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第04話 魔結晶の装飾品


 衛兵のおじさんに勧められてやって来た、ノモス食堂。そこで私は女将さんにおすすめされたスティという料理を二杯ほど平らげ、食後の余韻に浸っていた。


「とっても美味しかったです、ごちそうさまでした」


「はいはい、お粗末様でした」


 女将さんはそうとだけ言って、空になったお皿を持って颯爽とカウンター奥に行ってしまった。雨に濡れ冷えてしまった私の身体も今や食事の効果でぽかぽかになり、寂しかった胃の中は大変膨れていた。お腹がいっぱいな時ほど幸せな瞬間は無いよね。


「ふふっ……その様子だと、ここのスティは口に合ったみたいだね、パンドラ」


「えっ、あ、はい!凄く美味しかったです。食べてた時の記憶が無いくらいに……」


「ははっ。そっか、それは良かった。……パンドラって面白いね」


 フィレーナさんはそう言うと、再び笑って見せた。その顔は妙に楽しそうで、そしてキラキラ輝いてさえ見える。さっきは空腹とか色々気になって気が付かなったけど……なるほど、確かに。フィレーナさんは笑顔が素敵な人みたいだ。それが他の子にはカッコよく笑いかけてくれているように見えて、そこにときめくのかもしれないな。



 ******



「……ところでパンドラ。君はこれからどうするんだい?」


 食事を終え、流れる食後のゆったり時間。有料だというお水をコップ一杯だけ貰って、それを呑んでいた私にフィレーナさんがそう尋ねてきた。


「はい?……どう、というのは」


「いやね、さっき君は道に迷ってここに辿り着いてしまったと言っていたからさ。この街で何か当てはあるのかと思って……もし良かったら、僕がこの街を案内しようか?」


「えっ?!いいんですかっ!!?」


 彼女の言葉に、急激な血糖値の上昇により反応が鈍くなっていた脳が一気に覚醒したのを感じた。私がこの店に来たもう一つの目的、それがこの街の事や周辺の情報を得ることだった。ホーロスという街がどの国に属する場所で、私はどちらに進めば家に帰れるのか。その足掛かりを掴むため私はこの場所を訪れたのだ。


 そんなところでの、フィレーナさんのその申し出は本当にありがたい。正直、私はこの後どうしようかと途方に暮れていた。最終目標は日本にある自分の家に帰ることだけど、その為にはまずこの街のことについて色々知るべきだし、あわよくば今日寝泊まりする場所を確保したい。帰宅までの道のりが長いものになるなら、ホーロスでちゃんと準備していかないとだしね。


「あ、あのっ!……それ、是非お願いしたいですっ!お礼はちゃんとするので……」


「いやいや、要らないよそんなの。ただの衛兵としての人助けさ……この街では、人に親切にするのは当たり前の事なんだよ」


 街の案内という非常にありがたい提案を、私は思い切り頭を下げながら懇願する。すると、フィレーナさんはまた少し笑いながら『当たり前』と言って伏せた。門番のおじさんもそうだったけど、皆そうやって優しくしてくれるんだなぁ。ホーロス住人のモットー?スローガン?みたいな感じなのかな。


「フィレーナさん……ありがとうございます。フィレーナさんの言う通り、本当は私この後どうしようかと途方に暮れてて……」


「あはは、やっぱりそうだよね。森を彷徨ってここに迷い込んじゃったわけだし……そうだ、お金は持ってるの?もし持ち合わせが無いなら少しくらいなら貸してあげられるけど」


「い、いえっ!それは大丈夫です、ちゃんとお金持ってます!……イクラカワカンナイケド…」


「そっかそっか。確かに、全くもってなかったらそもそも街に入れないか。少し前から入街税とかいって街に入るのだけでもお金がかかるようになっちゃったからね。世知辛いよ……これも、最近魔族の動きが活発になってる影響なのかな」


 フィレーナさんの言葉に、私の頭には再びぴんっと疑問符が浮かんだ。出た、得体の知れない単語、『魔族』……さっきは魔獣とか言ってたよね。何か関係あるのかな。


「……さて、それじゃあ早速行こうか。丁度雨も弱まってきた頃みたいだしね」


 そう言う彼女につられて、私も店内にあった窓から外の景色を覗き見た。するとフィレーナさんの言う通り、先程までそこそこに降っていた雨はもうかなり勢力を弱まらせている。恐らく、もうしばらくもしないうちに完全に止んでしまうことだろう。


