6.三鷹の不思議マルシェ
北口から五分ほど歩いたところで、それは開かれていた。
"三鷹の不思議マルシェ"
案内の立て看板もなければ、どこかに広告が貼られているわけでもない。ふと、夕暮れ時の風に乗って流れてくる音楽に誘われ、足が自然とそちらへ向かってしまったような感覚。
そこには、確かに市場が広がっていた。
露店が連なる一本道。その両脇に立ち並ぶ小さな屋台たちは、いずれも奇妙で、現実感が乏しい。少し霧がかかったような空気の中、客たちは無言で商品を見つめ、ときおり小声で話す。
大道芸人でもいるかと思ったが、代わりにいたのは、二人組のミュージシャン。
一人はリュートのような、見慣れない撥弦楽器をぽろんぽろんと鳴らしている。もう一人はバイオリン。細い弓が弦を滑り、ひどく悲しげな旋律を紡ぎ出していた。
音楽に導かれるように進むと、小さな屋台に辿り着いた。
「いらっしゃいませ」
店主は若い女の子だった。
黒髪は不揃いに切られ、真面目そうな眼鏡をかけている。服装は、しまむらで適当に見繕ったような地味なもの。まるで、昨日今日東京に出てきたばかりの苦学生のようにも見える。
「これは、何を売ってるんですか?」
「これは霊界スコープといって、ある条件下でこれを覗くと、あの世が見えます」
「へ、へぇ、ある条件って?」
「星の巡りと、龍脈の力が弱まった時。非常に稀な現象なので、なかなか見れるものではないのですが」
「うん、そう。ありがとうね」
そそくさと立ち去る。
なんだったんだ、いまの。
次に覗いた店は、"不思議な話売ります"という屋台だった。店主は髭面の男。
「どんな話があるんですか?」
「そりゃあ、ここに書いてあるとおり、不思議な話さ」
「じゃあ、一番安いのをお願いしてもいいですか?」
「まいど、百円でぇす」
男が話してくれたのは、酔いつぶれた青年が蜘蛛になり、新宿駅の地下を大冒険に出かけるという話だった。
どこかで聞いたような話だとは思ったが、まあまあ面白かった。百円ならちょうどよいかもしれない。
他の店も色々見て回った。
永久機関、呪いのペーパーナイフ、怪獣の爪、勝手に動き回る紙風船、除霊用のお札。
どうやらこのマルシェでは、本当に不思議なものしか売っていないらしい。
ふと、スマホを取り出し、"三鷹 不思議マルシェ"と検索してみる。
結果、何も出てこない。
マップにも表示されず、SNSにも情報がない。
と、顔を上げると、またひとつ、実に興味深い屋台が目に入った。
"あなたの未来お教えします"
「すみません。未来って、どれくらい先までですか?」
「そりゃ、値段によってだな。千円なら明後日くらいまでかな。三十年先とかなら、まあ三十万円くらいあれば」
「どういう仕組みなんですか?」
「アカシックレコードって知らないかい? それを持ってる」
「は、はぁ。では、千円分お願いします」
「まいどありぃ」
「どれどれ、うん。お客さん、明日死ぬよ」
「はっ!?」
「国分寺に行く予定だろ」
「えっ、どうしてそれを?」
「だから、書いてあるんだって。とにかく、国分寺には行かないことだね。怪獣が現れて、あんた踏みつぶされちゃうから」
なんだそれは、と思ったが、なぜか妙に心に残る。
翌日、暇を持て余していたが、国分寺へ行くのはやめておいた。
代わりに家でだらだらと過ごし、夕方にスマホを見て仰天する。
ニュース速報。
《【速報】国分寺駅前に突如現れた未確認巨大生物、警察と自衛隊が対応中》
画面に映る映像には、ビルほどの大きさの何かが、足を振り上げる瞬間が映っていた。
踏みつぶされていたのは、まさに、今日行くつもりだった喫茶店のあるビルだった。
あの屋台の千円、安かったなと思う。
そしていくら考えても、あのマルシェがどこにあったのか、すでに思い出せなかった。
地図にも載っていない。
行こうとしても、もう道がわからない。
けれど、風の音をよく聞くと、あの悲しいバイオリンの音色が、遠くから微かに聞こえた気がした。
そして今日も、どこかで誰かが、そのマルシェに足を踏み入れているのかもしれない。