後始末会議
「失礼いたします」
コンスタンスは女官姿のまま、重厚な扉をノックした。王太子ジュリアンの執務室である。
すぐに返事があって、扉を開けて中に入る。カモフラージュ用に押してきた、紅茶と菓子を載せたワゴンも一緒である。
「コンスタンス嬢、ご苦労だったな」
「いえ、私などは。殿下こそ」
ねぎらいにねぎらいを返すと、まあな、とジュリアンは苦笑した。
コンスタンスが国王陛下に非公式の場では直言を許されているのもあって、婚約者のご令嬢ほどではないが、気安い関係なのである。
「お嬢様、引き取りますよ」
横から声をかけてきたのはオリヴァーだ。彼も今回の断罪劇をどこかから見ていたのだろう。
「うん、よろしく」
コンスタンスも茶を入れられないこともないが、これから集まる顔ぶれを考えると、オリヴァーが入れたもののほうがいいだろう。軽く返事してワゴンを任せた。
部屋には次々人が入ってくる。まずは父、フルーセル侯爵とビアンカの父のブライトン伯爵が連れだってやって来た。
それからリヒャルト、間を置いてジークリンデが侍女の一人と一緒に来た。
これで全員だ。
ジークリンデに付き添うのは、さっき目が合った侍女である。彼女を見たオリヴァーが、無表情のうちに少し目を泳がせたのがわかって、コンスタンスはふふっと笑った。
オリヴァーが入れた茶と菓子が行き渡ったところで、ジュリアンが口火を切った。
「さて、皆の者。ご苦労だった」
「はっ」
フルーセル侯爵以下、ジークリンデ以外の全員が頭を下げた。
「人払いは済ませてある。まずは茶でも飲んでくつろがれよ」
断罪の流れは、かねてからの打ち合わせ通りだった。
ゼルマルが素直に言うことを聞くとは考えがたいが、うまく切り抜けられるような言動をできるとも思えない。
すぐに正体を吐くだろうし、罪を突きつけられて騒ぎ立て始めたところで、王女殿下にお成りいただくのがいいだろう、と取り決めてあった。
ただ、コンスタンスにはブレイダムがあそこまで思い切った決断をするとは予想できていなかったのだが、考えてみればある意味当然ではある。
「やはり一番の功労者は、調整を行ったフルーセル侯爵となるだろうな」
ティーカップを片手にジュリアンが振り返れば、ジークリンデもうなずいた。
「閣下には、当国への一報からアルベリアへの移動に至るまで、何かと世話を掛けた」
「もったいなきお言葉にございます」
フルーセル侯爵と、ジークリンデの隣の侍女が会釈した。
彼女はフルーセルが用意した『腕利きの諜報員』その人であり、ジェームスの妻、つまりはオリヴァーの母親である。
変装の名人で、コンスタンスでも一瞬見た程度では本人だとわからない。さすがに実の息子ならすぐわかるだろうが、さっきの目の泳ぎはその気まずさだろう。
ちなみに、オリヴァーの妙にクオリティの高い女装は母親仕込みだった。
今回は、ジュリアンからの伝言を持ってジークリンデに近づき、侍女に混じってアルベリアへの道中の便宜を図っていたのだろう。
そのジークリンデが続ける。
「弟は、生涯幽閉となるだろうな。国の恥をさらすようだが、能力が足らぬだけならよかった。それを担ごうとする神輿があり、本人も嬉々として乗り込むようでは……」
それを聞いたリヒャルトが沈痛そうに目を伏せる。
「……そなたにも苦しい思いをさせたな」
「いえ、私がお諫めできてさえいれば……」
ジークリンデは残念そうに息をついた。
「そうだな……そなたらにも、何らかの責を負ってもらわねば示しがつくまい」
「は。いかようにも罰を受ける覚悟はできております」
「そのことなのだがな」
ジュリアンが口を挟んだ。
「リヒャルト卿は貴国では裁かれる身かもしれぬが、我が国においては王太子一行を賊の襲撃から守った功績がある。本来ならば、勲章に値する働きだが」
罪人が受勲するわけにはいくまい。
そもそも、ゼルマルを御璽の偽造で裁くこととした今、襲撃事件の始末は宙に浮いているが……。
フルーセル侯爵が重々しく続けた。
「襲撃自体をなかったことにするのは悪手でしょうな。あの場には事情を知らぬ近衛騎士もおりましたし、襲撃犯たちを入れた牢もあります」
ジュリアンは同意する。
「ああ。とはいえ、この一件をつまびらかにして、ブレイダムとの間の緊張を高めるのは望むところではない」
「我が国とて、それは同様」
ジークリンデも言い添えた。
ええ、とうなずいてフルーセル侯爵はジークリンデに顔を向けた。
「そこで、僭越ながら提案がございます。リヒャルト卿の罰を『国外追放』としていただくことは可能でしょうか」
王女は面食らったのか、まじまじと侯爵の顔を見返した。
「……なんと。貴国で身柄を引き受けようというのか?」
「ええ。受勲は無理でも、そのぐらいであれば功績に見合った恩賞と、貴族を納得させることはできましょう」
きっぱりと返され、王女は考え込む様子だ。
