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夜更けに、令嬢と従者は

今回短めです。短編分の最終回となります。


 その後少々、書斎の扉でも鍵開けなどを披露した後、屋敷を辞して打ち合わせた通り少し離れた場所に行くと。

 馬を従えて待っていたのは、トム爺ではなかった。


「……変わり身の術?」

「さすがにそれはまだ習得しておりませんね」

 思わず東方(オリエント)の同業者の伝説的な技をつぶやくコンスタンスに、まるで将来習得する予定があるかのような答えをよこすオリヴァーである。


 従者はコンスタンスに持っていた外套を手渡し、羽織るように促した。そして。

「ご老体に、あまり夜更かしをさせるものではありませんよ。もちろん、育ち盛りの方もです」

 ……ひとたび仕事に入れば、休憩返上徹夜上等の影のくせに何を言っているのか。

 まあ、次期首領のコンスタンスはまだ実戦経験はないのだけど。

──目の前の男と違って。


 むう、と心持ち膨れたコンスタンスを宥めるように、馬の手綱を手渡しながらオリヴァーは聞く。

「旦那様はちょうど明日──いや、もう今日ですね、謁見のご予定ですが、よい手土産はご用意できましたか?」

「……うん、それはね、当主印の捺された陳情書と……」

 馬にまたがってコンスタンスは言葉を止める。


 ややあって。

「……ねえ」

「なんでしょう」

「これまでのお話だって、誰かがこうやって動いてたんでしょ?」

 誰かが。と言いながら、そのほぼすべてはこいつなんだろうな、と確信しているコンスタンスである。


 闇の中で、ふふ、と笑んだ気配がした。

「だとしたら、何と?」

 ……何だろう。このもやもやは。

 馬に揺られながらコンスタンスは考える。


 貴族の子女の縁談をスムーズにまとめることは、王家の、ひいては国の安定のためには大貢献である。

 自分の婚活がどうやらそのダシにされていると気付いても、不快感はなかった。むしろこういう形で仕事をさせてもらっているならば光栄ともいえる。

 だけど、何だろう。

 オリヴァーがこちらの縁談を潰して回るのが、コンスタンスの縁談だからというのに関係なく、ただ国のための仕事なのだとしたら──。


──さみしい。


 このさみしさには覚えがある。

 うっすらと家業について察したとき。もう四歳上のオリヴァーが『仕事』をしていると気付いたあのとき。

「(私は、オリヴァーが私の邪魔をしているんじゃなかったら、さみしいんだ)」

 ……何で?


 とりあえずこれではいけない。仕事をしている彼を否定するなど、次期首領として失格である。

 思いきり両手で自分の頬を叩いた。ぱあんという景気のいい音が夜空に響く。

「!? どうされましたか」

 隣の馬上でオリヴァーが面食らっている気配がする。

 熱くなった頬のまま返事をする。

「ううん、何も。うまくやらなきゃな、って気合いを入れ直しただけ」

「先ほどのお仕事ですか?」

「そう……かも。あといろいろ」


 そうですか、と従者はつぶやく。そして続けた。

「まあ、さすがに王家のご内意が絡んだお話なんて、()()で最後にしてほしいですけどね」

「へ。そうなの?」

「ええ。いつもの、ただ厳しく審査すればいいお話とは勝手が違いますからね」


「いつもの、厳しく審査……」

 なんだ、そうなのか。コンスタンスは力が抜けた。

 厳しい審査じゃなくて明らかに邪魔をしてるでしょ、という突っ込みも出なかったほどだ。

「……うへへ」

 ゆるい笑いが出る。


「先日も申しましたでしょう。我々にとっても未来の主君に当たる方。生半可な男で許容できると思います?」

「……はあーい」

 オリヴァーが言う基準がどんな方なら越えられるのか、コンスタンスにはちょっと想像つかないけど、それは今はどうでもいいことのような気がした。

 それに。


「それは私も同じだよ。私だって、オリヴァーのお嫁さんが、ちゃんとあなたのこと理解して、幸せにしてくれる人じゃないと許さないんだから」

「……ほう」

 隣の馬からは他人事のような相づちが返ってくるが、コンスタンスは言い足りない。

「だってあなた、わかりにくいじゃない。一見愛想よくにこにこしてるみたいだけど、それって仕事柄でしょ。中身は意地悪だし嫌いなものも多いし、その分好きなものには一途だけど、自分からはなかなか手を出さないし。私たち家族ならわかってあげられるけど──何笑ってんの?」

「いえいえ、ははは」


 従者は朗らかに笑い声を立てる。夜の帳の中、馬を並べていたので、その表情まではわからなかったが、彼が楽しそうにしているのでなんとなくまあいっか、という気分になってしまい、いけないなあ、と自らも笑うコンスタンスであった。

 それでも最後にこれだけは、と憎まれ口をたたく。


「もういいもん。こうなったら絶対、あなたより先にお相手を見つけて一人前って認めさせてやるんだから!」

「どうぞ、頑張ってください。応援しておりますよ?」




     *




 数週間後。王族主催のある夜会で、新たな女伯のお披露目がされた。

 エスコート役は()()()()()()婚約者が務め、その裏ではこっそりと、罪人たちに然るべき沙汰が下されたという。



次回より、新作をお届けします。

書き溜めをしていないのでやや更新速度は遅めだと思いますが、ご容赦ください。


評価、感想等をいただけますと励みになります。今後ともよろしくお願いします。

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