僕は単なる運び屋です
2018年?頃、初めて「なろう」に登録した時に載せていた中の一つをお蔵出ししました。
絶え間なく武器のぶつかる音。
大魔法が炸裂する衝撃。そして地面を揺るがす振動。
そう。ここは暗黒の島にあるダンジョンの最奥。魔王城の玉座。
そして今、正に魔王と勇者パーティの最終決戦の真っ最中であった。
跳躍した勇者が自分よりはるかに大きい魔王に斬りかかっていくのが見える。
勇者が打ち込んだ後、間髪入れずに魔法使いが強力な魔法を何発も魔王に打ち込む。
賢者も僧侶も戦士も、皆それぞれの得意技で魔王に立ち向かっている。
だが、強力な防壁に阻まれ未だに致命的な一撃はできていない。
明らかに苦戦している。徐々に体力を削られ傷を負っていった。
勇者パーティの面々の動きが鈍ってきているのが素人目にもわかった。
岩陰に隠れて戦況を見つめるこの僕は正式には勇者パーティの一員ではない。
単にこの魔王城がある島まで勇者一行の荷物を運んできた運送屋である。
何故、魔王城までの道取りに僕が雇われたかは理由がある。
でも、ここにたどり着いた今、完全に僕は場違いだ。
来る時に遭遇した危険な敵は勇者一行が粗方始末してくれていた。
今なら僕だけでも無事最後の村に帰れるから帰っていい。
そう言われたのだが結局、玉座までコッソリついてきてしまった。
何故それが可能だったのかは僕のスキルも少し関係あるけどそれはどうでもいい。
せっかくここまでついてきたのだ。命は確かに惜しい。
ただ、僕は後に伝説となるであろう戦いを目に焼き付けたかった。
そんな野次馬根性だ。ついでに渡し忘れた物があるし。
最終決戦に立ち会えるのは勇者パーティに御供できる唯一の一般人の特権?だ。
命が代償になるかもしれないけど。
いざ来て見ると勇者パーティが不利な状況だった。
明らかに敗色濃厚である。
魔王の強大な魔力を帯びた物理攻撃がパーティ全員を吹き飛ばした。
僕が隠れている大岩まで衝撃が伝わった。
軽く100メードは離れているのに、さすが魔王だ。
今の一撃で遂に勇者パーティで立ち上がる者が居なくなってしまった。
僕が隠れていた近くに吹き飛ばされてきて倒れた者がいる。
装備をバラバラに打ち砕かれた勇者だ。
全身から血を吹き出し、息も絶え絶えだがそれでも気丈に魔王をにらみつけていた。
だが、既に体が言う事を聞かない様だった。
伝説の聖剣「覇王の剣」と共に岩にもたれかかっている。
最早動くことはかなわない感じだ。
魔王は勇者の状態を確認して自分の勝利を確信した様だった。
余裕綽綽でこちらに地響きをたてながらゆっくり歩いてくる。
僕は衝動的に岩陰から飛び出したて勇者を岩陰に引きずり込んだ。
役にたたない一般人でも目の前の勇者を放ってはおけなかった。
「き……君は、運び屋の……帰らなかったのか?」
「すみません……勇者さん、まずこれを!」
僕は腰のポケットから薬と薬草を取り出す。
飲ませた上で全身血まみれの肌に薬草をありったけ貼り付けた。
「この傷では回復しきれない。無駄だ……でも、ありがとう」
「こんな事しか出来なくてすみません」
「一般人を巻き添えにしたくなかったが……すまない。今からでも……逃げろ」
「今更もう間に合いません。なら僕も少々足掻いてみます」
「何を言ってる……?」
「勇者さんすいません。この剣借ります。これならあいつを切れるんですよね?」
「よ、よせっ……君には……無理だ」
今にも気を失いそうな勇者にこれ以上戦わせるのは無理だ。
そう思って僕は既に力が入らない勇者の手から「覇者の剣」を借りた。
貧弱な僕の腕では支えきれない。その重さによろける。
こんなものを振り回していたなんてやっぱり勇者は凄い。
自分なんかじゃ目の前に構えるのも苦しい。
僕は自分のささやかな唯一の力を使う事に決めた。
どのみち、もう逃げる事は不可能だろう。
ならばやけくそで足掻いてやる。
平凡な僕が持つ唯一のスキル。
確率で言えばこの能力を持つ事は非常に珍しい。
世界で何人いるのかわからない。
僕は自分以外の人が使うのを見た事が無いから。
幼少時親に連れて行かれた神殿で生まれ持った能力が分かった時は大騒ぎになった。
王国の偉い人達がわざわざ辺鄙な村に来たくらいだ。
でも、その後僕の評価は一変した。
役立つ範囲が限られていてほぼ利用価値が無かったからだ。
おまけに魔力消費が半端なく大きくて使えばすぐにヘタって連続使用が難しい。
はっきり言って使いどころがあまり無いスキルだった。
