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第02話 人に親切にするのは当たり前


 目が覚めると、そこは無数の木々が立ち並ぶ森の中であった。辺りに人の気配はなく、あるのは自身が倒れていた細い獣道と近くの小さな水溜まりだけ。


 より細かく見てみると、周りの木々は全て広葉樹のようであった。平たく丸い葉っぱに網目のような脈が張り巡らされ、出来るだけ重ならないようにと目一杯勢力を伸ばし光のエネルギーを受けとめている。

 また、獣道の方は細いと言いつつも他との違いは分からず、ただ目立つのは道の真ん中で疎らに残る異様に大きな鳥類?の足跡であった。それは恐らく比較的温かな気候であると思われるこの地において、自分の足より二回り以上大きな足を持つ鳥が生息してることを示している。


 当然、私の住んでいた付近にこんな見た目の森は無く、加えてそんなに大きなサイズの動物など生息してなどいなかった。



 次に、注目すべきは自身の服装や背格好である。記憶が正しければ、確か私は学校から帰った直後で制服を着ており、その姿のまま母に頼まれたお使いに行くところであった。その時手に持っていた物と言えばお財布とメモの入った買い物バッグ程度なもので、まあ街中で見かけてもたいして気に留めないような格好をしていたはずだ。


 しかし、今の自分はと言うとその記憶の内とは随分とかけ離れた姿をしていた。具体的にはまず衣服。着慣れたお気に入りの制服はどこへやら、今は赤い炎のような模様のある黒いワンピースに前開きの灰色のローブを羽織っていた。そのローブはフード付きでふかふかな素材であるものの、羽毛とは少し違った触感がある。また足には上と同色のブーツを履いており、ようやく馴染んできていた純革製のローファーも今や影も形も無い。



 だが、真に驚くべきはそんな何処かもわからぬ森林でも、見覚えの無い衣服でもない。今私の心を最も揺れ動かし、真に驚愕と言う名の強い暴力を振るっているのは……私自身の『身体』であった。


「なに、これ……ていうか、誰なのこの人……」


 再び水面に映る自分?を見て、私は困惑する。

 私は生まれつき母譲りの少し明るめの茶色い髪をしていた。加えてその母と自身の妹と同じである髪の色が大好きで、それを出来る限り主張できるようにと背中に届くほどの長さまで伸ばしていたのだ。普段はそれを後ろ側で一つに結んでおり、走ったり振り返ったりするたびにその尾を振っていたのである。


 しかし、今の自分はと言うと髪色も含めそもそもの『種族』というもの自体が変わっているように感じられた。年齢は見た感じ私と同じ位か……少し大人びているから、もしかしたら年上かもしれない。そして元々銅色とも取れた私の髪色は明るさを格段に増しており、一言で言えば”ピンク色”と表現できるものに成り代わっている。長さ自体は以前とあまり変わり無いようだが、それでも髪質が異なり今はふわふわなパーマを帯びている。また結わいていた髪が解けているのはいいにしても、目が覚める以前には絶対に無かったはずの頭部の左右から生えた羊のような角が、嫌が応にも目立ってしまっていた。

 そして、極めつけは何と言っても宝石の様に輝きつつもどこか闇を感じる深紅の瞳。当然それも日本人としてはあまりにも不相応なもので、毎朝鏡越しに見ていた自分の眼とは似ても似つかなかった。


「どうなってるの……これ……」


 改めて、自分の置かれた状況を再認識し私は深い困惑に包まれる。

 確かに私は、住宅街の真ん中で兄と分かれお使いに行くための道を歩き始めていたはずだ。だがその途中で再び兄に声をかけられ、足を止めたところまでは覚えている。そして、それに気を取られた私は後ろをふり返って……。


「――――あっ……そうだ。そういえば、あの時……」


 自身の境遇を振り返って、私は気付く。最後の記憶、その刹那。呼び止められた兄の方を振り返る最中で……横から、()()()()が迫っていたことを。


「……ッ!」


 その事実を思い出し、私は途端恐怖する。

 自分の肩を抱き寄せ、あの時次の瞬間に起きていたであろう光景を思い浮かべて。喉奥に感じた吐き出したくなる不快感を感じながら、それを抑えるために必死に自分の口に手を当てた。


