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DARK SIDE  作者: 白花 みのり
高専編
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04話 秀才、英才、鬼才、そしてしがない天才

 「どーもー。きみたちが僕の担当生徒か」


 目の前のとてつもなく軽薄そうな男が教官だということに扇鈴は疑いの目を向け、藤弥は呆れたように深くため息を吐く。それに気づきながらも本人はそれを微塵も気にする様子はなく生徒たちを見やる。


 「きみが日浦伊吹くんか。噂はかねがね」


 「噂?」


 「いろいろね。やあ、久しぶり」


 相良は伊吹への言葉はそこそこに、藤弥に視線を移した。言葉とともに合わさった視線を藤弥は気まずそうにさっと晒す。


 「入学早々喧嘩したらしいけど、相変わらず旧家も大変だね」


 「別に喧嘩はしてないですよ」


 「まあ確かに向こうが一方的に突っかかってただけだね。にしても彼もきみのあの態度が気に入らないんだろ。ちょっとくらい歩み寄ってあげればいいのに」


 あの日、その場にいなかったはずの相良はまるで見ていたような言い方をする。それに違和感を覚えた扇鈴が問うより先に、その話からさっさと話題を変えたかった藤弥が口を開いた。


 「そんなことより、少しくらい普通に出来ないんですか」


 「また窮屈そうなこと言ってるね」


 初日からまったく姿を見せず、班編成が決まってからも生徒たちを待たせ、挙句転移で勝手に移動させる教官に、苦言を呈す生徒。まともなことを言っているのは藤弥なのだが、相良は呆れたような視線を藤弥に向ける。


 「こんなところでなんだし、話は移動してからにしよう」


 じゃあ行こっかと相良は目的地を告げずに歩き出す。


 「ああ、きみは戻って良いよ」


 「え、ちょっ、」


 相良の言葉とともに柳原の周りの景色だけが歪み、その場にいたはずの柳原が姿を消した。唖然としている3人をよそに、ほら行くよーと相良は気にすることなくさっさと山の中に入っていく。


 「なにしたんですか。ていうか、さっきからぽんぽんやってますけど、転移なんて上級の浄化師だってそうそうできるもんじゃないですよ」


 「んー? じゃあ僕が超上級ってことでいいんじゃない?」


 「超上級って……特等浄化師なんて歴代でも両手に収まる程度、現役の浄化師じゃ1人しかいないんですよ」


 真剣に質問している藤弥と真面目に答える気のなさそうな相良のやりとりを伊吹と扇鈴は後ろから眺めていた。

 クラスの中でも落ち着いている藤弥が、こんなに矢継ぎ早に話しているところなど見たことがなかった。時々訓練のコツを教えてもらっていた伊吹は扇鈴よりも藤弥と関わりがあったし、実は面倒見がいいことも、案外話すことも知っているが。だとしてもである。初日に夜行が掴みかかったときも、最終訓練に侵入してきたなにかと対峙したときでさえも落ち着いていたような性格だ。2人、特に扇鈴のなかで藤弥のイメージが変わった。


 「この1ヶ月姿見なかったですけど、なにしてたんですか。ていうか自由にできすぎじゃないですか?この間の最終訓練のときだって高専空けてたって……」


 「高専は僕に恩があるからね。そんなことより自分の心配をしな」


 相良の言葉になんの心配だと不思議に思ったが、それはすぐにわかった。


 「ちょ、あの、どこまで、行くの」


 険しい山の中を鼻歌交じりに苦もなく進んでいく相良とは裏腹に、3人は肩で息をしながら置いて行かれないようにその後を追う。背中は曲がっていき相良みたく普通の道を歩くようにはいかないし、ましてや鼻歌を歌う余裕などまるでない。さっきまであんなに話していた藤弥も、さすがにそんな余裕はなくなっていた。

 歩き始めてどのくらい経ったのか。実際には数十分程度しか歩いていないが、目的地のわからない突然の登山に3人は1時間以上歩いている気がしていた。


 「ほらほら、着いたよ」


 1人元気な相良の声に顔を上げると、そこには小屋が1軒建っていた。


 「きみたちの訓練は基本山の中でやるから、とりあえず毎日ここまで登ること。それと僕はここにいることがほとんどだから、僕に用があるときもここに来てね」


 この登山がこれから毎日続くことに3人は嘘だろと項垂れる。


 「さ、入って入って」


 4人も入ったら狭く感じそうなその小屋の中に入る。そこは何も置かれていない殺風景な小部屋。人が出入りしているとは思えないその場所にあるのは下へ降りる階段だけ。


 「なんだここ」


 伊吹が不審そうに呟く。

 まあまあ降りて降りてと相良に促されるまま、3人は階段を降りていく。階下に広がっていたのは外観からは想像もできない広いスペース。そこにはいくつものモニターに、伊吹たちには使い方さえわからない機械の数々。そこはまるで何かの研究室。


