表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

第九部 米から貨幣へ

享保十三年・七月初旬。

江戸城西の丸、勘定方の会議室には、幕府内でも特に重職にある者たちが並んでいた。


その中央に立つのは、未来より来た男――清水久志。


彼の前には、藤嶋時頼、原田利久、そして幕閣から派遣された視察役数名。老中・稲葉和泉守の影響下にある者も混じっている。


「本日は、清水殿より“年貢制度の改革案”があると伺っておる。聞こう」


そう促したのは、やや中立寄りの老中・牧野遠江守。


久志は、深く一礼し、口を開いた。


「……皆様。本日は、非常に根本的な提案を申し上げます。それは――“米による年貢徴収”を段階的に廃し、貨幣による納付へと転換することです」


ざわっ、と場がどよめく。


「年貢を……米ではなく、銭で徴収するだと……?」


「それは、幕府が築いてきた“百姓支配の柱”を崩すということではないか!」


「百姓に銭を持たせれば、思想が乱れる!」


非難が飛び交う中、藤嶋が低く一喝する。


「静まれ!」


一瞬、場が鎮まる。


久志は、淡々と続けた。


「……確かに、米は江戸社会における“経済の柱”です。しかし、実際の市中経済では、米で物を買うことはほとんどありません。百姓たちは年貢のために米を差し出し、その対価として銭を得るために、問屋へ売りに行かねばならない。そして、そこに中間搾取が生まれる」


「つまり……米を現物で取ることが、かえって農民の負担を増やしていると?」


牧野老中が口を挟んだ。


「そのとおりです」


久志はうなずいた。


「百姓の納税手続きが簡略化され、貨幣が村に浸透すれば、物の流れも活発になります。さらに、幕府も貨幣収入を得ることで、“財政の即応性”が高まります」


「即応性……?」


「はい。現物の米では、政策実行のための資金流動性に乏しい。しかし、貨幣であれば、支出調整や投資判断も素早く行える。現代で言えば、いわば“政府予算の柔軟化”に近い効果を持ちます」


老中たちは顔を見合わせた。

その中で、稲葉に近い一人が冷笑を浮かべて言った。


「だが、貨幣などというものは信用で成り立つもの。百姓に信用はあるのか?」


久志は、少しも怯まずに答えた。


「信用は、最初から“与える”ものです。そして、それを裏切らせぬ仕組みを築く。それが為政者の責任です」


一瞬、静寂が訪れた。


藤嶋が立ち上がり、言葉を継ぐ。


「この改革がなれば、江戸の財政は大きく変わる。……だが、その分、反発も大きかろう。実行には、幕府中枢の協力が不可欠。老中諸侯におかれては、熟慮いただきたい」


会議終了後、藤嶋と久志は城外の廊下を歩いていた。


「……よくぞ、あの場であれだけ語ったな」


「……正直、足が震えていました。けれど、僕が言わなきゃ、誰も言わないと思ったから」


藤嶋は小さく笑った。


「信じておるぞ、久志殿。……あとは、幕閣が動くかどうかだ」


だがその頃――


老中・稲葉の屋敷では、すでに新たな策謀が練られていた。


「米の価値を貶め、貨幣を増やすなど……それは、武士の禄を“紙切れ”に変える行為に等しい」


稲葉は静かに言う。


「このまま清水久志を野放しにしておけば、いずれ“秩序”そのものが崩れる」


側近の忍・霞が膝をついた。


「次なる一手は?」


「各地の旗本に“年貢軽減反対”を煽れ。……久志に、“民の味方”でなく、“武士の敵”の面を被せるのだ」


そして、久志がまだ知らぬところで、旗本たちの一揆寸前の不満が江戸の外で渦を巻き始めていた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