「ヴぇっ――――大丈夫、大丈夫……痛みは、ない……」


 口の中に僅かな酸味を感じながらも、私は寸でのところで踏みとどまった。口に溜まっていた唾液は吐き出してしまったが、それでも大事は無い。それに、よく思い出せば大丈夫なはずだ。仮にあの時、私がトラックに轢かれていたとしてもその痛みや苦しみを味わったような記憶はない。勿論、即座に死ん……だから覚えていないだけかもしれないし、そもそもあの状況から私が助かったとも思えない。

 けれども、今この瞬間に痛い思いをしていないのなら大丈夫。あれはきっと、嫌な夢だったのだ。それか幻か、何か。


「……でも、だとしたら……私は誰で、ここは何処なんだろう」


 色々考えて、苦しさを覚えたところで、結局行きつくのはそこであった。見知らぬ土地で、見知らぬ誰かに成り代わる。そんな不可思議な体験に私の生きてきたたかが十数年ほどの年月では、どうにも答えを見出せそうにもない。


「……ん?なにあれ……文字?」


 途方に暮れ、池の縁から立ち上がることさえ出来ない私。だが何となく視線を動かしたその先で、自身の姿と同時に水面に映る何かを見つけた。それは有り体に言えば『文字』であり、



 ――――『おまえは、 パンドラ・サタナス=エルピス である』



 と記されている。しかし当然水の上に字を書けるわけが無く、またこれのように薄ぼんやりと光るなんてこともあり得ない。だが、それでもそこには間違いなくそう書かれており、まるで水に映る自己を紹介しているようであった。


「――”パンドラ”。……それが、私?この子?の名前ってこと?」


 パンドラ・サタナス=エルピス。これもまた今までに聞いたことの無い文字の並びであるが、凡そ人の名前だろうことは理解できる。また枕詞に『おまえは』と付いているあたり今この場に居る誰か、つまり私を指していることもわかる。でも、パンドラ何とかって……まるで西洋の昔話みたい。この子、外国人なのかな?


「あっ……消えちゃった」


 私がそんなことを思っていると、その光る文字さん達は役目を終えたとばかりに静かに消えていった。念のためそれらが浮かんでいた辺りの水を軽く掬ってみたものの何も残らず、結局どういう原理でそれが見えていたのかはわからなかった。


「うーん、この子の名前が分かったところでなぁ……これからどうしよう……」


 再び辺りを見渡して、私は考える。兎にも角にも、今この場所がどこであるのかを突き止めなければならない。私がトラックに轢かれ……いや、兄に会った時外はもう日が沈みきっている頃だった。だが今は木陰から日光が差し込んでいるし、それだけ長い時間寝ていたか、或いはここが地球の反対側ということになる。いや当たり前のように言ってるけど、あんな一瞬でそんな長い距離を移動できるわけないか。ということは可能性としては恐らく前者寄りの、近くのどこかに移動してしまった挙句寝てしまった……という方が高いのかもしれない。

 だとしても、自身の姿かたちまでもが変わってしまった事には説明がつかないけど。


「まあ、いつまで考えていても仕方ないし……取り敢えずどっちかに歩き始めてみようかな」


 遭難時むやみやたらに歩き回る方が危険であると言うが、それはあくまで遭難してしまった時の話。当然、今のこの状況はそれと同じと言って差し支えないものではあるけれど、それでも来た道を戻ることすら叶わないなら少しは動くしかない。どちらかに歩み続ければ、きっとどこかには辿り着けるはずなのだから。



 そう思い立ち上がった私は、獣道の上に残っていた足跡が続く方向とは別の方向に歩き出した。自分は少々楽観的で、こんな状況にも関わらず少しだけ浮かれている気がする。見知らぬ場所を歩き、木々と土の香りがする森を抜ける。それは一種の冒険のようなもので、幼い頃近所を探検したときのようなわくわく感があった。勿論現状を鑑みればそんな悠長なことを言ってられる場合ではないのかもしれない。


