10.信用
「え? おりませんって……」
バルムの言葉に、誠一郎は首をかしげる。
それから、デューロウの方を向いた。
「おい、デューロウ。お前、他の守扉者にもこの力を持った奴がいる、みたいなこと、さっき話してたよな?」
「うん、以前にそう聞いたから……」
不安そうな目で、デューロウはバルムを見た。そう教わったはずなのに、とでも言いたげな顔だ。
「言葉足らずでしたね。現在はデューロウだけ、ということです。私も以前はその力を持っていましたし、他にもその力を持つ者はいました。ですが、今の私から、その力は消えているのです」
元々、よその世界へ行ける力を持つ者は少ない。いつの時代にも存在する訳ではないのだ。
強い力を持つ者は、できることも多い。バルムは力のあるタイプに分類される人間で、以前はよその世界へ行ける力もあった。
実際にその力を使ったことはなかったが、デューロウよりも安定した状態で行けただろうと思われる。
だが、結界を張り続ける、ということにずっと力を注いできたため、今は他のことがほとんどできなくなったのだと言う。
「やっぱり、足止めか。明日まではここにいろってことかな」
遼太郎があきらめのため息をつく。
じたばたしたところで、帰り道は現われてくれないのだ。
「本当に、申し訳ありません。私達が、もっと早い時期に……詳しい話をして……おけば……」
「バルム様!」
口調がやけにゆっくりになってきたな、と不審に思っていると、バルムの身体がぐらりと揺れ、遼太郎と誠一郎が慌てて支えた。
琴音がイスを引っ張って来て、二人はバルムをゆっくりと座らせる。その顔は、ひどく青ざめていた。
「大丈夫ですか? 誰か呼びましょうか?」
バルムは目を閉じたまま、デューロウの言葉に小さく首を横に振った。
「少し休めば……治りますから」
「バルム様、最近ずっと力を酷使されていたから……」
闇を封じた扉。亀裂が入り、そこからじわじわと外へ出ようとする闇。
それを、守扉者達が封印周辺の結界を強化し、保持することで防いでいた。
その中でも、守長であるバルムは一番強い力を持つ。そのため、ほとんど扉に張り付くような形で、結界に力を送り込んでいるのだ。
もちろん、四六時中やっていたのでは身体が保たないので、他の者と交代しながら続けているのだが……。
ここ数日、闇の力がどんどん増している。押され気味になっているため、こちらも封印を破られまいと力を注いだ。
その無理が、こうして現われたらしい。
「デューロウとレイリーンが新たに封印をしないと、こうして倒れる守扉者が増えるってことか。本当に、事態は切羽詰まってるんだな」
「足止めは一日だけってんなら、腹くくるしかないってか。ったく……オレ達、温泉入りに来ただけなのになぁ」
帰れる望みは、あっさりと絶たれた。事態が深刻化しないうちに、明日が早く来てくれるのを、デューロウが力を取り戻してくれるのを待つしかない。
「バルムさん、レイリーンを捜すなら、少しでも人手があった方がいいよな?」
「それはそうですが」
今は結界を張る力の強い者が扉に付き、予備軍として控えている者や守扉者を世話する者達がレイリーンを捜している。
しかし、元々ここにいるのがそんなに大人数ではないため、捜す方に回せる人間は限られていた。
誠一郎が言うように、できるなら人手はほしい。だが、おおっぴらに事情を話せないので、応援要請をすることもできずにいる。
「帰れるようになるまでは、オレ達も協力する。けど、オレ達はこの辺りのことを知らないから、デューロウに案内してもらう。いいだろ? 部屋に閉じこもってたって、何か起こる時は起こるんだ。だけど、常に誰かとそばにいれば、たとえ外へ出たって少しは回避できるぜ」
「……」
バルムは誠一郎や遼太郎、それからデューロウを見た。
「お願いします、バルム様。ぼくもレイリーンを捜したいんです」
「……わかりました」
あきらめたように、バルムは小さくため息をついた。
「確かに、デューロウが一人でいる方が、今は危険かも知れませんね。デューロウのこと、お願いします」
「バルムさん、あたし達のこと、信用してくれるんですか」
「こと、わざわざ疑ってくださいって言わなくてもいいんじゃないか?」
「それはそうなんだけど」
「デューロウには……闇に心を囚われた者がわかるそうです」
バルムは唐突に、そんなことを言った。
「バルム様にだけは、話したんだ」
三人の視線に気付き、デューロウはそう説明した。
