01話 はじまり
東京郊外。山の中に鎮座する浄麗高等専門学校。
4月。新たに浄化師を目指す若者たちが高専に集まった。
「日浦伊吹くんと仁科扇鈴さんかな?」
「あ、はい」
高専についた伊吹たちに声をかけたのはスーツ姿の男。
「待ってたよ。僕は高専の職員をしてる三崎昌隆。よろしくね。それで早速で悪いけどこれから入学式になるんだ」
「いまから?」
今日来る予定だったのが3人。もう1人、藤弥は伊吹たちより10分ほど早く着いていた。
「2人で今年の入学者が揃ったからね」
高専は4月の1日から1週間ほどの間で新入生が揃った時点で始めるという、なんとも大雑把な形式だった。それより後にくるものは既に授業が始まっているところに合流する形となる。ちなみに、寮には中学の卒業式が終わった時点で入れるようになる。
特殊な学校故の随分と緩い決まりに驚きつつ、2人は案内されるまま三崎に着いていく。
「まあ入学式というより激励会に近いかな。職員から簡単な説明を受けて、あとは学長からの言葉があるくらいだから」
案内された教室のドアを開けると
ダンッ。
とドアのすぐ横の壁に誰かがぶつかる。胸ぐらを掴まれ壁にぶつかった人物、藤弥は鬱陶しそうに相手の手を掴む。
「離せよ」
「夜行、やめろって」
止めに入ったのは1人だけで、他の生徒たちは驚き、ことの成り行きを眺めているものに、離れたところでオロオロしているもの、めんどくさそうな顔をしているものに、とくに気にする様子もなく我関せずと放っといているもの。
扇鈴は騒いでいる場所からさっさと離れ、席に着いた。
「お前のその態度が昔っから気に入らねーんだよ」
夜行と呼ばれた少年は、やり返してくることもなく淡々としている藤弥の態度にさらにイラつきを覚える。しかし藤弥はそれでもまるで相手にしようとしなかった。
「そもそもお前に気に入られようなんて思ってない」
「こらこら、なにしてるの」
三崎が止めに入ったことで、夜行は舌打ちをすると振り払うように雑に掴んでいた手を離す。
「まったく、これから浄化師を目指す同志であり仲間なんだから」
ため息交じりの言葉に伊吹は教室を見回す。
教室には15人にも満たない生徒。全員がこれから浄化師を目指す。元々浄化師の家系に生まれたものから、伊吹や扇鈴のように一般家庭に産まれたが浄化師に育てられたもの、禍災に巻き込まれ視えるようなり浄化師に素質を見込まれスカウトされたものまで。
険悪な雰囲気が漂うなか、開いたドアから数人の大人たちが入ってきた。
「なんですか、騒がしい。みなさん席に着いてください」
いかにも真面目そうな女性の声で生徒たちは空いている席に座る。女性とともに教室に入ってきたのは3人の男性と女性がもう1人。巫女姿の女性に、男は行衣を着ているものとスーツ姿のもの。服装には全く一貫性がない。最後に教室に入ってきたのはスーツにサングラスをかけた強面の男。どこぞの組長だと言われても納得の風貌をしている。
「まず、みなさんの入学を私たち一同心より嬉しく思います。これからのことについて私の方から説明をさせていただきます。私は高専職員の由良瑛です。よろしくお願いします。さて、ご存じの方もいると思いますが、当校は5年制。初めの1ヶ月は座学を中心に学び、加えて基礎訓練を行っていただきます。公立の学校ですので、最低限の一般科目の授業がありますのでそのつもりで。1ヶ月の基礎訓練を終えた後、こちらでバランスを考慮して3人1組の班を組みます。その後は4年次までの4年間を班で行動してもらいます。班ごとに担当教官がついて日々の授業から訓練、任務まで、班行動が原則。複数班合同で授業を行うことも場合によってありますが、それは教官の方針次第です。基本的に班の変動はありません。班を組んでしばらくしたら実際の任務現場に行っていただきます。みなさんに対処してもらうわけではなく、教官の任務に同行し、仕事を見て学んでください。今回こちらにいらっしゃってるのがみなさんの教官にあたる予定の浄化師の方々です。桐野江宗一郎1等浄化師、綿矢詩乃2等浄化師、市ノ瀬篤2等浄化師です」