「まずは商店の方にでも行こうかな……あ、ここの会計は僕が出すよ。大したことじゃ無いけど、ホーロスに住む住人としての歓迎の気持ちとして」


「えっ!?い、いや、それは悪いですって!自分が食べた分くらいちゃんと払えるので……」


「いいからいいから……おーい女将さん、お会計よろしく。パンドラの分も僕に付けてくれ」


「はいよー」


 私の制止を無視して、フィレーナさんは女将さんを呼び出す。そして結局、彼女に自分の分も含めた二人分の食事代を払われてしまった。

 私はその間も何度も「ありがとうございますっありがとうございますっ」と頭を下げたのだが、結局彼女は終始「気にしなくていいよ」と親切で優しすぎる姿勢を貫き通していたのだった。



 ******



 完全には止まずとも、小雨も小雨と言えるほど小さくなった降雨。そんな中、私はフィレーナさんに連れられホーロスの街を歩いていた。


「――ここがさっき言ってた、この街で一番大きな商店街だよ。ここに来れば大抵の物は揃うかな。品質も悪くないし僕も重宝してる……そうだ!何か気になった物があれば贈り物させてよ」


 最初に訪れたのは、ノモス食堂からほど近い大きな通り。そこには端から端まで様々な露店が立ち並び、悪天候だというのにそこそこ多くの人々で賑わっていた。


 道端にある程度決まった感覚で敷物を敷いて、その上に各自自慢の商品を並べたり展示したりしている。また、もはや露店ではなく屋台と表現する方が正しいような組み立て式の店舗もちらほら見かけていた。それは商品の性質や売上率、あとはこの商店での格式なんかも含めた違いなのだろう。ともかく、私が言いたいのは日本では滅多に見られぬそれらの光景が物珍しく、また大変興味を惹かれるものだということだった。


「い、いえ、流石にそこまでは……あっ、何この石!綺麗……」


 左右で広がる出店を適当に眺めていると、その内の一つの前で私はふと足を止める。そこは少し珍しいアクセサリーが売られているお店で、それらの商品にはほぼ全てぼんやりと光る石?宝石?のような装飾が付いていた。


「ん?なにか気に入ったのかい?……あぁ、”魔結晶”の装飾品か。綺麗だよね、僕も幾つか持っているよ」


 フィレーナさんは、その石を『魔結晶』と呼んだ。結晶の意味は勿論わかるけど……”魔”って何?


「あの、フィレーナさん。魔結晶ってなんですか?」


「ん?もしかしてパンドラは見たことが無いの?確かに少し高価な物だけど、買えない程じゃないんだけどなぁ……ほら、貴族やお金持ちなんかがよく使う魔晶石ってあるでしょ?」


 当たり前のように出てきた連なる言葉、『魔晶石』。だが、当然そんなものも聞いたことが無い私は首を傾げる。


 しかし、そんな私を放ってフィレーナさんは続けた。


「これはその欠片だよ。魔力を宿した石が魔晶石、その採掘の際なんかに零れ落ちるのが魔結晶。魔晶石は知っての通り物凄く高価な物なんだけど、魔結晶くらいなら僕達一般市民でも普通に買えるってわけ。本来は魔晶石の魔力補填用に使ったりするんだけど、それにも満たないこういう小さなモノはこうしてアクセサリーや装飾品に加工するんだよね」


「???」


 物を知らない私に、彼女は懇切丁寧に説明をしてくれた。だがその甲斐虚しく、私の頭には大量の?が浮かんぶ。魔力が宿った石?パワーストーンとか、そういうこと?……ま、まあ、よくわからないけど、何度も聞き返すのはあれだしわかったことにしておこう。


「そ、そうなんですね。綺麗だな……魔結晶……」


「ふふっ、そうだね。……ねぇダンナ、ちょっとこの子に似合う装飾品を一つ見繕ってくれないかな」


 たどたどしく、慣れない言葉で私はお茶を濁したつもりだった。だがそうとは知らないフィレーナさんは、私がそれを気に入ったと判断したらしく店番をしていた店員さんにそう声をかける。


