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第12話 お返しのプレゼント


 ……これは、誰かの記憶……?


 どこかで見覚えのある、桃色の髪をした男の子が見える。広い原っぱのような場所で、おしゃれな椅子やテーブルを並べて、その真ん中には大きなパラソルを立てかけお茶を楽しんでいるようだ。


 ()()()が何かを話せば、彼はフワッと楽しそうに笑ってくれる。それが何故だかどうしようもなく嬉しくて、見ているこちらも笑いたくなった。



 ……?

 よく見れば、その場に居るのはワタシ達二人だけではない。後ろで手を組んで、静かに佇む男性。執事の様に整った服装をしていて、まるで誰かに仕えているような振る舞い。

 それにもう一人、目元を包帯で覆いながら同じように笑っているその少女。ふわふわで綺麗に切り揃えられた髪を風に流しながら、白黒に着飾ったワンピースに包まれている。


 みんなが皆、幸せそうで。いつまでもこうしていたいと思える空間。


 きっと、この記憶の持ち主もこの時間がとても大切で、宝物の様に大事に残していたのだろう。


 それは、私も同じ考えを持った。

 例え全く関係が無い記憶だったとしても、私にとってもこの光景は見ていて微笑ましいと思えるもの。願わくば、カノジョにはいつまでもこの世界の中で生きていて欲しい。



 こんな幸せな空間では、些細なことなど関係ない。

 仮に彼らの頭に角が生え、彼女の纏う帯に長い蛇が居ようとも。そこに居る皆がどんな業を背負い、世界からどう思われている存在であろうとも。少なくともこの記憶の持ち主は、その場の皆が大好きなのだろうから。


 ******


 ……突然の暗転。


 森の中で確かに誰かと会ってしまいそうになった時、私は必死に目を逸らして最悪の結末から逃れようとしていた。光る悪字からの指示は絶対で、万が一それに背こうものなら考えるだけでも恐ろしい罰が待っているから。


 ……けれど、その努力虚しく真っ直ぐ迫るソレの姿を私は見てしまった。夕日に照らされ陰になったシルエットしか見えなかったが、そこには確かに誰かが居たのだ。



 ――なのに、どうして私の目の前には今……とってもカッコイイ、そして可愛らしい彼女が居るのだろう。


「……ところでパンドラ。君はこれからどうするんだい?」


 カウンターに頬杖を突きながら、にこやかにこちらを見る女性。青色のキラキラと光る瞳が美しくて、それが自分の覗き込んでいると思うと妙にドキドキしてしまう。


 しかしそれと同時に、私には別の感情が生まれていた。


「――――……はい?」


 それは、只々深く大きな困惑。

 現状を飲み込めず、事態を把握できない脳内の乱れ。今私の目の前に彼女が居ることも、こうして隣の席に座って談笑していることも、何一つ私の理解には及ばなかった。


「ん?……どうしたのパンドラ、いきなり呆けた顔しちゃって」


 再度、その人は私を覗き込みながらそう言った。少しだけ不思議そうに、先程まで普通に話していた相手からのレスポンスが突然途絶えたことに疑問を持って。


「…………フィレーナ……さん……?」


「?……そうだよ、僕だよ。どうしたのさパンドラ、そんなまるで信じられないものを見たような反応をして」


 目を見開き、焦点をただ一人の相手に向ける私。

 そんな私に対して、彼女……フィレーナ・エネミクスさんが笑いながらそう言っていた。


「……フィレーナ、さん……どうして、ここに……?」


「え?どうしてって……そりゃ、僕はここにご飯を食べに来たんだよ。そしたら今日ここで、この街に来たばかりだっていうパンドラと出会ったんじゃないか。……本当に大丈夫かい?」


 困惑を言葉にし、私はそれをフィレーナさんにぶつける。されど彼女はそんな私の意図も分からない質問にも、きちんと答えてくれた。


 そして、そのフィレーナさんが出してくれた解答により私は徐々に事態を理解する。辺りを見回せば、そこはどこか見覚えのある食事を楽しむ場所。温かなランプの明かりに包まれ、美味しそうなシチュー……いや、スティの香りが漂うノモス食堂だ。そこで私は一つのカウンター席に腰かけ、初めから隣に座っていたフィレーナさんと話をしている。