それと、と由良は刺々しく付け加える。
「今回欠席している相良理一さんです」
由良の言葉にぴくりと藤弥が反応したのに気づいたのは隣に座る伊吹だけだった。
「学長からのお言葉ののち、本日は解散となります」
由良が教卓の前からずれると、サングラスをかけた強面の男が1歩前に出た。
「学長の満塚龍元だ。学生といえども、しばらくすれば君たちにも任務にあたってもらう。5年の学生生活が終わるとき、ここにいる13人が1人として欠けることなく生きて卒業することを願っている」
満塚はぐるりと生徒たちを見回し、ひとつ間を置くと一層低い声で続けた。
「私たちに穏やかな死などそうそう訪れない。覚悟して生きろ。では、健闘を祈る」
そう言って学長は教室を後にした。
「校内の施設は立ち入り禁止の札が貼られた場所でなければ基本的には自由に出入りして構いません。ただし、複雑な造りをしていますので迷わないように充分気をつけてください。ではみなさん、明日から励んでください」
入学式もとい激励会を終え、同郷のもので集り、浄化師という狭い世界で昔から知り合いのものたちが近況報告をし、そのなかで数人は早々に寮の自室に戻っていた。高専に来たばかりの伊吹もそのうちの1人で、自室で荷解きをしていた。しかし寮生活にそれほど持ってくる荷物はなく、片付けもすぐに終わった。手持ち無沙汰になった伊吹は1人で高専内を歩いていた。が、
「どこだ……ここ」
いくつもの屋敷が繋がって造られている高専で迷子になっていた。広い敷地で人の気配もない。途方に暮れながら歩いていると、曲がった廊下の先によく知る姿を見つける。
「扇鈴! どこ行くんだ?」
「寮に戻るけど……」
じーっと伊吹は見たあと、扇鈴は深くため息をついた。
「あんた、迷ったんでしょ」
「げ、」
「由良さんに気をつけるように言われたのに、早速迷子になったの」
「あー、もう! しょうがないだろ、めちゃくちゃ広いしなんかどこもおんなじような造りしてるし」
「はいはい、わかったわかった」
適当にあしらわれながら伊吹は扇鈴と並び寮に戻る。
ふと扇鈴が腕に数冊の本を抱えているのが目に留まった。
「どこ行ってたんだ?」
「あんたには一生縁がないとこ」
「どこだよね」
「書物庫。由良さんに教えてもらったの」
「書物庫? なんでまた初日からそんなとこに……って、ああ、実家のこと調べてたのか?」
思い至ったことを口にした伊吹に、少し前を歩いていた扇鈴は足を止めた。
「あんたには関係ないでしょ」
扇鈴は突き放すようにそう言う。
「あれ? 2人ともどうしたの」
偶然通りかかった三崎は、2人のなんとも言えない雰囲気に困惑する。
「この人迷子みたいなんで案内してあげてください」
扇鈴は伊吹のことを睨むと、足早にその場を離れる。
「えー……。なに、喧嘩でもしたの?」
戸惑った様子の三崎が伊吹に顔を向ける。
「まあ、いつものことなんで」
「そういえば2人は伴さんのとこの子だったね」
三崎は2人が入学前からの知り合いであることを思い出し、納得する。
「先生のこと知ってんの?」
「知ってるもなにも、僕の高専時代の先輩だよ」
「へぇ、先生の学生時代なんて想像もできないなぁ。どんなだった?」
「どんなって言っても、その頃から優秀だったよ。高専のいち職員にしかなれない僕は足元にも及ばないような」
「三崎先生って浄化師とは違うの?」
「僕や由良さんのような高専の職員は浄化師とはちょっと違うね。先生って呼ばれるのもそわそわする」
浄化師は実力に応じて基本的に5等から1等の階級に任命され、全国を飛び回り任務にあたる。ちなみに、高専入学時ですでに5等に任命されている。
人口の増加に伴い澱の発生が多くなれど、それに比例した浄化師の数が増えることはなく。危険と隣り合わせの仕事で1、2週間休みがないのはざらにあることだった。
一方で高専を卒業後2年以内に3等になれなかった場合は浄化師の資格は剥奪され、高専の職員に斡旋される。浄化師での昇級は見込めずとも結界術に優れているものは結界師として声がかかることもある。
