第11話 嬉しくない再会
――――おじさんが居なくなってから数十分後、私は逃げるようにしてこっそり小屋を出た。
外にはまだ小降りの雨が降っていて、ホーロスの西門付近はさほど多くはない人通りがあった。そんな中、ちらほら立ち並ぶ通行人を尻目に私は俯き気味に街の外を目指す。顔を上げず、誰にも見られない様に。自分の正体がいつバレるかもわからないと怯えながら私は足を速めた。
舗装された石レンガの道を進み、ある程度行ったところで材質が変わる。それが街中と外とを繋ぐ境目だと分かった時に、私はほんの少しだけ視線を横にずらしてみた。
するとそこには、先程私を助けてくれた門番のおじさんの姿が映った。こちらに気づいているのかいないのか、それは定かでは無いがぼんやり私を見ている気がする。……きっと、気のせいではないのだろう。
そんなことを思いつつ、それでも私は足を止めなかった。だいぶ勢いを弱めた降雨の中、街門を目指す僅かな人々にぶつからないように注意をしつつ。私はひたすらに歩みを続けた。
歩く、歩く、歩く――。
そうして、気付けば私の歩みは走りに変わっていた。どこを目指しているわけでも無く、数時間前に自らの足で歩いてきた広大な森を必死に駆ける。
ここがどこなのか、どっちに進めば魔族領に辿り着けるのか、そんなことは分からなかった。とにかく西に真っ直ぐ、途中蛇行したり坂や崖に阻まれて道を見失ったような気もしたけど、それでも進みを止めることだけはしなかった。
……そんなことをしている内に、私は完全に自身の所在を見失っていた。
見覚えのある木々の並びの様な気もするし、そうではないような気もする。まるで思い悩み迷ってしまっている自分の心の中を体現するように、その道は私の進むべき道を彷徨わせていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここ、どこ……」
どれくらいの時間進んでいたのかはわからなかったが、何となく雨が上がったかもしれないといった頃合いのところで、私はようやく一度足を止めた。そして今まで周囲の状況を理解する余裕すらなかったのだが、ここまで走ってきたことによる程よい疲労と気持よく頬を掠めたそよ風のおかげで、また少しだけ冷静さを取り戻すことが出来ていた。
「……そろそろ、いいかな……少しだけ、ゆっくり歩こう……色々と、頭の中を整理したいし」
二度の罰を経て、ようやく訪れた一人の時間。周りには小動物や虫の気配があるくらいで、誰もいない。
本来ならこんな広大な森の中で一人というのは心細いことなのかもしれないが、今の私にとっては寧ろ心を落ち着かせてくれる良い環境であった。
「一旦、情報を整理しよう。……流石に、意味の分からないことが起き過ぎたからね」
ゆったり歩行を続けながらも、私は一度深呼吸をした。木々の密集地域に充満する新鮮な空気をお腹いっぱいに吸い込んで、体と脳に十分な酸素を行き渡らせる。……よし、今なら少しはまともな考えが浮かぶかも。
まず初めに、分かったことはここが日本……否、地球ですらないということ。薄々そうかもしれないと思っていなかったわけでは無いけれど、それでも今までは現実にはあり得ないと無理矢理自分を納得させていた。
しかし、これだけ証拠が揃えば疑いようがない。見たことも無い獣人という種族、またそれを含めた全ての種族から忌み嫌われる魔族と、それらが住んでいるらしい魔族領。そして、極めつけはあの化け物みたいな鶏コカドリーユに性格の悪い悪字の存在。あれらが特に、この世界の異常さを証明していた。
そして、そんな中で私はこれまた異様な現象に遭遇して……二度、命を落とした。一度目は焼死によるもので、二度目は絞首によるもの。そのどちら共がどこともわからない不思議な場所に強制的に誘われての犯行……あの苦しさは、一生忘れることはできないだろう。
そのトリガーはやはり、あの光る文字だ。
奴が私に何かを命じた時、それを拒んだり無視し続けると直ぐにあの処刑場に送られてしまう。今のところその原理は全く分からず、故にそれを回避する手立てはない。ただ一つ、確かなことは……あの悪字の指示に従わなければ、私は文字通り死ぬほど苦しい罰を受けるということだけ。