「そのデューロウが、こうして信用しているのです。私はあなた達のことを存じ上げませんが、彼が信用しているのなら私も信用します」
こんな状況なら、知らない人間に対して疑心暗鬼になっても仕方ない。
それがこうして信用してくれるのだから、器が大きいとでも言うのだろうか。だてに守長はやっていない。
「さぁ、もうお行きなさい。私はもう少し落ち着いてから、自室へ戻りますから」
「バルム様、お一人で大丈夫ですか」
「ええ。心配はいりません」
バルムに送り出され、心配しながらも琴音達は部屋を出た。
「デューロウ? どこへ行くんだ?」
外へ出ようとしたら、また声がかかった。これでは、いつまで経ってもレイリーンを捜しに行けない。
「ガレズ様……」
声をかけてきたのは、壮年の男性だ。
短く薄い茶色の髪に、灰がかった青い瞳をしている。バルムのように長身だが、ガレズの方がもう少ししっかりした体格だ。
険しい顔つきで、偏見だが「きっと、厳しいことを言うんだろうな」と思わせる雰囲気。今の口調で、なおさらそう感じてしまう。生活指導の先生などにいそうなタイプだ。
「部屋にいなさい、と言われていただろう。それに……彼らは誰だ?」
視線が琴音に止まったのは、やはりレイリーンに似ているからだろう。
「あの、バルム様にたった今、お許しをいただきました」
「守長に?」
「はい。ですから、あの……お話はバルム様から伺ってください。失礼します」
これ以上時間を取られたくないからか、デューロウは廊下を走り出す。
琴音と誠一郎も追い掛け、遼太郎はデューロウがガレズと呼んだ相手に軽く会釈してから、その後に続いた。
「守長に、か」
ガレズがつぶやいていると、さっきまで琴音達が話をしていた部屋からバルムが現われた。
「守長……また顔色が悪いな」
バルムの顔を見て、ガレズは眉をひそめる。
「あなたに叱られる前に、ちゃんと休みますから」
ガレズは小さく息を吐く。その顔は「本当だろうな」とでも言いたげだ。
「デューロウに聞いたが、外出許可を与えたのか?」
「ええ。閉じ込めていても無駄だ、とわかりましたからね」
責めるような口調のガレズに、バルムはいつもと変わらない穏やかな口調で答えた。
☆☆☆
外へ出ると、顔に触れる空気がやはり冷たい。高地ならともかく、昼間にこの気温は日本の夏ではない。
夢を見ているような気がするが、それならずいぶん長くてややこしい夢だ。
「デューロウ、さっきの人も守扉者なのよね?」
「うん。ガレズ様は、副守長なんだ」
「ってことは、バルムさんの次に強い力を持つ人なんだね」
「ほとんど変わらないくらいの力をお持ちだって、他の人から聞いたよ。でも、バルム様の方が先に神殿に入られたから、守長をされてるんだ。お二人は、ご学友なんだって」
「は?」
三人は同時に聞き返した。
「ちょっと待ってくれよ。ご学友って……あの二人が同級生ってことか? どう見たって、十歳以上は離れてるように見えたぜ」
「うん。ぼくも最初に聞いた時は、すごく驚いたけど。お二人とも、四十歳だって」
「ええっ? ガレズさん、だっけ? 廊下で会った人。あの人がそれくらいの年齢なのはわかるけど、バルムさんはもっと上に見えたわよ。老けて見えるにしても、違いすぎない?」
「あの人、オレの親父より年下かよ。絶対、同じくらいに見えたけどな」
年齢当てクイズがあっても、バルムの年齢を当てることは無理だろう。ガレズは年相応に見えたが、あの二人が同い年なんて信じられない。
「……強い力を長く使い続けると、人にもよるけど身体が早く年を取るんだって」
「力を使うと、老化が進むのか。天賦の才能みたいなものだろうけど、俺は辞退したいな、そういう力は」
琴音や誠一郎も、同じ気持ちだ。
「ぼく達が神殿に来た頃は、バルム様も今よりずっと若く見えたよ。だけど、扉の状態がひどくなってきて……」
バルムが老けてきたということは、それだけ強い力を使い続けていた、ということ。ひいては、闇の力がどんどん増している、ということだ。
「バルムさん、早く解放してあげないといけないんじゃないかしら」
「ああ。かなり顔色がよくなかったし、相当体力が落ちてるんだろうな」
「ううん。違うの、お兄ちゃん。そういう意味じゃなくて……あ、もちろん、顔色がよくなかったっていうのは、あたしも思ったけど」
「じゃ、どういう意味だ?」
「んーと……」
どう言えばいいのか、琴音は少し悩んだ。