 「改めて、僕は相良理一。しがない天才研究者だ」


 よろしく、と呑気に手を振るが、3人は呆気にとられそれどころではない。そんな3人の様子など気にすることもなく、研究室のさらに奥にある和室に促す。


 「ほらほら、座って座って」


 小さな小屋の地下に広がるなんとも不思議な空間に、 3人はあたりをキョロキョロと見回す。


 「さてと、噂は聞いてるし見知った顔もあるけどとりあえず自己紹介からよろしく。はい、雀松からね」


 「俺のことは知ってるでしょ」


 「だから見知った顔もあるけどって言ったでしょ。ちなみに僕は雀松を1人だけ特別扱いとかしないからね。それに、2人にもきみのことを知ってもらう良い機会でしょ?」


 嫌そうにする藤弥をほらほらと急かす。


 「雀松藤弥、」


 …………。


 「いやいや、それで終わり?」


 「考えてるんですよ。突然自己紹介とか言われてもなに言えばいいかわかんないんで」


 「そんな難しく考えないで家族構成、好きなもの、嫌いなもの、将来の夢、尊敬する浄化師、なんでもいいよ」


 藤弥は深くため息を吐いてしばらく考えてから諦めたように淡々と話す。


 「家族構成は両親、祖父母、兄貴。それから妹。好きなものはすぐには思いつかない。嫌いなものは掟ばっかの大人と妹以外の家族。将来の夢は、助けたい奴がいる。尊敬する浄化師は……言いたくない」


 「あれ、僕の名前挙げると思ったのに」


 「言いたくないんです」


 気まずそうに顔を背けた藤弥を相良はにやにやと眺める。


 「ねえ、それって遠回しに僕のことって言ってる?」


 「その顔むかつくんで辞めて下さい」


 相良はからかうように藤弥の頬を突っつき、藤弥はそれを煩わしそうに払う。


 「雀松ってツンデレだよね」


 「なに言ってんですか。ていうか、そろそろ名字で呼ぶの辞めて下さい」


 「まだそんなこと言ってんだ。ま、昔から家嫌いだもんね。けど、もっと酷い家だってあるよ。産まれたことすら認めず拒否して、傷つけて。そのくせ力があると分かれば無理矢理にでも搾取する。そういうクソみたいな家もあるからね。考えは合わないんだろうけど、きみの家はまだマシな方だよ」


 「なにそれ、教官の家の話?」


 興味深そうに聞く伊吹に、そのデリカシーのなさにあんたねぇと扇鈴は呆れるが、相良は気にすることなく違うよと返す。


 「僕の家も面倒ではあったけど嫌悪するほどではなかったね。ま、僕の話は良いから。次、仁科」


 「えー、この状況で私なの」


 扇鈴は嫌そうにしながらも少し考えてから口を開く。


 「仁科扇鈴。山の中の限界集落出身。家は神社。家族は両親とおばあちゃん。おばあちゃんは浄化師だった。集落では祈祷師って呼ばれてたけど。5ヶ月前に元浄化師の人にこっちに連れてきてもらった。好きなものはおばあちゃんの作るおはぎ、嫌いなものは自分を持ってないやつと同調圧力と両親。将来の夢は家の神社を壊すこと。尊敬する浄化師はおばあちゃん」


 「なに、浄化師って家族と仲悪くなんの?」


 扇鈴とは伴の元で数ヶ月一緒に暮らしていたが、家族関係については伊吹も初めて知った。扇鈴が以前に一度だけなにかの拍子に家の事を調べているというようなことを溢したことがあった。そのため、高専の初日に書物庫に行っていたという扇鈴に伊吹は家のことを調べてるのかと言ったが、なにを調べているのか、詳細は一切知らない。伴の道場には禍災で家族を亡くしている子どももいるため実家や家族のことについて話すことはほとんどなかったのだ。