 それでも、私はこの先何かがあると信じて歩みを続けた。



 ******



 木漏れ日が差し込む森を、右も左もわからぬまま歩く事小一時間。慣れない靴と肉体での歩行は相応の疲労を私に与えたが、幸い運動すること自体は嫌いでは無いのでさほど苦では無かった。確かに行方の分からぬ行動には不安が募るし、そもそも自身に降りかかった事態の把握も追いついていない。それでも、今こうして大地を踏みしめながら生きていられることこそが、私は全てだと思っている。


「……結構進んだかな?だいぶ道が開けてきたけど」


 適当な測定ではあるものの、出来るだけ真っ直ぐ獣道に沿って歩いてきたつもりだ。その結果、動物が作り出したであろうこの道は最初と比べ数倍の幅にまで広がっていた。それはもはや獣が使う道などではなく、人が通る街道と呼べる規模のもの。いつからこの道に迷い込んでしまったのかは定かでは無いが、人が使う以上これに沿って行けばどこかしらには辿り着けるということだろう。


「この先に進めば人が居る場所につけるかも。道にタイヤ?車輪?の跡みたいなのがあるし」


 街道と思しきその道には、二本の一直線に伸びた跡が幾つか残っていた。それは恐らく丸い円状の何かが長く転がった形跡であると思われ、それこそがこの場所を人が通ったという動かぬ証拠になっていた。タイヤにしてはかなり線が細い気もするけど、まあ何かの車輪の跡には間違いないだろう。



 私はようやく見つけた手掛かりに思いを馳せ、自分の行く末に希望を見出す。道中見たことも無いネズミのような小動物が出てきたときはどうしようかと本当に焦ったが、やはり進み続ける限り人の下に『希望』という光は輝き続けるのだろう。

 ありがとう神様。


「――えっ、嘘……雨?」


 心の中で神に感謝を述べた瞬間、天からの恵みが与えられる。先程までさんさんと降り注いでいた日光はいつの間にか鈍くなり、空が暗雲に包まれていた。そして木々の葉の隙間を縫って鼻先に落ちてきた一滴の雫により、私は雨が降り始めたという事実を理解する。


 当然の如く、今の私にとってのそれは恵みどころか死活問題であると言わざるを得なかった。


「やだっ、ちょっと!今降られたらヤバいって!」


 一応体を覆えているとはいえ、ローブにブーツという自然を舐めすぎた軽装。そして森の中で遭難中であり、更にここで雨にまで降られればいよいよ楽しいなどとは言っていられなくなる。不幸中のなんとか、雨はまだ小降りで直ぐに雨宿りを必要とするほどでは無い。であればここは身を隠す場所を探すよりも、先を急いだほうがいいだろう。



 そう判断した私はローブについていたフードを深く被って、小走りで街道らしき道を進んだ。後々考えれば、この時の私が如何に軽率な行動を取っていたのかと過去の自分を叱責したくなる。見知らぬ土地で突然の降雨、それによる焦燥感に煽られた短絡的な思考。正常な判断が出来るなら、その先に何があるのかもわからないのに悪天候の中歩き続けるのは愚策であるとすぐに分かったはず。結局何処にもたどり着けず、只々体力を消耗して野垂れ死ぬ可能性の方がずっと高かったのだ。


 ――――しかし、今回ばかりは私の判断は『正しかった』と言わざるを得なかった。


「……あっ……街だっ!」


 木々を抜けた先、少し開けたその場所は森の中でも少し高さのある崖の上だった。そしてその先、眼下に広がる木々の先に大きな石壁に囲まれた『街』を発見する。それはまるで本の中に登場する古い都市の様な景観で、とても日本にこんな場所があるとは思えない。

