あるかないかの距離
「すごい演技だったな! 王子の元に走る主役の緊迫感といったら!」
「山賊たちの酒盛りのところ、歌が面白かったね」
「やっぱ、顔がいい……! 王子役ぴったりすぎた……!」
「主役の人、見た目だけじゃなくて殺陣もこなせるのね」
「もふもふしか勝たんわ」
王都の一角、夕方の日が差す劇場の出口で。
公演が終わって、観客たちが口々に感想を言い合っている。コンスタンスはにんまりとした。
今日は初日。上演したのは庶民でも手が届く劇場のひとつである。
なのでコンスタンスの格好も、ちょっといいところのお嬢様ふうのワンピースだし、供もオリヴァー一人だ。
劇の出来は、目の肥えたコンスタンスからしても素晴らしく、このまま当たれば歌劇にアレンジして貴族にも披露できるかもしれない。
むふふと笑うコンスタンスの横を、また若者たちが通り過ぎていった。
「戦える女の子、かっこいいよねー。王子から剣を投げ渡されるあのシーン、燃えたー!」
「それー!!!」
彼らの背中を見送って、隣のオリヴァーに聞こえるようつぶやく。
「ですって」
「……勘弁してください……」
「ええー、照れることないのに。いいネタもらった、って思ったんだから」
実際にはだいぶあっさりとしたオリヴァーとビアンカの一幕だったが、コンスタンスがアイデアを提供したところ、脚本家がノリノリで見せ場の一つに仕上げてくれたのだ。
馬上の王子から宝剣を投げ渡され、ドレスの裾をひるがえして敵をばったばったとなぎ倒す令嬢は、──たいへん、アツかった。
オリヴァーは盛大なため息をついた。
「もういいでしょう。帰りますよ」
「はあい」
*
二人は徒歩で帰途についた。屋敷までは少し距離があるが、彼らにとってはどうということもない。
「あ、そのビアンカさんがね」
ふと思い出して、コンスタンスは口にした。
「オリヴァーと一度手合わせしてみたいんだ、って」
「……どうしてそんな話になったのか、お聞きしても?」
まあ、快諾されるとは思っていない。コンスタンスは詳しく説明した。
「ほら、パーティーで、殿下の絡みをいなしたじゃない? あれが、鮮やかすぎたって」
「ああ……」
それ自体は称賛に値する行為だったのだが、すぐそばに武闘派の令嬢がいて、目を付けられるというところまでは計算の外である。
「さすがに無理だよね?」
これでも若手の『影』の中では随一の腕前とされるオリヴァーである。
「問題しかありませんね……。お嬢様とビアンカ様が、というのであればともかく」
「あっ」
「何です」
「そっちも誘われてて……」
「…………」
丘での襲撃の時に戦闘に参加していたせいだ。言わなくても伝わったらしく、オリヴァーは半眼になって息をついた。
「……まあ、旦那様にお伺いを立ててみることですね。ビアンカ様なら許可が下りるかもしれません」
「そっか」
「当家としても、ビアンカ様とバークリー家には恩がありますから」
丘での襲撃に令嬢を付き合わせたこと、リヒャルトの身柄を預かってもらうこと、と借りを作った形である。
もちろん依頼したのは王家だし、快く承諾もしてもらっているのだが。
このくらいのことで小さく返しておくのもいいかもしれない。
「ビアンカさんにもアデルさんにも、心配かけたしね」
二人には一件落着後、お茶に招いてできる範囲での報告をし、安心してもらった。
逆にビアンカからは、バークリー家でのリヒャルトの様子を聞かせてもらったりもしている。
リーデルシュタイン家は、ジークリンデの調整もあって相談したとおりの処罰を受け、リヒャルトと母親は無事、アルベリアの預かりとなった。……少々、第三王子に殉じると主張した母親の説得に苦労したようだが、結局は丸く収まったようで何よりだ。
劇では青年と令嬢が結ばれる展開だったが、それについてはモデルとなった二人とも気にしていないそうである。
ビアンカなどは、「これからのバークリーの男としての鍛え方次第」などと言っていた。
脈があるような、ないような。
オリヴァーが目に笑いを宿して聞く。
「当て馬を務めた身としては、すっきりしない気分ですか?」
「そんなことはないけど」
というか、そういえば発端は自分への縁談だったんだっけ、ぐらいの心境である。
話の規模が大きくなりすぎて、それどころではなくなっていた。
全部解決してよかったけれど。
「オリヴァーにもまた助けられちゃったね。ありがと」
「いえ」
……すこし、沈黙が流れた。
再び口を開いたオリヴァーは、改まった調子で問う。
「──それで、これからいかがなさいます?」
「これから、って?」
コンスタンスが振り仰いだオリヴァーは、真剣な顔をしていた。
「婿探し。続けられるんですか?」
オリヴァーが言葉にしたのはそれだけだったが、コンスタンスには彼の言わんとしていることが伝わってくる気がした。
今回のごたごたの原因は、第三王子の身に余る野望だったり、逆恨みだったりしたが、コンスタンスの婿探しが攻撃の糸口として好都合になってしまったことは事実だ。
今後も続けるのなら、ガードナー家、ひいてはアルベリアの諜報上の弱点になりかねないということは承知していろ、ということなのだろう。
そう受け取って、慎重に口を開いた。
「そうだね……。どうしようかな」
しかし、オリヴァーは意外なことを告げた。
「もしまだ探されるのでしたら、お手伝いしましょうか」
「えっ」
オリヴァーが。手伝いを?