 そしてさっきの相良の話に加えて、揃って嫌いなものに家族と上がる2人に伊吹は若干引いたような目を向けるが、2人はそれを気にする様子もない。

 実際円満な家庭の中で浄化師になるものは多くはない。一般家庭で生まれ育ったものは視えることで気味悪がられたり、恐がられたり、距離を置かれることがある。浄化師の家系に生まれれば基本的にはそんな扱いはないが、優秀な浄化師になれと言われたり、他家より上でいるため序列のためにああだこうだと言われ、秩序だなんだと掟に縛られ、澱やいろいろなことに対する考え方の違いで変わり者扱いされる。藤弥のように浄化師の家系に生まれればそれはそれで面倒ごとが多く、身内だから味方というわけではなかった。四大家の生まれともなれば、周りからの重圧も大きかった。


 「人のことよりお前はどうなんだよ」


 「おれ? 名前は日浦伊吹。父親は知らない。小さい頃に母さんが死んでから先生に引き取られて、先生が引き取ったほかの子どもたちと一緒に育ったから先生とそいつらが家族かな。ちなみに扇鈴が言ってる元浄化師の人が俺の先生。母さんが死んだ前後のことはあんまり覚えてない。好きなものはアジフライ、嫌いなものは蛇、将来の夢は先生の道場を継ぐこと」


 …………。


 伊吹が話し終わると藤弥がなんとも言えない顔をしていた。扇鈴もまた伊吹同様に家族事情を知らなかったため、それを聞いて気まずそうにする。


 「え、なにこの空気」


 「きみの境遇が境遇だから、家族と仲悪いとかって話したの申し訳ないとか思ってるんじゃない」


 「なんだそんなことか。いいよ別に気にしなくて。生きてる家族と不仲とか険悪なのもしんどいだろうし。それより教官も自己紹介」


 「いいよ僕は、しがない天才研究者で」


 その言葉に3人が冷めた目で相良を見る。相良は仕方なさそうに肩をすくめる。


 「じゃあそうだなぁ、地獄からの脱獄者とかにしとく?」


 「ふざけないでください」


 藤弥からの注意に相良は、えーっと不満そうな声を漏らす。


 「まったく、いまどきの子は遊びがいがないね。地獄とか天国とか、そもそもあの世とかないと思ってるでしょ?」


 「ないとは言わないけど、私はあると思ってない」


 相良の質問に伊吹と藤弥が悩むなか、扇鈴が答える。


 「神社出身なのに現実的すぎだろ」


 「神社出身だろうと関係ないわよ」


 伊吹と扇鈴のやりとりの相良はふーん、と聞いておいてあまり関心なさそうに返す。2人には聞こえていないらしく、気にする様子もなくああだこうだと言い合っている。


 「これから知っていくと思うけど、ていうか僕が教えるべきなのかな? まあいいや。とりあえず今度知る機会があると思うけどね、あの世も天国も地獄も存在するって言うのは覚えておくと良いよ」


 3人はわかったと、とりあえず頷く。

 よく温泉に入った時や心地よいときに極楽極楽と言うこともあれば、喧嘩やなんかで悪態をつくときに地獄に落ちろと言うこともあるが、実際に極楽や地獄があると思って言っているかは別である。学生は特に、そのあたりを真剣に考えることなど多くはないだろう。3人があまりピンときていないのも仕方がなかった。


 「で、教官の自己紹介は?」


 「えー、まだ続くの?」


 諦めることなく話を戻す伊吹に相良は嫌そうな顔をする。


 「そりゃ私たちのは聞いたんだし」


 「諦めて話してください。知ってもらういい機会なんでしょ」


 扇鈴と藤弥ものっかってきて、伊吹は仕方なさそうにため息を吐いた。自己紹介ねぇ……と悩みながらなかなか続かない相良に、なんでもいいんでしょと藤弥が仕返しのように急かす。


 「逆になに聞きたい?」


 「そういえば高専は教官に恩があるって言ってたけど、恩ってどんな?」


 興味津々で聞いてくる伊吹に、自分だけ自己紹介を免れようとしている相良に納得がいかない扇鈴と藤弥もそれは気になるようで聞き入る姿勢に入る。相良はそうだなぁと思い出すように考える。


 「あれいつだっけ? 100年近く前かなぁ。神々廻家が除名になって以来鳥居の1つが力を失っていて、結界が不安定になっていたから補完装置を作って結界を復旧させたとか?」