それなのに小さい時は国の研究材料にされかかって酷い目にあった。
でも、この能力は運び屋にはしばしば有効だ。
僕がやり手の運び屋兼地図係として勇者パーティの荷を任せられたのもこのスキルのお陰である。
ともかく僕は震える手で覇王の剣を持って魔王と対峙した。
「? ……貴様、一般人だな? 我に歯向かおうなどとは笑止。
虫けらが。自分の不運を嘆くがよい」
「と、とにかく、やってみるよ」
どうせこのままでは死ぬだけだ。
覚悟を決めてなけなしの勇気を振り絞って剣を構える。
そして震える腕と足を動かして魔王に接近した。
一方、魔王は僕の事などは羽虫程度にしか思っていないのだろう。
僕に対して無慈悲な一撃を叩き込むこともなく地獄の炎で焼き尽くす事も無かった。
その大きな手足で間近に来る僕を瞬殺するつもりなのかもしれない。
ただ、興味のない目で僕が近づくのを他人事の様に眺めていた。
「愚かな奴よ……貴様ごときがその剣を持ったとて我には意味など―」
「っ!」
僕は能力を十連続使う感じで発動させた。
九連続ダッシュで間合いを詰めて最後に跳躍する。
「覇王の剣」は魔王の胸に直接刺さっていた。
魔王の身長が高いので僕は剣の柄を握って懸命にぶら下がっている。
一体、何が起こったのか。
剣が突き刺さる体を見て魔王の目が驚愕に開かれている。
僕は初めから魔王に切りつける事など考えてはいなかった。
そもそも勇者しか出来ない事を僕の様な一般人が出来る訳がない。
自分なりに決心して唯一の能力を使い、駄目なら死ぬ。
そんな一か八かの気持ちで思い付きを実行しただけだ。
そしてそれはどうやら成功した様だった。
単なる運び屋の僕の唯一の特殊能力、短距離瞬間移動。
凄い力と言われたのち失望されたその原因はどんなに頑張っても五メードすら跳躍出来なかったからだ。
確実に跳躍出来るのはせいぜい三メードまでだが運び屋としては有用だった。
難しい場所を避ける事が出来るし車輪が泥に埋まろうが関係ない。
重い荷物も問題なく運べたから。
つまり僕は運び屋は運び屋でもテレ運び屋という訳だ。一応。
瞬間移動は自分の身一つを異動させるものではない。
そういう理屈ならば移動するたびに何も身に付けていない裸になってしまう。
つまりテレポートとは自分が身に着けている物ごと体を移動させる能力だ。
僕が触ってさえいれば馬車ごと移動も可能だ。三メードまでだけど。
瞬間移動の仕方は、まず自らの移動先を頭の中で座標指定する。
いわゆる空間認識能力と言う奴だ。
今回僕が魔王に剣を突き入れる事が出来たのは移動座標を工夫しただけだ。
僕は瞬間移動の際に手に持つ「覇王の剣」の刀身部分が魔王の中に直接移動する様に座標を調整しただけだ。
物理的な力などは一切ない。
つまり、瞬間移動した時点で「覇王の剣」の刀身は魔王の体に刺さっている。
テレポートは指定空間に割り込む代物なので魔王の物理耐久魔法も全く意味は成さなかった。
その後、僕は腹を貫いただけでは安心できないので連撃に移る。
普通なら魔力切れですぐにヘタって連続でテレポートは出来ない。
だけど今ならまだできる。先程実感したしその可能性に賭けたのだ。
以前、勇者が教えてくれた。
「覇王の剣」は魔法使用時の消費魔力をものすごく小さくする代わりに保有魔力を増大させる能力が付いている、と。
胸、首、額、脳天。
普段では不可能な連発を繰り返し僕は魔王の急所と思える場所に移動する。
そして瞬く間に串刺しにしていった。
「グアアアアアアアッ!!!!」
やがて絶叫ととも鉢の巣になった魔王は全身から液体をほとばしらせた。
そしてものすごい音を立てて地面に倒れた。
そしてどういう原理なのか塵か粉の様に消えていった。
大きく息を吐いて振り返ると勇者パーティは呆然と僕を見ている。
「き、君は一体……」
「な、なんとか終わったようで良かったです。さぁ帰りましょう」
僕はパーティ全員を集めて「覇王の剣」を握ったまま連続で瞬間移動した。
まだこの魔王城の中に魔王軍の敗残兵がうろうろしていると思ったからだ。
さすがに能力の使い過ぎで頭がガンガン割れる様な頭痛がしたけれど我慢して見える範囲で瞬間移動を繰り返す。
そして何とか魔王城へ至る最初の崖の麓に到着していた。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば……一安心かな」
後は麓に降りてこの暗黒の島を出るだけだ。
主を失ったこの島はこれからどうなるのだろう?