けれど、それ以外にも罰を受ける可能性があった。それは二度目の絞首の際、私は確かに悪字の指示に従い余計なことを口にしなかった。
しかし、それは当然だと言わんばかりに、その後魔族かもしれないという疑いを多くの人から持たれた結果私はまた罰を受けさせられた。ちゃんと指示には従っていたのに、そんなことはお構いなしの蛮行……だが、そんな行為にもし意味をつけるのだとすれば、そもそも悪字にとって指示に従うことは前提条件であり或いは何かしらのゴール地点に対しそこから大きく外れた時点でダメという判定なのかもしれない。
本当に許せないし、納得し難いことではあるけれど……それでも、もし事実がそういうことであるならば幾らか理解だけはすることが出来る。
そして、それ故にもう一つわかることがある。それは一度目の罰を受け、その後に出会ったフィレーナさんの反応だ。あの時は私も心底慌てていたし、冷静では無かったから状況を正しく理解できなかった。
けど、今ならある程度のことは察することはできる。コカドリーユに会った時、あの時の私は確かにフィレーナさんから貰った魔結晶のアクセサリーを持っていた。それに、隣に居た彼女も間違いなく私の事を認識し友達であると思ってくれていたはずだ。
……なのに、どういうわけかその後に会ったフィレーナさんはまるで私と初めて会ったというような反応を見せた。更にそれだけでなく、私があれだけ大事に持っていたアクセサリーがいつの間に消えてしまっていたのだ。勿論ただ無くしたということもありえなくはないが、それでもその両方の状況が揃えば考えられる可能性はそう多くはない。
――ヒントは、私が罰を受けた後に目を覚ました西門近くの通り。
――それに加え、あの丘の上に居た時には一度止んでいたはずの雨が再び降り出してから、いつまで経っても止まない事。
――そして、今になっておかしいと思ったのが二回も私を助けてくれたあの門番のおじさんの反応だった。
「……同じ人が一日に二回も倒れてたってなったら、流石に心配したりそのことに触れたりするよね。……でも、そうしなかったってことは――」
これまでの状況証拠をそろえ、考えうる限り最もあり得る可能性。
当然それは現実では起こるはずもなく、突拍子もない机上の空論。
……それでも、これが今最も有力且つ納得できる話であった。
「これだけ証拠が揃えば間違いないよね。――――私は、罰を受ける度時間を遡っている」
より正確に言うのであれば、あの性悪悪字が望む結果に私が辿り着かなかった場合。その時私は罰を受けさせられ世界をやり直させられている。
そう考えれば、全ての現象に理解が及ぶのだ。
一度離れ離れになり、街役場の前で再会したときのフィレーナさんの反応も。いつの間にかどこかに消えてしまい、今も尚その所在が分からなくなってしまった私の宝物も。そして何度も倒れあまりにも身体が弱すぎる私に対し、あのおじさんが何も言ってこなかったことも……全ては、私が世界を繰り返し時間が遡っているから。
この発想が出たのは、最初にあの悪字から指示をされた時に見た世界に走った黒い稲妻だ。私はあれを見て、その時はまるでビデオテープの巻き戻し機能のようだと思った。本当に実在していたのかはともかく、視界に移り目に見えていたそれは昔おじいちゃんに見せてもらったブラウン管テレビに映るそれとよく似ていた。
今私の置かれている現象は、その応用なのだと思う。
ビデオテープを再生する、ビデオデッキに備わった機能。停止、巻き戻し、そして再生。それを数秒の感覚で繰り返すのではなく、大きく巻き戻せば例えば私とフィレーナさんが出会う前の時間にだって時を戻すことが出来るだろう。……にわかには信じ難いことだけれど、そう考える他に今の私では正解が導き出せそうになかった。
「つまり……あの悪字は、何かしらの目的があって私をどうにかしたいってことか。……それなのに、私がそれを拒んだりドジを踏んだら強制的に時間を巻き戻してやり直しをさせる……あの、罰と言う名のただの惨殺を起こしてから」
