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光から現れる前

森を駆け抜ける。

レオンハルトは前を走る少女――アイリス姫を守るようにその後ろを追い、さらに背後には自分より若く背の低い執事、コンラッドの姿があった。

夜明け前の湿った空気。霧の立ち込める森の中、彼らは追っ手の気配を振り払うように、息を切らしながら逃げていた。

そして、ようやく辿り着いたのは、苔むした石に覆われた古びた遺跡だった。

自然と一体化したようなその構造は、もはや人の手によるものとは思えぬほど荒れ果てていた。


「ここです……」


コンラッドが息を整えながら、朽ちた階段を指差す。


「ここって……こんな場所に何が……?」


レオンハルトは訝しげに問いながらも、姫を庇うように遺跡の奥へと足を踏み入れた。

中は驚くほど静かだった。

風の音も、鳥の声も、木々のざわめきさえ聞こえない。

ひんやりとした空気が肌を刺し、薄暗い石の通路の先に、それはあった。

――四角い、鉄と石を組み合わせたような装置。

それはまるで古代と未来が混ざり合ったかのような、異様な存在感を放っていた。


「転送装置です」


低い声で、コンラッドが告げた。


「……転送装置?」


レオンハルトとアイリス姫が同時に聞き返す。


「そうです。これで、私たちの“手助けとなる者”が現れるはずです」

「はずって……」


レオンハルトは思わず声を荒げた。


「そんな博打みたいな真似を、今ここで――!」

「逃げるためです」


コンラッドの声音には、迷いがなかった。


「王都から逃げ延びるには、我々だけの力では足りない。もう手段を選んでいる余裕などないのです」


その言葉に、レオンハルトは反論の声を失った。

忠義よりも、冷静な戦術家としての判断。彼はかつて何度もその決断に助けられてきた――今もまた、きっとそうなのだと自分に言い聞かせるしかなかった。

コンラッドは装置の前に立ち、静かに手をかざす。

パネルのようなものに触れ、何かを入力しようとしている。

しかし――


「……動かない」


その声には、僅かな焦りが滲んでいた。


「どういうことだ」


レオンハルトが聞くのと同時にアイリス姫がコンラッドのもとへ走っていった。


「どういうことですか。私にも見せてください」


アイリス姫はコンラッドの横に立ち、真剣なまなざしで装置をのぞき込む。

その手が自然と装置へと伸び――

次の瞬間、装置が低く鈍い音を発し、石と金属が擦れるような振動と共に、淡い光を放ち始めた。

レオンハルトが思わず目を細め、コンラッドは息を呑む。


「姫様の手なら……操作できるのか……」


そう、呟くように言ったコンラッドの声音には、驚きと同時にどこか確信めいた響きがあった。


「……どういうことだ?」


レオンハルトが眉をひそめながら姫とコンラッドを見つめる。

しかし問いかけに答えたのはコンラッドではなかった。

彼は代わりに静かに姫の方を向き、問うように視線を送った。


「私が指示します。操作をお願いできますか?」


その声に、アイリス姫は迷うことなく頷いた。

装置へ向き直り、力強く言い放つ。


「任せてください」


アイリス姫はコンラッドの指示のもと、装置を操作する。

その光景を見つめながら、レオンハルトは静かに拳を握りしめていた。


(……俺は、何をしている?)


コンラッドは装置の知識を持ち、姫は実際にそれを動かしている。

自分だけが――ただ立ち尽くしているだけだ。

守るべき姫の隣にいながら、役立つこと一つできない自分に、レオンハルトは胸をえぐられるような悔しさを感じていた。

その瞬間――。

キィィィィィン……ッ。

頭の中に脳を切り裂くような、鋭い金属音がなりレオンハルトは思わず額に手を当てる。


「ぐっ……!」


だが、周囲は静まり返っていた。

アイリス姫は何事もなかったように装置を見つめている。

……聞こえているのは、自分だけだ。

次の瞬間。

レオンハルトの足元に、不気味な光の文様が浮かび上がる。

それはまるで生き物のように動き出し、彼の身体をなぞるように徐々に上昇していく。


「……っ!」


文様が通過した部分が、淡い光となって崩れ、空気に溶けていく。

レオンハルトは慌てて姫の方へ手を伸ばそうとするが――

体が、まったく動かない。

声すら出せない。


(姫……!)


伸ばしたい。叫びたい。

このまま、置いていかれるわけにはいかない――!

しかし、思いは届かない。

光はその体を完全に包み込み、レオンハルトという存在をこの世界から“切り離して”いった。

視界が、音が、すべてが遠のく。

そして、彼の意識は闇へと沈んだ。


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