が、多くの場合は卒業前に自身で限界を感じ浄化師の道を諦める。
任務での怪我で前戦を離れたもの、学生時代に周りとの差に自信を失くし挫折したもの、恐怖心を拭えなかったもの、それなりの実力はあれどそもそも後方支援を志願するもの。理由はどうあれ、浄化師になる道が絶えてもその世界を知ったからには目を背けられず。そうして高専職員になるものが多い。
高専職員は基礎の座学や訓練を行う。それに加え禍災の把握、浄化師の派遣、各所との連絡連携、任務の報告書確認、資料整理なども担い職務は多岐に渡る。場合によっては一般科目の授業も行うので、先生というのもあながち間違っていない。職員も浄化師に勝るとも劣らない激務である。
「三崎さんはなんで職員になったの?」
「先輩や同級生が凄かったからね。未練もなく早々に諦めがついたよ」
三崎は気恥ずかしそうに笑った。
翌日から始まった座学の授業は浄化師や高専の歴史からだった。が、勉強の苦手な伊吹がその半分も聞いていたかは定かではない。
浄化師は1000年以上前から存在する。その昔陰陽師と呼ばれていた人々も、浄化師の先祖にあたる。その頃から現在にいたるまで代々浄化師をしている家が4家。それが“四大家”と呼ばれる久々宮家、知見寺家、四方堂家、花京院家。
かつてはさらにもう1家、神々廻家という家を加えた五大家だった。
「四方堂と花京院って」
「あの2人だよな」
禍災が原因で視えるようになり、素質を見込まれスカウトされた界隈のことをよく知らない数人の生徒が囁く。
彼らの視線は初日に藤弥に掴みかかった夜行と、夜行を止めに入った少年、逸に向けられた。
四方堂夜行と花京院逸。
2人は慣れた様子で、周りの視線を別段気にすることもなかった。夜行は多少鬱陶しそうにしていたが。
その五大家によりおよそ600年前に高専が開校した。
ちなみに高専の入り口である鳥居は五大家により1つずつ、全部で5つ建てられており、鳥居を起点に高専は結界で覆われ守られている。
名家の四大家以外にもその分家や数百年続く旧家の家柄がいくつか存在し、それらは浄化師の世界ではそれなりの権力を持っている。
五大家の一角だった神々廻家は、130年近く前に澱を使い人に害をなす“堕滓師”に堕ち、以降浄化師の機関から一族郎党除名となった。
浄化師になったものは浄麗機構という浄化師をまとめている機関に加盟することが義務づけられている。その拠点が高専敷地内にあるため、高専は卒業後も浄化師たちの活動拠点になっている。
高専は東京校、和歌山校、福岡校、青森校と日本全国に4校が存在するが、ここ数年新入生のいない青森校は現在休校となっている。
高専では1年次のほとんどは座学や訓練でとりあえず基礎を叩き込む。ある程度の基礎が出来れば任務に行くようになるが、1年の任務にはほとんどの場合で教官や現役の浄化師が同行する。目的は生徒たちの任務というより、仕事を見て実践から学ぶこと。
2年になれば学生が対応する任務が増え、そのなかで引率がいる確率は半分ほどになる。3年での任務で3割。4年になれば基本的に引率がつくことがなくなり、生徒たちだけで任務にあたることになる。
卒業後浄化師になって任務にあたるときは任務の度合いによって誰かと組むことも、1人で対応することもある。そのため5年になれば個人での任務や元は違う班にいた生徒と組んで任務にあたるようになっていく。由良が初日の説明の際に班行動が4年間と話したが、理由はそのためである。
大多数の人間は一生の中で浄化師を知ることはほとんどないが、高専が公立の学校であるとおり、実のところ浄化師は政府公認の存在である。とはいえ、知っているのは政府内でも極一部だけ。そのため禍災による事件、事故、災害などの現場に向かった際、居合わせた警察官や自衛隊員の歴が浅い場合は十中八九怪しまれる。
そういう場を何度も経験している相手ならば暗黙の了解で浄化師に情報を共有し調査を許可するが、新人などはよそ者と邪険にするものも少なくない。
任務先によっては澱の対処だけではなく、警察や自衛隊とのやりとりを穏便に済ませるという能力も必要になってくる。