「へい、いらっしゃい……って、フィレーナじゃねぇか!こんな時間にウチの店に来るなんて珍しいなぁ。しかも、そんな可愛いらしい子を連れてるなんて……相変わらずモテてやがるぜ」


「ダンナまでやめてくれよ……彼女はパンドラ、ついさっきこの街に来たばかりなんだ。それで今はホーロスを案内してるってわけ……ねぇ、いいのを選んであげてよ」


「なるほどな、そういうことなら任せとけっ!」


 どうやら、この露店の店主?とフィレーナさんは知り合いだったらしい。というか、さっき食堂の女将さんも言ってたようにフィレーナさんはこの街じゃそこそこ有名人なのだろう。顔がよく、優しくて人当たりの良い衛兵さんってだけでそれなりに注目されるものなのかな。


「俺は客の目利きには自信があるんだ。どれどれ……む?お嬢ちゃん珍しい眼の色してるな。それに髪も……まるで魔族みてぇだ」


 私に相応しいアクセサリーを選ぼうと、その人は私に少し顔を近づけた。しかしそれに反発するように、私は僅かに身を反らせてしまう。良かれと思っている行為とは言え、私より一回りも二回りも大きな筋肉質の男の人にいきなり近寄られたら誰だって身構えちゃうよ……。


 それに、またしても私は人から『魔族のようだ』と言われてしまった。そういえば、さっき会った門番のおじさんもそんなこと言ってたような……?


「――ちょっとダンナ、そんなわけないだろ。パンドラはこんなに流暢に人類語を話してるじゃないか。それに、初対面の相手にいきなり魔族扱いだなんて失礼だ!冗談にしてもタチが悪いよ」


 先程から、会う人会う人私を魔族であると勘違いしているらしい。けれど私にはそもそもそれが何なのか分からず、どういった反応をすればいいのかわからない。


 だが、そんな私に対し店主さんの言葉に物申したのはフィレーナさんの方だった。


「おっと、確かに……悪かったな嬢ちゃん。俺としたことがお客さんに失礼なことを……あんたが魔族だなんてあり得ねぇよな。よく見りゃ全く凶暴でもないし、怖そうでもねぇ。変なこと言ってすまなかったよ」


 そして、フィレーナさんに強く責められたその人はそう言って私に頭を下げてくれた。しかし、事の重要性をいまいち理解できない私はただ普通に困惑する。わ、私は別に気にしてないし、失礼とか分からないけど……だから、その魔族って何なの。


「わ、私は大丈夫です!気にしてませんから!……そ、それよりその魔――」

「おお!そうかそうか。だが、悪いこと言っちまったのは事実だ。だからお詫びとして……ほら、これなんてどうだ?お嬢ちゃんは瞳の色が綺麗だからな、同じような色のやつが似合うと思うんだ」


 店主さんはそう言って、並んでいた商品の内の一つを見せてきた。それは真っ赤に光るルビーのような魔結晶があしらわれたネックレス。確かにそれは森の中で池に映っていた私の瞳の色にそっくりで、更にその結晶の中には別の小さな黒い塊が混合していた。


「わっ!凄い、綺麗……」

「うん、本当だね。君の瞳に似て美しいよ」


「だろ?しかもこれは元々火の魔晶石の欠片なんだが、中に闇の魔結晶も入り込んじまってるっていう珍しいもんだ。本来ならこれ一つで銀貨二枚なんだが……さっきの侘びだ。小銀貨七枚でどうだ?」


 目の前に出された火と闇?の魔結晶が装飾されたネックレス。それを店主さんは銀貨二枚のところ、小銀貨七枚……つまり、私の予想的には一万円から約七千円にまけてくれるということらしい。確かにちょっと値引いてくれてるけど、フィレーナさんが言ってたように魔結晶って結構値が張るんだなぁ……。


「ぐっ、小銀貨七枚か……ちょっと高いが、仕方ない。ここはパンドラにカッコいい所を見せたいからね」


 偶々目に付いた商品にしては少し予算オーバーであると、私は思っていた。

 だが、そんな私を他所にフィレーナさんはそう言って自分のお財布を取り出している。まさか、ここでもお金を出そうとしてくれてるの?!