「どうして?」
「いえ。お嬢様の望みがあくまでもそうなら、お手伝い申し上げるのもやぶさかではないと思っただけですが」
どういう風の吹き回しだ。
心境の変化にも程がある。邪魔してたくせに? 裏があるの?
……ううん。そうじゃないな。
オリヴァーの意図はわからなかったけど、これはコンスタンスを陥れようとして言っているわけではないことだけはわかった。
……だったら、こちらも、正直に言うべきなのかもしれない。
「……確かに、オリヴァーにお願いすれば、すぐに相手は見つかるかもしれないね」
コンスタンスがどんな難しい条件を出したとしても、きっと叶えてくれるだろう。
「でも、それじゃ駄目なんだ。相手は自分で探さないと」
「どうしてです?」
……さすがに、そこから先を口にするのは勇気が要った。
「……笑わない?」
「聞いてみませんことには、なんとも」
そりゃそうだよね。コンスタンスは深呼吸した。
「だって……」
ああ恥ずかしい。
吐く息の勢いで、一度に言った。
「オリヴァーに追いつくためだから」
*
……俺?
目の前のお嬢様は、うつむいて目をそらしている。
頬の赤みは、傾いた日のせいだけではないとわかる。
「へっ」
自分らしからぬ、間抜けな声が出た。
──お手伝いしましょうか。
そう申し出たのは、他でもない。
お嬢様の縁談がこれ以上よからぬ輩に利用されるのが、我慢ならなかったからである。
しかしその申し出が、とんでもない言葉を釣り上げてきた。
「……どういうことです?」
困惑を隠せず尋ねると、どうやらやけくそになったらしいお嬢様は語気強く答えてくれた。
「そのままの意味だよ。昔は同じように遊んでたのに、いつの間にかオリヴァーだけ『仕事』を始めて、一人で大人になってっちゃうから」
「……それが、どう転んだら結婚話に?」
「だって、私が果たすべき貴族の跡取りとしての責任って、そういうことでしょう?」
なんとまあ。
理解しきって、オリヴァーは呆れた。突拍子もない発想をしていた主と、それに振り回されていた自分自身に。
「それは……無駄な努力をなさいましたね」
「ええっ」
婚活を無駄と言われたと思ったのだろう、コンスタンスがショックを受けている。
だが、そっちではない。
──無自覚な悋気で主の縁談を潰して回るような男の、どこが大人なのか。
ああ、でも、そうか。
──俺が、原因なのか。
思いがけない事実に、言葉にできない優越感のようなもので、身のうちが一気に満たされた。
次いで、徒労感も襲ってくる。──自分が原因で、知らないうちに余計な仕事と気苦労を増やしていたとは。
それにしても、お嬢様の発想は斜め上すぎやしないか? 婿探し、って。
理由がそんなこと──お嬢様にとっては重大かもしれないが、自分にとっては『そんなこと』だ──ならば、邪魔しておいてよかった、という安堵。
いつもは、表情を隠すことなど造作もないはずなのだけど。
自分の顔に、複雑な笑みが広がっていくのを自覚しないわけにはいかなかった。
「やっぱり笑ってる!」
「仕方ないでしょう」
お嬢様は憤慨しているが、これは本当に仕方ない。
誰のせいだと思っているのだ。
「……本当に、仕方ないですね」
もう一度繰り返し、オリヴァーは主に向き直った。
「では、婿探しを続けるも、やめるも……どうぞご自由になさってください」
自分も主も、度し難いものだ。
「俺も好きにさせてもらいますから」
「……それって、また邪魔するってことだよね!?」
お嬢様はそう結論づけると、興奮したままこちらの袖を引っ張ってくる。
「ははは、さあ?」
どちらでもいい。
どちらにせよ、自分はこの主に振り回されるばかりなのだから。
屋敷まではもう少しある。
日が長くなってきた。まだしばらく、この猶予は続きそうだった。
これにて第二部完です!
第三部はまた違った雰囲気でお届けできればと思います。




