表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

いつもなら食べないクレープ

駅前の広場に出ると、甘い香りが風に乗って漂ってきた。

目当てのクレープ屋はキッチンカータイプの小さな店舗で、カラフルなのぼりが揺れている。

女子高生やカップルに混じって、制服姿の男子の姿もちらほら。


「おー、やっぱ並んでるな。見ろよ、勇人。女子だらけ」


翔平が楽しげに指差す。


「……なんか場違い感すごくないか?」


勇人がぼそりと言うと、美咲が横でくすっと笑った。


「大丈夫だよ。私がいるんだから」

「いや、それで解決するのか?」

「するする。少なくとも“女子に混じって男子二人”よりは自然でしょ?」


勇人が返す言葉を探していると、翔平はもうメニュー表に夢中だった。


「俺はバナナチョコ生クリーム。あとタピオカミルクティーも……」

「飲み物まで頼む気かよ!」


勇人が抗議すると、美咲が横からメニューを覗き込む。


「私は……いちごカスタードかな」

「じゃ、じゃあ俺は……塩キャラメルナッツ」


勇人が言うと、翔平が満足げにうなずいた。


「いいセンスだ。勇人、クレープの深みをわかってるな」

「深みってなんだよ……」


美咲はそんな二人を見て、肩を揺らして笑った。

三人は列に並びながら、夕暮れの賑やかな駅前を歩く人々に紛れて、ほんの少しだけ特別な時間を共有していた。

ようやく順番が回ってきて、三人はそれぞれのクレープを手にした。

勇人は「塩キャラメルナッツ」、翔平は「バナナチョコ生クリーム」、美咲は「いちごカスタード」。

少し離れたベンチに腰掛け、包み紙を開くと甘い香りがふわりと漂う。


「……ん、思ったよりうまい」


勇人が恐る恐るひと口かじると、キャラメルの甘さとナッツの香ばしさが口いっぱいに広がった。


「塩気も効いてて、なんかクセになるな」

「だろ? それ俺のおすすめだからな!」


翔平は得意げに親指を立て、豪快にクレープをかじる。


「ほんと、男子って甘いの苦手かと思ってたけど」


美咲は楽しそうに笑いながら、自分のクレープを小さくかじった。


「……あ、これ美味しい。やっぱりいちごは正解だね」

「乙女だなぁ」


翔平が茶化すと、美咲はぷいと顔をそむける。


「別にいいでしょ。勇人くんだって似たようなの選んでたじゃない」

「お、そうだった!」


翔平がすかさず突っ込む。

勇人は口いっぱいにクレープを詰め込み、返事を遅らせることで逃げた。


「……まあ、確かにうまいけどさ」


ようやく飲み込んでから、勇人は小声で付け加えた。

三人はしばらく、クレープを食べながら学校の話や部活の話で盛り上がった。

翔平の冗談に美咲が笑い、勇人もつられて笑う。

普段の教室ではあまり交わらない空気が、ここでは自然に混ざり合っていく。


「ねえ、また今度みんなで来ようよ」


美咲がぽつりとそう言った。


「季節限定メニューとか、すぐ変わっちゃうみたいだし」

「お、いいな。じゃあ次は抹茶白玉いこうぜ」


翔平が即答する。


「お前、もう次食う気なのかよ……」


勇人が呆れると、美咲は微笑んで「じゃあ私も違うの挑戦してみようかな」と言った。

夕暮れのオレンジが広場を照らし、三人の笑い声がそこに混じって溶けていく。

なんてことのない放課後。けれど勇人にとって、それは少しだけ特別に感じられた。

クレープを食べ終え、そろそろ解散の時間になった。


「じゃあ、私こっちだから」


美咲が駅の改札に向かって歩き出す。手を振る姿は、夕暮れのオレンジに溶け込むようだった。


「んじゃ俺も寄り道して帰るわ」


翔平はいつもの軽い調子で背を向け、ひらひらと手を振る。

二人の背中を見送ったあと、勇人は一人、ゆっくりと歩き出した。

駅前のざわめきが遠ざかり、暮れゆく空の色が深まっていく。


(……なんてことのない一日だったはずなのに)


心の奥に、小さな余韻が残っていた。

特別と言えるほどじゃない。けれど、ただの「いつも」とは少し違う。

そんな曖昧な感覚を抱えたまま、勇人は家路を辿っていく。

日はすっかり傾き、空は紫とオレンジが混ざり合うグラデーションを描いていた。

家の扉を開けると、ただいま、と声をかける。


「おかえり、勇人。晩ごはんすぐだから、着替えたら降りてきて」


母親の声がリビングから返ってくる。

勇人はいつものように自室へ向かい、制服を脱いで部屋着に着替えると、階段を下りた。

テレビではバラエティ番組が流れており、父親がソファに座って笑っている。

勇人もその隣に腰を下ろし、なんとなく画面を眺める。

やがて夕飯が食卓に並び、三人で食事を囲む。

今日のメニューは唐揚げと冷奴、味噌汁。

特別なものではないが、どれも慣れ親しんだ味だ。


「今日は暑かったねぇ」

「クーラー効きすぎて会社寒かったよ」


両親の会話が行き交う中、勇人は黙々と箸を進めた。

夕食を終えると、しばらくスマホをいじりながらゴロゴロし、風呂に入る。

湯船に浸かる時間は短く、さっと体を洗って風呂を出ると、部屋に戻ってベッドに横になる。

天井を見つめながら、ぼんやりと思う。


(なんてことのない、一日だったな)


スマホのアラームを確認し、充電ケーブルに差し込む。

明日の準備はすでにできていた。

まもなく瞼が重くなり、勇人は静かに眠りについた。


感想を書いていただけると嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