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少女たちのお茶会

今回は婚約破棄のお話です。微ざまぁあり。

「お嬢様。招待状のお返事が届いておりますよ」

「あら、ありがとう」


 王都にあるフルーセル侯爵家のタウンハウス。一人娘のコンスタンスは、従僕のオリヴァーから数通の手紙を受け取っていた。

 いそいそと友人の名が書かれた封書を開き、声を上げる。

「……アデルさんとビアンカさん、クラリスさんはいつも通りご出席ね。こちらは……わ、よかった!」

「いかがされました?」

「デイジーさんもおいでになるみたい。おうちのほうも落ち着いたってことかな」

「さようで。まだ予断は許さない状況のようですが、今年の収穫期までは越せる目処がついたようですね」

「そっか。本当によかった」


 デイジーというのはドーソン男爵の令嬢、デイジー・ドーソンのことだ。侯爵家のコンスタンスとアデル、伯爵家のビアンカとクラリスよりはいささか格が下がるが、さまざまな器楽の名手で、中でもピアノの腕前は御前演奏会でソロを披露したこともあるほどであり、社交界では少し知れた存在である。

 コンスタンスのお茶会には、アデルやビアンカの紹介で参加するようになった。

 ドーソン男爵領は、今年に入ってからちょっとした災害に見舞われていた。そのためしばらく社交を控えていたのだが、今回コンスタンスがダメ元で招待状を送ったら出席の返事が来たのだった。 


「災害に続いて、婚約まで撤回になってしまったって話でしょう。気晴らしにならないかと何度もお誘いを差し上げてたんだけど、真面目な方だから、おうちがたいへんな間は……とお断りのお返事ばっかりで」

 デイジーが結んでいた子爵家の三男坊との婚約は、災害を理由に撤回されていた。良識的な貴族には眉をひそめられる行為だが、まったく前例がなかったわけでもない。

「不誠実な方とご婚姻にならず、かえってよかったかもしれませんね」

「またそういうこと言う! ……でもそうかも。誠実な婚約者ならこういう時、支えてくれるものだと思うし……」


 ふっ、と従者は笑った。


「……いつまで経っても婚約者ができないくせに、夢見てるんじゃないとか言いたそうね?」

「いやいやまさか、とんでもない。わたくしとしては無謀な婿捜しなどよりも、こういった席でご友人との親交を温められることに大賛成ですとも」

「……なんか、腹立つ」


 コンスタンス・ガードナー、十四歳。

 未だ理想の婿殿は現れていない。




     *




 数日後、再びフルーセル侯爵家。よく手入れされたバラが咲き誇る庭園の一角で、少女たちのささやかなお茶会が始まろうとしていた。


「コンスタンスさん、本日はお招きいただきありがとう」

「ふふ、こちらこそ、ようこそお越しくださいました。楽しんでいらしてね」


 コンスタンスと優雅に挨拶を交わしたのは、エイムズ侯爵家のアデル・オルブライトだ。コンスタンスより二つ上の十六歳で、既にデビュタントを済ませており、今日の顔ぶれの中では最年長である。

 エイムズ侯爵家は家格はフルーセル侯爵家と同列だが、現フルーセル侯爵が他国の皇女を妻に迎えたことなどもあり、席次では筆頭がフルーセル、二番手がエイムズとなっている。


「皆、ご機嫌よう。デイジーさん、しばらくご無沙汰だったが、また変わらない顔を見られて嬉しいよ」

 次に、姿勢良く座る長身の少女がにこりと笑った。十五歳のブライトン伯令嬢、ビアンカ・バークリー。近衛騎士の兄がおり、本人も剣術や弓に天性の才を持つという快活なお嬢さんである。


「ええ本当に……デイジーさん、おうちのことは聞き及んでおります……。このたびのこと、お見舞い申し上げますわ」

 一番小柄な三つ編みの少女はカウリング伯爵家のクラリス・コールマンだ。コンスタンスと同い年の十四歳だが、体つきに似合わぬ大人びた顔立ちをしており、読書を好む聡明な令嬢だ。


「ありがとうございます、クラリスさま、皆様にもご心配をおかけしました。家の方はようやく落ち着いたところですの」

 自然、皆の話題はデイジーとドーソン家の近況に移る。

「それで、いかがお過ごしなの?」

「皆つつがなく過ごしておりますわ。私自身は……特に変わらず、」

 そう言いながらデイジーは目を伏せる。あまり元気はなさそうだ。コンスタンスはちょっと切り込んでみた。

「ご婚約が解消となられたそうですね。ご心中お察しします」

「……いえ、そのことはもういいんです」

 とはいえ、いつもは芸術家らしくおっとりと構えている少女は、今日はまるで萎れた(デイジー)のようだ。

「ああ、あの厚顔無恥な男だな。あんなのとは結婚しなくて正解だよ」

 ビアンカもいつぞやのオリヴァーと似たようなことを言っている。

「厚顔無恥?」

「そうとも。つい先日のことだけど、私に釣書を送って寄越したんだ。もちろん一刀両断にしてやるつもりだよ」

「当家にも、来ました……もうお断りしましたが」

 ビアンカやクラリスがデイジーと親しくしているのは、社交界では知れた事実である。しかも二人とも格上の令嬢、通常ならば三男坊風情が縁組みを申し込めるような相手ではない。

「焦っておいでなのでしょうね。いろんなお家でお断りされてると聞きましたよ」

 とは、情報通のアデル。私たちのデイジーを袖にしやがったんだから当然だ、と令嬢たちはそれぞれ頷いた。

「そんな不良物件、掴まされなくてよかったですよ。それよりもデイジーさんのほうに申し込みはないんですか?」

 コンスタンスが水を向けると、デイジーははっとし、ええと……と言い淀んだ。


 実はあのあと、家の者の協力を得て少し調べてみた。

 そしてこのことはぜひ、聞き出さねばなるまいと思っていたのである。


 しばらくしてデイジーは口を開いた。

「……その、ないわけではなかった……んですけど。父が、断ってしまって」

 令嬢たちは身を乗り出した。

「まあ」

「何、またよくない相手だったのか? それは許せないな。こう続くなら、当家の縁者から、信頼のおける者を紹介した方がいいだろうか」

「まだ……そうと決まったわけではありませんよ……」

「ああ、そう、そうだな。話を聞かずにすまない」

「いえ、大丈夫、です。お相手は立派な方だったんですけど、ご縁がなくて。……私がいつまでもくよくよしているので、家族にも心配を掛けて……」

「──デイジーさん」

 コンスタンスはそっと呼びかける。

「お詳しく、うかがっても?」

 隣に座っていたクラリスも、そっとデイジーの手に触れる。


 デイジーはうなずいた。

「ええ。……これもいい機会ですわ。皆様にお話しして、胸のつかえが取れたらと思います」

「デイジーさん……」

「その、ここだけのお話にしておいてほしいのですけど」

 少女たちは、口々にもちろん、と請け合った。

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