 けれど、それでも今の私にとっては何よりもの朗報であると言えた。


「よ、よかった……街の入り口っぽい所に人が何人か集まってるのも見えるし、助かったよね……」


 崖の上と言えど街までの距離自体はさほど遠くはなく、少し迂回して進めば数分程で辿り着ける場所である。加えて街をぐるっと囲む石壁の何か所かは門の様になっていて、その周辺には行き交う人々が目視で確認できた。恐らくあそこから街の中に入ることが出来るのだろう。



 他に当ても無いし、行くしかない。

 私は遭難しながらもようやく見つけたその光に希望を抱き、まるで縋るようにしてそれを追い求める。まだ雨は降り始めで地面のぬかるみは甘かったが、それでも木々の根や岩など転ぶ要素は多々あった。それでも、ようやく慣れ始めたブーツを弾ませながら私は目的の場所まで辿り着いた。


「大きい……」


 街の中と外を繋ぐ街門の前に立ち、私が最初に抱いた感想はそれだった。高さ数十メートルにも及びそうな、強固な門。何のために作られ、何からこの街を守っているのかその用途は不明である。それでも、今この瞬間に門が開かれ人々が往来していることからさほど危険な場所では無いのだろうと思われた。


「人が何人か出入りしてる……って、えっ?」


 街門を行き来する人々は、皆等しく門前のある地点で一度足を止める。そこには衛兵と思われる人たちが数人立っていて、そこで街に用がある人達は何かしらの手続きをしてから入場退場をするのだろう。


 けど、私が驚いたのはそんなことではない。街の入り口へと続く街道、そこを行き交う人々の中に……”耳や尻尾の生えた”、動物のような人達が居たのだ。更にはそれ以上に、獣がそのまま二足歩行をし服を着ているような見た目の者も居る。それらを一言で表すならば、『獣人』。そんな彼ら彼女らは普通の人間たちに溶け込む程の割合で、その場所を闊歩していた。


「ど、どういうこと……コスプレ、じゃないよね……」


 街道の真ん中で立ち止まる私を尻目に、構わず過ぎ去っていく普通の人間や普通じゃない獣人たち。その光景は正に異様であり、とても現実にはあり得ない様である。

 特に嫌悪感などがあるという訳ではない。されど困惑、または理解が及ばぬゆえの小さな恐怖が私の心には湧いていた。


「……い、いや、まあ……とにかく今は街に入ろう。雨、ちょっとずつ強くなってるし……」


 眼に見える不安要素は、一旦後回しにする。先程降り始めた降雨は徐々に勢力を増し、衣服越しに相応の冷たさを感じ始めた。このままでは風邪をひいてしまうし、何より今は他に当てが無い。ならばここは覚悟を決めて、この街に入ってみるしかないだろう。一応フードは深めに被っておこう……。


 私は他の者達に目をつけられないようにと、出来るだけ身体を隠し目立たないよう努める。そしてそのまま、街中へと続く集団の列の最後尾に加わった。と言ってもこの天気のせいかさほど人が多かったわけでは無く、直ぐに自分の順番は回ってくる。


「あ、えっ……と、すみません。街に入りたいんですが……」


 一人の衛兵の前に立ち、私は恐る恐る口を開く。その人は口周りに白い髭を生やした老兵で、腕や胸、腰などに申し訳程度の鎧を着ていた。また手には金属製の長槍を持っていて、所謂門番というのがこの人の肩書なのだろうと思える。


 そして、今私は何故かその老兵に大変訝しんだ視線を向けられていた。


「あの~……えっと、すみません?」


「……」


 相手が何も言葉を発さないが為に、何とも微妙な空気が流れる。私の声が震えてて、聞こえなかったのかな……あ、待って。もしかして、言葉が通じてないとか?!


「あっ、あのおじさんっ?私の言っていることわかりますか?」


「――おぉ、ごめんよお嬢さん。そんなに真っ赤な目をしてるから、てっきり”魔族”かと思ってしまった」


 三度目の呼びかけで、ようやくその老兵は私に反応を示してくれた。よかった、言葉は伝わるみたいだね。……でも、『魔族』って?何の話?