 また、彼女は言った。今日この場所で私達は出会ったのだと。

 つまり、今この時はフィレーナさんと初めて出会うことが出来た時間軸であるということ。私が初めてホーロスの街に訪れ、そしてノモス食堂で彼女と知り合えた場面。まだ一度も罰を受けていない、何も知らなかった私がのうのうとこの街を楽しんでいた頃だ。


(そうだ、頭の傷……やっぱり、無くなってる)


 自身の額に触れ、その状態を確認する。私は先刻、受け止めきれない現実を前に大きく取り乱しそして強く頭を打ち付けた結果そこをぱっくり切ってしまったのだ。その痛みは後になってぶり返し、森を歩いていた時もジンジン痛覚を刺激していた。


 けれど、今私の頭にはその傷はおろか門番のおじさんが施してくれた包帯さえ無くなっている。当然の様に、時間が巻き戻った場合私の記憶以外の全てが元に戻るということだろう。


「――ねぇ、聞いてる?パンドラ」


「え?……あっ、はいっ!」


 突然、彼女に名前を呼ばれたことに私は大きく反応する。しまった、つい考え事を優先してしまい全く話を聞いていなかった……。


「いや、はいって……ふふっ、やっぱり話聞いてなかったんじゃないか」


「えっ……あ、いや、その……そんなことは……」


「本当に?……じゃあ、今僕がパンドラになんて聞いたのか当ててみてよ」


「えぇ!?……あー、えっと……それは、ですね……」


 予期せぬ時間の逆行、尚且つ今までとは違った再生地点による困惑で私の心はここにあらずであった。しかし、そんなことは全く知らないフィレーナさんがまるで揶揄うように私にそう問いてくる。

 え、えーっと、確かこの時はフィレーナさんに街の案内をして貰うみたいな話をしてたんじゃなかったっけ……。


「え、えっと、あれですよね!フィレーナが街の案内をしてくれるみたいな話で……その、是非お願いしたいなーっなんて」


「え?……いや、僕はただパンドラはこの後何する予定なの?って聞いただけなんだけど……まあでも、確かにホーロスに来たばかりの君にこの街を案内するのも衛兵の務めか」


 あ、やらかした。

 慌ててそれらしい言葉を並べた私に対し、フィレーナさんは若干戸惑いながらもそう返した。


 しかしどうやら、この世界ではまだ彼女の方から街の案内役を申し出てくれる前だったらしい。ということは、今の私は言ってもいないのに街の案内を催促した強引で自分勝手な女ということになっている。……うぅ、早速ドジった……。


「あっ!い、いえ、間違えましたっ!ただ、その……わ、私まだこの街に来たばかりなので、この後はホーロスを探索しようと思ってて、それで……」


「それで?」


「え、あっ……その、もし良かったらフィレーナも一緒にどうかなって……そう、思っただけで……」


 なんとか話を誤魔化そうにも、それらしい言い訳が見つからず言葉はどんどん尻すぼみしていく。今更なんと言ったって、さっきの発言は取り消せないよね……どうしよう、もしここでフィレーナさんに嫌われでもしたら話が更にややこしくなっちゃう……。


 私はそのことを心配し、もじもじとしながら彼女の様子を窺った。

 けれど、そんな心配は全くもって不要であったように、


「――あっはははは、君って本当に面白いね、パンドラ。……いいよ。丁度時間もあったし、僕が街を案内してあげる」


 そう言ってフィレーナさんは盛大に笑ってくれていた。どうやら話を聞いていなかった事実より、慌てた様子でぽんぽん話しをする私を見て面白さの方が勝ってしまったらしい。で、でもよかった……これなら、フィレーナさんからの印象はあんまり悪くなってないよね。