カラクリが分かってくると、これまでに起った色々なものの見方が変わってくる。最初から分かっていた事だけど、あの悪字の主は本当に性格が悪く性根が腐ってると思う。それにタイミングも最悪だし、やり方も最低だ。
私に何を望んでいるのか知らないけど、言いたいことがあるなら直接言いなよって感じ。
「――――だから……”次は違えるな”か……ホント、最低」
罰を受けたその後、私は一度死にその苦しみを自身の魂に永遠に刻み込むことになる。
……しかし、その片隅で私の頭の中に毎度残っている景色があった。確かに命を失い、誰もいなくなったその処刑場に憎たらしくもぼんやりと浮かぶ文字たち――そこに、毎度ご丁寧に『次は、違えるな』と書かれているのだ。どうやってそれがそこに書いてると認識しているのかはわからないけど、兎に角そこにはそうあって悪字が死んだ後の私にもそれを伝えようとしているのが分かっていた。
「……でも、ということは……今の時間帯は、私がホーロスの街に着いてすぐの頃ってことだよね。一番最初はその後すぐにノモス食堂に行ってそこでフィレーナさんと出会った。……逆に言うと、この世界線では私と彼女はまだ会っていないってことになる」
本来であれば、私があの場所で倒れて門番のおじさんに助けてもらったりしていなければ、今頃私はノモス食堂に行き温かくて美味しいスティを啜っていたことだろう。またそこでフィレーナさんと出会って、仲良く二人で街を練り歩いていたはずだ。
だが、今の私は二度目の罰の影響により意識を失い、再び門番のおじさんに助けられた後ホーロスの街から離れ森の中を歩いている。……つまり、今の私にはあの街に何の未練も無い状態ということだ。
「もう、あの街に戻ることもできないし……必要もない、か」
現状、今の私には三度目の罰が下っていない、且つ悪字からの指示も何も見つからない。ということは、少なくとも私はまだ奴の想定の範囲内に居るということだろう。色々分かった後で思えば、勝手にあの街を離れるという選択は良くなかったんじゃないかと思ったけど……世界に稲妻が走ったり、時間が巻き戻っているような感覚は今のところしていない。
要するに、街を離れ森を進むという行動は『間違い』には当てはまらないってことなのかな……。
「でも……それじゃあ、これからどうしよう……」
街に戻ることも出来ず、魔族領とやらに帰る手段も無い私は途方に暮れる。
というか、そもそもこのパンドラちゃんはどうしてこんな森の中に居たのだろう。一応お金は持っていたみたいだし、外套を羽織っていることからある程度の遠出を想定していたのは分かる。だけど、まさか一人でこの魔獣が出るらしい森を抜けて、人の住む街を目指していたわけじゃあるまいし……。
もし、パンドラが本当に魔族なら、他の種族に見つかったらどうなるかくらいわかっていたはずだ。
「……でも、それ以外に考えられないよね。ホーロスの街から魔族領に帰る途中だったのか、はたまたその逆かは分からないけど……少なくとも、こんな女の子が一人で森の中に居ること自体が異常だし。……ねぇ、あなたは何をしたかったの?」
今、自分と運命を共にする身体に私は問う。あなたは何故こんな場所に居て、これから何をしようとしていたのか。仮に、彼女が魔族領を離れた理由があまり良くないものであったのなら……もしかしたら私は、魔族領に帰ることすら叶わないのかもしれない。
「――まあ、そもそも足だけで辿り着けるのかどうかも怪しいけど。……ハァ、どれくらいの距離があるんだろ……」
少し上りの道になっていた通りを上がって、私は切れた息を整えた。
空には既に雨は無く、残っていたのは雨雲というには少々乏しい雲が覆う曇天だけ。と言ってもその隙間から日の光が薄っすら差し込んでいるので、これより先は天気も回復してくるのだろう。……ということは、恐らく本来なら今私はあの丘の上に居て、フィレーナさんと一緒にあの巨大な雄鶏に襲われている頃合いということだ。
「…………フィレーナさん……街の人も、無事かな……」