「あの……魔族って何ですか?」


「ん?あぁいや、気にせんでくれ。そんなに上手な人類語を話せる礼儀正しいお嬢さんが、魔族なわけないよなぁ」


 衛兵さんはそう言って、わっははと笑う。けれど、私には先程のこの人の反応がどうにも気になって仕方が無かった。今の私の赤い瞳、それが魔族とやらに分類される指標なのだろうか。それに人類語って……日本語、の事じゃないよね。おじさんの話してる言葉、私にはよく聞き慣れた言語としてすんなり意味を理解できるんだけど……。


「……っと、街に入りたいんじゃったな。それなら()()()が小銀貨二枚かかるぞ」


「え……あ、お金っ?!」


 突然現れた『税』という言葉に、私は一瞬言葉を失った。

 しまった、そんなこと全く考えてなかった……。他の人達は普通に出入りしているみたいだったし、てっきり自由に街に入れるものだと思っていた。どうしよう……買い物バッグは丸々どこかに落としてきちゃったみたいだし、私お金なんて持ってない……。


「あ、えっと……ちょ、ちょっと待ってくださいね……」


 税金が払えない私は居たたまれなくなって、お財布でも探すかの如くあからさまに自身の衣服のポケットなどを弄ってみせた。わざわざ列に並んでここまで来たのに、まさかお金を持ってないなんて恥ずかしすぎる……。


「あはは、すまないねお嬢さん。ここホーロスでも最近入街税が義務付けられてしまってな。こっちとしても心苦しいんだが、国の決定には逆らえなくてのう」


 だが、そんな私に対し衛兵さんは再び笑ってそう言っていた。

 ”ホーロス”、というのがこの街の名前らしい。そして私がすぐにお金が出せないところを、おじさんは最近税が導入されたから動揺している、と勝手に解釈していたようだ。実際はただ私がお金を持ってないだけなんだけどね……。


「……って、あれ?何か入ってる」


 今の自身の服を弄り、一応確認の為とローブの内側に付いていたポケットに手を入れてみる。すると、そこで確かな重さを感じる袋を発見した。それを取り出し試しに手の平に乗せてみると、ずっしり何かが詰まったような重量感とジャラジャラと小さな金属同士がぶつかる音が聞こえる。もしかして、これって……!!


「あっ!やっぱりお金っ……ん?お金だよね、これ?」


 袋の口を閉じていた紐を解き、中を確認してみると金色や銀色に光る小さな丸い金属がいくつも入っていた。なるほど、これが胸元辺りの内ポケットに入ってたからやたらと胸が重かったんだ。……いや、嘘。袋を取り出した今でも変わんないか。この子私よりおっきいし。

 でも、これ見たこと無い硬貨だけど……どこの国のなんだろう。ちゃんと使えるかな?


「あ、あのおじさん……これ、使えますか?」


 恐る恐る、私はその袋の中で一番大きな金色の硬貨?を一枚取り出し衛兵さんに差し出してみせた。すると、何故かおじさんは少し慌てた様子で


「ちょ、おいおいお嬢さん、そんな大金おいそれと出すもんじゃないぞ。小銀貨じゃ小銀貨……ほれ、これ一枚で十分だよ」


 と言い、私の持っていた袋から金色のそれとは一回り小さい銀色の硬貨を取り出す。んー……お金の価値がいまいちわからないけど、入街税が小銀貨二枚で、おじさんが取り出した銀色のあれ一枚で十分ってことは……小銀貨の一個上の硬貨が、あの銀色のやつってことかな?五十円玉の上が百円玉みたいな。


「じゃあ、銀貨一枚受け取りでお釣りが……。小銀貨三枚じゃな。それと、この入街手形を持っていきなさい。身分証になるから街に居る間は肌身離さず持ってるじゃぞ」


 そう言って、衛兵さんは私に小銀貨?と呼ばれる銀色の小さな硬貨と同時に『入街手形』らしき金属板を手渡してきた。先程おじさんが持っていったお金が銀貨一枚、そして小銀貨二枚の入街税を払ったお釣りが小銀貨三枚と。ということは、さっきの大きい方の銀貨は小銀貨の五倍の価値があるってことだ。税の価値基準がまだわからないけど、多分日本円で言うなら小銀貨=千円札、銀貨=五千円札みたいな感じなのかな。


