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第十話『魔法少女は堕とせない』

 それからの数日間は、穏やかな時間が流れた。

 私はベッドの上で、手持ち無沙汰にスマホをいじり、将来のための情報収集という名のネットサーフィンに勤しむのが日課となった。

 身体の変異は、ポムが不眠不休で開発してくれた抑制剤のおかげで、小康状態を保っている。


 ふと、以前ブックマークしていた、魔法少女専門の裏掲示板を思い出し、開いてみた。

 そこで、私は見覚えのあるスレッドに目が留まった。


 それは呪印騒動の直前に目にした、ベテラン魔法少女のスレだった。確か、仲間を逃がすために殿を務めて行方不明になったという。

 てっきりもう手遅れだと思っていた。今頃先輩のように、淫魔たちの慰み者になっているだろうと。


 だけど、スレッドの最新の書き込みは意外なものだった。


『【朗報】つららさん、奇跡の生還!』

『マジか! あの状況からどうやって!?』

『なんでも、廃屋の中で身を隠していたらしい。急遽編成された捜索隊がボロボロで倒れているところを発見したって』

『仲間を信じて時間を稼ぎ、その仲間が助けを呼んだ結果……か。熱いな』


 記事を読んで、私は、何とも言えない気持ちになった。

 仲間のために命を張る自己犠牲。

 私はそれを、愚かで、非合理的だと切り捨てていた。

 でも、彼女は生きて帰ってきた。彼女が命を懸けて守った仲間が、彼女の命を救ったのだ。


 命あっての物種。一番に可愛がるべきは、自分自身。

 その私の信条は、本当に正しかったのだろうか。

 もしかしたら、仲間を信じ、誰かのために命を張ることこそが、この地獄のような戦場で生き残るための、一番の生存戦略だったのかもしれない。


 そんなことをぼんやりと考えていると、ひかりが「そよぎ、入るよー」と顔を覗かせた。

 彼女の手には、新しい着替えが抱えられている。


「調子、どう?」

「んー、まあまあ。退屈で死にそうなくらいには、元気だよ」


 ひかりは私の隣に座ると、にこやかに笑った。

 その笑顔を見ていると、私はふと、ずっと心の奥に引っかかっていた、ある疑問を口にしていた。


「……ねぇ、ひかり」

「ん?」

「もしさ……もし、私が本当に、あんたたちを裏切ってたら、どうしてた?」


 それは、ただの仮定の話。

 でも、私にとっては限りなく現実に近かった、もう一つの未来。

 私の問いに、ひかりは少しだけ目を丸くしたが、すぐに当たり前のように言った。


「そよぎは、裏切らないよ」


 その、何の疑いもない、絶対的な信頼。

 それが、今の私には少しだけ重かった。


「……なんで、そんなこと言えんのさ。私だよ? お金を山ほど積まれたら、あっさり寝返っちゃうかもしれないじゃん」

「うーん……」


 ひかりは、少しだけ考える素振りを見せた後、悪戯っぽく笑った。


「だって、そよぎの魔法がそう言ってたもん」

「……私の、魔法?」

「うん。あの時、そよぎがディストに使ったすごい魔法」


 ひかりは、あの日のことを思い出すように、遠い目をする。


「あの魔法は、ディストも、召喚された上級淫魔たちも、工場の壁も天井も、全部めちゃくちゃに吹き飛ばした。……でもね」


 ひかりは、私の目をまっすぐに見つめて言った。


「私たちには、瓦礫一つ、当たらなかったんだよ。あの暴風の中心にいたはずの、ほむらでさえ無傷だった。そよぎが、無意識のうちに私たちだけを避けるように、風をコントロールしてたんだよ」

「……!」


 そんなこと、考えてもみなかった。

 あの時、私は自爆覚悟で、ただ全ての魔力を解放しただけだ。

 制御なんて、できるはずがなかった。

 なのに。


「そよぎは確かに掴みどころがなくて、時々何を考えてるかわからなくなるような子だけど、本当は私たちのこと、すっごく大切に思ってくれてるんだなって。だから、絶対に裏切ったりしないって、私、信じてる」


 ひかりの言葉が、私の心の壁を、一枚、また一枚と、静かに剥がしていく。

 そう……なのかな?

 私は、あの時。

 心の奥底の、自分でも気づかない場所で、願っていたのだろうか?

 こいつらだけは、巻き込みたくない、と。


 お金が好きだ。楽をしたい。自分の命が一番大事だ。

 それは、今も変わらない。

 でも、それと同じくらい、あるいは、ほんの少しだけ、それ以上に。


(……あーあ、そっか)


 私は、内心で苦笑した。

 ひかりのキラキラした笑顔も。

 ほむらの不器用な優しさも。

 アキラのカラッとした明るさも。

 しずくの静かな眼差しも。

 みのりの一生懸命さも。


 文句ばっかりつけていたけど、本当は。


(私、こいつらのこと、嫌いじゃなかったんだな)


 その事実に、ようやく、気づいてしまった。

 右腕の呪印がまた、きゅう、と甘く疼く。

 でもその疼きは、もうただの呪いではなかった。

 私がこの面倒くさい仲間たちと共に生きていくと決めた、覚悟の証のように感じられた。

 いつか、人間でいられなく時が来るかもしれない。

 だけど、その時がきたとしても、あのお人よしでおせっかいな仲間たちが側に居てくれたのなら。

 たぶん私は、心まで淫魔に堕ちることはないのだろう。

 根拠はないけど、なんとなくそう思えた。

おしまい。

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