浄化師は必要不可欠な存在であるが、任務は命の危険を伴う。そのため実は結構な高給取りでもある。任務対象の澱の深さや被害の大きさにもよるが、どの任務でも万が一のことがあるため給料は高くなっている。なので現役の浄化師がお金に困ることはよほどのギャンブル好きか、度を超えた貢ぎ癖があるか、ホスト狂いでもない限りほとんどありえない。そうでなければ引退後もお金の心配をすることはない。
ちなみに高専生も任務に行けば学生だろうと関係なく給料が支払われる。
その話を聞いていた伊吹ははたと思いあたることがあった。
伴はもう何年も働いていない。が、育ち盛りの子どもが6人いて、そのうえみな同級生と比べて多すぎるくらいのお小遣いをもらっていた。伊吹が多少の料理をするようになってからは減ったが、以前は外食も多かった。それも、値段を気にすることなく。それでも伴がお金に困っている様子など1度も見たことがなかったのだ。伊吹はようやく合点がいった。
「悲しいことにお金は貯まるけど、実際そのお金を使う暇は微塵もないよ」
生徒たちは遠い目をしてそう話した職員を不憫に思うが、それは将来自分に起こるのである。
澱は負の感情や人の寄りつかなくなった朽ちた廃屋、汚染された土地から発生し、負の感情負のエネルギーを餌にしている。
澱を浄化するのに必要なのは“清力”という清いエネルギー。大抵の人間は多かれ少なかれ清力を持っており、それは体内を巡っている。
それは体外に出ると浄化に必要な“浄力”というものに変わる。清力を外に出すことができるか、自身の清力や浄力を感知できるかどうかが浄化師になれるかどうかの第一関門になる。だが、その素質がないものはそもそも高専の入り口である鳥居を見つけることができないため、高専に入学しているものはすでにその関門を突破できる素質があると証明されているようなものである。ただ、素質があるのと力の流れを認識出来るかはまた別問題であるため、その流れを認識する必要がある。
自身の浄力を感知できれば、あとはそれを“浄術”という浄化する術に捻出出来るかどうか。
浄化師のほとんどが浄力を火や水の術に変えている。浄化師だけではなく一般的にも昔から火や水には浄化作用があると考えられており、イメージしやすいというのが主な理由になる。
自分が使いやすい術、自分に合った術を見つけその練度を上げていくが、基本となる火、水、風の初歩の術を使える浄化師は多い。
さらに、四大家や旧家にはその家に受け継がれている術があり、そういう生まれのものはそれを習得し使うようになる。他にも陣や符や鏡といった道具を使う浄化師や術を刀や武器に纏わせるものもいる。
最初の1週間はひたすら座学の授業を受けていた。
翌週。座学や一般科目の授業の合間に基礎訓練が開始となった。
多かれ少なかれ人が必ず持っている清い力、清力。自身の中で巡っているその力の流れを感知し、それを外へ出す。この際に清力は澱を浄化する浄力へと変わる。そして深く根を張る澱を残さず浄化するために、浄力を術へと捻出させる。
そして1ヶ月の基礎訓練ののち、最終的には擬似的な禍靄を浄化する試験に臨む。
試験といってもその時に禍靄を浄化できなかったとしても、不合格になるわけではない。班分けをする際に指標のひとつになるくらいのものである。
基礎訓練の内容は第1に清力を認識し、第2に浄力に変え、第3に浄術に捻出できるようにするというもの。全体訓練の期間に基礎中の基礎が出来るようになるのならばそれにこしたことはないが、班編制になってからでも遅くはない。なかには全体よりも少数で動く班での方がやりやすく、そうなってからあっさりとできるようになるという生徒もいるため、いまの段階でできなくともさほど気にされない。
最初の訓練の日。伊吹たちは高専内の道場に集まっていた。
道場の一部には特殊な結界が施されており、そのなかでは負が発生しないようになっていた。正で満ち、それを感知しやすくしてあるため集中していれば、そのうち自分の体内に巡っている清力がわかるようになる。
