もしかして勇人は……
数日間、勇人は学校に姿を見せなかった。
最初の一日は、風邪か何かだろうと軽く考えていた。
しかし二日、三日と経つうちに、翔平の胸にはじわじわと不安が広がっていった。
(まさか、何かあったんじゃ……)
授業中も、勇人のことが気になって仕方がない。
ノートの文字は乱れ、ペン先が止まるたびに思考も止まった。
先生の問いかけにも曖昧な返事しかできず、目は自然と勇人の席へと吸い寄せられてしまう。
そこには、いつもいたはずの姿がない。
ただの空席。それなのに、どうしてこんなにも重く感じるのか。
教室のざわめきの中、そこだけ音のない空間のように思えた。
放課後、翔平はふらりと立ち上がり、勇人の机の前に立った。
置かれたままの教科書、わずかに開いた引き出し。
机の表面をじっと見つめながら、翔平の中で疑念が確信に変わっていく。
(絶対に、何かあった)
翌日。朝のホームルームで、担任が無表情のまま言った。
「……勇人くんは、家庭の事情で急に転校することになりました」
その言葉はまるで、読み上げるだけの原稿のように冷たく響いた。
だが、その声にはどこか張りがなく、わずかに震えているようにも感じられた。
まるで、自分でも納得していない何かを押し殺しているような――そんな違和感。
ざわつく教室。
しかし誰も深くは踏み込めない。
担任の目も、クラスの空気も、どこか「それ以上は聞くな」と言っているようだった。
翔平は、その重苦しい空気に逆らうようにして、授業後に担任を問い詰めた。
「先生、本当に家庭の事情だけなんですか? 勇人、連絡もつかないし……」
担任は少し口を開いたが、すぐに閉じ、目を伏せた。
「……僕に分かるのは家庭の事情、それだけだ。」
歯切れの悪い言葉。無理に作ったような説明。
それは逆に、翔平の不安を増幅させた。
その日の放課後、翔平は教室を飛び出すようにして学校を出た。
向かったのは、勇人の家だった。
(確かめなきゃ……このまま、何も知らないなんて……)
走って、走って、玄関の前に立つ。
乱れた呼吸のまま、インターホンを強く押した。
しばらくして、扉が開いた。
そこに立っていたのは、いつもと変わらない笑顔の――勇人の母親。
「翔平くん? どうしたの、そんなに息を切らせて……。とにかく入って」
いつもの優しい声。変わらぬ所作。
だが、そこにどこか“演じている”ような違和感が滲んでいた。
招き入れられた家の中には、勇人の姿はなかった。
部屋の奥を見ても、物音一つしない。
(……おかしい。転校したなら、なんで急にこんな……)
意を決して、翔平は切り出した。
「勇人……どうして転校したんですか? 何があったんですか?」
すると、母親の笑顔がふと消えた。
声のトーンが、冷たく、硬くなる。
「勇人のことは……もう、気にしないほうがいいわ」
「え?」
「あなたが探す必要はないの。もう……そういうことだから」
その瞳には、かつての優しさのかけらもなかった。
凍るような静けさと、何かを拒む強い意志だけが宿っていた。
翔平の胸の中に、ぞわりとした寒気が走った。
まるで目の前にいるのが、本当に勇人の母親ではないかのような――そんな感覚。
――勇人はいったい、どこへ行ってしまったのか。
そして、本当に“転校”などだったのか――。
翔平の中に、確信の持てない不安と、名前のつけられない恐怖が広がっていく。
「……失礼します」
それだけを告げて、翔平は勇人の家を出た。
母親の目――いや、あの冷たい何かの目から逃げるように、玄関のドアを閉めた。
胸の奥で不安と恐怖がぐるぐると渦巻く。
息が苦しい。心臓がうるさい。何も考えたくなかった。
(なんだよ……あれ……本当にあれが、勇人の母さんか?)
違和感だけが、翔平の心にこびりついたまま離れない。
走る気力もなく、ただ足を引きずるようにして、自宅に帰る。
玄関のドアを開け、無言で靴を脱ぎ、部屋に入り、そのままベッドに倒れ込んだ。
天井を見上げたまま、まばたきもせず、考える。
(勇人が学校に来なくなって……何日目だ?)
最初は風邪だと思った。
次に、家庭の都合だと聞かされた。
でも今日、あの“母親”に言われた一言――「気にしない方がいい」――が決定的だった。
あれは、明らかに“探るな”という拒絶だった。
まるで、勇人の存在そのものをこの世から消し去ろうとしているような、そんな雰囲気。
翔平は、思い出したようにスマホを手に取る。
(……そういえば)
勇人がいなくなった数日前。
SNSで見かけた、不気味な動画の記憶が頭をよぎる。
「人が光に包まれて、消えた」
そんな見出しとともに、タイムラインに流れてきた動画。
奇妙すぎて深く考えずにスワイプしていたが――いや、あれ、保存してたはずだ。
翔平は急いでスマホのフォルダを開く。
動画、動画、保存履歴――
(……ない?)
SNSを開いて検索する。タグ検索、アカウント検索、関連ワード――
何も出ない。
まるで、最初からそんな動画など存在しなかったかのように、跡形もなく消えていた。
翔平の指が止まる。だが、ふと、もう一つ思い出した。
(あの日、動画を保存したんじゃなくて……画面録画したんだ)
保存フォルダではなく、スクリーンレコーディングの履歴を開く。
――あった。
震える指先で再生ボタンを押す。
動画の中、駅前の歩道。
周囲には通勤・通学の人々。
その中の一人が、突然、淡い光に包まれる。
一瞬でその場の空気が変わる。
慌ててスマホを向ける通行人たち、聞き取れない叫び声、ざわめき。
そして――光の中心から、“別人”が現れた。
翔平は何度も動画を再生する。
早送り、スロー再生、停止。
光に包まれた人物――その着ている制服。
うちの学校の制服だ。しかも、あれ……勇人のじゃないか?
そして、消えた勇人のいた場所に立っていた“別人”。
背格好こそ似ているが、雰囲気がまるで違う。
顔はうまく映っていないが、その姿には妙な威圧感があった。
(この男……勇人の代わりに現れた……?)
翔平はゾッとする。
(こいつが、勇人の行方を知ってる……!)
その瞬間、翔平の中で何かが切り替わった。
もう、待つだけじゃだめだ。
疑問を抱えて過ごすなんて、耐えられない。
――あの男を見つけなきゃ。
それから翔平は、放課後や休日、駅前や通学路の周辺を注意深く歩くようになった。
動画に映っていた光景と同じ場所、同じ時間帯、人の流れを記憶に焼きつけながら。
(勇人……俺が絶対、見つけ出してやるからな)
スマホの画面に映る、光と消失の記録を胸に、翔平は静かに歩き出した。
――真実へと、足を踏み入れるために。
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