「あっ……はい、その……お願いします」


「あぁ、任されたよ。……それじゃあ、早速行こうか」


 彼女はそういうと席を立ち、そして自分の懐を弄り始めた。恐らくは、店を出るために必要な手順を踏もうとしているのだろう。あ……そういえば、この時のお会計って……。


「そ、そうだ!フィレーナさん!」


「ん?なんだい?」


「あの、さっきは強引に案内をお願いしたみたいになっちゃったので……そのお詫びというか、お礼と言っては何ですけど、ここの会計は私に出させてください!」


「え?そんなの気にしなくていいのに……それに、森で彷徨ってたパンドラに奢らせるのは悪いよ」


「ふふん、心配ご無用です!私、何故かお金だけはしっかり持ってるので!」


 私はそう言いつつ、胸元の内ポケットからジャラジャラと見るからに重そうな小袋を取り出す。これはパンドラちゃんが最初から持っていた物で、ホーロスの街に入る際に使ってからはずっと出番が無かった。その為今の今まで只重くて邪魔だなくらいにしか思っていなかったが、どんな世界でもやはりお金は大事である。

 こういう時にお礼と称して、フィレーナさんに奢ったりできるしね。


「というわけで……すみませーん、お会計お願いします~」


「あいよ。うっかり話を聞いちまったんだけど、フィレーナの分もお客さんが払うんでいいのかい?」


「はい、大丈夫です!いくらになりますか?」


「気前がいいんだねぇ。それなら、二人合わせて銅貨八枚だよ」


 キッチンの奥に居た女将さんを呼び出して、私は二人分の会計を済まそうと手元の袋の口を開く。銅貨って言うのは初めて聞いたけど、まあ多分金貨の次が銀貨で、銀貨の次が銅貨って感じの価値基準だと思う。それに銀貨については普通の銀貨と小銀貨があって、小銀貨の五倍の価値が普通の銀貨だったはず。

 ということは、銅貨八枚は小銀貨を一枚か二枚ぐらい渡せばきっとお釣りが返ってくるくらいのはずだよね。


「えっと……はい、どうぞ」


「はいよ、小銀貨一枚のお預かりで……えーっと、銅貨二枚……かね。また来ておくれよ」


 金色と銀色に輝く金属片しか入っていない中から、私は比較的小さな銀色の硬貨を取り出す。そしてそれを女将さんに渡すと、少しの間を置いてから銅貨二枚のお釣りが返ってきた。つまり、小銀貨を日本で言うところの千円札と仮定すると銅貨は一枚百円程の価値。そしてさっきのスティは一人当たりおよそ四百円くらいってことになるのかな。リーズナブルなお昼ご飯だね。


「さて……それじゃあ行きましょうか」


 美味しいご飯を食べた対価を支払って、私は袋を閉じてまたそれを仕舞い直す。そして早速街に繰り出す為食堂を出ようと、フィレーナさんの方を振り返った。


「――――。」


「……フィレーナさん?」


 だが、そこには何故かこっちを向いたまま固まっている彼女が居た。瞬きすら忘れているようで、どこか一点を見つめて動かない。


「あの、フィレーナさん……お会計、終わりましたけど」


「……え……あ、あぁ、ごめん。行こうか」


 私が再度声をかけると、彼女はハッとした様子でそう言った。そして自分の座っていた席の隣に立てかけてあった鉄剣を手に取り、そのままそそくさと店を出る。

 私はそんな彼女の反応を少し不思議に思いつつも、フィレーナさんに続いて食堂を後にした。


 ……なんか、さっきフィレーナさんが固まってた時……何となく、私が持ってたお金の袋を見てた気がするんだけど……



 ――――気のせいかな?