「よし、それじゃあ通って良いぞ。まだしばらく雨は続きそうだし、気を付けて行きなさい」


「あっ、はい、ありがとうござ……あ!あの、ちょっとお尋ねしたいことが!」


 手に持っていた硬貨の入った袋と、受け取った金属板を私は大事に懐にしまい直す。そして、入街を促す衛兵さんにお礼を言う途中でふとある考えがよぎった。


 この街の外観、そして見たことが無い貨幣に不思議な姿をした獣人らしき人達の往来。それらを見ればとてもここが日本であるとは考えられないし、信じられない事だけど今の私は外国かどこかの家から遠く離れた場所に来てしまったと思うのが妥当だろう。勿論そんなこと現実的にありえないし、そもそもどうやって?誰が?どうして?と浮かぶ疑問は絶えない。私、香取千代梨の見た目が変わってしまった件だってまだ何も解決していないんだ。


 けれど、一つ確かなこともある。それは――私は、何としても家に帰らなければいけないということ。帰らないと……いや、帰りたいんだ。私は家に帰りたい、家族みんなが幸せに暮らすあの場所に。


 ……その為には、とにかく情報を集めよう。ここが何処で、私の身に一体何が起きてしまったのか。誰がこんな事態を招き、どうすれば家に帰れるのか。私はそれらを何としても突き止めて、家族のもとに帰らなければいけない。


 だから、まずは手始めに――


「ん?なんじゃ?」


「あ……あの、街の中で、何処か話を聞けるような場所はありませんか?この辺り周辺の話とか、色々……」


 一瞬どう尋ねようか考えた後、私から出た答えはそれだった。本当はここで初めて話せたこのおじさんに色々聞きたいところだったが、この人は今門番というお仕事中なのだ。加えて、私の後ろには未だ街に入る手続きをする為の列が程々に続いている。であればここで長居するのではなく、そういう情報収集が出来そうな場所だけを聞きそこに行ってみればいいだけのこと。

 一応お金はあるみたいだしね、私のじゃ無いケド。


「話を聞ける場所?……ほほう、さてはお嬢さん相当な田舎から来たんじゃな?こういう大きな街に入るのは初めてかい?」


「え……あ、はは、実はそうなんですよ。だからあんまりこの街の事もわからなくて……」


 私は咄嗟に、おじさんに話を合わせた。田舎者と見られるのはどうかとも思うが、右も左もわからぬ以上大して変わらない。それに、何も知らない子と思われた方が色々教えてくれるかもしれないし。


「なるほどな。それならここの門をくぐって噴水がある広場まで真っ直ぐ入った後、左手に『ノモス食堂』という店があるからそこに行ってみなさい。店主の女将さんも優しい人だし、人も集まるから色々話を聞けると思うぞ」


 衛兵さんはそう言って、優しく丁寧に私の質問に答えてくれた。真っ直ぐ行って左の、ノモス食堂ね。ご飯屋さんなんてちょうどいいかも。ずっと歩きっぱなしでお腹空いてたし、雨宿りも出来るもんね。


「わかりました……あ、あのっ!色々ありがとうございます。見ず知らずの私にこんなに良くしてくれて……」


「ほほ、気にすることは無いよ。この街じゃ人に親切にするのは当たり前じゃからな」


 知らぬ土地に来て、初めて人に親切にされたことに私は胸が熱くなった。そして、その気持ちを少しでも相手に伝えようと私は深々と頭を下げる。初めて会ったばかりの自分に優しくしてくれて、どうもありがとうと……そんな私に、おじさんは和やかに笑ってくれた。


「それじゃあ……私行きます。本当にありがとうございました」


「はいはい、気を付けてな」


 顔を上げ、歩き出した私はわざわざ振り返り再度お礼を言った。人に親切にするのは当たり前……ホーロス、いい街だなぁ。


 私は心の中でそう思いながら、雨が降り続ける中大きな石門を潜り抜けたのだった。


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