既に巻き戻り、無かったことになってしまった世界と今とを比べて、私が危惧すべきはヤツの存在。コカドリーユは何処からともなくあの街の中へと侵入し、そして私達の元に現れた。それがこの世界軸でも同じことが起こっているのかは知らないが、もしそうであるならば……きっと今頃、街は大パニックに陥っているだろう。
「……でもまあ流石に、今回もフィレーナさんが一人であの丘の上に居るとは限らないよね。……だって、そもそも私に街を案内してくれた過程であそこに行ったんだから」
そう、自分に言い聞かせ私は再度歩き出した。
何処を目指しているわけでも無いのに、何の意味も無くただ立ち止まってはいられないが為に。
……ところが、その歩みは小さな一歩を踏み出したところで急に止まってしまった。
「――?……今、誰か何か言った?」
信じられない事に、たった今森の奥で誰かの声が聞こえた……気がした。まるで叫び声の様な、遠くで大声を上げたような僅かな響き。それが男のものなのか女のものなのか、それどころか人の声だったのかすら定かではない。
しかし、それでも確かに何かが聞こえたのだ。
「……言ってみるしかない、よね。……こんなところでずっと彷徨ってても埒が明かないし」
そう思った時、私は直ぐに自分の次の行動を決めた。何の手掛かりも無く、何の進展もないまま進むくらいなら……せめて、誰かに出会えた方が道が開ける可能性があある。大丈夫、正直怖いけどこの世界ではまだ門番のおじさんにしか角を見られていない。一応、ちゃんとフードを被り直しておこう。
意を決し、私は恐らく声が聞こえたであろう方向に進んだ。
疎らに立ち並ぶ大木を抜け、およそ動物すら選ばないであろうルートを通る。
すると、草木を分けた先でいきなり開けた場所に出た。しかもそこは獣道になっており、更にはその上に数時間前にも同じものを見たような気がする大きな鳥類の足跡が残っていた。
「げっ。もしかして、一番最初の場所に戻って来たわけじゃないよね?……折角ここまで進んで来たのに、まさかグルグル同じ場所を往ったり来たりしてたなんてことは……」
自分を方向音痴では無いと自負していたのに、もしかしたらそうなのかもしれないと私は少しだけヘコんだ。別に地図が私の言う通りに動いてくれないだけで、いつもはもーちょっと上手く目的地に辿り着けるんだけどなぁ……。
と、誰に向けたでもない言い訳を吐きつつ、私は再度声のした方向に向き直った。
――――だがその時、自分のすぐ近くでけたたましい何かの叫ぶような声が聞こえた。
いや、叫び声というよりそれは鳴き声。
恐らく図体の大きい鳥か、或いはそれに似た何か。獣でもなく、無機物でもなく、ましてや人の者では決して無い、耳を塞ぎたくなるような劈く呼び声。
……そして、その鳴き声は私にとって大変聞き覚えのあるものであった。
「えっ―――ま、まさかっ……!?」
考えうる限りの最悪な状況が頭に浮かんで、私は一瞬の内に大量の汗をかく。
なのに全身がガタガタと震え始めて、同時に恐怖した。……あの鳴き声、今のすぐ近くで聞こえたような……。
距離にしたら僅か数十メートル程。先程見つけた獣道に沿うようにして、その進む先から鳴り響いたように感じた。
「――やばい……!!」
逃げなきゃ、そう言葉を続ける前には既に反対方向に振り返り駆けだす寸前である。兎に角、奴から離れないと。そればかりを考え走り出そうとしていた。
「コオォォォォーー!!ッコォォォォオーーー!!!」
それとほぼ同時、再度鼓膜を引き裂くような声が上がった。
それは、まるで力強い大きな怪物が得物を見つけた歓喜の様に。天を向き高らかな咆哮を上げ、そしてこちらに向かって走り出した。
「やばい……やばいやばいっ!!」
地響きのような地面を蹴り上げる揺れを感じ、私は脇目も振らずに逃げ出す。慣れないブーツに、多少拓けているとはいえ森の中という悪路を構わず走り続けた。
「コォ、ッコォォォォオーー!!」
「やばいッ!!来てる来てる来てるっ――――!!」
