お願いします」

「バルムさん、あたし達のこと、信用してくれるんですか」

「こと、わざわざ疑ってくださいって言わなくてもいいんじゃないか?」

「それはそうなんだけど」

「デューロウには……闇に心を囚われた者がわかるそうです」

 バルムは唐突に、そんなことを言った。

「バルム様にだけは、話したんだ」

 三人の視線に気付き、デューロウはそう説明した。

「そのデューロウが、こうして信用しているのです。私はあなた達のことを存じ上げませんが、彼が信用しているのなら私も信用します」

 こんな状況なら、知らない人間に対して疑心暗鬼になっても仕方ない。

 それがこうして信用してくれるのだから、器が大きいとでも言うのだろうか。だてに守長はやっていない。

「さぁ、もうお行きなさい。私はもう少し落ち着いてから、自室へ戻りますから」

「バルム様、お一人で大丈夫ですか」

「ええ。心配はいりません」

 バルムに送り出され、心配しながらも琴音達は部屋を出た。

「デューロウ? どこへ行くんだ?」

 外へ出ようとしたら、また声がかかった。これでは、いつまで経ってもレイリーンを捜しに行けない。

「ガレズ様……」

 声をかけてきたのは、壮年の男性だ。

 短く薄い茶色の髪に、灰がかった青い瞳をしている。バルムのように長身だが、ガレズの方がもう少ししっかりした体格だ。

 険しい顔つきで、偏見だが「きっと、厳しいことを言うんだろうな」と思わせる雰囲気。今の口調で、なおさらそう感じてしまう。生活指導の先生などにいそうなタイプだ。

「部屋にいなさい、と言われていただろう。それに……彼らは誰だ?」

 視線が琴音に止まったのは、やはりレイリーンに似ているからだろう。

「あの、バルム様にたった今、お許しをいただきました」

「守長に?」

「はい。ですから、あの……お話はバルム様から伺ってください。失礼します」

 これ以上時間を取られたくないからか、デューロウは廊下を走り出す。

 琴音と誠一郎も追い掛け、遼太郎はデューロウがガレズと呼んだ相手に軽く会釈してから、その後に続いた。

「守長に、か」

 ガレズがつぶやいていると、さっきまで琴音達が話をしていた部屋からバルムが現われた。

「守長……また顔色が悪いな」

 バルムの顔を見て、ガレズは眉をひそめる。

「あなたに叱られる前に、ちゃんと休みますから」

 ガレズは小さく息を吐く。その顔は「本当だろうな」とでも言いたげだ。

「デューロウに聞いたが、外出許可を与えたのか?」

「ええ。閉じ込めていても無駄だ、とわかりましたからね」

 責めるような口調のガレズに、バルムはいつもと変わらない穏やかな口調で答えた。

☆☆☆

 外へ出ると、顔に触れる空気がやはり冷たい。高地ならともかく、昼間にこの気温は日本の夏ではない。

 夢を見ているような気がするが、それならずいぶん長くてややこしい夢だ。

「デューロウ、さっきの人も守扉者なのよね?」

「うん。ガレズ様は、副守長なんだ」

「ってことは、バルムさんの次に強い力を持つ人なんだね」

「ほとんど変わらないくらいの力をお持ちだって、他の人から聞いたよ。でも、バルム様の方が先に神殿に入られたから、守長をされてるんだ。お二人は、ご学友なんだって」

「は?」

 三人は同時に聞き返した。

「ちょっと待ってくれよ。ご学友って……あの二人が同級生ってことか? どう見たって、十歳以上は離れてるように見えたぜ」

「うん。ぼくも最初に聞いた時は、すごく驚いたけど。お二人とも、四十歳だって」

「ええっ? ガレズさん、だっけ? 廊下で会った人。あの人がそれくらいの年齢なのはわかるけど、バルムさんはもっと上に見えたわよ。老けて見えるにしても、違いすぎない?」

「あの人、オレの親父より年下かよ。絶対、同じくらいに見えたけどな」

 年齢当てクイズがあっても、バルムの年齢を当てることは無理だろう。ガレズは年相応に見えたが、あの二人が同い年なんて信じられない。

「……強い力を長く使い続けると、人にもよるけど身体が早く年を取るんだって」

「力を使うと、老化が進むのか。天賦の才能みたいなものだろうけど、俺は辞退したいな、そういう力は」

 琴音や誠一郎も、同じ気持ちだ。

「ぼく達が神殿に来た頃は、バルム様も今よりずっと若く見えたよ。だけど、扉の状態がひどくなってきて……」

 バルムが老けてきたということは、それだけ強い力を使い続けていた、ということ。ひいては、闇の力がどんどん増している、ということだ。

「バルムさん、早く解放してあげないといけないんじゃないかしら」

「ああ。かなり顔色がよくなかったし、相当体力が落ちてるんだろうな」

「ううん。違うの、お兄ちゃん。そういう意味じゃなくて……あ、もちろん、顔色がよくなかったっていうのは、あたしも思ったけど」

「じゃ、どういう意味だ?」

「んーと……」

 どう言えばいいのか、琴音は少し悩んだ。

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