 ******


 ……まず、状況を再確認しよう。


 恐らく世界が巻き戻る前、私が最後に見たのは男の人の声をした誰かだった。ホーロスを離れた森の中で、コカドリーユから逃げた先で落ちてしまった崖下で、私はその誰かに会ったんだ。


 けど、その時悪字はこう示した。『会うな』と。

 だから私はその指示に従って、必死にその人に会わないように努力したんだ。けど高いところから落ちた衝撃と、真上に構えてたコカドリーユの咆哮で怯んでしまって、結局その場を離れることは叶わなかった。

 結果、私は合うなと言われたその人の完全な姿は見えずともそのシルエットを目撃してしまったのだ。


 ――ただし、ここで思わぬ事態が起こる。


 それは、何の予兆も無く時間が巻き戻った事。より具体的に言うならば、凡そ間違いを犯してしまったというのに罰を受けずにやり直しをさせられたことだ。

 今までなら、どんな些細なミスでも悪字の望みに反した場合即座にあの空間に飛ばされ罰を受けさせられた。しかし、何故か今回だけはそのペナルティが無く、更にはそのスタート地点までもが変更されていた。


(……どうして、いきなり変わったんだろう……?)


 今回の再生地点は、ホーロスに入ったばかりの西門近くの通りでは無く、既にフィレーナさんと出会ったばかりのあの食堂の中だった。どうしてこれまでの二度は外だったのに、この回だけ変化したのだろう。


(というか……そもそも、どういう基準でスタート地点決めてるのかな)


 未だに、この奇怪な現象について詳しいことは何もわかっていない。あの光る悪字の主が、一体どうやって私をあの場所に移動させているのかも、どこから常に私を監視しているのかも、そしてどうしてこんなことをしているのかも。全ては奴の思うがままで、私がそれに従わなければ罰を与えてやり直させるだけだ。


 ……ということは、逆に言えば今回は割と悪くない線をいっていたとかなのだろうか?

 私は確かに会うなという指示には従えなかった訳だけど、例えばあそこでその誰かに会わないだけでゴールに辿り着けていたとか。だから少し進めたご褒美として今回の罰は免除されて、尚且つまた別の場所からスタートさせられたとかなのかな……。


(……いや、あの性格が悪い悪字がそんな親切な事してくれるわけないか)


 ともあれ、折角ホーロスの街から離れ森の中を彷徨っていたというのに、不本意にも私はこの時間に戻って来てしまった。加えて、これまでとは違う地点からのスタートとなり、もはや今までと同じ道を辿ることはできない。


 私は、この世界で一体何をすべきなのか……。


(一先ず、この街を離れることはしない方が良いと思う……もしホーロスに来ること自体が間違いなら、そもそも最初の開始地点を西門を通った後にする意味が無いもんね)


 あくまでこれまでの状況を鑑みての判断ではあるが、もしあの悪字の思惑に反する行為がこの街から離れることであれば、そもそも最初にこの街を訪れた時点で時間を戻したり罰を与えてもいいはずだ。けれど現状そんなことは無く、三度のやり直しのいずれも開始地点は街の中に入ってからとなっている。つまり、奴には私にこの街で何かをして欲しいと思っているに違いない。

 ……まあ、それでも『じゃあ何でこの街を離れようとした時点で時間を巻き戻さなかったのか』って疑問は残っちゃうんだけどね……。


 ともかく、時間は止まることは無く既に動き出し始めてしまっている。それに今更フィレーナさんにお願いした街の案内をすっぽかすわけにもいかない。……となれば、一旦は流れに身を任せるしかないだろう。常に神出鬼没の悪字にだけは注意して、且つ頭の角を誰にも決して見られないように。それだけを気を付けていれば、少なくとも唐突に罰を受けさせられるなんてことは無いだろうから。


「――ただ、一番の問題は……あの魔獣だよね。あれって、一体何処から来てるんだろう」


 まだ僅かばかりの雨が降る街の中で、私は独り言の様にそう呟いた。


「ん?……パンドラ、何か言った?」


「えっ?!……あ。な、なんでもないですよっ!」


 しかしそれを隣を歩くフィレーナさんに聞かれてしまったようで、彼女はこちらをチラッと向きながら不思議そうに尋ねてきた。しまった、今の口に出して言っちゃってたかな……気を付けないと。どの発言が悪字の逆鱗に触れるかわからないんだから。