 「100年前って、それ曾お祖父さんがそういうことしたとかですよね」


 「何歳のつもりでいるんですか」


 冷ややかな視線を向ける3人に相良は呆れたようにため息をつく。


 「やっぱりいまどきの子はつまんないねぇ」


 じゃあ私から、と続く扇鈴に相良はどうぞーと投げやりになっている。


 「相良教官って浄化師じゃないですよね?」


 その問いに一瞬しんと静まり返るが、


 「いやいやいや、そんなわけないだろ」


 すぐに伊吹が反応する。けれど当の本人はなんの反応も見せない。入学前からの知り合いである藤弥もそれは知らなかったのか、驚いたまま固まっている。

 浄化師を育てるための教育機関。そこで班を持ち、教官になり、教えていくのは本来ならば浄化師であるはずなのだが。


 「なんでそう思ったの?」


 相良は焦ることも誤魔化すこともなく、雰囲気も変わらず返す。


 「班の発表がされたとき、他の教官の人たちは何等浄化師って呼ばれてたのに、相良教官はさん付けで呼ばれていたから」


 「まったく、わざわざ等級で呼ばなくてもいいのに。ま、由良はその辺ちゃんとしてるというか融通が効かないというか」


 「じゃあ教官、まじで浄化師じゃないの?」


 「うん。だから言ってるでしょ? しがない天才研究者だって。浄化師だって名乗ったことはないよ」


 「なんで高専で教官なんてできてるんですか」


 藤弥の至極真っ当な質問に相良は何度目かわからないめんどくさそうにえー、と漏らす。が、藤弥の真剣な目に仕方なさそうに肩をすくめる。


 「さっき話したとおり、高専は僕に恩がある。僕がいなくなったあと、結界のバランスが崩れる心配もある。だから僕のことを無碍にはできない。だけど結界の代わりを作れるような人物を放っておくこともできない。ならいっそのこと手元に置いておいた方がいいと思ったんだろうね。僕だって喧嘩するつもりはないからその提案に乗っただけ。だから僕は高専にいる。教官の話も高専側からの提案だからね。むしろ僕は何度か断ってるし。仕方なく今年から教官やることになったけど。それでもまだ僕がなにかするかもしれないって不安が拭えなくて、警戒してるから監視は必要だと考えて僕の班にだけ副教官なんてつけたんだろうね」


 高専の教官が浄化師でないという事実になかなか頭が追いつかない3人。


 「それでも僕に教わっていいと思うなら、明日また同じ時間にここまで登ってきてよ」


 相良は3人の反応など気にせず問答無用で最初にいた教室に戻した。






 3人のいなくなった研究室。相良しかいないその場所にもうひとつ、足音が響く。


 「浄化師じゃないなんてわざわざ言わなくても良かったんじゃないか? 見つかったらどうすんだ。口止めもしないで」


 不満そうな声に、それでも相良は特に気にする様子もない。


 「問題ないよ。あの感じはそろそろだ。僕らのことが知られたところで、もう時期潮時だろう」






 「くそ、まだ話の途中だっただろ」


 「あー、俺これ苦手だ。目がまわる」


 一方的に話を切り上げられたことに不満をこぼす藤弥に、伊吹は転移の際の歪みに顔をしかめる。2人とも、あの場では整理ができず混乱していたが、いまではもう落ち着いていた。


 「2人ともなんでそんな普通でいられるの? 教官が浄化師じゃないのよ!?」


 扇鈴の言葉に藤弥と伊吹は顔を見合わせる。2人も相良が浄化師ではないということに戸惑いはしたが、それほど重大なこととして捉えていなかった。


 「浄化師じゃなかったとして、実力はたしかだろ? むしろラッキーだと思うけど」


 上級の術師でさえ使えるものがわずかな転移を、易々と使っていた。伊吹にとっては教官が何者であるかよりも、その実力を持つものに教わることの方が重要だった。加えて、高専側から教官を任されている以上、大丈夫だろうとあまり深くは考えていなかった。


 「適当なとこはあるし、人の話はあんま聞いてないし、まじで殴りたくなるくらいイラつくこともあるけど。それでも、あの人が恩人であることに変わりはないからな。感謝してるし尊敬もしてる。あの人が浄化師であろうとなかろうとな」


 「そぅ」


 2人の言葉に、それでもまだ整理がついていない扇鈴は教室を出ていく。






 「さてさて、あの子たちはどうするかな」


 相良は1人、不適な笑みを浮かべる。







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