第14話 疑心の眼
三人の衛兵たちに迫られた私は、徐に懐から一枚の金属板を取り出したのだった。
「?……それは、街への入街手形か?」
「は、はい、そうです!私はちゃんとした手続きを踏んでホーロスに入りました!」
私が持ち出したのは、この街に最初に足を踏み入れた際門番のおじさんから受け取った『この街に入ることを許された者の証』であった。入街手形と呼ばれるその金属板には、確かに門番兵の証明サインが刻印されており正真正銘私の潔白を示すものである。
「実は私、旅の途中で森で道に迷ってしまいまして……そこで偶々、この街に辿り着いたんです。だから何のためかと聞かれれば、宿の確保や家に帰るための準備としか……」
「旅ぃ?……お前みたいな女一人でか?」
「…ッ……そ、そうですよ、ちょっとした家の事情で……」
それらしい言葉を並べて、私は何とか彼らの職務質問に答える。道に迷ったというのは嘘ではないし、家に帰る備えをするためにこの街に入ったというのもギリギリ嘘ではない。ただ言い方が大雑把であり、絶対に明かせない隠し事があるだけだ。……だからできれば、これ以上突っ込んで聞いてこないで欲しいんだけど……。
「そうか……ちなみに、その手形は何処で渡されたものかな?」
「……確か、西門です。白いひげを生やしたおじさんの門番さんにノモス食堂の場所を聞いたので、確認して貰えば多分覚えてると思います」
「西門……なら、君が迷ったという森は恐らく西側だろう。なぁパンドラ、君がここに来るまでの道中で何か変わったことは無かったか?」
疑い、というよりは確認の為に聞いている問いであった。このカイルさんという衛兵は端から私に対して疑惑を抱いているというわけでは無いらしく、初めに言った通りの調査の一環として私にこれまでのことを聞いているだけのようだった。そして、件の奇怪な魔族と魔獣の報告……それはこの街から見て西側の森で上がったものであることから、その現場付近に居たかもしれない私に確認を取っているという事だ。
変わった事……そんなの、ここに来てから幾らでも起こった。私が目を覚ましたのがあの森の中であり、気が付けば姿かたちそのものが変わってしまっていた。それに、前回の時間軸ではコカドリーユに襲われたり”怪しい人達”の影も見かけた。変わった事は無いかと聞かれれば、それはもう幾らでもあったのだ。
──ただし、私はそれらの情報についてどこまで明かしていいのか悩んでいた。それは必要以上に話せば私の正体がバレてしまう可能性があったのもあるが、なにより悪字の逆鱗に触れてしまう危険性があったからだった。奴は明らかに、私の行動だけでなく言動等にも注意を払い干渉してくる。故に、私は聞かれたこと以上に余計なことを話すべきではないのだろう。
「そうですね……平時の森を知らないので何とも言えませんが、私が見た限り変なことは起きてなかったと思います」
「そう……珍しい魔物を見かけたとかも?」
「──はい」
まるで本心から、何も嘘は無いといった様子で私はそう答えた。
コカドリーユの件……最初は、それについてくらいは話すべきかと思った。あの凶暴で巨大な魔物は恐らく明らかな異物で、あの存在はきっとフィレーナさんたちにとっても稀有なもののはずだ。それに、コカドリーユが何時ぞやと同じく街に現れでもしたら……そこで起こる被害は計り知れない。
「……なるほど、わかった。時間を取らせて悪かったよ、協力感謝する」
「いえ、こちらこそ……有益な情報を話せなくてすみません……」
だが、それでも私の口は重くならざるを得なかった。生物は死という恐怖に打ち勝てるように設計されていない。それは私も同様で、無慈悲にも襲い来るその恐れを凌ぐ術を自分は知らないのだ。
それに……コカドリーユのような凶暴な存在だとは知らないものの、大型の魔物の報告自体は上がっているらしい。であれば、この衛兵さん達がアレの脅威に気が付くのも時間の問題だろう。
「ふん……カイル、ズラ、これで気が済んだかい。パンドラは清廉潔白だろう?」
「ああ、そうだなフィレーナ。お前にも余計な時間を取らせてすまなかった」
「いや、わかってくれたならいいんだ。……彼女は、今日会ったばかりの僕に贈り物をくれたんだ。そんな優しい子が怪しい人物なわけないよ」
あぁ、フィレーナさん……この人は、なんて親切で思いやりに満ちた人なんだろう。