「そお?……あ、ほら着いたよ。ここがこの街で一番大きな商店街さ」


 私達が歩む先、幾つかの露店が左右に並ぶ大きな通りを指差しながら彼女は言った。……あれ、おかしいな。時間的に言えば、まだその日の内の出来事ぐらいの時間しか経ってないのに……フィレーナさんとここに来るのは、随分久しぶりの事のように感じる。


「ここに来れば、この街で売ってるモノは大抵手に入るよ。品質も悪くないし、僕も重宝してるんだ。……まあ、取り敢えず色々と見てみようよ」


「――はい、そうですね」


 こちらとしては二度目となる、フィレーナさんとの商店街散策。何度来たってこの人と一緒なら絶対に楽しいに決まってる。……それに、絶対に欲しいものもあるしね。


「っと、早速発見。相変わらず綺麗だなぁ……」


 立ち並ぶ露店の数々の中、私はある店の前でぴたりと足を止める。そして、端からそれが目的であったかのように私は目の前に飾られていたそれらに喰いついた。


「……あ、魔結晶の装飾品か。いいよねそれ、僕もお気に入りだよ」


「はいっ!とっても綺麗です……あの、すみません!赤い魔結晶が付いたネックレスはありますか?」


「おう、嬢ちゃんいらっしゃい。……っと、一緒に居るのはもしかしてフィレーナか?こんな時間に店に来るなんて珍しいなぁ」


「やぁダンナ、久しぶりだね。今はこっちの彼女の頼みで、ホーロスを案内してるところなんだ」


「なるほどなぁ。……ところで嬢ちゃん、赤い魔結晶の付いた……ねっくれす?だっけか?悪いが火の魔石が付いた商品はこの辺に置いてあるやつだけなんだ」


 店主さんはそう言うと、木製の商品台の上に置かれたアクセサリー類の一角を紹介してくれた。あれ?もしかして、この辺ではこういうやつを『ネックレス』って言わないのかな?

 まあいいや、取り敢えずお目当ての物が手に入れば……。


(えーっと……あっ、あったあった!)


 幾つか並ぶ商品の中で、私は目的の物を見つけ内心歓喜する。それはパンドラちゃんの瞳の様に真っ赤な結晶の中に、入り込むようにして存在する黒い宝石。確か店主さんの説明では、火の魔結晶の中に闇の魔結晶が混在しているとても珍しい物ということだったはずだ。


「あの、すみません。この赤と黒の魔結晶が付いたやつをください」


「お!こいつを選ぶとは、嬢ちゃんお目が高いねぇ。……こいつはな、かなり珍しいもんで二つの魔晶石の欠片が混合してる一点ものだ。滅多にお目にかかれるもんじゃぁねえぞ!」


「へぇー、そうなんだ。確かにあんまり見たこと無い見た目かも……」


「だろぉ?本来なら、これ一つで《《銀貨三枚》》位するんだが……今回は特別に銀貨二枚と小銀貨三枚に負けてやるぜ!」


「え?」


 私が欲しがった商品を持ち出し、声高らかに値引いてくれる装飾品店の店主さん。しかし、その発言に対し私は思わず声を上げてしまった。


「ん?……どうかしたのかいパンドラ?」


「あっ……い、いえ、何でもありませんっ!大丈夫です、払えます」


 ネックレスの値段を聞いて、つい疑問を漏らしてしまった事を反省しつつ私は再び胸元から小袋を取り出す。でも、おっかしいなぁ。確か最初に買った時は、元の値段が銀貨二枚でしかもそこから小銀貨七枚まで値引きしてくれたのに……もしかして足元見られちゃったのかな?