「……ふむ。リーデルシュタイン伯爵家は取りつぶし、当主と次男は平民の役人として今後も働いてもらう。奥方と長男は、主の狼藉を止められなかった責を負って国外追放……。不可能ではないかもしれぬ、陛下と兄上のご意向次第ではあるが。……しかしだな」
そこで言葉を切って、再びアルベリア側に探るような視線を送った。
「引き受け先はあるのか? 平民としてということにはなろうが──」
そこで、もう一人の男が口を開いた。
「ご心配には及びません、殿下。リヒャルト卿は、我が一族で責任を持ってお預かりします」
「そなたは?」
「申し遅れました、ブライトン伯爵、バークリーと申す者です」
あ、とリヒャルトが気付く。
「もしや、ビアンカ嬢のお父上でしょうか」
「ビアンカ嬢? そなたと共に剣をとったという、あのご令嬢か」
「我が娘のことをお聞き及びでしたか、恐縮です。さよう、ビアンカの父でございます。リヒャルト卿の人柄、そして剣筋についてはフルーセル侯爵や娘、また近衛騎士である息子からも聞き申した。野に下らせるにはもったいない腕前、そう考えております」
ブライトン伯爵家は、代々武に秀でた家柄だ。ビアンカだけでなく、兄も近衛騎士の一人としてあの場にいた。
共に剣をとって戦った仲間として、思うところがあったのだろう。
「なんと──」
ジークリンデとしても、有能な忠臣をむやみに処刑したいわけではない。しかし、今回の一件で大きな借りを作ったアルベリアに、さらに一つ借りができることになる。
受けていいのだろうか。そんな逡巡を見せた王女に、フルーセル侯爵がだめ押しをする。
「そういえば、これは我が家で支援している劇団の、新しい脚本なのですがね」
と、どこからともなく紙束を取り出した。
手渡されたジークリンデは、気圧されるようにそれをめくる。
ざっと目を通して、これは、とうめいた。さすがの速読である。
「王太子襲撃事件を……演劇に?」
コンスタンスはにんまりした。実はこれは、コンスタンスの発案なのであった。
大筋はこうだ。
ある王国の王子には、近々隣国との境を視察する予定があった。
国境に巣くう山賊団。その陰謀をひょんなことから聞きつけた隣国の青年は、罰されることを恐れず王子の元へ走る。
その必死な様子に心を動かされた王子は、青年を伴って、問題の地域へ出かけることとする。
案の定、襲撃が起きる──
しかし、青年や王子の護衛、同行していた令嬢の活躍によって撃退されるのだ。
……さらに、脚本家とアイデアを出し合い、影の黒幕だの、王子の飼っている屈強だがもふもふな大型犬とか、隣国の青年と令嬢の国を越えた恋など、観客にうけそうな要素をどんどん足してもらった。
特に見せ場の、王太子が令嬢に剣を投げ渡すシーンなど、現場を見ていなかったら思いつかなかっただろう。
フルーセル侯爵は言う。
「ご存じでしょうが、劇が当たるように仕向けるにはいくつか手がありましてね。『これは実は、本当にあった話なんだ』……などというのは、ありきたりではありますが有効です」
「……なるほど。丘での襲撃を知る者たちから流れる噂を逆手にとるわけか。考えたな」
「おっしゃるとおりです。こちらの上演を、片目をつぶるという形ででもご了承いただければ、リヒャルト卿の身柄など、お引き受けしてもお釣りが出ますよ」
劇にすることで、襲撃事件の真相はごまかされる。
その劇の、主人公とも言える青年のモデルになる人物がリヒャルトだ。そこで彼が我が国に移住してくるとなれば、さらに話題を作ることができるだろう。
フルーセル家やアルベリアにとっても、金銭上も政策上も利がある話だった。
「リヒャルト卿には、しばらく身辺が騒がしくなるのをこらえてもらわねばなりませんが」
フルーセル侯爵が苦笑すると、ブライトン伯爵も請け合った。
「なに、その時はほとぼりが冷めるまで、我が領地の田舎にでも引っ込んでいればよろしい」
「なるほど、な──」
ジークリンデ王女は息をついて、ふ、と微笑んだ。
「リヒャルト、そなたの気持ちはどうだ。申してみよ」
「はっ」
呼ばれたリヒャルトは居ずまいを正す。
「……正直、私などのために──と思う気持ちは強うございますが。皆様のご尽力を無駄にしたくはなく、また、このほうが八方うまく収まるというのであれば、お話をお受けしとうございます」
そして、深々と頭を下げた。
「皆様、ありがとう存じます」
「うむ。込み入ったところは後ほど詰めよう」
フルーセル侯爵がうなずけば、ブライトン伯爵もリヒャルトの肩を強く叩く。
「当家の鍛錬は厳しいぞ。どこまで食らいつけるか、楽しみにしておる」
「そうか。では、リヒャルトのことはアルベリアにお預けしよう。わたくしからもよろしく頼む」
「アルベリアとしても、承った。貴国での調整はジークリンデ殿下にお任せすることになるが」
「当然のこと。数々のご配慮、御礼申し上げる」
ジークリンデとジュリアンもうなずき合って、改めて堅い握手を交わした。
コンスタンスもそれを、達成感を抱きながら眺めていた。