この世界での私達は、初回と比べれば現状まだ関係が浅いと言わざるを得ない。ノモス食堂でも私は小さな失敗をしてしまったし、今回プレゼントを贈ったのは彼女ではなく私だ。それ故に、最初とは些細な違いが生まれていてもおかしくないというのに────。
「……優しいのは、フィレーナさんの方だよ……」
誰にも聞こえないだろう程小さな声で、私は呟く。その温かさを向けてくれた本人にすら届かないように。
「それじゃあ……俺たちは仕事に戻る。もう少し見回りをしつつ、他の人にも聞き取り調査しないといけない。……行くぞ、ズラ」
一通りの質疑を終え、衛兵のカイルさんはそう言ってこの場を立ち去ろうとした。仕事の為とはいえ、一度は私を疑っていたこの人も今はどうやらその容疑を晴らしてくれたらしい。
それに、そもそもカイルさんは最初から魔族の存在自体あまり信じてはいない様子だった。だからこそ、念のため私にも話を聞いたが裏さえ取れればすんなりこちらを解放してくれるのだろう。
「……あぁ……そうだな」
ただし、もう一人のズラと呼ばれたこの人は未だに私に疑心の目を向けていた。元々疑り深い性格なのか、それとも私個人を怪しんでいるのかは定かではないが、今も尚こっちを睨みつけている。……あまり、私をジロジロ見ないで欲しい。そのプレッシャーからうっかり余計なことを口走ってしまいそうになるし、何よりフードの中で沸かしている冷や汗がバレてしまいそうだ。
「……まあ、今はいいか。……おい、赤い眼の女。先に言っておくが、俺はお前を他のよそ者連中と同様に疑ってる。もしてめぇが怪しいもんじゃないって言うなら、この街で問題は起こすな」
実に荒々しく、見るからに敵意を剥き出しにして。その男は私を見下しながらそう言った。……ただし、それはあくまでよそ者であるから。この街の者では無いからという理由だ。故に、私個人を魔族、或いはその関係者として疑っているわけでは無いという事。それならば……
「……はい、肝に銘じておきます」
それならば、私はただ反発せずその疑いを受け止めるだけでいい。強く言葉を返したり、逆に絆そうとすればかえって怪しくなる。ならここは、余計なことを言わず早々にこの人達には立ち去ってもらおう。
「ハッ。おいフィレーナ、お前もコイツをしっかり見張っとけよ。じゃあな!」
「あっ、ちょっと待てってズラ!……悪いフィレーナ。また後でな」
「あぁ、二人も仕事頑張ってね。僕もパンドラを案内し終えたら詰め所に戻るから」
言いたいことだけを言い放ち、粗暴な男はズカズカとその場を離れていく。そして、それに続きカイルさんもまたフィレーナさんに別れの挨拶をしてから男の後を追って行った。……そんな彼らを、彼女は片手を挙げて見送る。私から見ればトラウマの一ページを刻んでくれたとても怖い人たちであったが、きっとフィレーナさんにとっては何だかんだ大切な同僚なのだろう。
────それが、あの男たちに別れを告げた彼女の表情から見て取れてしまった。
思えば、いつかの時もフィレーナさんはあの衛兵たちと話していたっけ。私を忘れてしまった彼女が、私の前でとても楽しそうに……。
「さて……それじゃあパンドラ、引き続き街を案内するよ。僕達も行こうか」
「……はい、そうですね」
私は自分の心の中に、暗い何かが浮かんでしまったのを自覚していた。されど、それはきっと抱く事すらお門違いなことで、表に出してはいけない気持ち。
従って、私はそれを誰にも訴えぬままに静かにフィレーナさんの後ろを付いて行くのであった。
******
──未だ疎らに降り注ぐ降雨の中、二人の衛兵たちは歩いていた。
「……なあ、どうしたんだズラ。さっきの態度、お前らしくないぞ」
悪天候のせいか、普段と比べ人通りの少ない商店街。この辺りでは既に住人への情報収集は済んでいるし、西の森についての注意喚起も念のため行った。よって、このあとは酒場や宿屋がある通り辺りにでも向かうつもりである。
……しかし、自分はどうにも先程同僚がパンドラという旅人に対し取っていた態度が気になっていた。
「あぁ?なにが。俺はいつもこんな感じだろ」
「それは、まあ否定しないが……それでも、明らかにあの子への当たりが強かっただろ。確かに少し気になるところが無くはなかったが……フィレーナがついてるんだし問題は無いはずだ」
「ハッ。そこまでいくと、いよいよきめーぞ、お前。……別に、何か確証があるわけじゃねぇ」