「はい、えっと銀貨三枚でも大丈夫ですか?」


「おう。それで、釣りが……あ?いくつだ?」


「銀貨三枚から銀貨二枚と小銀貨三枚分を引いて……お釣りは小銀貨二枚だね」


「おお、そうだったそうだった。……ほれ嬢ちゃん、お返しと商品だ」


「ありがとうございます」


 お釣りを受け取ってから小袋を仕舞い、そして念願のネックレスを受け取る。いつの間にか無くしてしまった、とっても大切な私の宝物。最初、フィレーナさんがこれをプレゼントしてくれた時は本当に嬉しかったなぁ。


 再び自分の下に帰ってきたそれを、私は大事そうにかけ直す。万が一にもフードが外れてしまわないように気をつけながら、元あった場所にそれを戻した。……本音を言うならフィレーナさんに着けてもらいたいけど、流石にこんなところじゃ頼めないしね。


 けど、それはそれとしてこれを着けた私は見て貰いたい。更に欲を言えば、フィレーナさんに可愛いって褒められたい。


「これでよしっと……ど、どうですか?フィレーナさん……似合ってますか?」


「……うん、勿論だよ。綺麗な君にぴったりだね」


「っ!……本当ですかっ!」


 わざわざ相手の方を向いて、まるでアピールするかの如く私はそれを彼女に見せる。すると、フィレーナさんはにこっと笑いながら綺麗だと褒めてくれた。

 それがどうしようもなく嬉しい私は、内心舞い上がっていた。


「本当さ。……ね?ダンナ。凄く似合ってると思わない?」


「ああ思うぜ、いいのを選んだな。嬢ちゃんのその赤い眼とも相性抜群だぜ。……そういえば、あんた珍しい眼の色だな」


「え……そっ、そうですか……?」


「……言われてみれば、確かに」


「だよな?――――まるで魔族みたいだぜ」


「……ッ…」


 またしても言われた、店主さんの何気ない一言に私はビクっと身体が跳ねた。最初はその言葉の意味も、重さも理解はしていなかったけど……今ならわかる。魔族に疑われることの危うさや、もし真実がバレてしまった時どうなってしまうのか。

 頭の角を誰かに見られるっていうくらい確実な事では無いにしろ、この眼もまた魔族かもしれないと疑われる対象らしい。気を付けないとな……。


「なっ、なに言ってるんですかっ!そんなわけないじゃないですか……ですよねっ?フィレーナさん!」


「――そうだね。こんなに上手に人類語を話すパンドラが魔族なわけないよ。ダンナ、今のは少し失礼じゃないかな」


「う˝っ……た、確かに、言われてみればそうか。悪かったな嬢ちゃん」


「えっ……は、はい、まあ……大丈夫です……」


 自分の身を守る為とはいえ、実は本当のことを言っている店主さんの疑いを私は否定する。そして、話を聞いていたフィレーナさんもまたこちらの意見に賛同するようにおじさんの発言を咎めていた。

 その結果、今回も店主のおじさんは頭を下げて私に謝罪を述べる。……真実は、恐らくその通りだというのに。


(なんか、すっごく悪いことしてる気分……)


 必要な嘘とは言え、それを否定されるだけに留まらず更に追い打ちをかけるように責められて、その上で謝罪をさせられる。そんなの理不尽以外の何物でもない。


 私が魔族だって認めるわけにはいかないけど、せめてこの店主さんに何かお返しをしないと私の気が済まないな。今の私にとって、理不尽に不利益を負わされることほど許せないことは無いのだから。


「……あっ!そうだ……店主のおじさん。一つお願いがあるんですけど、よかったらフィレーナさんに似合う装飾品を一つ選んでくれませんか!」


「えっ?」


 いきなりの私のお願いに、先に声を上げたのはフィレーナさん本人だった。


「実は私、無理言ってフィレーナさんに街の案内をお願いしちゃったんです。……だから、せめてそのお詫びというか、お礼にフィレーナさんにプレゼントしたくて」


「なるほどな。……よし、そういうことならさっきの詫びにその商品を値引きするぜ。どれがいいかなぁ……」


「ちょ、ちょっと待ってよ。パンドラ、そんな僕に気を使う必要ないって……案内なんて、ただの親切心でやってるだけなんだから」


「いいんです、気にしないでください。ただの私の自己満足ですから」


「で、でも……」


 遠慮気味にプレゼントを断ろうとするフィレーナさんに、私は強引にもお礼を渡すつもりだった。今の彼女からしてみれば、何の縁があってと不思議に思うかもしれないけど……それでも、私はどうしてもフィレーナさんに恩返しがしたいんだ。