結界に入ってからものの数秒で出たのは藤弥と、夜行。そして逸。
「こんなん意味あるかよ」
「まあまあ、俺たちは慣れてるからな」
吐き捨てるように言う夜行に、逸は穏やかに返す。
その後1分もかからずに結界から出たのが加賀孝仁。次いで10分ほどで伊吹。
それに続き1時間以内に結界から出てきたのは扇鈴、伊集院慧、那須葉月の3人。
「順調そうだね」
訓練を見ていた三崎は続々と結界から出てくる生徒たちに満足げに頷く。
「なんだあれ」
「なんか変に疲れたな」
激しい運動をしたわけでもないのに、結界から出た葉月と慧が疲れを見せる。
「負が全くない空間だからでしょ」
答える扇鈴に正解、と三崎が付け加える。
「負が溜まりに溜まって禍靄になり、それはいずれ澱になる。だけど負は誰しもが持ってるものでもある。人の中にも世の中にも正があれば負も存在する。ほら、長所と短所は紙一重って言うだろ? そのバランスの問題なんだよ。負が一概に悪いというわけじゃない。浄化師をやってると特に負は悪いものだと思うようになるけど、正があればいい、負がなくなれば良いってものでもない。その証拠に負が一切ない正に満たされた結界の中にいると疲れるんだよ」
負は例外なく誰もが持っている。それは澱を浄化する浄化師たちにも当てはまる。ただ彼らはそれが禍靄や澱の元とならないように、意識的あるいは無意識のうちに抑えることができるだけである。
結界内で清力が巡っているのが認識出来たら、今度はそれを結界の外にいても認識出来るようにする。わからなくなればまた結界に入る。それを繰り返していく。
その日に結界から出てきたのはもう1人、岩倉雅のみ。
残りの4人のうち次の訓練で結界を出られたのは多々良ひかり、山蕗雫の2人。
残った真宮大地と遠坂恒史はといえば……。
「だいたい躓くのは第2第3の訓練なんだけどなぁ」
3度目の訓練でも結界から出られず、三崎に首を傾げられていた。
大地に関してはしばらくして、なんとなくの清力の流れを掴み始めていた。
「うん、真宮くんは不器用というかなんというか、鈍感だね」
ようやく結界から出た大地は、遠慮もなくにこやかにそう言う三崎の言葉に肩を落とした。横で聞いていた慧は吹き出しかけるも、なんとか堪え肩を震わせながら大地を励ましていた。
「お前笑ってんだろ」
「いや、ただ、お前確かに鈍感だもんなって、ふっ」
「笑ってんじゃねーか」
堪えきれなくなった慧はばしばしと大地の肩を叩く。
「で、たぶん遠坂くんにはこの結界が向いてないんだと思う。別の結界用意してもらったから、そっちに入ってもらえるかな」
三崎にそう言われ、恒史は道場の外に作られた結界に入るよう促される。結界の見た目に変わりはない。
「あの結界はさっきまでのと違うの?」
様子を見に来た伊吹が三崎に問う。
「ああ、あれはさっきまでのとは逆で負に満ちた結界」
「それって危険じゃねーの」
「負に満ちたと言っても人に影響はないよ。さすがにそんな危険なことは高専でさせられないでしょ」
数人に見守られること数分。いままで全く清力を感じられていなかったのが嘘のように、恒史はあっという間にそれを感知し結界から出てきた。
「どうなってんだ?」
「僕にもわからないけど、でも体の中を清力が流れてるのはわかったよ」
本人さえも不思議そうにするなか、三崎が口を開く。
「遠坂くんは善性が強いんだと思うよ。人はみな正も負も持ち合わせてる。その負の部分が極端に少ないか、そもそもないのか。正に満ちた結界で正を感知しやすくしたところで、元が正の塊みたいなものだからむしろ感知しづらくなっていたんだろう」
「たしかにな」
「100人に聞いたら100人が善人って答えるタイプだもんな」
三崎の言葉に、ひとしきり笑い終わり気を取り直した慧と大地が頷く。同郷出身で、それなりの付き合いがある2人からすれば納得だった。
「いやー、浄化師だって権力と欲望に塗れてるっていうのに、いまどき珍しいよ」
誰も、驚いている三崎がぽろっと溢した浄化師の闇の部分の一端には触れられなかった。