違いのわからない男と、わかる男
「実は、エドモンズ商会の、跡をお継ぎになる方からだったんです」
「エドモンズ……王室、御用達……の?」
「ええ。ちょっとしたご縁で、お手紙を交わしておりまして」
まあ。と声を漏らしたのはアデルである。お続けになって、と促して、紅茶を口にした。
「その……前に婚約を結んでいた方が、エドモンズ商会の既製品を扱うお店にお連れくださったことがあるのですが」
既製品。コンスタンスに縁はないが、羽振りのよくない子爵家や男爵家なら利用することもあるという知識はある。ただ、婚約者を連れて行く、というのはあまり聞いたことがないが。
前の婚約者は三男坊だったらしいから、自由になる予算が少なかったのだろうか?
「お店にあった中から、空色のドレスを選ばれて……それだけでお買い物を終えようとなさったので、マダムが差し出がましいですが、とお声がけくださったんです」
「あらまあ」
「それは……そうなりますわね……」
ドレスは通常、それのみで身につけるものではない。ドレスを新調したなら、髪飾りや小物、靴に至るまで合わせて新調するのが常識なのだ。
店のマダムに忠告をされた元婚約者は、恥をかかされたと感じたのか、渋々その辺のリボンと靴をよく見もしないで選び、包装に準備がかかると聞いて、時間を潰すと店を出て行った。
「なんてこと」
「ドレスのお色に合わせた、一番シンプルな空色のお靴だったのですけど、お店の方に勧められて試し履きしてみたら指が当たってしまって……」
歩けそうにもなかったという。
そこに居合わせたのが、商会の跡継ぎの少年だった。
「こちらはいかがでしょう、と、すっと別のお靴を差し出されて」
よく似た色の靴だったが、元の靴にはなかった飾りがついていた。履いてみればこちらはぴったりで、歩くのにも不自由はなさそうだったのだが。
ためらうデイジーの前で、少年は「少々お待ちくださいね」とその場で小さなはさみを使い、飾りを綺麗に取り外してしまった。
「えっ、よろしいのですか? ってついお聞きしてしまったら、いいんです、って。お代も先ほどの靴と一緒で構いませんよって……しかも、外した飾りをブローチにしてお渡しくださったんです」
「まあ……」
「それは……いい男じゃないか」
「きゅんとしますわね……」
正直、コンスタンスの意見も三人とほぼほぼ同じである。でも敢えて、突っ込んでみた。
「それで、元婚約者さまにおかれてはお気づきにならなかった?」
「ええ、まったく。いいんじゃないか、とだけ仰ってお支払いを」
「……違いの分からない男ってわけですね……」
「それだな」
それだ。
「ということは、それがきっかけで文通に発展されたのね?」
アデルは恋バナの方が気になっているようだ。
「はい、お礼状を差し上げて、その後も我が家がエドモンズ商会からお買い物をするときにはいつもお屋敷にいらしてくださったり、お顔を見せてくださって」
「あら」
「それで実は……今回の被災と破談の折にも、ご連絡をいち早くいただいたのです。私にはお見舞いを、家の方には婚約のお申し込みを」
「やり手ね……」
「機は見逃さない方なんだな」
「商人としての資質なのかしら。よいお話だと思います。でも、まとまらなかったのね?」
コンスタンスが確かめると、デイジーは頷いた。
「ええ、父が、家がこのように大変なときなのだから、平民との縁組みなどするものではない、と申しまして」
「平民とは言え、エドモンズ商会のご子息だろう? 氏素性は知れているし、縁が繋がればドーソン男爵家としても助かるんじゃないのか」
「──それがいけなかったんじゃないかしら」
ビアンカの疑問に答えたのはアデルだ。
「おうちが危機を迎えたときに、格下の家にお嬢様を嫁がせて支援を得る。──身売りのようだ、と思われたのでは?」
「あっ」
「……婚家で侮られるかも……という心配もありますね……破棄の直後ですもの」
「……仰るとおりですわ」
話し終わると、デイジーは紅茶で口を湿らせて、ため息をついた。
「そういうことでしたの……」
令嬢たちはため息しきりだ。
コンスタンスは──自分的には満を持して、のつもりで──訊いてみる。
「それで、デイジーさん。お胸のつかえは取れました?」
「……あっ」
デイジーは自分の胸に両手を置いて、小さく声を上げた。
「そう……ですわね。でも」
ふふ、と笑って後を引き取る。
「そのお顔。……つかえは取れても、諦めきれない、といったところですね?」
「ははっ。さしずめその彼の格好良かったところを思い出して、気持ちを新たにした──そんなところかな?」
「私たちですら……ときめいてしまったくらいですもの」
「素敵な殿方ですものね。逃がしてはいけませんと、私も思いますわ。……デイジーさんはいかが?」
アデルが尋ねれば、デイジーはぐ、と頷いた。
「はい、私──私、家に帰ったら、あの方のお気持ちがお変わりないか、手紙でお尋ねしてみます。もし、もしお変わりないようだったらですけど、今度こそ父の説得も。きっと心配しているようなことにはなりませんし、させません、と」
「その意気ですわ」
「ええ。それに我が家もお口添えできそうですよ」
ちょいちょい、と少し離れたところに控えている従者たちの一人を呼びつける。慇懃な様子で近寄ってきたのはオリヴァーである。
「さすがコンスタンスさまだな、心強い。私たちでもできることがあれば手伝いたいが」
「……あのろくでなし……失礼、厚顔無恥な男がそのままのさばってるのも……気になりますね」
「クラリスさん、言い換えてもあまり穏当になってませんわよ。まあ、概ね同意なのですが。保険程度には、デイジーさんの評判も回復させておきたいところですし」
「あ、それ。さっきのビアンカさんのお話で思いついたことがあってですね──」
どこからともなく帳面と筆記用具を取り出して、コンスタンスのそばで書記の態勢をとったオリヴァーが突っ込んだ。
「お嬢様方。悪いお顔になっておられますよ」