いつもなら食べないクレープ
駅前の広場に出ると、甘い香りが風に乗って漂ってきた。
目当てのクレープ屋はキッチンカータイプの小さな店舗で、カラフルなのぼりが揺れている。
女子高生やカップルに混じって、制服姿の男子の姿もちらほら。
「おー、やっぱ並んでるな。見ろよ、勇人。女子だらけ」
翔平が楽しげに指差す。
「……なんか場違い感すごくないか?」
勇人がぼそりと言うと、美咲が横でくすっと笑った。
「大丈夫だよ。私がいるんだから」
「いや、それで解決するのか?」
「するする。少なくとも“女子に混じって男子二人”よりは自然でしょ?」
勇人が返す言葉を探していると、翔平はもうメニュー表に夢中だった。
「俺はバナナチョコ生クリーム。あとタピオカミルクティーも……」
「飲み物まで頼む気かよ!」
勇人が抗議すると、美咲が横からメニューを覗き込む。
「私は……いちごカスタードかな」
「じゃ、じゃあ俺は……塩キャラメルナッツ」
勇人が言うと、翔平が満足げにうなずいた。
「いいセンスだ。勇人、クレープの深みをわかってるな」
「深みってなんだよ……」
美咲はそんな二人を見て、肩を揺らして笑った。
三人は列に並びながら、夕暮れの賑やかな駅前を歩く人々に紛れて、ほんの少しだけ特別な時間を共有していた。
ようやく順番が回ってきて、三人はそれぞれのクレープを手にした。
勇人は「塩キャラメルナッツ」、翔平は「バナナチョコ生クリーム」、美咲は「いちごカスタード」。
少し離れたベンチに腰掛け、包み紙を開くと甘い香りがふわりと漂う。
「……ん、思ったよりうまい」
勇人が恐る恐るひと口かじると、キャラメルの甘さとナッツの香ばしさが口いっぱいに広がった。
「塩気も効いてて、なんかクセになるな」
「だろ? それ俺のおすすめだからな!」
翔平は得意げに親指を立て、豪快にクレープをかじる。
「ほんと、男子って甘いの苦手かと思ってたけど」
美咲は楽しそうに笑いながら、自分のクレープを小さくかじった。
「……あ、これ美味しい。やっぱりいちごは正解だね」
「乙女だなぁ」
翔平が茶化すと、美咲はぷいと顔をそむける。
「別にいいでしょ。勇人くんだって似たようなの選んでたじゃない」
「お、そうだった!」
翔平がすかさず突っ込む。
勇人は口いっぱいにクレープを詰め込み、返事を遅らせることで逃げた。
「……まあ、確かにうまいけどさ」
ようやく飲み込んでから、勇人は小声で付け加えた。
三人はしばらく、クレープを食べながら学校の話や部活の話で盛り上がった。
翔平の冗談に美咲が笑い、勇人もつられて笑う。
普段の教室ではあまり交わらない空気が、ここでは自然に混ざり合っていく。
「ねえ、また今度みんなで来ようよ」
美咲がぽつりとそう言った。
「季節限定メニューとか、すぐ変わっちゃうみたいだし」
「お、いいな。じゃあ次は抹茶白玉いこうぜ」
翔平が即答する。
「お前、もう次食う気なのかよ……」
勇人が呆れると、美咲は微笑んで「じゃあ私も違うの挑戦してみようかな」と言った。
夕暮れのオレンジが広場を照らし、三人の笑い声がそこに混じって溶けていく。
なんてことのない放課後。けれど勇人にとって、それは少しだけ特別に感じられた。
クレープを食べ終え、そろそろ解散の時間になった。
「じゃあ、私こっちだから」
美咲が駅の改札に向かって歩き出す。手を振る姿は、夕暮れのオレンジに溶け込むようだった。
「んじゃ俺も寄り道して帰るわ」
翔平はいつもの軽い調子で背を向け、ひらひらと手を振る。
二人の背中を見送ったあと、勇人は一人、ゆっくりと歩き出した。
駅前のざわめきが遠ざかり、暮れゆく空の色が深まっていく。
(……なんてことのない一日だったはずなのに)
心の奥に、小さな余韻が残っていた。
特別と言えるほどじゃない。けれど、ただの「いつも」とは少し違う。
そんな曖昧な感覚を抱えたまま、勇人は家路を辿っていく。
日はすっかり傾き、空は紫とオレンジが混ざり合うグラデーションを描いていた。
家の扉を開けると、ただいま、と声をかける。
「おかえり、勇人。晩ごはんすぐだから、着替えたら降りてきて」
母親の声がリビングから返ってくる。
勇人はいつものように自室へ向かい、制服を脱いで部屋着に着替えると、階段を下りた。
テレビではバラエティ番組が流れており、父親がソファに座って笑っている。
勇人もその隣に腰を下ろし、なんとなく画面を眺める。
やがて夕飯が食卓に並び、三人で食事を囲む。
今日のメニューは唐揚げと冷奴、味噌汁。
特別なものではないが、どれも慣れ親しんだ味だ。
「今日は暑かったねぇ」
「クーラー効きすぎて会社寒かったよ」
両親の会話が行き交う中、勇人は黙々と箸を進めた。
夕食を終えると、しばらくスマホをいじりながらゴロゴロし、風呂に入る。
湯船に浸かる時間は短く、さっと体を洗って風呂を出ると、部屋に戻ってベッドに横になる。
天井を見つめながら、ぼんやりと思う。
(なんてことのない、一日だったな)
スマホのアラームを確認し、充電ケーブルに差し込む。
明日の準備はすでにできていた。
まもなく瞼が重くなり、勇人は静かに眠りについた。
感想を書いていただけると嬉しいです!!