「――よし、嬢ちゃん。こんなのはどうだ?」


 私とフィレーナさんが押し問答をしていると、その間に店主のおじさんが彼女に相応しい装飾品を持ち出してくれた。

 それは私と同じく、真っ赤に光る火の魔結晶があしらわれたイヤリング。片耳仕様のようで、水滴の形をしているその中はほんのり透けていた。


「確か、フィレーナはこの手のやつを幾つか持ってたはずだからな。それなら普段選ばない色、且つ嬢ちゃんらしいものが良いと思ってな」


「わぁ……すっごく綺麗……それに、可愛いっ」


「……あぁ、そうだね。……本当に貰っていいの?パンドラ」


「はいっ!勿論です!店主のおじさん、これいくらですか?」


「こいつは小銀貨三枚だ。二枚オマケでな」


「わかりました、ありがとうございます」


 予告通り、さっきのお詫びに店主さんは値引きをしてくれた。そして私はそのことと、プレゼントを選んでくれたことに対するお礼を言いつつ料金を支払う。前回とは逆で、今回は私がフィレーナさんに奢ってばっかりだね。


「――はい、フィレーナさん!私からのプレゼント……贈り物です!良かったら受け取ってください!」


「……そんな風に言われたら、断れないよ。……ありがとうパンドラ、大切にするね。そうだ、良かったら着けてくれないかな?」


 彼女はそういうと、こちらに体の横側を向けた。短く青い髪が若干耳に掛かっていて、それを指先でそっと流すと白い肌が露出する。そのことに同性であるにも関わらず何故かドキッとしてしまった私は、その気持ちを隠すように彼女の耳に手を伸ばした。


「ふふ、ちょっとくすぐったいね」


「あっ、すみません!直ぐに済むので、少し待ってくださいね……」


 言葉通り、少しむず痒そうに身体を揺らすフィレーナさん。その仕草が妙に可愛くて、私は再び少しだけたじろいでしまった。

 やっぱり、フィレーナさんって私からするとかっこいいって言うより、可愛い系なんだよなぁ……。


 私は心の中でそう思いつつ、なるべく手短に彼女の耳にイヤリングを嵌めてやる。目の色や髪など格好の多くに青を取り入れているフィレーナさんの、その一点だけが赤く染まって強い存在感を出していた。


「はい、出来ましたよフィレーナさん」


「うん、ありがとう。……えと、どうかな?似合ってるかい?」


「勿論です!とっても似合ってますよ!凄く可愛いです!」


「え、かわっ!?……そんな風に言われたのは、久しぶりだよ。……ありがとうパンドラ。これ、大切にするね」


「――~~っ!……そうして頂けると、私も嬉しいですっ!」


 少し顔色を赤らめながら、本当に心の底から嬉しそうなフィレーナさん。そんな彼女を見て、私も飛び跳ねたいほど感情が高ぶってしまった。喜んでもらえたようでようで良かった!


「――さて、それじゃあもう少し商店を見て回ろうか。私も折角パンドラがくれた贈り物を楽しみたいしね」


「え?……あ、はい、そうですね!店主のおじさん、ありがとうございました!」


「あいよっ!二人とも、また来てくれよ!」


 装飾品店のおじさんにお礼と挨拶をして、私達はその場を後にする。

 私の胸元には彼女から貰った赤と黒に光るネックレス、そしてフィレーナさんの左耳には私がプレゼントしたイヤリングが付いていた。傍から見れば、恋人……いや、とっても仲のいい友達くらいには思われるかな?


 私は一人でそんな妄想を膨らましつつ、引き続き彼女と共にホーロスの街を進むのであった。


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