「ちょ、ちょっとフィレーナさん!私そんな高価な物貰ってもお礼なんて出来ないです!それに、なんでも奢ってもらうのは親切の度を越えてませんか?!」


「親切?……あぁ、これは違うよ。これは親切とかそういうんじゃなく、僕がパンドラにあげたいと思ったから買うんだ。……僕がパンドラと”友達”になれた記念にね」


 彼女はそう言って、店主さんに数枚の小さな銀貨を差し出す。そしてその対価として、先程のネックレスを受け取っていた


「パンドラ、これは僕の只の自己満足だよ。だからどうしても受け取りたくないって言うなら貰わなくてもいい。……けど、もし君が僕と今後も仲良くしてくれるって言うなら貰ってくれると嬉しい」


 そっと、彼女はそれを私に見せるように自身の手の上に置く。職業柄か、僅かなキズや跡の残るフィレーナさんの手は、それでもやはり女性らしい線の細い美しい手だった。

 そして、その上で赤く光る魔の結晶が私を誘っている。……ここまで言って貰って、受け取らないなどという選択肢があるものか。


「……ありがとうございます、フィレーナさん。……私、これ宝物にします。大事にします」


 心からの感謝、お礼を私は口にする。嬉しさも勿論だが、それ以上に彼女の優しさに触れて。私は、この世の何よりも大切そうにそれを貰い受けた。


「そうしてくれると、僕も嬉しいよ。……でも、出来れば着けてくれるともっと嬉しいかな。きっとパンドラに似合うと思うから」


「わかりました……そうだ!フィレーナさんが着けてください!」


 たった今貰ったそれを一度彼女に手渡して、私は後ろを振り返る。そしてそのネックレスをフィレーナさんに付けてもらおうと、私は被っていたローブのフードを外そうとした。


 ――刹那、景色が一瞬揺らいだ。


「――?」


 あったのは、ほんの僅かな違和感。

 気付けるか気付けないか、そんな曖昧な境界。フードを取ろうとそれに手をかけた瞬間、妙に腕が重いような……否、妙に軽いような感覚に陥った。


「……なに、今の」


 気のせいだろうか。

 今、ほんの少しだけ、なんか、変な感じに……。


「……ん?どうしたんだいパンドラ。それを被ったままだと首飾りを着けられないよ」


 後ろを振り返り、そのまま動きが止まってしまった私。それを不思議に思った彼女が、後頭部の近くでそう言った。


 でも、何故か私は……どうしても、今ここでフードを外してはならない気がした。理由は分からないし、どうしてかもわからない。しかし外したいとか、外したくないとかそんな話ではなく、本能的に、理性的に、私は今それをしてはならないんだと思った。


「――すみません、フィレーナさん。やっぱり自分で着けます」


 私はそう言って、再び前を向いて彼女からアクセサリーを受け取る。そして頭のそれが外れないように気をつけながら、自分の手でネックレスを着けてみせた。


「……どうですか?フィレーナさん。似合ってますか?」


「?……うん、とっても似合ってるよ。可愛いパンドラにぴったりだ」


 私の不自然な行動に、案の定フィレーナさんは少し戸惑ったような顔をしていた。だが幸いなことに、あまり気に留めなかったのかプレゼントを身に着けた私を見て優しく微笑んでくれる。……()()()()()()、か。


「ありがとうございます。……あ、フィレーナさん。私街の他のところも見てみたいです。商店以外にも、色々」


「わかった、勿論案内するよ。……それじゃあダンナ、ありがとう。また来るね」


「おう!待ってるぜ。お嬢ちゃんも達者でな!」


 アクセサリー店の店主さんに挨拶をして、私達はその場を後にする。本当は、他にももう少し露店を見て回りたかった。……でも、何となくここは居心地が悪い気がしたんだ。別に深い意味は無いけど、出来ればもっと静かで……人のいない場所に……。






 ――――『姿を晒すな』


 その光る文字は、彼女の意識の外側。視界内には確かに在りつつも、千代梨は意識的に見ず、知らず、理解もしない。

 そして、それは誰に気づかれることも無くそっと無に消えて行ったのだった。


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