ドタドタと不規則な並びで追いかけてくる怪物……雄鶏、【コカドリーユ】を背に私は森の中を猛進した。何故、どうしてコイツがここに居るのか。そんな疑問すらちゃんと浮上しない程に、ただひたすらに逃げ回った。
「コォーー、コココココォォオ!!」
「なに何ッ?!なんで追っかけてくるのっ!!」
決して後ろを振り返る余裕は無かったが、奴は間違いなく私の後ろをピッタリ付いて回っている。完全にこちらをロックオンして、絶対に得物を逃がさないという執着を感じた。
「まずい、このままじゃ追いつかれるッ!どっか、隠れられそうな場所は――――!」
このまま真っ直ぐ逃げていてもいつか追いつかれてしまうと思い、私は必死に周囲を見渡した。あの巨体と、火を噴くこの怪物をどうやったら撒くことが出来るかと。
――だが、私の注意が散漫になったその時、何故か既視感を感じる嫌な浮遊感を感じた。
「……あっ」
それは前方をしっかり確認しなかったからこそ起きた、当然といえば当然の事態。走るのに夢中になっていた私はその進む先がどうなっているのかも理解せずに、妙に見通しの良くなった道を構わず行ってしまった。
結果、私は全速力で駆けつつ崖先に突っ込み、そのまま星の重力に従い落下を始めたのだった。
「ッ!?な、何でぇぇぇぇぇぁぁ……!!」
高さにして、約二十メートル程。下が普通に地面であることを考えると、もしここを飛び降りたとしたら十分に人が死ねる高さがあった。
……しかし、本当に運のいいことにたまたま落下地点に大きく茂った木々が密集しており、その上に落ちることが叶う。
「わっ!……っぶ、いたッ……!!」
葉っぱと枝に塗れたクッションにおもいっきり落下し、そして幹を辿って私は地面に落下する。幸い致命的な怪我はしなかったものの、体中の至る所を切ったり擦り剝いたりしてしまった。
「痛ッ……もう、何なのホント……」
加えて、全力でついてしまった尻餅によりお尻と腰に鈍い痛みが走る。ズキズキと痛覚を刺激するそれは、私に小さなうめき声を上げさせるには十分であった。
――ガサッ。
だが、そんな私を世界は休ませてくれない。
痛みを耐える為、お尻を擦っていたところで突然何かが動いたような音が聞こえた。それは前方にあった茂みの方からしつつ、その音は徐々に大きくなっているような気がする。
「――っ!……こ、今度は何……?」
私はそう溢しつつ、一応の警戒態勢を取る。だが落ちてきた衝撃でまだうまく立ち上れずに、結果崖下の壁に沿うように身体を寄せた。
その間も、止まらずそのナニかは接近を続ける。
――ガサッ……ガサガサ、ガサ……。
……?あれ、一つじゃない……?
更に奇怪なことに、こちらに近づいてくるその存在は一つではないようだった。複数人、或いは複数体でこっちを目指し、その音を大きくしている。それどころか、既に人の様な影が見えようとしていた。
――――『会うな』
……しかしその刹那、またしても悪意からの指示があった。
私が前方に注意を向けていると、その視界の端でぼんやりと浮かぶその言葉。会うな……ということは、今こっちに向かってきているのは『誰か』ということになるけど……。
だが、それと会うなというのが悪字の求める結末らしい。そして、万が一にもそれに背けば私に待っているのは辛く苦しすぎる”罰”である。
そう思った時、私は居ても立っても居られなかった。早く、この場を離れないと……そのことばかりを考え、藻掻くように無理矢理立ち上った。
「――コォォォォォォォオオ!!!!」
直後、またしても崖上から大地を揺るがす程の咆哮が聞こえた。グラグラと視界が振られて、ガタガタと崖の一部が崩れ落ちる。当然、そんな中歩くことが出来る筈もなく、間も無くして”彼ら”は私の前に現れた。
「――――ようやく、見つけました……」
強い西日に照らされて、その姿が完全に露わになることは無かった。
加えて、会うなという言葉になんとか沿おうと、私は意味があるのかもわからないがともかくソレと目を合わさないように薄っすら瞼を閉じていた。
……だが、今のは……もし見間違いでなければ、その人の頭にも――。
――――ここで、私の意識は三度消失した。