そこまでを言って、口を噤んだズラにカイルは疑問を持った。彼は口が悪く、態度も悪いためとても衛兵として褒められた人物ではない。だが、それでも彼がこの街で衛兵として認められているのは確かな実力と鋭い観察眼があってのことだった。街を守る衛兵としての強さは勿論、彼はホーロスに潜む盗賊等の罪人発見にも大きく貢献している。
ということは、もしかして今回もまた彼の容疑に彼女が掛かっているという事なのだろうか……。
「……まさか、彼女が魔族の関係者だって言うのか?」
「さぁな、そこまでは分かんねぇ。つーか、そもそも魔族の目撃情報だって真偽不確かなもんじゃねぇか」
「それはそうだが……でも、お前はあのパンドラって子に何かを感じたんだろ?」
「……。」
その指摘に、男はまたしても言葉を詰まらせた。
だが、今回は表し難いことを話すのに躊躇いを見せたというよりは、これから言い出そうとしていることに意を決しているようであった。
「────あの、”眼”だ」
「目?……確かに、彼女は珍しい色の瞳をしてたな。もしかしたら純粋な人類族じゃないのかもしれない」
「いや、そんな単純な話じゃねぇ。……カイル、てめぇも知ってんだろ。”西の森の魔女”の話」
『西の森の魔女』──それは、このホーロスの街に伝わるある噂話であった。
ここから西門を出て、直ぐに見える巨大な森林地帯。そこは弱い魔獣から、奥に進めば進む程強い魔獣の生息する危険な森である。加えて、その森を真っ直ぐ西方に向かえばそこには忌むべき魔族が支配する『魔族領』が存在していた。つまりこの森は、只危険なだけではなくホーロス側の人類族と魔族領に住む魔族とを隔てる壁の役割をしているのだった。
……しかし、そんな森について数年前から囁かれるある噂が存在していた。それは、あの森には奇怪な”魔女”が住んでいるという話。強大な魔力で強力な魔法を操り、血のように真っ赤に染まった瞳を持つ人ならざる女性。曰く、その魔女は森を荒らした人類族を襲いこの街に警告を残したと伝えられている。しかもその目撃情報は今も尚絶えることは無く、数年に一度程度の頻度で住民や他の衛兵たちからの報告に上がっているのであった。
「あぁ、それは勿論知っているが……まさか、彼女がその魔女だなんて言うつもりじゃないだろうな?」
西の森の魔女について、これは度々人々の話題には上がるものの確たる証拠も無く噂の域を出ない。それに、それが無くとも西の森は元々危険な場所であり、精々街の大人たちが子供に対し『森には魔女が現れるから勝手に入ってはいけないよ』と言いつける材料に使われている程度のものだ。勿論、以前に数十人の捜索隊を結成し森に踏み入ったという事実はあるものの、その時も特に得られたものは無かった。
つまり、我々の結論としては根も蓋も無いただの子供騙しである……少なくとも、そう考えている者の方が圧倒的に多いのが事実。よっていくら鋭い彼だろうと、流石にそんなわけはないだろうと俺はその疑いを一笑するしかなかった。
「は?そんなわけねぇだろ。あんなのが魔女なら俺でも殺せるわ。……だが、
その魔女もアイツみたいな赤い眼だったって話じゃねぇか」
「確かに、そういう話もあるが……」
「それに!……一番気になったのは、アイツの視線だ。俺らと話してる間、アイツは終始周りを気にしてあちこちを見ていやがった。眼も勿論そうだがこそこそ周囲の様子窺ってんのも十分挙動不審で怪しいだろ」
「うーん……」
同僚のその言葉を聞いても、やはり俺は煮え切らない返事を返すことしか出来なかった。確かにパンドラという彼女は、被り物を深く被っており顔がよく見えずにいた。そんな中彼女の視線の動きに違和感を感じたズラは流石よく見ていると思うが、別にそれだけで疑うのもどうかと思う。単に露店が気になっていただけの可能性もあるし、布を被っていたのも雨が降っている現状を考えると納得できる。
「……まあ、話は分かった。それで?お前はあの子を疑ってどうするんだ?」
「決まってんだろ。俺の信条は疑わしきは徹底的に疑えだ。まずはあの女が通ったって言う西門の門番に裏取りに行くぞ」
彼はそう言うと、珍しくこちらの反応を窺うように振り返った。そこで覗いた眼はいやに真剣であり、とてもその提案を否定できそうにない。
「はぁ……わかったわかった、お前がそこまで言うなら付き合うよ」
そんな同僚の気迫に圧され、思わずカイルはそれを了承する。
そして彼らは、もうじき止むであろう雨粒の中その足先を西の方角へと向けるのであった。