上空を見上げると暗雲が徐々に渦を巻いて消えていくのが見えて心が躍る。
ついに世界から脅威は無くなったんだ!
麓に降りると僕は荷物船に積んである持ちきれなかった予備のポーションを持って彼らの元へ戻る。
そしてありったけ使って、勇者を回復させた。
傷の癒えた勇者は皆に回復呪文をくり返しかける。
そして全員何とか動ける程度には回復した。
先程の戦闘では回復魔法をかける暇も余裕も無かったみたいだし、良かった。
あっそうだ。忘れてたことがあった。
僕は勇者に声をかける。
「あ、あの、勇者さん。こんな時に何ですがちょっといいでしょうか?」
「?」
「魔王討伐の長旅お疲れ様でした。
御請求書の控えをお渡しするのを忘れてまして。
荷物の輸送料はこの間お話しした通りの金額です。」
「え? あ、ああ。」
「すみませんでした。支払いは前に言った通り輸送ギルドへお願いします。」
勇者は訳の分からないといった感じで言われるがままサイン済みの請求書の控えを受け取った。
立ち去ろうとする僕を勇者が引き止める。
「待ってくれ! 君は、君は……これでいいのか?」
えっ、どうしたんだろう?
ひょっとして、手柄を自分達に譲っていいのかと言うことかな?
「はい。僕は単なる運送屋ですから」
「そういう訳にはいかない。君がいなければどうなっていたか……」
「たまたまです。
ただ刺すだけなら僕の能力の使い方次第でいけるかもって思ったので。
一か八かでしたけど良かったです」
「いや、魔王を刺すと君は簡単に言っているが、その一太刀を浴びせる為に僕達はずっと苦しい修行と苦難の旅を続けてきたんだ」
あの魔王が抵抗する事も出来ずに紙きれの様に串刺しになっていく。
勇者の僕も賢者や戦士の彼らもただ呆然と見守るしかなかった。
目にもとまらぬ速さの太刀筋、重い打ち込み、絶大な魔法。
今まで自分達が長年血のにじむ修行の末に身に着けた能力とは一体何だったのか。
僕は黙って勇者のそんな独白を聞いていた。
何を言っても傷つけそうな気がしたから。
「荷物運びの君は事もなく魔王討伐を成し遂げたんだ。
結局自分達は何だったんだ。
勇者という存在は何なのか、僕にはわからなくなった……」
「そんな気にしないでください。僕がお役に立てたのはたまたまです」
「しかし……」
「勇者さん。あなた方には今までずっと積み上げてきた実績や評判があります。
ずっと人々の為に苦難を乗り越えてきたあなた方が賞賛を受けるのは当然です」
僕がそう告げると勇者は黙った。
勇者は魔王に止めを刺したという手柄を僕から横取りしようなどとはしなかった。
心根も真の勇者にふさわしいと思う。
僕としては仕事の報酬である輸送費をギルドに収めてくれればそれでいい。
「僕が魔王に止めを刺したなんて言ってもホラ吹きと思われるのがオチですしね。
では、これで失礼致します。
当初の予定通り勇者さん達用に船は一隻おいていきますので。」
そう言って僕は荷物船に乗り込むと呆然と立ち尽くす勇者達を置いて去っていった。
昔書いていた奴も手が空けば修正して出そうかなと思います。